視察旅L068 神のいない終末劇
突如開催された神のいないラグナレクな巨大戦闘。
一方は、蕩ける系の不定形巨人、人工スライムたるコニャーク。
一方は、魔界から突如現れた鬼顔の巨人、魔王軍幹部のようであり名前はダイダラボッチ。
どんな顔した運命の女神が何を血迷ったら、俺の視察は巨人同士が殴り合うバトルに変貌してしまうのか。異世界だからという免罪符では納得しがたい。
ダイダラボッチのフックがのっぺらぼうな顔を殴り飛ばすと、鼓膜が破れそうな爆発音と弾けたコニャーク片が降り注ぐ。巨人共は、足元にいる俺達の事などお構いなしだ。
「迷惑だぁ、あっちで戦え!」
コニャークの欠損した頬が内側から盛り上がってすぐに再生する。内臓がある訳ではないので、量さえ用意できれば造作もないのか。
下手くそな表情で笑うコニャーク。頬のお返しに、下方からダイダラボッチの顎をかち上げた。
体が数十メートル浮き上がったダイダラボッチ。ふらつきながらもどうにか着地して頭を左右に振る。痛烈な一撃だったにも関わらず、鬼は不敵に笑う。
「おおっ、ダイダラボッチ様が戦う様子が近くで見られるとは! 貴重な光景だ!」
「いやいやいや、ゼルファ。感動して止まっていると、巻き込まれて死にますって」
本格的にバトルを開始する前に可能な限り遠くへ逃げなければ。
幸い、巨人同士の戦い方に立ち位置の大きな移動は伴わない。片方が右の頬を殴れば片方も右の頬を殴りつけるだけ。ただ、単純な殴り合いの癖して、スケールが大き過ぎるから近くで火山噴火でも発生しているかのようである。
「何なの、アイツ等!? 示し合わせたみたいに同じ所ばっかり殴って。聖人な訳?」
「右の頬を殴られたら、右の頬を殴りなさいってどんな聖人だよ。異世界の聖人はそういうものなのか、ペット妖精」
ダイダラボッチなる魔王軍幹部とは初めて遭遇したが――身長が高過ぎて管理局に入らないので当然だ――今まで出遭った幹部の中で一番生命の危機を感じる。俺に対して殺意を一切向けていない癖して、ただ道端の蟻を踏み付けるごとき無意味さで、それが恐ろしい。
「いや、ダイダラボッチ様はあれで序列三番目ぐらいで。一番はもちろんベルゼブブ様だ」
その補足はまったくありがたくないです、ゼルファ。
まあ、俺達の安全を別にすれば、魔王軍序列三位が援軍として現れた訳である。これは勝ったも同然だ。
「待って! コニャークの奴、更に大きくなるわ!」
森に広がるコニャークを吸い上げたのだろう。コニャークの体が一回りも二回りも大きくなっていく。高層ビルに等しい大きさのダイダラボッチが子供ようだ。
わざわざ口を作って、コニャークは笑う。
「ふふ、どうだニャーク。怖かろうニャーク」
「……ウガァ。その程度の大きさで良いのか? 『変身』発動」
「ニャック!?」
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▼能力ナンバーL068、変身
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“姿形をある程度自由に変更できるスキル。
本当の姿を封印してしまうため、『力』『守』『速』は二割減の補正を受ける。
本スキルを使いこなせれば巨人が人間サイズに変化する事も可能であるが、本当の姿が大きければ大きい程、難度が高い”
“実績達成条件。
『巨大化』によって膨れ上がった代謝機能を抑えるために獲得されたスキル”
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コニャークに対抗するために、ダイダラボッチも体を大きくしていく。
いや、コニャークの大きさを追い越してしまったので、今度はコニャークが子供の大きさだ。つまり、俺達が必死に逃げて確保した距離を無駄にしやがった。
慌ててコニャークも体を拡大させていくが、ダイダラボッチは大人しく待っていない。
鬼の尖った歯がコニャークの肩口へと噛み付く。そのまま大範囲を噛み千切る。荒々しい歯型のみが残される。
スライムを咀嚼したダイダラボッチは、高らかに叫んだ。
「う、うめぇえええッ!! こ、こんなにうめぇものを、こんなに喰っていいのか!!」
「ひぃぃ、我々はお前の食事じゃないニャーク!」
「うめぇのだから、オレに喰われるのは仕方がない! 腹持ちも最高だ!!」
……この巨大幹部、どうして突然現れたのかさっぱり分からなかったが、残念な理由が分かってしまった。
「こ、コニャークを、喰ってる。自らスライムを取り込んでいるというの!?」
「ダイダラボッチ様はあの大きさゆえ、満足な食事ができなくてな」
「あのなりで腹ペコキャラだと言うのか……」
「しかし、ダイダラボッチ様は先の戦いで負傷していたはず。動ける状態ではなかったはずなのだが」
元気に新鮮なコニャークを食べている。どこにも異常がないようだが――、
「う、うめぇぇ、うめぇぇ、うめ――うッ!?」
――ふと、食べるのを止めたダイダラボッチは、腹を押さえて苦しみ始めた。片膝を付いてしまう程に痛むらしい。
「やはりどこかにダメージがっ」
「……先の戦いで私達はダイダラボッチにダメージを与えていなかったぞ。用意したコニャークが食べられまくって、撤退するしかなかった」
荷物が喋ったと思って驚いてしまったが、実際にはゼルファに担がれたエデリカ騎士が喋っただけだったらしい。
エデリカ騎士の言葉はおそらく真実だ。以前に食べて味を知っていたからこそ、ダイダラボッチは遠路はるばる現れてコニャークを食べている。
だが、そうなるとどうしてダイダラボッチは苦しんでいるのか。
「うぅぅ、痛い。うめぇ、痛い。うめぇ。痛い。うめぇ」
好物も食べ過ぎば腹が痛くなるものだが、ダイダラボッチの食欲は止まらない。空腹は満たされておらず痛がりながらも時々食べている。
「コニャークがコンニャクだったら、腸閉塞の可能性があるかもしれないわね……」
「ペット妖精も日本通だな。コンニャクは食物繊維の塊だから、食べ過ぎると体に影響が出る。とはいえ、コニャークはコニャークだ。言葉が似ているだけで同じだと決めつけられないぞ」
「そうよね。こっちにコンニャクがある訳ないものね。私達が審査しているのだから、製造方法が流出しているはずがないし」
ちなみに、大人が一日に接種可能な板コンニャクの枚数は一枚ぐらいらしい。体の大きさが変化するダイダラボッチの場合は計算が困難であるが、板コンニャク一枚以上は普通に食っていそうだ。
「好機だニャーク!」
痛がるダイダラボッチを見たコニャークは反撃に出る。
より体を大きくして殴りつける。そういった単純な反撃を行うため、更なる体積増加を狙って増殖を開始したが……流石のコニャークもガス欠を起こす。異世界の法則に疎いので釈然としないが、どうやら魔力が足りないらしい。
「こうなれば、多少だろうと構わないニャーク。そこのお前達、魔力をよこせニャーク!」
そうなれば、森にいる他生物から魔力を徴収するだろう。魔力だけを健康被害なく取り出せる事はないため、肉体ごと取り込んで骨をバキバキ砕き、肉をこしとり、搾り取る。
「ひぃぃ、私はアンタの食事じゃないわよ!」
「うるさいニャーク。さっさとよこすニャーク!」
スライムごときに共感能力を求めても仕方がないらしい。自分がされて嫌な事は他人も嫌だと分かる分、ペット妖精の方がまだマシな精神を持っている。まあ、ペット妖精は分かっていてイタズラを働く訳なのだが。
外から内側へとコニャークの波が発生して、森全体を包み込んでいく。飲み込まれた森の木々が倒された後、急速に枯れていく。
波は俺達が身を寄せ合う場所まで迫る。
「嫌だぁぁ、死にたくないのよーっ」
「おい、待て。不用心に飛ぶとゼルファ達の作った防御魔法の範囲から出てしまうぞ!?」
真上に向かって飛んだペット妖精であったが、四方からやってきた波は高さを合算させてペット妖精の高度に届く。結界に守られる俺達は無事であったが、高度を取って逃げようとしたペット妖精のみが波にさらわれた。
粘性の高い水中で、ペット妖精は意識を失って沈んでいく。




