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視察旅L070 森で迎える朝日

 夢を、見ていた。

 子供の頃、母親に対して猫を飼いたいと願った時の思い出。床や壁で爪とぎする猫を賃貸マンションで飼えるはずもなく、結局、猫を飼えなかったという過去の出来事だ。

 当時、猫を飼えなかったから、大人になってペットを飼いたいという欲望が強まった……という事はない。俺は人生で一度もペットを飼った事がない。社会人となってからもだ。異世界入国管理局の社員寮がペット禁止というのは、ただの言い訳に過ぎない。


「――っ」


 子供から大人になれば、大人の考え方に染まる。

 費用や飼育による拘束時間、勝手にキーボード入力されてアダルトサイトにアクセスしてしまうリスク、飼う以前にそういったものを試算してしまい、飼ってもいないのに精神疲労して断念してしまう。そういったツマラナイ行動ばかり採択するようになってしまった。


「――帰――いっ」


 だが、それでもペットに対するあこがれが薄れた訳ではないのだ。

 ペットであれば、たとえなつかない猫のような奴であったとしても、大切な家族みたいに暮らしてみたいと思っている。

 ペットであれば、ゾンビパニックでバリケードの外に出て行くような間抜けな犬のような奴であったとしても、大切な家族みたいにバリケードを崩して追いかけてみたいと思う。

 ペットであれば、メドゥーサをおちょくって石にされて殺されそうになったり、スライムに飲み込まれて溺死しようとしたりする奴であったとしても、大切な家族みたいに助けてやりたいと思う。


「――帰って――さいっ!」


 そんな心疲弊するペットとの生活、考えただけでも疲れてしまうのだが、まあ、他動物と暮らすというのはそんなものなのだろう。


「――帰って来なさいっ! この馬鹿!」




 誰かに至近距離から呼ばれて、耳元というよりはゼロ距離を越えたマイナス距離、体内から呼ばれてしまって昏睡状態から覚醒状態へと一気に移り変わる。

 そして欠乏した酸素を補給しようと、体が自発的に深呼吸を開始する。


「急に生き返ると、ぎゃああああっ!? 気管支、気管支がせまってえぐい!」

「気管に潜って詰まったコニャークをき出していた妖精殿が、つま先まで吸い込まれてっ?!」

「見てよアレ。完全に入ってちゃっているわ。妖精の踊り食いだわ」

「人間族に丸呑みにされて、うーん、深い。なるほど、これがディープキスなのね」

「あの子の事、森妖精全員で気管氏って呼んであげましょう。気管死していなければだけど」

「見ていないで、誰かっ。今度は私が死ぬから早く出してよぉっ!」


 前例のない巨大でうるさい異物が気管に詰まり、嘔吐感が生じる。

 体外へと吐き出すために胃酸が逆流。

 すると、悲惨な姿となって口内から飛び出してきたのは、何故かペネトリット。


「げふぉ、けふぉ。ペ、ペネトリット。俺の肺に何のうらみがあって。殺すつもりか?」

「呼吸停止していたアンタを助けてあげていたのよっ! 私は世話されるだけのペットじゃないの!」


 ペネトリット史上、最も健気で人の役に立っている姿が胃酸(まみ)れというのは流石である。誰も俺の胃液など触りたくはないだろうから、俺が率先してペネトリットをいてやる。

 髪がささくれてしまって。口に入れば俺に噛まれてしまうかもしれないのに、ペネトリットがここまで体を張って俺を助けるとは思っていなかった。なついていないはずの猫が寄り添ってきた瞬間に立ち会ってしまった、そんな気分だ。

 あまり嫌がらず顔を拭かれているペネトリット。

 ふと、その顔を見て……人間から隔絶した美人の顔を思い出す。酸欠で意識を失う前に見た気がする謎の女性、あれは死に際の脳が見せた幻影だったのだろうか。


「……私の顔をじっくり見て、何か付いている訳? 気色悪い」


 ペネトリットとあの美女の顔が似ている気がしたのだが、うん、気のせいだな。こんな背中に羽が生えている奴とあの美人が似ているなんてありえない。




 俺が気絶している間に森の異世界巨人対戦は終息していた。

 猛威を振るっていたコニャークは増殖限界を迎えたのか液状化して、消えてしまったらしい。対戦相手たる魔王軍幹部ダイダラボッチは腹を押さえた状態で活動を停止した。よく分からないままに発展した戦闘は、よく分からないままに終わってしまったらしい。

 だが、始まりと終わりは表裏一体とも言う。

 朝日を迎える異世界の森に再び現れる、灰色のスライム。人間サイズであるが、数は百体ほど。


「コニャークがっ。まだ滅びていなかったのか」

「……お待ちください。我々は悪いコニャークではありません、穏健派でニャク」


 穏健派のコニャークって何だろう。食感が違うのか。

「我々は争いを好まないニャク。光の勢力とも、闇の勢力とも争うつもりはないニャク。この森でひっそりと暮らすつもりニャク」

 穏健派コニャーク達の主張に原住民たる森妖精が「こんな訳分からない奴等と暮らせないわ」と一斉に非難声明を上げる。森妖精だけではなく、光の勢力の主戦派たるエデリカ騎士達も難色を示した。

 後ろ盾のないコニャークに継続戦闘は難しい。あの増殖能力は危険であるが無尽蔵ではない。今を生き延びたとしても光の勢力が本腰を入れて討伐を開始すれば、そう遠くない日に駆除されるはずだ。

 そう思われたが、巨大な影が朝日を遮り、コニャークの後ろに現れる。


「お前達は、美味だ。滅ぼすのはしい」


 腹痛幹部のダイダラボッチだ。食い意地だけでコニャークに味方するつもりなのだろうか。

「この地帯に緩衝地帯が現れば、激戦続きの中央地帯が安定する。新参の幹部たるゼルファにとっても有益な話だ」

「はっ、大地を見下ろす戦略眼、感服いたします。ダイダラボッチ様」

 まだ腹をさすっているのに頭の良さそうな事を言っているぞ、この巨大幹部。ゼルファも妙な上司を持って大変である。

 光の勢力が反発したとしても二大幹部相手に正面から逆らうのは無謀だった。魔界のバックアップを受けたコニャークは、この森で暮らしていく事になるのだろう。

「無精コニャークであれば、税として魔界に納める事が可能ニャク」

「細かな計算はできん。味だけ確認して、ゼルファに一任する」

 こうして光の勢力と闇の勢力の間に、後のコニャーク中立国が誕生したのだった。

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[一言] 食用として献上されたコンニャクの違う使い方を思いつく童貞オークは現れるのか?
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