デートX072 年下の部下は好きですか
警備部が復活し、無事に監査を乗り切った翌日。
俺はいつものブースでお客様の審査を……ではなく、視察旅の報告書を作成するため事務室にてパソコンを動かしている。報告書を書くのも業務の一部だ。
定型フォーマットに文化、風土、気候といった地肌で感じた異世界の情報を前述した後、どのような行程を経たのかを時系列で簡潔にまとめていく。
「森で量産型ペネトリットに騙されそうになったので締め上げると、今度は動く鎧に襲撃されて、けれどもそれはコニャークなる人工スライムが正体であり、光の勢力の最新兵器であったが後に暴走、逃走を試みたものの追いつかれて危機に陥ったが、魔界から遠征してきたオーク魔法大隊と合流して鎮圧を試み、けれどもコニャークの無限増殖に逆襲されて駄目かと思った時、魔界から更にダイダラボッチがやってきて、腹痛になりながらコニャークを食っていた。ちなみに、自分とペネトリットは溺れましたっと」
タンタンターンと軽快にキーを押していく。
一切まとめ切れていないが、初稿はこんなものだろう。カイオン騎士の活躍や猫化したユーコ準騎士についても書かないとならないが、どこに組み込めば良いだろうか。
今日一杯は報告書作りに勤しむ事になりそうだ。
肩の筋肉をほぐしてタイピングを開始する。
……ふと、背後に何者かが立つ気配を感じる。異世界ゲートのない事務室だというのに、審査官の命を狙う刺客か。
「――今晩は空いているのか?」
くるり、と回転椅子を回転させると、後ろに立っていたのは何故か局長だ。今日は出張に行っていないらしい。
「パードゥン?」
「スケジュールを訊ねているのだ。お前は役目を果たしたからな、私も以前からの約束を果たす」
「プリーズ、スピーク、スローリー」
「だから、お前と食事に行ってやると言っているのだっ」
局長の頬は赤く染まり、若干恥ずかしそうにタブレットで脳天を叩いてきた。
「見たわよ。見たわよっ。審査官の仕事さぼってパソコン向かっていると思えば、デートの約束? 眷属の癖にキぃぃ」
急遽、休憩室へと集められたアジーと浦島直美は、怒れるペネトリットと対面させられていた。
「あの男には眷属としての自覚がないと思わない? 飼い主の許可なく繁殖活動されると困るのよ」
正直に言って、二人はどうして集められたのか分かっていない。種族が異なり、勤務形態も異なる彼女達にはペネトリットが何に怒っているのかさえ不明だ。
「くだらない。これから、北海道の焼尻島のローカルテレビに出演するの。妖精ごときに構っていられないわ」
「ペネトリットちゃん。私もお昼の休憩時間が終わっちゃうから……」
「逃げるな女子共。アイツが今晩、ここの局長と夕食デートに出かけちゃうのよ。放置できないでしょ!」
ペネトリットは離席しようとするアジーの黒ドレスを掴み、浦島の青シャツも掴む。
「アイツってあの審査官の事? はっ、人間族の求愛活動にどうして私が」
「おー、ついに先輩が局長と。これは社内グループで拡散するタイミングが重要になりそうですね」
「アンタ等二人、それでも多少なりともアイツに好意持っている女な訳?!」
アジーはC級サメ映画を視聴してしまったかのごとく肌を粟立たせる。
「この妖精は恐ろしい事を言わないでよ、寒気がしたじゃない。私が人間族に好意? 悪意の竜に対する皮肉としては最低ね」
「メドゥーサが襲撃した時には事故って駆けつけてきたじゃない!」
「あれは魔界にコンビニ店長を解き放つと脅迫されたからで。仮にアイツが魔族並みにずる賢い人間族だから魔族と見なしたとしても、そもそも、私は魔王の娘。釣り合いを考えなさいな」
その魔界の姫を脅迫できる程の男ならば、十分に釣り合っているのではなかろうか。こうペネトリットが考えている隙をついて、アジーはドレスを振って拘束を逃れる。
そのまま、アジーは休憩室の外へと出て行ってしまう。
「薄情な奴! これだから魔族は」
「んー、ごめんね、私もパスで。先輩の邪魔しちゃ悪いし」
浦島は片手を垂直に立てて謝りながら、ペネトリットの手から逃れた。
「ちょっと待って。このままだと局長に取られちゃうのよ」
「誤解されているようだけど、私と先輩って男女関係からねじれの位置にあるんだ。もちろん尊敬はしているけど、互いに恋愛対象にはならないって言うか、生物としてはDNA配列が似てなさそうな人を選びたいというか。あーでも、付き合いだしたら相性はかなり良いんじゃないかな」
「意味分かんない立ち位置で満足しているんじゃないわよ! 一歩踏み出してメインヒロイン目指しなさいよっ」
後ろ歩きで休憩室から去っていく浦島はペネトリットに対して言葉を残す。
「先輩の邪魔はしないけど、恋に目覚めたペネトリットちゃんの邪魔もしないから。じゃあっ」
結果、休憩室にはペネトリット一人が残された。人を見る目がなかったとしか言いようがない。
「はぁァッ。誰が恋に目覚めたですって!? 妖精の私が、誰に? はァッ??」
局長との魅惑のディナーに間に合わせるため、報告書を適当に書いて間に合わせた。真面目に書いても薬物乱用を疑われる内容なので完成度は気にならない。
アフターファイブになると同時に退勤し、社員寮の駐車場にある車へと乗り込む。午前中の内に管理局を出ていた局長とは都心で合流予定だ。局長おすすめの店で合流してそのまま夕食である。
「助手席に怪しい箱はなし。邪魔者はいないな」
今日は姿を見せていないペネトリット。このまま明日まで姿を見せないでくれという俺の願いが通じたのか車内に小人が隠れていそうな箱はなかった。
エンジンを点火して管理局を後にする。
都心某所にて無事局長と合流する。洋風というのは分かるが、どこの国の料理なのか理解していない高級レストランの前で、局長はいつも通りのキャリアウーマンなスーツで腕組みしていた。
「遅れました」
「いや、私も丁度到着したところだ。入るぞ」
俺も背広を着ているだけでほぼ仕事着だ。ドレスコードがあったらどうしようと不安がっていたが、店員に止められる事なく席へと通された。
コートを店員に預かってもらい着席する。自分で脱げるのにな、と思っていても口にはしない。
続けてソムリエとしか思えない店員が近寄ってくるが、上座に座っている局長に話かけてくれ。俺に訊ねられても作法が分からない。
「グラスのシャンパーニュはいかがでしょうか?」
「そうだな、私にはペリーニを頼む。お前は?」
「車で来ているので、アルコールは控えます」
「何だ。一緒に泊まっていかないつもりなのか、お前は」
……局長の攻勢的な発言に噴き出しかけたが、どうにかこらえる。何故か脛の辺りに痛みが走ってくれたお陰かもしれない。はて、メドゥーサに吹き飛ばされてから続く腰の痛みは治っていないが、脛まで痛みだしたのだろうか。
頼んだ食前酒が届くと、局長はグラスを持ち上げる。俺はミネラルウォーター入りのグラスを摘まみ上げた。
「今回の視察ご苦労だった。無茶だと分かっていたが、お前ならやり遂げると信頼していた」
「信頼していると言えば済まされる、と思われているのは不服なのですが」
「だからこうして奢っているのだ。強行な私の命令を遂行できる部下は貴重だ」
「自覚があったのですね」
「私を鉄でできた女と勘違いしていないか」
知り合いのいない都心のレストランなので、互い立場を少し忘れて軽い口調で言い合う。局長のリラックスした雰囲気が許していた。
「さあ、メニューから好きな物を頼め。奢りだと言っただろ」
「……すいません。メニューが読めません」
局長が勧めるままに注文を行い、意外と早く前菜が運ばれてくる。
メインの料理が運ばれてくるまでの合間、局長との会話を楽しむ時間だ。
「望んで局長の座に就いた訳ではないが、今となっては離れられん。私的な理由となるが、私は可能な限り異世界と近くありたいのだ。……妹が帰ってきた時には一番に出迎えてやりたいからな。お前はどうだ?」
「自分にはそういったものは特に。仕事でなければ異世界に興味はありません」
「そういうお前だから、薄給で危険極まる審査官を勤めていられるのだろうな」
とはいえ、局長とは仕事上の付き合いしかないため、会話の内容は仕事寄りとなってしまう。大人の男女が向かい合っているのだからもう少し華が欲しい。
「こんな私と夕食して。お前は、特定の誰かと付き合っていないのか。浦島は?」
「皆誤解していますけど、後輩はただの後輩ですって」
「まさか、あの妖精ではなかろうな?」
「ははっ」
局長の冗談を鼻で笑う。
小さなエルボーが刺さったみたいに、急激に横腹が痛くなって悶絶してしまった。理由は分からないが、局長に心配されないようにやせ我慢する。
「そういう局長はどうなんです?」
「ハードワークを理由にしていたからな。いい加減、母には心配されている」
「じ、自分はどうです?」
「お前か。お前が悪いという訳ではないがなぁ。行方不明の妹が見つからない限り、今はそういった気分には」
脈がない、とは異なる反応だ。
どうも局長には恋愛以前の懸念事項があるらしい。




