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視察旅L059 森妖精の歓迎

 馬車専用の通路からLゲートの入国管理局を出発する。荷台の中に隠れていたので、異世界情緒ある建物を一切見学できなかったのが残念だ。


「もう隠れていなくても大丈夫ですよ」


 運転席にいるユーコ準騎士にそう言われた時には、管理局は丘の向こう側に小さく見える程度となっていた。ミニチュアみたいな白い尖塔と壁、道に続く露店。日本の管理局と異なりちょっとした街になっているらしい。

「外の街は商人達が勝手に住み着いたものです。この半年で二倍ぐらいに大きくなっています」

「時々、日本にまで行商に来るぐらいに商売魂がたくましいですものね」

「まったく。これ以上大きくなるようなら、領主が必要となるでしょうな」

 カイオン騎士の解説を聞いている間に、管理局は見えなくなった。馬車は冬季の荒野を進む。


「これからどこに向かうのですか?」

「骨折を瞬時に治す程の効能を持つ薬草となればリーリエ草が候補となりますが、今は冬。付近では採取できないため、生えている可能性が高い森林同盟の大森林まで移動します」


 一人、二人分のリーリエ草であればオーケアノスから横流しできたかもしれないが、警備部約三十名分となると不正を誤魔化せない。

 季節が夏だったら街での買い付けも可能だったかもしれないが、運悪く今は冬季。通常の森にはもう残っていない。

 よって、俺達が向かう先は異世界ゲートのあるノーノルの西、森林同盟が治める大森林地帯である。森と共に生きる種族が管理する深い森は、薬草の大原産地として有名だ。


「とはいえ、大森林での採取は森林同盟が許していません。トラブルを避けるためもう少し西へ移動します」

「西って、魔界との国境付近になるじゃない」

「魔界付近は冬でも暖かく、リーリエ草が残っている可能性も高いでしょう」

「まあ、そこしかないでしょうね」


 魔界との国境線、つまり戦争の前線に近づくリスクは案外少ないという。

 どうやら、最近現れた魔法を使うオーク軍団に光の勢力はこっぴどく敗れたようで、前線は激しく後退。戦うための拠点が数多く失われた結果、新しい暫定国境線は落ち着いているというのがカイオン騎士の談である。

「大森林近くまで魔族に攻められているなんて、光の勢力は何をしていたのよ」

「そのオーク軍団を率いていたのは新しい魔王軍幹部らしく」

「もう、新しい幹部だなんて、どこのどいつよ!」

「ペット妖精。お前も知っている顔だと思うぞ」

 異世界の治安について不安を覚えていても仕方がない。異世界に限らず、どこにいても事件、事故に巻き込まれる危険はある。

 そう、目の前にも危険が――、


「――審査官殿はそのままで。ユーコ準騎士! 荷台を守れ!」

「お任せください。カイオン騎士!」


 突然、馬車が停止したかと思うと、カイオン騎士が巨体に見合わない俊敏しゅんびんな動きで荷台の外に出て行く。運転席にいたユーコ準騎士もいつの間にか剣を抜いて地面に立っていた。

 こっそりと外を見ると、進行方向にいたのは不定形なゲル的な何か。

「何だあれ?」

「どう見てもスライムね。亜種が多いのに、普通のスライム目スライム科なんて逆に珍しいわ」

 馬車にエンカウントしてきたのは体長一メートル弱のスライムだ。半透明で、食べ物で言うと心太ところてんに似ている。


==========

 ▼危険生物ナンバーL059、スライム

==========

“ゲル状の体を持つモンスター。生物か否か定かではないが、異世界では生物の成りそこないと見下されている。

 呼吸器官に入って来て、獲物を窒息死させる狩猟をする。その後、死んだ獲物をゆっくりと覆い消化する。服だけ溶かす性質はない。

 刺突は有効ではないものの、一定サイズ未満になると動かなくなる”

==========


 盛り上がり、体を大きく見せる野良スライム。

 カイオン騎士がロングソードでななめに斬ると、べっちゃりした体液を巻き散らしてスライドしていった。半分になったスライムはもう動かない。

「お見事です」

「このぐらいは戦争帰りなら誰でも。馬で踏みつけても良かったですが、念のために排除しておきました」

 異世界の人達にとっては日常らしい。馬車に備え付けてあるスコップで半分になったスライムを道からどかせると、再び馬車移動を開始する。

「到着まで一日から二日です。道中の安全はお任せください」




 結局、四日しか猶予がないというのに、現地に移動するだけで二日半もかかってしまった。これでも最速の移動だ。早朝から晩まで荷台で揺られて腰が痛い。

 帰りは馬車で全員帰るのではなく、カイオン騎士かユーコ準騎士に先行してもらうしかないだろう。激甘の計算となるが、採った薬草を持って一日で戻ってもらう。

 つまり、薬草採取にかけられる時間はたったの半日だ。

 馬車で近付けるギリギリの場所まで森に接近した。さて、そこまでは良かったのだが、そこからどうすれば良いのかが俺には分からない。人生で森に入った経験はあまりなく、どうやって薬草を探せばいいのかさっぱりだ。

 ここで頼るべき相手はペット妖精。うん、実に不安な人選だ。


「初めての森で貴重な薬草を見つけるのは容易ではない。それは妖精である私でも同じよ。でも、安心しなさい、秘策を用意してあるわ!」


 そう言ったペット妖精は自分の旅行カバンを持ち出す。中にはお土産の菓子類しか入っていない。

 ペット妖精は小さな体で俺とカイオン騎士をあごで使う。馬車に乗っていた木材で簡単なテーブルを作成させると、そこに菓子をばらいた。

「……鳥の餌か?」

「違うわよ! お菓子でこの森に住む妖精を呼び出すのよ!」

 意外にもペット妖精は色々考えたらしい。地元の事は地元の人間に聞く。当たり前であるが、そのための準備をしていたのは素直に感心する。

 ただ、どうして柿の種をばら撒いたのだ。もっと甘い菓子もあるというのに、どうしておつまみを選んだのか。


「しっ! 近づいてくるわ。草むらに隠れて!」


 俺の不安をよそに、フワフワ、ヒソヒソ、周囲から小さな気配がした。

 身をひそめて静かに待っていると、木々の向こう側から、蝶々のような羽を持つ小人が飛んで現れる。



「何かしら、何かしら?」

「珍しいものが置いてあるわ。ちょっと誰か食べてみなさいよ」

「えぇー。こんな変な辛みがするものを口に……んー、ぽりぽり」



 森妖精だ。当たり前であるが、ペット妖精と似た外見の種族である。

 けれども、どこかが決定的に違っている。髪の色や服の形状、羽の形。それらも違うが、もっと違う何かがありそうだと俺は直感する。

「……ペット妖精、あいつらから話を聞くのか?」

「そうよ。森の事は妖精が一番詳しいのよ」

「それはそうだが」

 一匹、森妖精が現れると釣られて十匹の森妖精が飛んで来た。初めて見た日本のおつまみだというのに、特に警戒心なく柿の種を食べ続けている。



「止められないわね、これ」

「ちょっと、もう残っていないわよ。関係者出て来なさーい!」

「何かこう、アルコール的なものが欲しいわ」



 数が出揃ったところで、ペット妖精が森妖精の所へと向かった。羽の形状が違っても、同じ妖精であるため警戒される事なく輪に迎え入れられる。


「はぁーい」

「はぁーい! 見ない顔ね、どうしたの?」

「ちょっと訳ありなの。この森にリーリエ草の群生地ってないかしら?」


 順調な接触だった。まるで同じ学校の隣クラスへ訪問した高校生みたいなフレンドリーさで薬草の場所を聞き出している。

「正直に言うと妖精を信じて良いものか不安だったが。あの様子であれば大丈夫そうではないか、審査官殿」

「まあ、珍しく仕事をしていますね。口出しするのもなんなので、最後まで任せてみましょう」

 即席テーブルの上から柿の種がなくなった所で、森妖精達は森の中へと飛び去っていく。

 一人残ったペット妖精が、自慢げな表情で目的地を指差す。

「あっちに薬草があるらしいわ。ついて来なさい」

「あっちね。カイオン騎士、ユーコ準騎士、あっちらしいので一緒に来てもらえますか。採取用のかごをおいて、まずは剣を持参してください」

 ペット妖精に案内されるまま、森の奥へと進んでいく俺達一行。


「もうすぐよ。この先に薬草の群生地があるって!」


 大きな葉を分けて辿たどり着いた先には……地面を埋め尽くす程に群生する大量の食人植物ハエトリクサ


「……えっ?」

「やっぱりこうなるか。お二人、退路確保をお願いします」

「ぎゃああっ、食われる。てか、食われたァぁあぁッ」


 審査官という職業にいていると人をだます生物を見分ける事にけてくるが、今回はそんな職業的な感覚を必要としない。

「私を食べるぐらいならそっちの巨漢騎士にしなさいよッ。ぎゃあ、服がジュウって溶け出したァ」

「ペット妖精! 助けてやるから暴れるなって!」

 妖精は基本的に、相手を騙す悪性アンシーリーコートなのである。





「あははっ、楽しい!」

「愉快だわ。愉悦だわ!」

「人間族と一緒にいる妙な子が食べられちゃった。かわいそー。誰よー、嘘教えたの?」

「死んじゃったらごめんねー。あはっ!」


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