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視察旅L060 森妖精捕獲


「あのッ、クソ小賢しい小動物共がぁ! とっつかまえて皮はいで剥製はくせい標本にしてやるぅ!」


 どうにか食人植物の群生地から脱出を果たした俺達。

 天然由来の強酸性シャンプーで若干以上にチリチリした髪となったペット妖精が激怒しながら吠えている。


「いや、その小動物ってお前の事でも――」

「旅人には親切にが世界のことわりよ! 菓子まで恵んでやったのに恩をあだで返すなんて脳みそ足りていないんじゃない!?」

「だから、それって普段のお前にも当てはまる――」

「もう怒髪天よッ! 全員捕まえてサーカスの見世物にしてやる!」


 ペット妖精の怒りは酷く共感できるし、薬草の群生地を現地人から聞き出すという目的にも沿っている。森妖精共を捕まえるのは必須だろう。

 ただ、簡単に捕まえられる相手ではないのも確かだ。



「怒っている。怒っているわ」

「怖いわー。あー、怖い」

「人間に飼われたあの子、下品な言葉遣い。きっと調教されちゃったのね。薄い本にしか書けない事をやらされちゃって、清純な妖精らしさを失っちゃった末路なの」



 姿は見えずとも声だけは確実に聞こえる位置から、森妖精共は俺達を観察している。

「誰が調教されたって、このクソ小動物! 出てこいやーっ!」

 威勢よくペット妖精が森へと飛び込んで一分後――、


「えっぐ。えっぐ。うぇぇぇーん」


 ――水を浴びせられて、泥を投げつけられて、石油を背中に流し込まれた無惨むざんな姿で帰ってきた。数の利、地の利は相手にあるようでまったく太刀打ちできていない。

 透明な羽と蝶々の羽。その程度の差しかない相手であっても容赦がない。ペット妖精が泣かされているのは毎度の事だが、野良妖精共に対して良い印象を覚えなかった。

 ペット妖精はこんな奴でも、同じ職場の同僚なのである。

 相手は野生生物であるが、少ししつけが必要となるだろう。


「考えなしに飛びかかっても返り討ちにされるだけだ」

「えっぐ。なら、どうするのよ?」

「そうだな。……とりあえず、一匹を罠で捕獲しようか」


 持参したタオルハンカチを一枚使いつぶして、汚れたペット妖精の体をいてやる。

 手を動かしつつ、相手がペット妖精と同じ頭脳しか持たない森妖精ならば単純な罠であっても捕獲は可能、こう考えた。




「審査官殿、これで妖精を捕獲できるのでしょうか?」

「地球ではポピュラーな罠なので心配ありません」

 ロープをたくしたユーコ準騎士は、何故か不安な顔付きだ。


「ザルと支えの枝にロープって、こんな見え見えの罠で高度な知性を有する妖精が捕まえられると本気で思っているの? 馬鹿なの?」

「お前はどっちの味方だ。ペット妖精」


 俺が考案した罠は、小鳥を捕まえる罠の代表作だ。逆さまにしたザルを枝に立てかけたザル罠。見た目通り造りはザルであるが、作り易さという点では優れている。

 ザルが覆いかぶさる部分へと誘導するため、飴玉を線となるように地面に並べている。

「罠になっていないじゃない。こんなのに引っかかる妖精がいたら正気を疑うわ」

「静かにしていろ。一匹現れたぞ」

 文句を言うペット妖精の口を指でふさぎ、俺達は罠へと誘われた一匹の森妖精へと注目する。


「わーい、お菓子―っ!」


 一番端にある飴玉をひろう森妖精。サイズ的にボーリング玉を持ち上げたようなものであるが、森妖精は飴玉一つでは満足しない。次の飴玉を拾うため移動する。


「こっちにも。ふふ、全部私の物ね!」


 二つで満足しておけば良かったというのに、強欲な森妖精は更なる飴玉を求めて再度移動。それを繰り返している内にザルの落下範囲内へと潜り込んでしまう。


「ユーコ準騎士、今です!」

「は、はいっ」

「きゃああぁ、何かが覆いかぶさった。しまった、出られない!?」


 つっかえ枝をロープで引っ張るとザルが落下。

 ザルの中へと捕まった森妖精がジタバタ暴れて逃げようとするのを、ザルを上から押さえつけて阻止する。

「こんな罠で、こんな罠で……」

「ショックを受けていないでペット妖精も手伝え」

 無事一匹を捕獲し終えた。飛んで逃げないように縄で体をグルグル巻きにしていく。




 テーブルの上に置かれた囚われの森妖精はしおらしく……するはずもなく、歯茎を丸出しにして十倍以上の体格差ある俺達を威嚇し続けていた。


「ガルル、人間族に屈しない。これが妖精界の常識よ!」


 量産型ペット妖精みたいな事を言う。もう少し個性を出してくれないと見分けが付きそうにない。

「森妖精Aよ」

「村人Aみたいな名付け方しないで!」

「仲間の住処すみかを教えろ。そうすれば、お前を解放してやる」

「はっ、自分本位に生きている妖精だからって、仲間を売るような恥ずかしい真似はしないの。恥知らずな人間族と違ってね!」

「そうよっ。恥を知りなさい!」

「ペット妖精Pはコロコロ立場が入れ替わっているが、それで良いのか?」

「誰がペット妖精Pよ! 私は誰もプロデュースしていないわよ!?」

 話は変わるが、森妖精から見易い位置で、カイオン騎士に火を起こしてもらっている。

 ついでに、やっぱり話は変わるが、ユーコ準騎士には細長い針金の先端を火であぶってもらっている。特に意味はない。


「ご、拷問するならしてみなさい。お前達には妖精の呪いが降りかかって一生台無しよ。買い物で必ず一品買い忘れるみたいな、そ、そんな酷い呪いよ。良いの!?」


 まあ、俺だって虜囚の身となり、黒衣の拷問官が現れたならビクビク震えるだろう。それでも仲間の住処を明かさないのは大したものである。

「見上げた根性だ。正直、驚いたぞ」

 小さな勇気をたたえて、俺は森妖精Aの縄をほどいてやる事にした。

「な、なんのつもり??」

「拷問でも口を割らせられないのなら、捕まえておいても意味がない。このまま無事な姿で仲間の元へと帰るんだな」

「ふんっ、なら最初から捕まえないでよ」

 自由を得た森妖精は羽を広げてテーブルから飛び立とうとする。 

 その背中があまりにも無防備だったので、親切心から一つ警告を付け加えてやった。


「だが、このまま帰っても良いのか? 捕まったはずのお前が無傷で戻れば、きっとお前の仲間達はこう思う。こいつ裏切ったんじゃね? とな」


 テーブルから飛ぶ寸前の姿勢で硬直した森妖精A。ギギギ、ときしむ音を立てながら俺へと振り返る。

「何を言っているの。私は裏切っていないわ」

「お前の仲間達がそう考えてくれるなら安心だ。が、ノコノコ帰って来たお前を信じてくれる程に仲間達はお優しい性格をしているだろうか」

「裏切っていない。裏切っていない!」

「想像してみろ。人間に捕らえられた仲間が、悪戦苦闘を一切感じさせない綺麗な服で帰還して、身の潔白を主張する。お前ならどう考える?」

「絶対に裏切ったわね! あっ、違う。私は裏切っていない!」

「そうだと良いな。俺もそう信じたい」

 己の立場が突如危うくなり、羽を小刻みに震わせ、青い顔をする森妖精。もう一言で落とせるが、その役目はペット妖精に任せた。


「貴女が助かる方法があるわ。……本当に仲間を裏切れば、裏切り者という濡れぎぬを着せられずに済むのよ」




 それから小一時間かけて、周辺一帯に住む森妖精すべての捕縛を完了した。

「時にはエルフすらまどわす妖精を、こうも容易く篭絡ろうらくしてしまうとは。審査官殿は何者ですか。正直恐ろしいです」

 ユーコ準騎士がおっしゃる通り、審査官ですが何か。

 あみや鳥もちやスネアトラップが巻き付いた森妖精をコレクションし終えて一息付くが、本当の仕事にはまだ着手すらできていない。俺は異世界に、薬草採取に来たのであって妖精狩りに来た訳ではないのだ。


「人間族め、森の妖精に手を出せば森林同盟が黙っていない!」

「必ず、私達の祖にして神がお前達に神罰を与えるわ!」

「小さい女の子に仕打ちをすると、都庁が黙っていないわよ!」


 テーブルの上で虜囚の身となった森妖精達は、揃いも揃って恐ろしい事を言う。


「そうか、お前達は通報するつもりなのか。だったら口封じしないと。俺達はただ薬草の場所を聞きたいだけだったのに、残念だ」

「ま、まあ。今回はただのレクリレーションだったものね」

「本気じゃなかったのでしょう。仕方がないわ」

「通報なんてするはずがないじゃない。薬草の場所? 教える、教える」


 突如、親切になった森妖精達が森の西側を一斉に示した。

 肩の上にいるペット妖精が腕組みしたまま首を左右に振るので、カイオン騎士にテーブルごと潰せるハンマーを馬車から持って来てもらう。

 すると、森妖精達は森の東側を一斉に指差す。

 今度はペット妖精の首が縦に振られた。

「協力ありがとう。君達は自由だ」

 ようやく、薬草の群生地を特定できた。無駄に時間がかかってしまった。

 妖精が舞い踊る――逃げ惑うが正確――幻想的な異世界の森は、とっくに正午が過ぎている。薬草採取という簡単クエストは早く終わらせてしまいたい。




 森妖精が示した地点を目指す俺達四人は、道なき森を進んでいる。先頭をユーコ準騎士、後方をカイオン騎士が守る万全のパーティ編成である。ぶっちゃけ、足手まといの俺を守る隊列だ。


「お待ちください。何者かの気配が、前方に」


 ユーコ準騎士がそう警告して隊列は停止する。俺には暗い森しか見えず危険を察知できなかったのだが、後ろにいたカイオン騎士も剣を抜いて前に出て行く。

「モンスターか?」

「分かりません。不気味な気配で」

 しばらくしてから、二人の騎士がにらみを効かせる先の枝葉がかき分けられる。

 現れたのは……全身鎧とマスクとマントの騎士風の何か。森を散策するのに全く適していない鉄色一色の人物だ。動いているので人間が入っていると思うのだが、何か違和感がある。


「妙な、人間?」

「息遣いが感じられないわ。人間ではなさそうね」


 ペット妖精も警戒し始めた。異世界なので、リビングアーマー系なモンスターかもしれない。武器庫ではなく、森でエンカウントした理由がさっぱり分からない。

 全身鎧がガントレットをこちらに向けてくる。

 すると突然、ガントレットが発射された。イメージし易い言葉を選ぶとロケットパンチ。


「はっ?」


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