視察旅L071 帰国未報告
異世界入国管理局へと外部機関から監査が入る。犠牲の一期組の惨状、社会復帰率を知る者ならば決して近寄ろうとしない管理局、そこへと外部の公務員が訪れる数少ない機会である。
「審査官の数は定員ギリギリの状況ですか。これで正しく審査ができているのでしょうか?」
「データは事前に提出した通りです。業務効率化のためAI診断機能を搭載したボディスキャナを導入して、今後の利用客増加にも対応する予定です」
「ふむ。まぁ、良いでしょう」
太いフレームの眼鏡を装着した監査員が、手に持つ用紙に細かな字を書き込んでいる。
宝月滝子としては情報共有の容易いタブレットをお勧めしたいところであるが、監査員にわざわざ助言するつもりはない。相手は管理局の粗を探して現体制を崩そうとしている敵の偵察兵だ。
宝月は必要最低限の返事と態度のみで、監査員達を案内している。
「ここが異世界ゲートのある出入国ホールですか。空港とそう変わらない設備で……どうして右側だけが石造りに。いや、神殿みたいで造形は素晴らしいのですが。いつ改装を??」
「ア、Rゲートからの要望があり、急遽リフォームを」
絶対にツッコミが入ると分かっていたので、宝月は言葉に詰まりながらも答えられた。
監査の四日前――某審査官と妖精が出国した直後。出入国ホールはRゲートから到来した牛顔魔族のスキルにより迷宮化、空間拡張されてしまい大きな被害を受けた。
しかし、一日がかりで審査官、浦島直美が迷宮を〇ケモンGOをしながら攻略。奥地にいた牛顔魔族に〇ラクエウォークに対応しろと文句を言って、スタート地点に戻ってから更に一日かけて攻略。増改築とメンテナンスによる過労で倒れた魔族を捕らえて見事、事態を収拾した。
なお、迷宮化したホールの改修のため、牛顔魔族は更に一日働かされている。
「ねえ、魔王軍幹部が連続で新世界で敗退するって、プライドはないの!?」
「新世界の建築技術を知りたくて、つい……」
「どうして私まで……」
「だらしない幹部共め、連帯責任!」
「あちらで叫んでいるドレスの少女は何ですか?」
「治外法権です。お気になさらず」
腰に手を当てて怒る少女の魔族と、ブルーシートの上に座り込む牛顔の魔族と下半身蛇の魔族。彼等彼女等を無視して宝月は次へと向かう。
危うい部署しかないものの、宝月が一番懸念しているのは次の場所、警備部だ。先のメドゥーサ襲撃で被害が出ていたというのに労災の発生を報告していない。監査されれば一発でアウトである。
警備部を癒す薬草採取のために異世界へと向かわせた宝月の部下達は、結局、昨日戻ってこなかった。今朝になっても戻ってこず、時間切れ。
こうなれば、監査が終わるまで重傷者を隠し、軽傷者にはやせ我慢をしてもらい出勤してもらうしかない。両足の骨を折っていても妄想で歩ける警備隊長がいるのなら大丈夫だろうと宝月は判断した。
「警備状況は問題なく? まさか、負傷者が出る程の被害を隠されていたりはしないでしょうな?」
「……ありえません」
「どうでしょうな。たとえば、こちらの医務室で負傷した人物が治療を受けていたり」
「な、勝手に歩かないでください。お待ちください!」
突然、宝月の案内を受けて歩いていた監査員が進路を変えた。ルートを外れて医務室へと向かっている。
予定外の行動に宝月の制止は間に合わない。監査員はそこに負傷者がいると知っているような歩みだ。
両開きのドアが開かれて、審査官は医務室へと侵入する。
ベッドが並ぶ室内には、動ける状態にない警備部の職員達が――。
「――あの綺麗な女性は、ぐぅー」
「――ぐぅー。むにゃむにゃ、もうコニャークは食べられない」
――ベッドのほとんどは空いている。怪我人はどこにも見受けられない。
唯一、人が眠っているベッドには、異世界にいるはずの審査官と妖精が仲良く眠っていた。
森でのゴタゴタを終えた俺達は、Rゲート側の異世界ゲートを通じて地球に戻った。地理的に魔界を経由した方が距離が短く、また、移動手段も揃っていたからである。
「薬草は全部飲み込んでしまったニャク。けれども、薬草の成分が凝縮されたコニャークの上澄み、ホイエなら集めてあるニャク」
「新世界に帰るのならば、手に乗せてやろう。なに、魔王城で腹痛の治療を受けるついでだ」
ホイエ・コニャークがどうのとか、ダイダラボッチ配達がどうのとかは報告書を書く時に悩めばいい。実現可能な手段があるのならば採用すべきだ。
光の勢力の面々とは森で分かれて魔界から日本へ移動。医務室へと急行して怪我人達にホイエ・コニャークを飲ませた。制限時間ギリギリであったが、今回の視察目的を無事達成したのである。
忙しく動いた徹夜明けだったので、医務室のベッドで眠りこけてしまったのはご愛嬌だ。役目を終えた瞬間、糸の切れた人形みたいに眠ってしまった。
管理局も特に変わりはないようで安心してしまったのだろう。
そういえば、初めてのLゲートであったのに真新しいものはなかったな。
二人だけとなった軽い荷馬車を操っているのはカイオン騎士。
「……ユーコ準騎士の獣人化。ユーコ準騎士が新世界人だとすれば……光の信徒は新世界人を呪的強化して戦線に投入していた事実を隠蔽している事になる。これは下手に動けば、始末されかねんな」
ユーコ準騎士は未だに荷台で眠っている。
日の昇った森を一望する大樹。その枝に跳び乗る影がある。
「……この気配は。お戻りなされていたのか」
カモフラージュ用の苔や草の色をしたローブで全身を隠した怪しい人物であるが、背中の長弓も凶器なのでやっぱり怪しい。
布マスクを引っ張って口元だけを露出させている。少しだけ見える素肌は白く、唇は麗しい。
「しかし、何故お戻りに?? こうなればドライアドだけではなく、我々も動くべきか」
管理局の保安検査区域と出入国ホールの間にあるコンビニ。
「店長さん、商品の補充ぐらい俺がやりますよ」
「いやー、アルバイトが入ってくれて本当に助かるねぇ」
新人アルバイトらしき長髪の青年が、売り切れていた弁当を常人には見えない速度で棚に補充している。
「おお、見事な二式だねぇ」
「店長ほどではないですが、突き技には覚えがありまして」




