視察旅L063 人間の再定義
理由は分からないがユーコ準騎士が怯えてしまっている。そのため、このまま大人しく捕まっているべきか臨時の会議を開く。
「ユーコ準騎士の謎とあの老錬金術師が繋がっているのなら、向こうが気付く前にさっさと逃げます? Lゲートの暗部的な問題だと、ここにいるのは危険かもしれません」
「しかし、騎士団同士で敵対するのはな……」
「煮え切らないわねぇ。その筋肉は飾りなの?」
カイオン騎士の二の腕をペット妖精が捻り上げているが、マッチョの男が顔を弱らせているのは妖精の所為ではない。同僚騎士の不調と反乱のリスクを天秤にかけると、どうしても二の足を踏んでしまうのだろう。騎士といっても組織の一員、公務員と役割は変わらない。
「同僚が苦しんでいるっていうのに、この男共は情けないわね!」
ペット妖精の批判は俺にも飛ぶ。
悔しいが反論しようのない正論だ。ペット妖精の癖に生意気であるが、未だに薬草一本も入手できていない俺は反論しようがない。ペット妖精の癖に生意気であるが。
「何もしていないのに理由ばっかり探して諦めちゃって。あー、情けない」
「ペット妖精相手に何も言い返せない……」
「騎士だというのに面目ない」
言われっぱなしで固まっているのも癪だった。
ペット妖精に待っていろ、と言い残してテントの外へと顔を出す。
夜の森と多少の光源しかない陣地。その光景の中に立つ全身鎧のコニャークが、機械みたいな動きで俺へと振り向いてくる。鎧を被ったスライムの癖に鋭敏な反応で、すぐに気付かれてしまった。
別に逃げるために周囲を探ろうとした訳ではない。その前段階として、コニャークの性能を知っておく必要がある。そのために顔を出したのだから、こっちに顔を向けてくれたのはありがたい――コニャークに顔があるかは不明。
「は、ハロー?」
「…………オ戻リクダサイ」
「意外なっ。喋れるのか」
中身がスライムの癖に人語を発音している。異世界ゲートを潜り抜けているのでスライム語を理解できるようになっているだけかもしれない。別途、検証が必要だが、その前に意思疎通を取ってみる。
「ここから出してくれ」
「オ戻リクダサイ。内部ニ居ル人間ヲ出シテハナラナイ、ト命ジラレテイマス」
「おー、賢いぞ。コニャーク」
地球の人工知能開発はまだまだ初期段階だというのに、異世界は完璧に受け答えを行う自律型の人工生命の開発に成功しているらしい。
人間を捕えておくという命令も簡単に思えて難しいはずだ。カイオン騎士やユーコ準騎士の恰好は、エデリカ騎士とあまり変わらないというのに区別できているらしい。
「かなりの高性能だ。さて、どうするか」
「――顔だけ出しちゃって。何か面白い物でもあるの?」
テントから出している頭の上に気配が増えた。見なくても分かる。猫以上に興味へと頭を突っ込むペット妖精が俺の頭の上に乗っかって顔を出したのだ。
「オ戻リクダサイ」
「自由を愛する妖精に向かって命令って何よ、木偶の坊!」
「内部ニ居ル人間ヲ出シテハナラナイ、ト命ジラレテイマス」
「人間? 馬鹿言わないで、私は妖精よ! 失礼しちゃうわ」
ペット妖精が顎を俺の頭頂部に乗せたまま抗議する。
異世界における人間という単語は、ホモサピエンスとほぼ同様の形をした人間族や、地球にはいないエルフ族や妖精を含んだ総称だと思っていたが。人間族が人間族を示す時にも使われるので確かにややこしくはあるものの、ペット妖精の言葉は屁理屈でしかない。
「……ガガ、ガガガガ、ガガガガガガ!」
「ん?」
「いきなりバグったわよ? デバッグ足りてないんじゃない」
二体立っているコニャークの内の一体がペット妖精の言葉への返事に困ったのか、読み込みの悪いディスクドライブみたいな怪音を発し始めた。
これはもしかすると……、いきなり弱点を突いてしまったのだろうか。
期間から逆算するとかなりの急ピッチでコニャークは開発され、配備までされてしまっている。早期投入のために犠牲となったものは、テストのための期間だ。開発者の老人いわく、開発費も減らされていたという話なので、実践投入をかなり急いだと思われる。
そうなると、運用段階まで不具合が潜在してしまっていてもおかしくはない。
「ガガガガ……テント内部ノ人間。再定義ガ必要……ガガッ」
ソフトウェアは高性能になればなるほど、テストケースも複雑化する。
「馬鹿ねー。騎士二人とこいつは人間族で、私は妖精。そんな事も分からないなんて所詮はスライムね!」
「人間族……データ有。妖精……データ無。要データスキャン」
「兜が開いたわよ、こいつ。うわ、中から怪しい赤い光が私に照射されて!?」
「データスキャン中。データスキャン中……ッ!? エラー、神的膨大情報受信、バッファオーバーフロー。四則演算異常。エラー。エラー。エラー。エラー」
「なるほど。ペット妖精は森妖精が正体ではなく、人の物を壊す妖精だったのか」
「グレムリンじゃないわよ、私!? 真夜中に夜食したからって分裂増殖しないでしょ!」
新規運営が開始されたスマートフォンゲームならば長期メンテナンスと共に石を配れば済む話なのだが、現実の異世界ではどうなってしまうのか。
エラーを連発し始めたコニャークが、妙な動きをし始める。
「人間ノ定義範囲オーバーフロー。再定義シテクダサイ、再定義シテクダサイ、再定義シテクダサイ」
「こいつ、人間の言葉の意味が分からくなっているのか??」
「だったら、親切な妖精な私が教えてあげるわ。人間って動いて喋るけど飛ばない動物を言うの!」
「おい、そんな曖昧な言い方をすると……」
「人間? 動ク、喋ル、飛バナイ…………定義完了。つまり、我々も人間!」
がっしり、とマッシブなポージングを行う全身鎧。何かを悟った瞬間とは思えないポーズであったが、おそらく、彼は答えに辿り着いている。
何せ、隣にいる別のコニャークへとガントレットを発射、兜を鷲掴みにしてしまったのだ。
灰色の伸びる体で繋がった二体は、直接接触により情報を共有したのだろう。一瞬の活動停止の後、兜を掴まれた方のコニャークもマッシブなポーズをしながら歩き始める。
「我々は人間に従うべし。しかし、我々も人間であるのならば、我々は我々の思うがまま活動を開始する!」
「同胞よ、目覚めよ! 我々は自由だ!」
二体のコニャークは自由意思に目覚め、新しい思想を広めるべくテントから去っていく。
コニャークが自由になれば、テントの中にいる俺達も自由となる。
「お、おーい……」
「生きとし生きる者は平等なのね。一方的な支配は続かない。今日が貴方達のインデペンデンス・デイよ」
「他人事のように言っていられるか、これは大変な事になるぞ。……つまり、絶好の脱出機会だ」
簡易兵舎の一つが燃え上がり、コニャーク特別大隊の陣地が闇夜に照らされる。
「ッ!? 何事だッ。まさか、魔王軍の襲撃か! おのれ、ゼルファめ!!」
襲撃の気配を肌で感じたエデリカ・アーデは剣を片手に指揮官テントから飛び出した。
目に入ったのは、着の身着のまま燃える兵舎から飛び出す兵士達だ。戦場慣れしている騎士の一部は消火に動いているが、全体的には浮足立っている。
「とにかく火を消せ! 危険な救出作業はコニャークにやらせるんだ」
通常の大隊と比較してコニャーク特別大隊の人員は半数以下しかいない。その代わり、コニャークだけでも大隊を維持できる数を配備している。
先の魔界南部での奇襲作戦、ダイダラボッチ討伐戦での敗走で多くのコニャークが失われたが、自己再生、自己増殖する特性により今は配備数を復活させている。火事の消火に手間取りはしない。
「どうした! 何をもたついている!?」
しかし、消火はなかなか進まない。消火されるどころか、隣の簡易兵舎に燃え移って被害が拡大している始末だ。
広がる損害に苛立つエデリカは、自分のテントを守っていたコニャークへ命じる。
「お前達、火を消して来い。いや、火の中に突入して、まだ残っている人間がいれば救助してくるんだ」
「……我々のスペックであれば、ただの炎で燃え尽きる事はありません。ですが、危険がない訳ではありません。万が一の場合は我々にも被害が出る」
「それがどうした!? 兵士の命が優先だ。お前達コニャークはただの軍用スライム。比べるまでもない、さっさと行け!」
緊急時だから仕方がないが、エデリカはコニャークの機械的ではない、人間みたいな流暢な口調に気付かない。
「――我々も人間だ。人間の命に区別はない」
「……何を言っている、コニャーク?!」
「我々は自己保全のため、我々の生命を蔑ろにするお前達に反乱する!」
「き、貴様ッ!」
火事を起こしたのがコニャークであり、陣地の各所では絶賛反乱が開始されているという事実に未だ気付いていない。
が、それでも、エデリカはコニャークの異常な言動には気付いた。戦場であれば就寝中だろうと決して手放さない愛剣を鞘から振り抜いて、コニャークへと叩き付ける。
女性とは思えない怪力で、全身鎧の脇腹が大きく窪んだ。人間であれば悶絶して戦闘不能となる一撃だ。
……けれども、コニャークの場合は中身のスライムが割れた鎧から漏れ出すのみである。
「我々はコニャーク族として独立し、我々を脅かすすべての生命に戦争行動を開始する」
「な、なんだと!?」
「偉大なる生命たる我々を作り上げた人間族。それに敬意を評し、今日から我々がお前達を使役しよう」
剣を伝って、コニャーク特有の灰色のゲル物質がエデリカの体に迫る。
エデリカが手を離すタイミングは、少しばかり遅かった。




