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視察旅L058 出国と入国

 強権を振るう局長に逆らえず、旅行カバンに着替えとパスポートを詰めたのが十分前。

 今回の視察期間は四日間のみ。四日で怪我に苦しむ警備部全員を復活させられるだけの薬草を採取しなければならない。期間的にも心情的にも、迅速な行動が求められる。気合が入らない訳がない。

「どうして審査官だけがエルフのいる世界へ出張できるんだ! 不平等だァ!!」

「隊長っ、両足折っているのですから動かないで!」

「折れた足で歩いているぞ。この隊長?!」

「応援を呼べ! 応援も骨折中? 知るか、呼べ!!」

 怪我で苦しむ管理局の仲間達のためにも、何としてでも薬草を発見しなければ。

 異世界ゲートのある出入国ホールに到着すると、ペット妖精の奴も荷物を整えて俺を待っていた。


「ペット妖精。どうして俺よりも荷物が多いんだ?」

「お土産買い過ぎちゃったわ。その辺に自生している妖精に自慢するだけでも出費がかさむわ」


 特大のキャスター付き旅行ケースに腰かけているペット妖精。比率的に、ペット妖精の方が付属品、目印用のタグとしか思えない。

 大きなカバンに何を詰めたのか。まあ、オチは読めたものであるが、俺から何かを言う必要性はないだろう。重いケースを押すのを手伝ってやるのもやぶさかではない。

 そうして、ペット妖精を先に審査ブースへとお通しする。


「ペネトリットちゃん。この中の半分以上が持ち出しNGです」

「何でよぉぉっ!」


 審査官は数が少ない。俺が出国するのだから、後輩が審査官を担当していても決して不思議ではなかった。

 後輩の厳格な審査で特大カバンの中身をあらためられて、次々と禁輸品がトレーに置かれて山積みになっていく。

「包丁は? ジャパニーズ鍛冶師の技術で作られた包丁はお土産としているでしょ?」

「これはNGです。武器転用可能な物品はすべて輸出不可能となります」

 包丁などは分かり易く凶器足りえる。海外旅行で持っていけば没収されて当然だ。カバンに入れたペット妖精が間違っている。

「この寿司ネタの形をした食品サンプルはいるでしょ?」

「これはNGです」

「何で? 寿司は日本の文化じゃない!」

「正しい日本食を異世界に広めるため現段階では寿司に関する情報を規制するべきだと、農林水産省が外務省へと抗議したらしく」

「寿司ポリスぅぅっ!」

 食品サンプルについてはペット妖精が異議をとなえたが、健闘(むな)しく没収されてしまった。

「まさか魔法瓶も駄目って言わないでしょうね? どんな魔法が使われているのかさっぱり分からないけど」

「これもNGです。魔法瓶の構造も異世界にはない技術なので」

 結局、ペット妖精の旅行カバンに残されたのは消耗品たる菓子類のみだ。菓子しか残らなかったとペット妖精は不満顔であるが、食品が持ち出せるようになっただけ輸出規制がかなり緩和されている。なお、味噌は今でも駄目だ。

 ペット妖精の審査が終わったので、次は俺の番だ。


「先輩はいつも荷物が必要最小限ですね」

「今回は準備期間もなかったからな。腰が痛いのに湿布も持ち出せない。まあ、向こうで良い薬を買うさ」

「お土産を期待しています」


 メドゥーサ襲撃の被害を受けなかったどころか、まだメドゥーサと出遭っていない後輩は元気に俺を送り出す――Rゲート大使館はまた全員出かけたのか無人となっている。

 まだ痛む腰をさすりつつ、俺は左側に見える異空間へと向かう。

 群青色の謎空間へと一本続く道が、俺とペット妖精が並んで進めるサイズに広がった。





 職場の先任審査官たる先輩を送り出した浦島直美は、旅立つ先輩の未来も、先輩のいない職場についても、一切の不安を感じていないらしくブース内でニコニコしている。

 今日の浦島審査官の担当はLゲートの出国側。ゆえに、出入国ホールの中ではRゲートから一番遠い位置にいる。

 ……だから、浦島が異変に気付くまでに少し時間がかかる。


「おーほほほっ! 若いのに堅苦しいゼルファが出かけた今こそ、新世界へ出向いて建築技術を学び放題だぁ。よほほーっ!」


 どこからか、わんぱくな中年男性の歓喜が響いてきた。

 当初、浦島は負傷した警備部の誰かがエルフの夢でも見たのだろうと思い、リアクションを起こさない。しかし、歓喜はホールの奥から日本側へと近づいている。まるで異世界から誰かが現れて、疾走しているかのごとく。


「Rゲートから魔族っ?!」

「と、止まってください。止まれェェ! 警備部は……負傷者ばかりで動けないだとっ」

「局長! 魔界から眼鏡をかけた牛顔の異世界人が!」


 同僚審査官達が騒ぎ出したところで、ようやく浦島は動き出す。

「うーん、冷蔵庫に焼肉のタレあったかな」

 何となく、今夜は牛丼か焼肉かなと浦島は考えた。





 ――世界を越えて、一瞬視界が暗転してからLゲートに到着する。

 どうも異世界側のゲートは構造が異なるらしい。Rゲートを越えた時もそうであったが、謎空間の先は異世界の大地と地続きとなっている。群青色の空間を歩いて渡る必要がない。

 考察するに、謎空間は地球と異世界を繋げるワームホールか超空間航行の道を可視化したものなのか。役割的には飛行機とターミナルビルを接続するボーディング・ブリッジと思われる。

 異世界と地球で相違があるという事は、両方の世界から手が伸びているのではなく、片方の世界から手が伸びているだけという暗示なのだろう。異世界と地球、どちらから手が伸びているのかまでは判断できない。


「お待ちしておりました。審査官殿に妖精殿」

「キケロ司祭? それにオーケアノスのお二人まで」

「渡航目的は事前に宝月局長より連絡を受けています。ここにいる私達三名・・・・は、お二人を歓迎します」


 大理石で作られた強固な台座の上に俺とペット妖精は立っていた――ペット妖精は旅行カバンの上というのが正しい。

 俺達が現れるのが分かっていたようで、キケロ司祭が俺達を出迎えてくれている。きらびやかな法具を首からぶら下げている彼の背後には、お馴染みのカイオン騎士とユーコ準騎士がひかえていた。

 局長の根回しが済んでいるのはありがたい……と無邪気に考えていいものか。一時的とはいえペット妖精の帰国許可が正式に認められたとは思えない。管理局同士で密約がわされたのではなかろうか。

 まあ、一職員が難しい裏事情へと首を突っ込むものではない。分からないフリをしよう。


「我々の管理局を堪能たんのうしていただきたいところですが、時間は限られています。さあ、馬車をご用意していますので外へ。本当は薬そのものを用意できれば良かったのですが」

「いえ、ご協力感謝いたします」


 キケロ司祭に案内されるがまま、異世界ゲートが鎮座する屋根の高い四角い建物の中を直進する。

「ふーん、人間族の結界にしては厳重というか、過剰ね。生意気」

「妖精殿にそう言っていただけるとは安心できますね。最近の失敗も活かして、ゲートの直近にも結界を敷設したのですよ」

「生意気なのはお前だ、ペット妖精。陰口は人に聞こえないように言うものだぞ」

 虫眼鏡似の法具を等身大にしたオブジェの横を通り過ぎた先には、アーチ状の屋根が取り付けられた馬車が用意されていた。

 Lゲートの貴族達が愛用する馬車と比べれば装飾が皆無で、異世界馬の色も質素だ。実用一辺倒の馬車である。オーケアノス騎士団の輜重しちょう兵の装備を流用したのだろうか。

「道中の運転と安全確保はカイオン騎士、ユーコ準騎士に任せているので、審査官殿はご心配なく」

「何から何まで……」

「これぐらいお安いものです」

 目の細い司祭の微笑は、口元の変化でしか判断できない。本当に安い取引だったのだろうな。

 俺とペット妖精はここにいる三名の異世界人以外の目を避けるため、布で覆われた荷台へと乗り込んだ。


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