視察旅L065 森での再会
背負われた状態で暴れるものだから、ユーコ準騎士が落下してしまう。
いや、違う。自ら背中から降りて、アーマード・コニャークへと跳びかかったのか。直後まで体調不良で寝込んでいたのに、今は元気に幹と幹の間を蹴り上がって上空から攻撃を加えている。素手で殴ったというのにひしゃげた兜が地面に転がった。
「アァアアアッ」
「ニャーク!?」
「アアアアァ!」
「ニャク! ニャークッ」
「何だ、この戦い?」
人間離れした声と動きでユーコ準騎士は戦っているが、姿も人間離れしてしまっているような。腕にはびっしりと小麦色の毛が生えて、指先には鋭い爪。そして夜に怪しく光る細長い瞳孔と、頬のチャームな髭。
「アアアァ、ウニャァアッ」
「ニャーク!?」
「ニャアッ」
「ニャク! ニャークッ」
「どっちがどっちの威嚇なんだ?」
「この子、人間族だったはずなのに猫になっているわよ」
そうなのだ。ユーコ準騎士は猫っぽい。
戦闘スタイルも剣を使った騎士然としたものから、俊敏な動きでパンチとキックを繰り出す猫戦法に変化している。元々、彼女の動体視力は高いと思われたが、より野性味溢れる動きでアーマード・コニャークを圧倒していた。
「どうして、ユーコ準騎士が猫に?」
「うーん、猫の獣人が正体だった訳ではなさそうね。人間族が後天的に猫化したような。この雰囲気は……呪われている?」
知人が猫だったのか、猫が知人だったのか。どっちにしても異世界ならではの交友関係となってしまうな。
とりあえず、ユーコ準騎士が戦ってくれるのはありがたい。さっそく、アーマード・コニャークの鎧が砕かれて一体撃破だ。強い。
「ニャァァアア」
「って、ユーコ準騎士! どこに向かって?」
「新手のコニャークが来ているのよ。ここにいたら囲まれちゃうから、任せて逃げましょうよ」
コニャークの反乱はほぼ成功しているのか。数人の俺達を追うのに戦力を割ける程に余裕があるらしい。
新たに現れた数体のコニャークと戦うため、猫となったユーコ準騎士が本能的に走って向かう。
残念ながら残った俺とペット妖精は戦力外どころか、足手まとい。
「審査官殿、妖精殿! こうなっては仕方がない。ここは我々に任せて先に――」
「マッチョ騎士。ここは任せて先に行くわ!」
「――まあ、そうなのだが。うーむ」
格好悪いがペット妖精の台詞は正解だ。先に馬車へと向かって発車準備を整えておく。これがベストな選択となる。
「――ニャック。人間族に後れを取るとは、生物を素体としていないのが原因ニャーク」
ふと、ユーコ準騎士が砕いて倒した全身鎧から声が聞こえた。
割れた胸当ての破孔から、灰色のゲル物質が頭をもたげる。鎧の中に潜んでいたコニャークの本体が現れたのか。ユーコ準騎士め、トドメを刺し忘れているぞ。
「お前も我々の骨格となれニャーク!」
「おっと、危ない」
ゲル物質が伸びる光景は初見ではない。何度もコニャークが本体を伸ばすのを見ていたので、突然、コニャークが伸びてきても回避は可能だった。
「当たらなければ、どうという事はないわ!」
ペット妖精も同様で、危なげなく回避に成功する。
伸びていくコニャークの先端はそのまま木々の合間をすり抜けて、覆い茂る枝葉の中へ。次の攻撃準備に移る前に早く逃げる事にしよう。
「――うぎゃあぁ。変な触手みたいなのが足に絡まった!?」
ふと、枝葉の中から響く小さな悲鳴。どことなく、ペット妖精の声に似ている。
いちおう、飛んでいるペット妖精を見たが無事だった。悲鳴を上げたのはペット妖精ではなかったらしい。
では、一体誰がコニャークに捕まったのか。捕獲された憐れな被害者が細く伸びたゲルにけん引されている。力負けして姿を現す。
現れたのは、蝶々の羽を有する小動物。つまり妖精だ。
「ペット妖精が二人!?」
「あんな田舎妖精と高貴な私が一緒に見えるなら、脳外科の受診を勧めるわ」
「いやぁあ、助けてッ。なんかキモいのに捕まって!?」
捕らえられた森妖精が泣き叫んでいる。
ペット妖精はそう言うが、妖精は妖精。髪がロングではなくショートだったり、目の色が青ではなく黒だったりという違いしかない。異世界人か、異世界慣れした審査官でなければ見分けるのは難しい。
「あれは森妖精Aだな。間違いない」
「毎回捕まって、どんくさい子ね。でもチャンスだわ、見捨てて逃げましょう」
ゲル物質が森妖精の足を固定しながら、下半身を覆うように広がる。脚から腰、背中から首。体の表面を伝って呼吸器官たる口まで達した。
「あばばば、おぼ、溺れる。あばば、ボふぇ」
「……なあ、あれを見捨てるのか。同族だろ? 可哀想だと思わないか、普通」
「あそこに見捨てられた女騎士がいるのだけど、同じ人間族として一言どうぞ」
見える場所にいる人物を見捨てるのと、女騎士という属性というか宿命により勝手に犠牲になっていた女は比較できないと思う。
あまり縁のない森妖精であるが、それでも、コニャークに捕らわれて溺れる姿は痛ましい。
俺は……近くに落ちていた枝を握りしめた。
「助けるつもり?」
「……仕方がないだろ」
何せ、森妖精の溺れる姿を見ていると、まるでペット妖精が苦しんでいるみたいで見過ごせなかったのだ。逆に言えば、ペット妖精に似ていなければ、俺はきっと簡単に見捨てられた。
ペット妖精が苦しんでいるのがどうして嫌なのか。そこは……緊急時なので深く考えられない。
「仕方ないだろうがッ」
力を込めた一撃を振り下ろした。
伸びきっているコニャークならば、その辺に落ちている枝であっても、振り下ろせば切断できる。
切断できなかったとしても、枝を巻き込んでグルグルと巻き上げていけば、力のない俺でもきっと切断できる。
「…………全然っ、切れないなっ! これ」
「予想を裏切らない非力さ。もうっ、仕方がない男ね! ……私の中の眠れる力よ。眷族に力を授けたまえ。略式簡易加護付与!!」
ペット妖精が背中の肩甲骨に手をかざしてきた。すると、妙に力が沸き上がる。コニャークを捻じる力が倍加した。
俺は、コニャークの体を断ち切った。
コニャークに溺れた森妖精Aを空中でキャッチする。
「助けたが、クソ。息をしていない。人工呼吸をっ」
「私のトラウマがッ、風船みたいに肺が破裂して悲惨な死に方しちゃうッ!? 待ってっ、私がやってあげるから、体だけ支えておいて」
ペット妖精が必死だったので一任する。森妖精Aの口に入ったコニャークを摘出するため、手を喉奥にまで突っ込んで掻き出した。
「げほぉ、けほ。アンタ達は、昼間の」
「息を吹き返したわね。ふん、私のバッタもので良かったわね、アンタ」
森妖精Aが自発呼吸を開始して危機は脱したが、コニャークに追われている状況は何も改善されていない。
猫化したユーコ準騎士は善戦しているが、絶えない敵増援にジリジリと後退させられている。カイオン騎士はエデリカ・コニャークの相手で精一杯だ。
このままでは、全滅させられてしまう。
「ヒェぇぇーっ!」
「お助けェェ」
「撤退、撤退よ!」
全滅させられそうなのは俺達だけではなく、この森に住み着いている森妖精も同様らしい。
森妖精Aを助けたからだろう。無害と判断され、周囲からワラワラと森妖精が飛んで集まってきた。飛んで来た方向から考えて、既に逃げ道はもう残っていないのか。
「後方からは変なスライム。前方からは、魔族がァ!」
避難してきた森妖精の一匹が口走った瞬間だった。
俺達を一網打尽にするために突撃してきたアーマード・コニャーク。その未来位置を予測して放たれた火球が直撃する。込められた魔力が高く、周囲に何故かコンニャクが焼ける美味な臭いが立ち込める。
火球が放たれた方向へと目を向けると、闇から出現する杖を振り上げた軍団。
炎に揺れるローブの中には屈強なオークの手足。どうしてこんな人達が肉弾戦を好まず、流暢に魔法を扱うのかイマイチ分からない。
「炎は有効だが、森への延焼に注意せよ。一斉射用意!」
「――ゼルファさんとその部下の皆さん!?」
「む、そこにおられるのは審査官殿!? 一斉射待った!」
軍団を率いる一際大きな巨体のオーク。
魔王軍幹部たるオーク・ワイズマン。ゼルファがLゲート領内へと遠征していた。




