怪事件X052 管理局の怪1
ペット妖精の鳥かごは管理局科学班により丁寧に殺菌消毒されたものの、ペット妖精が入居を拒絶したためフリーマーケットへ出品される事と相成った。
ペット妖精は後輩預かりとなり、今晩より社員寮で同居を開始する予定だ。厄介者を預かる破目になった後輩であるが、本人は喜んでいたので誰も不幸になっていない。
一ヶ月間待ちに待った反省文がペット妖精より提出されて、すべて世は事もなし……とはならないのが現実の非情さだ。
大量発生した害虫は、異世界入国管理局の衛生問題を揺るがしている。このままでは、衛生管理基準違反で営業停止となりかねない。
「これは管理局存続の危機だ」
「局長、たかが害虫にそこまで警戒されなくても」
「お前の想像以上に管理局の立場は危ういのだ。エリートで固められた栄光と犠牲の一期組。一期組が再起不能となったため急遽動員された寄せ集め、接着力の高過ぎる充填剤と呼ばれた二期組、つまり我々。政府の中には現状を憂い、新たな正式職員をここに送り込む動きがある」
八月頃に行われた害虫検査にはクリアしていた。であれば、ここ数ヶ月以内に害虫が集まる環境が出来上がったと考えられる。害虫が管理局内で湧くには期間が短いため、外から集まったと推理される。
管理局は山奥にあるが、それなりに人通りがある。トラック輸送もそこそこの頻度で行われている。また、内部にはコンビニやレストラン、職員食堂、傍には社員寮と施設が多い。害虫が現れても不思議ではない。
「良い事じゃないですか」
「予定外に仕事をこなす我々を邪魔に思った外部勢力の意向により、我々は公式に排除されかけているのだぞ。たかが害虫で運営に問題ありと難癖付けられたくはない。お前はこの問題を早急に片付けろ。いいな?」
局長直々の命令により、俺は害虫大量発生事件を解決しなくてはならない。これって審査官の業務なの、と気にしたら駄目だ。局長の蠱惑的なガーターベルトと同じである。
俺も今の職を失うつもりはないので、管理局のどこかに害虫が発生するような場所がないか調査を開始した。
助手として後輩を希望したが、彼女は審査で忙しいので仕方なくペット妖精を助手にする。
「通気口を集団で移動していたのだろ。どっちの方向から移動して来たと考えられる?」
「管理局の西側方向だとは思うけど……当分、私は通気口に入るつもりはないから」
害虫の生き残りを恐れてペット妖精が通気口に入ってくれないので、通気口を下から眺めながら廊下を歩く。
数十歩後、行く手に見えてきたのはコンビニである。旅行客も使うがそれ以上に職員の利用が多い、山奥暮らしの俺達にとっては生命線となっているお店である。キオスク程度の小さな店であるが、あるとないとでは日々の生活水準が大きく異なる。
朝のラッシュを終えて棚に商品を補充しているおじさん。この人がコンビニ店長なのだが、はて、夜勤明けで、朝に帰宅したはずでは?
「もう出勤されたのです?」
「フランチャイズは人件費削らないと利益がねぇ。ここ、山奥だからか本部に応援頼んでも断られちゃうし」
応援が来ないのは立地の所為ではなく、治安の所為かもしれません。
「アルバイトを募っても直に止めちゃうか、二週間勤務が続くとここの人達が雇い入れちゃってねぇ」
「ごめんなさい。おじさん……」
「良いんだよ。良いんだよ。こんな田舎には選べる仕事がないからねぇ」
若干腰の曲がったニコニコしたおじさんがカップ麺を棚に詰めていく。ブリザードの中、ペンギンが卵を温めるシーンと同等かそれ以上の感動的な光景に涙を流してしまいそうだ。
「それはそうと、最近何か変わった事はありませんでしたか?」
コンビニ店長のおじさんに害虫云々を直接訊ねると、管理衛生を疑っていると誤解されかねない。そのため、遠回りな質問をしてみる。
「そういえば、うっかりお金を払わないでお菓子やお弁当を持って行こうとした子がいたねぇ」
……どこの命知らずだ。胴体分離して殺されるぞ。
「犯人はどこに!? まさか、もう死ん――」
「なに、若者は時々過ちを犯すものだよ。まぁ、若者は未来があるから良いかもしれないけど、お店の赤字に未来なんてないから、同じ地獄を味わってもらいたいと日々思って技を磨いているけれどねぇ」
小さなレジをチラ見すると、立てかけられている刀が嫌でも目に入る。
「幸いな事に、ここに来るお客さん達は皆良い子ばかりだから。お金を払い忘れたうっかりさんも、後で思い出して払ってくれているよ」
「半年前ならいざ知らず、今更そんな馬鹿が現れるなんて」
そういえば、コンビニに近付いてから一度もペット妖精が発言していない。
どうしてだろうとペット妖精を見てみると、俺の肩の上で直立不動となって敬礼し続けている。
「ペット妖精。お前まさか――」
「店主! お仕事お手伝いいたします!」
「この子は自主的にお手伝いしてくれるから良い子だねぇ。こんな子が商品を万引きしようとするはずがない。あの時は、お財布を忘れただけだったんだよねぇ」
「はっ! もちろんであります!」
「うんうん。今時珍しい良い子だねぇ。もっと食べないと大きくなれないよ、さあ、お菓子をあげよう」
「恐れ多いっ! お金を払います!」
ペット妖精は妖精らしく、コンビニのお菓子を移動させる悪戯をしようと試みたのだろう。根が小心者なので、本当に万引きを働くつもりはなかったはずである。
だが、その悪戯の最中に、金を支払っていない商品を店の境界線の外へと持ち出してしまったとすれば……最悪の場合、ペット妖精がペッ、と、ト妖精になっていた。
ペット妖精の現在の屈服具合から、動脈まで一マイクロで済んだと想像される。
チョコのお菓子を自分で支払ったペット妖精。目でここから早く離れろと懇願していたのでおじさんに別れを告げる。
「それでは俺達、調査の続きがあるので」
「またの来店を待っているよ」
廊下の上の通気口はまだ続いている。
続いて見えてきたのは経理部だ。
管理局の中にありながら異世界と接する事のない部署であるため、リタイヤする職員が少ないと言われている。逆に言うと、異世界への耐性の低い一般人が多い。
「よ、妖精っ!? 妖精がァッ!!」
「もう駄目だァ。遺言書く前に辞表書いておけばよかったっ」
「皆落ち着け! 相手はたった一人だ。全員でかかれば半数は生き残れるはずだ!」
熱心に部材発注していた職員が、ペット妖精を見た瞬間に防災ヘルメットを取り出して席の下に隠れ出す。
こんなにも分かり易い反応の人々は、ペット妖精の玩具でしかない。部屋の中央へと飛んでいって、笑いながら職員達をおちょくり始める。
「うふふっ! 私はペネトリット。すべての記憶、すべてのPC電源、すべての書類を消し、そして私は消えない。永遠に!」
「この妖精めェ。お前の所為で毎回計算が一合わないんだなッ!」
経理部全体がペット妖精を恐れて話を聞けない状況になってしまったので、近場に置いてあった朱肉を投げ付けてペット妖精を黙らせる。
「おおっ、流石は歴戦の審査官だ! 妖精が血塗れだ」
「助かった。悪は滅びて、この部署の平和は守られた!」
いや、壁にぶつかったペット妖精の赤い魚拓が残っているが、奴はまだ無事である。滅びていない。
「審査官。褒美は何が良い? 偽造発注で自由になる金を作ろうか」
「いりません。その代わり、最近何か変わった事がなかったか教えてください」
経理部の人々は互いに顔を見合わせた後、変わった出来事は起きていないと答える。
……いや、一人だけ手を上げて変わった事があったと告げる。
「そういえば、電気ヒーターが行方不明に。誰か知りません?」




