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視察旅L064 逃走と追走

 周囲がにわかに騒がしくなり、火の手まで見えてくる。逃走するにはこれ以上ないシチュエーションだ。


「そろそろ逃げるか」

「そうね、良い頃合いだわ」

「いや、審査官殿に妖精殿。味方が被害を受けているのに逃げるのは――」

「生き残った者が彼等の悲劇を伝える。自分はLゲートの人間ではありませんが、思わず重要な使命をたくされました」

「私妖精だから関係ないし! そんなに残りたいのならマッチョだけで残りなさいよ。ただ、そこで苦しんでいる同僚も道連れとなるから」

「とても自分本位で人間として恥ずかしい事を主張されている気がするが、いたし方ないか……」


 しぶるカイオン騎士も逃走に同意してくれた。彼がいないと体調不良のユーコ準騎士を置いて行くしかなかったので安心だ。犠牲となるのは俺達を不当に留めたここの騎士団のみで十分だろう。

 テントから顔を出して周囲を探る。

 好都合にも、近くには騎士もコニャークも存在しない。俺、ペット妖精、ユーコ準騎士を背負ったカイオン騎士という順番でテントから抜け出した。

「置いてある馬車へと向かおう。ペット妖精、分かるな?」

「夜だろうと妖精が森で道に迷うものですか。こっちよ!」

 肩に乗ったペット妖精の指差す方向の森へと突き進む。

 背後では「反乱だァ」「助けてくれぇ」「誰かいるなら手を、うぎゃァ」と悲鳴が聞こえているのだが全部無視である。

「くっ、名も知れぬ君達の犠牲は忘れない。忘れないから俺達が逃げるまでの間、耐えてくれ」

「貴方達は勇敢ゆうかんな人間族だったわ! 私達のために犠牲になってくれるなんて」

「何だかなぁ……」

 カイオン騎士にも非情な現実を納得してもらい、俺達は森の中を突き進む。



 そろそろ、馬車までの道のりの半分は過ぎただろうか。そう感じられるぐらい暗く足場の悪い森を走ったが、体感的なものなので正味三分の一ぐらいだろう。


「そこの足元、根っこがあるわよ」

「おっと。助かった」

「ほら、そこにもあるから、大股で!」

「こうだな」


 それでも、ペット妖精のナビゲートが適切なため、素人にしては早く歩けていると思う。


「……審査官殿と妖精殿は種族が違うというのに、信頼し合っているのだな」

「絶対に気のせいです」

「絶対に気のせいだわ」

「息がぴったりとしか思えないのだが」


 こうして順調に夜の森林地帯を踏破していると……後方から気配が高速で近づく。

 大樹の幹を蹴って俺達の上空を飛び越して、進路をはばむ。


「誰だッ!」

「――逃がしはしないニャク!!」

「本当に誰だっ?!」


 猫のようなしなやかな動きではなく、糸で引っ張られるマリオネットのような動作で前方に着地した追跡者。それは騎士の姿をしている。同時に、全身が灰色っぽいブヨブヨとした物にも覆われてしまっている。

「ニャーク。お前達も我々に支配され、魔力を抽出されるだけの細胞となれニャク」

「貴女は、エデリカさん!?」

 外骨格というには柔らかそうなゲルをまとった追跡者の正体は、女騎士エデリカ・アーデだった。コニャークの反乱にあって取り込まれたというのが一目で分かる変わり果てた姿である。

「ニャーク」

「正気に戻ってください!」

「そうよっ。語尾だけで個性を獲得したと思うなんて浅はかなのよ!」

「黙れニャク! この女は骨のない我々にとっては素体として優秀で動き易い。この女を母体として人間族を繁殖させるのも悪くない考えだニャーク。そのためにも、採取できる内にサンプルを数多く確保しておくニャーク」

 コニャークによって完全に精神コントロールされているエデリカ騎士は説得に応じてくれない。

 というか、精神コントロールしている方のコニャークも少し見ない間に個性豊かになったものである。

「駄目だわ。どんな相手に寄生されても女騎士属性が抜けていない。この女はもう手遅れよっ! こんな冴えない女だって女騎士ってだけでチヤホヤたかられるのだから、そりゃ捨てられない個性だわ。私よりも可愛くないのに、可哀想……」

「し、死ねぇ、妖精ごときがァ……く、コントロールが弱まったニャク!?」

 ペット妖精の見限りは早い気がするが、剣を手に取ったエデリカ・コニャークは襲いかかってくる。

 対処のために、唯一の戦力たるカイオン騎士が動く。


「審査官殿っ、ユーコ準騎士を頼むッ」

「強い素体は歓迎だ。お前も我々の一部となれニャーク!」


 刀身同士がぶつかり合い、火花を散らす。本気のぶつかり合いだ。

 コニャークによって強化されているのか、カイオン騎士に体格がおとりながらエデリカ・コニャークは力負けしていない。

 戦闘の邪魔はできないので、頼まれた通りにユーコ準騎士を背負った。胸当てを外して軽量化しているというのに重い。ほとんど意識のない人間は体重以上に重く感じる。

「ペット妖精、肩から飛んで手伝ってくれ」

「もうっ、加護を与えているのに非力ね」

 一人と一匹でどうにかユーコ準騎士を運ぶ。カイオン騎士の邪魔にならないように、可能な限りの動きで離れていく。

 追跡者がエデリカ・コニャークのみなら振り切れるかもしれない。


「ニャーク!」


 まあ、当然のように新たな追跡者が現れるのだが。今度は人間に寄生していない、全身鎧の方のコニャークだ。

「マズっ、ペット妖精! 俺を置いて逃げるなッ」

「逃げろじゃなくて、逃げるなって何!? そう叫ぶのは、せめて私が飛んで逃げてからにしてよ!」

 急速に近づく全身鎧型、アーマード・コニャークに追い付かれた。

 ただの審査官と妖精には戦う力がないので、俺の運命もここまでだ。管理局外で最後を迎えるとは正直思っていなかった。


「逃げろッ、ペネトリット!!」

「だから、人聞きが悪い事を言わないで……って逃げろ? 逃げて良い? やったーっ!」

「あー、やっぱ無しで。せめて一緒に死んでくれ」

「他の女背負いながら言う言葉じゃないわよッ」


 アーマード・コニャークのガントレットが発射された。鉄製の手に掴まれれば、首の骨どころか背骨だってぽっくり折れてしま――、



「――ァアッ、アアアアアアッ!!」



 ――背中で奇声が叫ばれる。

 ほぼ気を失っていたはずのユーコ準騎士が暴れる。

 体毛に包まれた腕を振るい、立てられた爪でコニャークの鎧を斬り裂く。

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