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審査官L051 小さな妖精の世界をかけた戦い

 人間にとってはせまく、妖精にとってはトンネル大な通気口の内部でペネトリットは高速飛行を始める。

 己の命を狙うクリーチャーの登場に腰を抜かす程に驚いたものの、可愛らしく腰を抜かして餌食えじきとなる程にペネトリットは可愛らしくない。決して楽ではない森暮らしを行う妖精はサバイバル適性が高くなければ生き残れないのだ。


「新世界にはモンスターがいないって話じゃなかったの!? だまされたじゃないっ! あんな気色悪い虫型モンスターとエンカウントするって聞いていない!」


 悪態をつくペネトリットは、はるか後方に追いやってやったクリーチャーに向けて舌を出そうとして振り向く。

 ……ペネトリットのすぐ後方を飛んでいた頭文字G。左右に大きく広げた翅が生理的な悪寒を誘発させる。


「上等じゃない!! コーナー二つも抜ければバックミラーから消してみせるわよッ」


 本気となったペネトリットが更に加速した。デッドウェイトなペンライトを投棄した代わりに、視界確保のために妖精の羽が淡く発光を開始する。

 直線加速でクリーチャーを圧倒したまま、左へと折れ曲がる通気口に沿ってカーブする。

 そして、コーナーを抜けると……何故か背後に追い付いている漆黒色のクリーチャー。

「はあああぁああッ?!」

 T字路を右に進むと、両者の距離は更に短くなった。速度で劣る相手にコーナーで詰め寄られるとなれば、コーナリングで負けているのは明白だ。同じ飛行生物のくくりとはいえ、妖精が虫に負けるとは屈辱的な状況である――なお、本場の異世界ではよく蜘蛛の巣に引っ掛かった妖精がそのまま悲惨な最期を――。

「いやーーっ、生きたままムシャムシャ死ぬなんていやーーっ」

 もう二つ、三つコーナーがあればクリーチャーの手がペネトリットに届くだろう。それが分かっているから、クリーチャーは口を大きく開いてよだれらしている。


「そうだわっ、この先!」


 しょっちゅう通気口を使っているペネトリットは覚えていた。進行方向にダンパーが存在することを。

 普段は開いているダンパーであるが、火災時には煙や熱を防ぐために閉じられ通気口をふさぐ構造になっている。逆に言えば緊急時以外に閉じられる事はないのだが、ペネトリットにとっては今が緊急時だった。

 ダンパーを通り過ぎると共に肩口からタックルして閉鎖構造を無理やり稼働させる。火事場の馬鹿力、生命をおびやかされた小動物の本能がありえない力を発揮してダンパーを動かした。

「動けぇええーーーッ」

 クリーチャーの腕がペネトリットの首へとせまっていたが、腕の関節がダンパーにはさまれてそのまま切断、脱落していった。

 ペネトリットはどうにか無傷だ。


「はぁ、はぁ……ふぅ。はっ、虫型モンスターごときにやられる私ではなかったわね。まあ、当然よね。それにしても気持ち悪いモンスターだったわ。石炭紀ぐらいに進化に失敗しちゃっているんじゃないの、あれ」


 生還した途端に相手をあおるのを忘れないペネトリット。せっかく無事な場所に辿たどり着いたのだから、無事な場所でしかできない事をして何が悪いだろうか。妖精的には当たり前の行動であり、ペネトリットは悪くない。

 そう、ペネトリットは悪くない。

 ただし、ペネトリットの運については悪かった。


「さーてと、嫌な事は忘れて早くお家で眠りま――」


 ダンパーのこちら側。ペネトリットがいる側でカサカサと聞こえる。


「――うるさいわね。誰よ……ひぃ」


 通気口の内側の壁。下も左右も天井にも、びっしりと埋めくしていたのは先程のクリーチャーと同形状のクリーチャー共。一匹発見すれば潜在的に百匹いるという噂は真実だった。

 長い触角が揺れる様は、収穫の時期を迎えた麦畑のようだ。こう現実逃避していないと虫嫌いは卒倒してしまうだけの数が集まっている。


「ウギャアアだは、ほげげッ?!」


 殺到してくる黒いむれには、精神が図太いペネトリットであっても腰を抜かしてしまう。





「――はッ!」


 深夜に突如、目が覚めてしまう。理由の分からない焦燥感により覚醒してしまう。

 そんな経験はないだろうか。ちなみに、俺は今経験している最中だ。

「……誰かの、間抜けな叫び声が??」

 時計を見ると朝まで遠い深夜三時。こんな真夜中に目が覚めてしまうなんて不吉だ。魔王城で寝泊りしていた頃だってぐっすり眠っていたというのに、嫌な予感がしてならない。


「まったく、明日も仕事なのに起すなよ……ぐぅー」


 虫の知らせだとすれば、今眠っておかないと明日以降忙しくて快眠できなくなる可能性がある。この胸をえぐるような不安は今眠っておけという啓示けいじなのだ。

 よって、俺は布団をかぶり直して再び眠り始めた。





 ペネトリットが遭遇したクリーチャーの大群はクラスチェンジしていない通常種である。最初に現れたG第二形態が呼び寄せた氏族でしかない。素手で戦う勇気があれば妖精でも倒せる相手だ。

 ただし、サイズはともかく外見的な差異はあまりないためペネトリットに気付く要素はない。必死に逃げるしかなく、通気口を抜け出して、今はどこかの倉庫のダンボール内で震えている。

 涙が乾いているので、逃げ込んでからかれこれ一時間は過ぎただろうか。

 クリーチャーが現れる様子はない。ペネトリットは今度こそ生還したのだ。


「……あのモンスター共、あれだけ集まって何をするつもりよ。管理局を占拠するつもりなの?」


 落ち着きを取り戻したため、ペネトリットはクリーチャー共の行動について考察できるようになっていた。

 数にして百体は集まっていたクリーチャー共。毎夜、通気口を通過していたペネトリットが一度も遭遇していなかったので、別の場所から集まったのは間違いない。

「あれだけの戦力は脅威だけど、この管理局の職員は低レベルばかりなのに猛者もさが多いわ。ここを陥落させるつもりではないわね」

 異世界入国管理局は、異世界からの侵攻を考えて武器と戦力が一定数配備されている。また、近場の富士や座間の駐屯地にも陸上自衛隊がひかえている。

 更に職員達の中には有段者や狩猟免許取得者、英検準二級、四級船舶と様々な資格者がいるため万全だ。今夜のコンビニのローテーションには最終門番がいるので不安は一切ない。

 クリーチャーの目的が管理局の襲撃であれば、ペネトリットはこのまま隠れ潜んでおくのが正解だ。


「モンスター共は私と同じように隠れて移動していた? どこにって、まさかっ、異世界ゲートじゃないでしょうね」


 しかし、クリーチャーは管理局の奥地にある出国ホールを目指している。ペネトリットは移動中だった化物の集団とたまたま出くわしたに過ぎない。

 クリーチャー共の最終目的地はLゲート。

 異世界側も現在の季節は冬であり決して過ごし易い環境ではないが、異世界において生物は他種族の討伐によりレベルアップできる。レベルアップすれば身体が強化されて越冬できる。越冬した個体同士が新たな子孫を産み出して、基礎能力の高い新種を誕生させる。壮大な計画だ。

「あんな奴等が百体も光の勢力に現れたら、闇の勢力との挟み撃ちとなって全滅しかねないじゃない!?」

 ペネトリットの想像は大げさに聞こえるが、外来種の侵略による被害は馬鹿にできないものがある。止めるなら水際で、クリーチャーが管理局を出発する前でなければならなかった。

 胸の奥から使命感が生じる。

 小さな妖精の姿をした彼女の中から、Lゲートを守らねばならないという脅迫的な義務感が浮かび上がってきた。


「……見に行くだけ。見に行くだけだから」


 ただの妖精であるはずのペネトリットが、世界などという大きなものを考える必要がないというのに酷く不気味だ。が、彼女は妖精らしくない自分を疑問に思わない。むしろ、妖精であるという思い込みにこそ頭痛に似た違和感を覚えた。

 顔をしかめながらもダンボールから抜け出して、出国ホールへと飛び立つ。




 悪い予感は的中するもので、出国ホールの隅には黒いクリーチャーの大群が集まっていた。監視カメラに映りこまないように、椅子やプランターの影を一列になって進行中だ。

 世界と世界を隔てる異質な空間まで、もう少しだ。もう少しで世界を渡ってしまう。

「やらせない!」

 Lゲートの危機を目撃したペネトリットの行動は素早かった。

 審査官のブースに飛び込むと、備え付けの消火器を持ち出す。

 安全ピンを抜き去り、自分よりも大きな本体を持ち上げて即座に飛翔。多くのクリーチャーが隠れ潜む休憩所まで飛ぶと、トリガーを引いた。


「お前達に故郷は、絶対にやらせないからッ!」


 ペネトリットの体ではトリガーとホースを両方掴めないので、ホースは下へと固定されたままだ。中空から下向きへと噴射された消化剤が一度床にぶつかった後、四方へと広がっていく。

 突然の襲撃にクリーチャー達の反応は遅れた。いや、本来の敏捷性があれば回避できたかもしれないが、季節が冬だったため動きがにぶっていたのだ。寒さがペネトリットに味方する。

 消化剤に飲み込まれたクリーチャー達がもがく暇もなく窒息死していく。消化剤に界面活性剤が含まれていたのが良かったのかもしれない。

 隊列の中央は壊滅状態だ。生き残った者共は一斉に散らばって物陰へと逃げ込んでいく。異世界など知った事ではないと来た道を引き返す者も多い。

 Lゲートを守るというペネトリットの使命は果たされたのだろう。

 ……どのクリーチャーよりも大きい、片腕を失ったG第二形態を倒せればという条件が付いたが。


「またお前かッ」


 砲丸投げの要領で投擲された空の消火器。G第二形態は残った片腕を横一線して消火器を斬り捨てて直進する。

 前翅を広げたG第二形態はペネトリットよりも大きく見えた。

 普段のペネトリットならば速攻で逃げ出すところであるが、彼女は空中でドックファイトを繰り広げる。複雑な飛行でクリーチャーの腕を避けながらも、世界の敵から目をらさない。

 背後を盗り合う空中戦。ただの殺し合いであるが、二つの軌跡は芸術的だ。

 しむべきはペネトリットにもう武器がない。森に住んでいるだけの純妖精には攻撃手段がないのだ。


「私の中で眠りし大いなる力よ! 今一時、その力の一端を顕現けんげんさせよ!」


 では、敵に向けて広げられた手と腕にダイヤモンド色の線が走り、ルビーやサファイヤといった宝石が浮き出たペネトリットは妖精ではないというのか。ペネトリットには分からない。

 そもそも目前の敵を討つのに、己の出自など気にしていられない。


「我が力よ。我が敵を討ち滅ぼせ!!」


 手の平から撃ち出された宝石の欠片が、G第二形態の心の臓へと直撃する。と、ミリ単位だった穴が爆発的に広がってクリーチャーの体がちりと化した。

 クリーチャー一匹ごときを貫通した程度では止まらない。宝石の欠片が強固なる出国ホールの最終防壁の全装甲板に穴を開けて直進。管理局の外まで届き、地面に衝突してなお地下深くまで潜り込んでいく。

 大将を失ってクリーチャーの群は完全に敗走だ。大いなる力を目にしたため、一部は管理局の外へと向けて逃げていく。

 そして、敵を滅ぼしたペネトリットはというと――、


「きゃあああッ。私の腕から宝石が生えている?! キモイ! キモイけど一個ぐらい欲しい! ああ、沈んでいかないで!」


 ――自分が何を仕出かしたのかについて、まったく認識していなかった。





 昨夜はぐっすりと眠れて――深夜に目覚めた記憶を喪失――いつも通りの時間に出勤だ。

 社員寮を出て徒歩三分。職員専用の出入り口から管理局へと入ると、ロッカー室で審査官の制服へと着替える。


「痛っ! 冬で乾燥しているからか、毎日静電気が溜まっているな」


 ここのところ毎日、ロッカーに触れると静電気に指先を刺激されている。次、街へ買出しに行ったら対策グッズを買っておこう。

 出勤したら自分の席へと向かってメールの確認。所定の時刻になると局長の朝礼が始まる。

 午前は審査官業務がないので、廃棄予定が近付いている没収品の整理でもしておくか。


「先輩。おはようございます」

「おはよう、後輩。倉庫に来て、何か探し物か?」

「外務省の人がLゲートの没収品を写真撮影したいようなので。ええっと、お守りだからアミュレット。Aの所かな」

「いや、違う違う。お守りだから、お、にある」


 後輩が探していたと思われる異世界のお守りを手に取る。普通のお土産と考えて旅行客が購入したものであるが、わずかにでも魔的な力があるものは国内への持込が条例で禁じられているため没収となった。


「この棚、いつの間にアルファベット順からあいうえお順に変わったんです?」

「いつの間にか変わっていた。まあ、以前は、かなり適当に配置されていたから助かっている」

「親切な職員もいたものですね。そういえば、観葉植物への水遣りも当番がやるよりも早く終っていますよね」

「今時珍しい、自主性ある人間がいたものだ」


 保管庫から出て廊下を移動する。

 夜間営業を終えたコンビニ店長に挨拶した直後ぐらいに思い出す。今日はまだペット妖精の顔を見ていない。


「ペット妖精。今日こそは反省文を書いてくれると良いが」


 まったく期待しないまま鳥かごのある休憩室へと足を進める。途中、大慌てで掃除用具を持ち運ぶ同僚や、生理的に耐え難い何かを目撃して担架で運ばれる同僚へと道を譲りつつであったが、そんなに時間はかかっていない。

 少し遅れたとしてもペット妖精は朝寝坊していて、巣の中でだらしなく腹をかいているだけなので急ぐ必要はなかった。

 休憩室に到着すると、ほら、やっぱりペット妖精はテーブルの上で土下座していて……ん?


「ごめんなさい。ごめんなさい。もうしません。良い子でいます」


 ペット妖精の手前には直筆の反省文が原稿用紙で十枚以上、下手したら五十枚。

 どうしてペット妖精が猛省しているのかは一切分からない。昨日まではそのような予兆さえなかったというのに、不思議な事はあるものだ。

 どうしてペット妖精が南京錠のかけられた鳥かごからプリンセス○巧しているのかも分からない。が、鳥かごから脱出したかった理由は明白だ。

 ペット妖精の鳥かごの中から多数のカサカサ音が響いている。寒い冬の夜でもペット妖精が凍死しないようにヒーターとわらが完備されている鳥かごの中は、かの者達にとっても過ごし易い環境に違いない。


「もうイタズラしません。後生です、あの鳥かごに私を戻さないで!」


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