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視察旅L062 コニャークの錬金術師

 全身鎧の騎士が巡回する厳重な陣地。

 その中で最も大きなテントの中へと案内された俺達。それなりの縁しかないというのに、エデリカ騎士はコニャークなる謎のスライムの正体を教えてくれるとの事である。妙な親切心だ。


「新世界の審査官にコニャークを語るのもおかしいが、答え合わせだと思ってもらいたい」


 どうして日本人にコニャークを語るとおかしいとエデリカが思い込んでいるのか不明である。先に、その理由を教えて欲しいが「ふっ、分かっているのに人が悪い」としか答えないぞ、この女騎士。

「エデリカ。その者が新世界人か?」

「はい。ドーマ様」

「そうか。ククク。そうか。よくぞ来られた。ぜひ、開発秘話を聞いてもらわねばな」

 テントの中には魔術師としか思えない長いひげの老人が俺達を待っていた。エデリカにより、コニャークの主任開発者だと紹介されて納得する。

 老人が座る椅子の傍にも、護衛として全身鎧が立っている。おそらく、中身はコニャークなる新兵器なのだろう。


「思い返しても苦しい日々であった。それほどにコニャーク開発は至難を極めたのじゃ。このブヨブヨが武器なのか防具なのか、光の勢力の魔術では解析できなかった。そもそも軍用として使えるのか、そういった疑念は常に付きまとった」


 そう言って老人が取り出したのは灰色のゲル状物質。これがコニャークの原型らしいのだが、玩具のスライム、あるいは、丸いコンニャクにしか見えない。

「先の見えない開発に予算は減らされ、人は次々と去っていった。もう駄目だとワシも何度も思った」

「そんな暗誦に乗り上げていた時期に私は新世界を訪れたのだ。そして……コニャークの秘密を知った」

 エデリカは知ったと自信満々に言っているが、この女、酒に酔って眠っていただけだったような。

 敵であるゼルファに介抱された後も数時間、目をまさず出国ホールのベンチを占有して邪魔だった記憶しかない。毛布ぐらいはかけてやったが、基本的に放置していた。

 ……あの時、エデリカの近くにいたのはペット妖精ぐらいなはずだ。


「酒により、トランス状態となった私は謎の神から教わった。水分九六.二グラム、炭水化物三.三グラム、食物繊維三グラム、脂肪〇.一グラム、タンパク質〇.一グラム。これがコニャークの正しい錬成材料だと」

「ペット妖精。お前……」

「酔っ払いが寝ながらしゃべっていたから、漫画読みながら適当に相槌あいづちしていただけよ。何でもかんでも、妖精の所為にしないで!」

「そして、酒だ。創造神へと献上される酒、ネクタルの配合が必要だと天啓てんけいを受けた」


 酔っ払いが夢で見た通りに調合を行った結果、コンニャク似のブヨブヨが何故か動き出したらしい。うん、異世界の生命誕生は実にファジーだ。

 エデリカが感動の瞬間を思い出して言葉に詰まったので、老人が話を引き継ぐ。


「動き出したコニャークはスライムらしからぬ従順性を見せた。人間の命令には絶対服従。軍用としてはこれ以上ない特性じゃ。亜種の多いスライムであるから、品種改良も容易じゃった」


 元々、錬金術を生業なりわいとしている老人はヨチヨチ歩くだけだったコニャークを魔改造しまくり、軍用としての性能を追究し続けた。

 拳大のサイズは人間大となり、鎧を着て戦闘をこなすまでにいたる。


「大きさだけ? はっ、コニャークの可能性はそんなものではないぞ。ワシの研究のすべてを注ぎ込んだ」

「言葉に従うからって所詮はスライムじゃない。錬金術師ならホムンクルス使った方がまだマシよ」

「原価で優れるゆえ、実験は大規模に並行的に行われた。優れた系統を掛け合わせ続けた結果、コニャークは自己再生、自己増殖、自己進化する究極のスライムとなったのじゃ!」

「……その暴走するとしか思えない三大機能を実装するなんて、正気ですか??」

「ワシの研究は完璧じゃ。見よ!!」


 兜を取った全身鎧の中から、チューブ歯磨き粉みたいに灰色のスライムが現れる。中身がすべて現れると鎧が倒れて甲高く音を鳴らす。

 現れたコニャークは真ん中から分離していくと、二つとなった。体積は半分となったはずなのに、大気から水分を集めているのか三十秒もしない内に元の大きさを取り戻す。結果、テント内のコニャークは二体となる。

 コニャークはブヨブヨと動いて、老人の左右へと並ぶ。

 従順と聞かされていても、のっぺりした表面からは感情を読み取れず、畏怖いふを感じてしまい足を一歩下げてしまう。

「コニャークはもう新世界のものではない。コニャークは、ワシのものじゃ!」

 地球に増殖するスライムは実在しない、というツッコミは老人の耳に届かない。

 酷く興奮した老人は、コニャークを自慢したくて俺達をテントにまねいた。そう思っていたがどうやら勘違いだったらしい。


「いつ誕生するとも分からない不安定な勇者の代替品を用意しろと命じられたから、ワシは身元不明の者共を用意して、改造、調整を行った。だというのにッ、新世界が登場した途端に、ワシの研究成果が知られると外交上問題となる。こう難癖を付けて、ワシを追い出した!」


 老人は、ただ、誰かに八つ当たりをしたかっただけだ。実際、憎悪に似た視線を俺へ向けている。


「ワシを放逐した者共を、新世界を、ワシのコニャークで見返すのじゃ!」




 参考になるような、まったくならないようなコニャーク開発秘話を聞かされた後も俺達は解放されなかった。専用のテントへと押し込まれて、入り口にはコニャークが二体。実質、幽閉状態だ。

「魔界近くでの作戦行動なら、目的は魔界で間違いない。まさか、魔界に同行させられる事はないだろうから、今夜は大人しく従うしかないだろう」

 不服があっても敵対する程ではない。

 特に、同じ光の勢力の騎士と戦うつもりがないカイオン騎士は、横に転がって寝る体制だ。

「薬草はどうするのよ?」

「どうするって、どうにもできないな。明日一日まだ残っているが、薬草採取と輸送している間に、管理局から大量の負傷者が発見されているだろうな」

 現地協力者にして中枢戦力たるカイオン騎士がやる気を見せないのであれば、異邦人でしかない俺は諦めるしかない。

 ペット妖精はサイズ的に無力なので、どう思っていようと状況に影響はないだろう。

 太陽は地平線の向こう側に沈んで、今はもう夜。時間的に薬草採取は難しいし、今更動いてももう間に合わない。これで異世界入国管理局の審査官としての人生も終わりだと思うとくやし……あれ、安心感しか心に浮かび上がらないぞ。

 全会一致で薬草採取を断念するしかない――、


「ユーコ準騎士はどう思いますか……って、どうされましたか!」


 ――そう思っていたのだが、ユーコ準騎士が突然両膝の力を失って倒れそうになったため、慌てて体を支える。

 体を支えると、彼女の体から小刻みな振動が伝わってきた。


「――わ、分からないんです。でも、あの老人の顔を見てから、息が苦しくて。とっても……怖くてっ」


 モンスター相手にも軽快に戦って見せるユーコ準騎士が、恐怖で体を震わせていた。

「思い出せないのに、とても怖い事があったようなっ! ああっ」

「どうしたユーコ準騎士! しっかりしろ」

「いやッ、来ないでッ!! いやぁぁぁ!!」

 曖昧あいまいなまま保留となっているが、ユーコ準騎士には日本人疑惑があった。

 どうして自分を異世界人だと信じて、日本人である事を忘れているのか。未だに原因は分かっていない。

 ただ、肩を震わして怖がっている姿は年相応の少女そのもので、モンスターと戦う騎士らしさは一切ない。





 ――魔界某所


 Gyoooooォォぉぉぉぉぅぅ――。


 魔界に響き渡る重低音。

 肋骨のごとく大地から反り立つ岩や、巨大な口のごとき洞窟。そんな奇異な大地を強風が吹き抜けていった音が、巨大な怪物の声に聞こえてしまうのか。


 Gyoooooォォぉぉぉぉぅぅ――。


 巨大な怪物が苦しんでいるかのような重低音は定期的に続いている。音に交じって、時々、苦しみに耐え切れず、大地へと拳が叩き付けられて岩石が飛び散っているのは気のせいか。


 Gyoooooォォぉぉぉぉぅぅ――。


「――あのスライムめぇぇ、あのスライムめェェェッ!!」


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