視察旅L066 高度に進化した変態は聖人と見分けがつかない
騎士団、コニャーク、魔族。
魔界に最も近い森の中とはいえ、麻雀の三色同刻のごとく揃ってしまった三勢力。もうどうやって収集を付ければ良いのやら。
「ゼルファ、だとっ。まさか、魔王軍の新幹部か」
「そこの人間族は荒熊カイオンに……ほう、山猫ユーコ」
異世界人の異種族が警戒し合う。
互いに名前を知っている有名人同士だったとは、世間は手狭だ。世界を跨いだ知人達は、地球で会う分には手紙運んできたり味噌汁お土産にしたりする愉快なお隣さんでしかない。が、実のところガチで戦争している程に仲が悪い。
互いに出会ってしまえば、それは戦いの始まりを意味する。
「平民出身の俺が、魔族に名前を覚えられているとは驚いたぞ」
「勇者共による先代魔王様の暗殺をきっかけに始まった前戦争。その中盤、光の勢力の本隊を撤退させるために殿を務め、見事、我等の猛追を妨害し続けたお前達。勇者とは言わんが勇者パーティの一員に成りえる危険な力を持つ人間族は、ネームドとして情報共有されている」
「あれはただ置き去りにされただけだったのだが。……ユーコ準騎士の名前も知られている? まさか、あそこに彼女もいたというのか」
地球人たる俺としては、異世界事情に巻き込まれないように視界の外へと逃れるしかない。
「……それはそれとして、審査官殿はどうして妖精に集られている?」
「……いつも一緒にいる妖精。なるほど、単性生殖で分裂増殖するタイプであったか」
神社で餌を買った途端に擦り寄ってくるハトのごとく、俺の頭や肩には森妖精が群がっていた。こんな俺の姿が視界に入らないのなら眼科に行くのをお勧めする。
まったく。どうして、こいつら俺の所に集まっているのやら。
「ここが安地だわ」
「私達のゴーストが、この男の傍が一番安全だと囁いているの」
「離れろぉぉ、この眷属は私のだァ。そもそも皆集まったら目立って仕方ないじゃないっ!」
妖精共の考える事はさっぱり分からない。
「――ゼルファ……? ゼルファァァァアッ!!」
状況の理解を優先して動かない者達が大半であったが、唯一、コニャークに寄生された女騎士が叫び声を上げる。
エデリカ・コニャークは戦闘相手であったカイオン騎士を無視して、後から現れたゼルファの元へと突撃していく。手首を覆うゲルを伸ばして木の幹に巻き付け、牽引して接近速度を上げた。
「ゼルファァァ、今日こそ私は――くっ、この素体の制御が――お前を倒す!」
「お前か、女騎士。その体を包んでいるものはスライム。スライム? はぁ……いつもお前は珍妙なものを持ち出して、どうして、そう努力する方向が斜め下なのだ」
エデリカ・コニャークの剣の大振りを、ゼルファはスウェーで避ける。
斬り返しの一閃を放つ女騎士と、それを杖で逸らすオーク。
直近から放たれた魔法をスライムの膜で防御し、エデリカ・コニャークは攻勢を強引に続けている。それを、ゼルファは最小限の動きで回避していた。
「チャンスだわ。敵同士、魔族とコニャークが潰し合っている間に逃げましょ」
「いや、待て。ゼルファの戦力があればこの森を安全に脱出できるのでは」
「魔族を当てにするなんて、人間族の誇りはない訳?」
「俺、光の勢力ではないので」
後方に控えていたゼルファの部下、一般オーク・マジシャン達(平均年齢、二十五歳。独身。彼女なし)が加勢しようと動きを見せるが、それを野太い腕でゼルファが制した。
「この女は俺が相手をする。お前達は手を出すな」
一方、暇になっていたカイオン騎士は、これまで敵対していたはずのエデリカ・コニャークに加勢しようと動いている。
「コニャークに寄生されているとはいえ、魔族にやられるのを黙って見ている事はできない」
「ニャアッ」
「いくぞ、ユーコ準騎士!」
いつの間にか増援コニャークを掃討し終えたユーコ準騎士も、人語は失っていてもカイオン騎士に同調しようとしている。
二人については俺が止める事にした。
「待ってください。ゼルファは大丈夫です」
「何故止める。審査官殿!? エデリカ騎士が殺されるぞ」
「あの様子だと、それはないかと」
カイオン騎士は俺の行動を驚いているが、異世界人で俺が一番信用している相手はゼルファだったりする。致死性ある魔法を放っていないから、怪我を負わせるつもりがないのだろう。
「ニャアッ」
「おっと、ユーコ準騎士は大人しく。クリップノーシス」
「ニャぅぅぅ」
猫化しているユーコ準騎士は言葉で止まってくれないため、猫を大人しくさせるように首根っこを掴む。案外、簡単に捕まえられたのは不思議だ。
「そりゃ、何度も加護しちゃっているから、そろそろ、流石にね……」
俺達が揉めている間にゼルファが動いた。
突きの一撃を脇下で通過させると、エデリカの腕を掴み取る。そのまま力任せにエデリカを引っ張った。
「ゼルファァ!」
「最初に戦ったお前が一番強かった。自分に自信を持っていたお前が一番強かった。そのようなスライムで強化して、それでは自分に自信がないと宣言しているも同じ。それが、どうして分からんのだっ。お前は!」
「ゼルファァァ、うっ――」
姿勢を崩され、かつ、カウンター気味に腹を殴られた事でエデリカは失神する。倒れ込むエデリカをコニャークから引き剥すと、ゼルファはしっかりと女騎士の体を抱えた。
「まったく、手間ばかりかけさせて。最強の敵として現れてくれないのでは、殺し合えんではないか」
魔法使いとしての力をほとんど使わず勝利したゼルファは、捕虜にしたエデリカを抱えて俺達へと近づく。
ゼルファとカイオン騎士、巨漢同士が並ぶとちょっと狭い。
「まさか魔族が、それも魔王軍幹部が人間族と戦いながら、情けをかけるとは」
「敵であれば殺す。敵でなければ殺さない。その程度の最低限で驚かれるのは侮辱でしかない」
「そうだな。謝罪しよう」
カイオン騎士だけではないだろうが、光の勢力と闇の勢力の人間がまともに顔を見合わせる機会はなく会話はぎこちない。それでも武人同士通じるところがあったのだろう。カイオン騎士は素直に頭を下げていた。異世界においては、快挙だ。
「我々、魔族の目的は謎のスライムだけだ。そして、そちらもスライムと敵対している様子。審査官殿もいる事だ。この森にいる間は休戦するのはどうだろう、荒熊カイオン」
「話の分かり過ぎる魔族に騙されている気がしないでもないが、幸い、ここには物事を審査するプロフェッショナルたる審査官殿がいる。俺とユーコ準騎士は、護衛対象たる審査官殿に従おう」
二人に振り向かれて、判断を委ねられてしまった。
種族の違う者達、世界の違う者達が頂点を作って互いを見ている。この構図は異世界ゲートが登場しなければ成り立たなかったものである。マッチョが二人揃っている事が珍しいのではない。
異世界ゲートが現れた理由が意図的なものであったなら、もしかすると、今の状況を望んでいたのではないか。異世界側にわざわざ二つもゲートを用意しているのがあからさまだ。
光の勢力、闇の勢力、地球。
三陣営が協力し合う事こそが、新しい世界の在り方の始まり――、
「種族を越えて協力し合う? そんな幻想、私がブチ壊す!」
「こら、ペット妖精。頬をペチペチ叩くな」
「私達は魂から寿命から損得勘から大きさまで違うのに、今更一つになれるものですか。表面上協力したところで、結局、仲違いして被害を拡大するだけよ」
――まあ、そう単純な話でもないだろうが。ペット妖精ごときでさえ排他的な主張を有しているのだから、そう簡単に協力し合えるはずがない。
そもそも異世界ゲートについても、下手をすると三陣営を隣り合わせて戦い合わせるといった目論見で作られたのかもしれないのだ。
異世界ゲートについてはより慎重に、審査を継続するべきだろう。
「自分も責任を取れる立場ではありませんが、目の前の状況にも対処しないといけないので。とりあえず、この森にいる間は協力する方向でどうでしょうか?」
「ああ、それで十分だ」
「ふむ、俺も異存はない」
「ヒヨったな、男共ッ。光と闇が協力なんて禁忌だわ!? もっと憎み合えぇ、殺し合えぇ」
「ペット妖精……。お前の正体はやっぱり悪性だろ。父親とか叔父さんとかに、指輪と一緒にマグマダイブした人がいないか?」
コニャークなる人工スライムが反乱を起こして騎士団が壊滅状態にある。俺達の状況をゼルファに説明する。
「ダイダラボッチ様を倒したスライムも、そのコニャークである可能性が高い。魔界の危険は、ここで壊滅させる」
「騎士派の新兵器という話だったが、仕方あるまい。捕まった者達の命は助けていただきたい」
「善処しよう」
拠点の位置も正確に伝えたので、ゼルファは部隊を率いて攻撃を開始する。
カイオン騎士はゼルファ達の行動を監視するために同行。
ユーコ準騎士は突然眠り始めた――そこも猫っぽい。なお、姿は普通の人間に戻った――ので、救出されて捕虜となったエデリカ騎士と一緒に後方送り。
俺は状況を見守るため、ゼルファ達の後ろを付いていく。
「さあ、ここに始まった魔族VSコニャーク。実況はわたくしペネトリットと」
「森妖精A」「B」「C」――「Zまででお送りいたします」
スポーツ観戦気分で付いてくる妖精共については何も言うまい。後ろでガヤガヤ騒いでいるだけなら無視可能だ。
ゼルファ達の部隊は歴戦の魔法使いばかりで構成されており、次々と現れるアーマード・コニャークや騎士寄生コニャークを退治していった。
「こ、こいつ等強いニャーク」
「魔法使い職ばかりでっ、接近さえできれば……ニャックッ?!」
「寄生したこの男がどうなっても……やられたニャークっ」
射程距離に入った途端に魔法を容赦なく放って一掃。接近戦を挑む手練れコニャークは魔法ではなく筋力で粉砕。オークが魔法を使っているだけであるが、異世界的には革新的な新兵科らしく圧倒的だ。
「オーク・マジシャンは最新鋭の兵士」
「種族の特性である強欲を理性で封じ、持て余した煩悩を魔力に変換する我等」
「淫魔街のジム&バーにおけて研鑽を積んだ我等、スライムごときに負けはしない!」
コニャークのみを冷気で凍らせたり電撃で痺れさせて、捕らわれた騎士や兵士を救出できる程の力量差である。これは勝ったな。
「ニャック! 俺が寄生しているのは水浴び中だった女騎士だ。こんな素体では対抗できないニャーク!」
「むッ」
「なッ」
「はッ」
……あれ、急に呪文詠唱が止まってしまったぞ。
コニャーク側は人手不足となったのか、ついに鎧装備をしていない布切れ巻いただけの女性を素体にして前線に送り込んでしまっている。今が攻め時なのだと戦闘の素人である俺でさえ分かるのに、オーク達は胸を抑えて苦しみ始めた。
「クソ、ネイキッドの女騎士。すごい、プレッシャーだ」
「お、俺。女と向かい合う時にはベンチプレスしながらでないと心臓への負担が」
「おのれぇ。ゼルファ様と同じオーク・ワイズマンへのクラスチェンジまで一年だというのに、女の柔肌を見たぐらいで動揺など。このぉ」
幼稚園から高校まで男子校だった人間だってもう少し落ち着いていられると思う。
ここで停滞していると、コニャーク側へと形勢が傾きかねない。
「うろたえるな! 目に映るものだけに捕らわれるなど魔法使いとして失格だ!」
声を上げたのは部隊の長たるゼルファだ。オークの中でも、ゼルファだけはやはり別格であり、女騎士ごときでは動揺を見せない。
「しかし、ゼルファ様。どうすれば目を逸らさず女性の肌を見ていられると!」
「スライムの体内に捕らわれて苦しんでいる女を見ておきながら、お前達は本質が見えていない。彼女達の苦悩と恐怖が見えていれば、決して動揺などしていられないはずだ!」
「ッ、た、確かに!」
堂々たる風格のオークには、相応しい精神が備わっているものだ。人間ができている。
「そして、あの女を助けた未来を想像するのだ。――この戦いで力不足を感じた女は軍を止めて田舎へ戻る。隣の家に住んでいた幼馴染と数年ぶりに再会し、結婚する。幸せな家庭を築き、子宝に恵まれ、幸せな老後を過ごす。最終的に、子供や孫達に囲まれて暖かな気持ちのまま寿命を迎える。そういった未来まで瞬時に想像するのだ! そうしていれば、己の欲に捕らわれている暇などありはしない」
「ッ、な、なるほど!」
なるほど。ゼルファも高度な変態の一種でしかなかったか。
まあ、ゼルファの檄により、瓦解しかけた前線が持ち直したのは確かだ。結果が良ければすべて良しとも言う。オーク達の人生を追体験したかのような安らかな表情は見ないでおこう。
無事に寄生された女性が救出されて、戦線は更に押し上げられる。
コニャークの掃討完了までもう少しだ。
「まだだ、まだ終わらないニャーク。スライムなればこそ、我々には最終手段が残されているニャーク」




