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偽造品L005 通行許可書

 ――精霊活動低下。

 作戦は次段階へ移行したものと判断。封印解除準備。偽装人格の活動停止と共に封印を解き、速やかに本来の目的を遂行する。


「ペネトリットちゃん、ぐったりしちゃってマズいですよ!?」

「暴れてさわぐから、余計に殺虫剤を吸ってしまったんだ」

「呼吸が止まってしまって。脈もありません! 先輩。一体どうすればペネトリットちゃんを助けられるんです……?」


 擬似心臓にて異常発生、微細振動。

 九十九パーセント(知能を含む)を封印し、新世界の人間族の荷物に紛れ込み関所を突破する作戦の第一段階。審査官に発見されてしまう失態を犯したものの、それは想定済み。生命が危機にひんすると封印は自動解除されるようプログラムされていた。

 封印解除後は、未達成となった新世界突入を速やかに行う。

 精霊兵装はすべてアクティブ。障害は実力にて排除する。抵抗する者は誰であろうと始末され、大義のためのいたし方ない犠牲となるだろう。

 ……ふ、態度を決めず、闇の勢力と敵対しようとしないおろかしい新世界の人間族が何人死のうと、我々には関係な――、


「ちょっ、先輩。AEDを取り出してどうするつもりですかッ」

「心停止ならこれでいけるはずだって! 大丈夫、講習は受けている」

「電極パットにはさまって、ペネトリットちゃんサンドウィッチの具状態じゃないですか!?」

「最小出力でチャージ。離れろ!」


 ――アバばばばばば、ギィイイイいい、どああああああ!?


「よーし、次は人工呼吸だ」

「そんなっ。たい焼きを頭から食べるように!? ああっ」

「救命活動のための致し方ない犠牲だ。せえのっ、ふぅー」


 ひぎぃ、おおおおおおぇェェ。ぐえええええ。は、肺がっ。ら、らめ、これ以上入らぼふぇえええ――。


「――うがががっ、私を殺すつもりッ?! 空気入れすぎなのよッ、風船みたいに爆発するじゃない!! 目玉飛び出るでしょうが」

「蘇生しましたよ、先輩!」

「おー。起きた起きた」


 精霊活動正常。

 ……はて? 何か重大な使命があったような、なかったような。

 純粋な妖精な私は細かい過去なんて気にしない主義なので、きっとノープロブレム。そのうち思い出すでしょ。

 それまでは無邪気に人間族共をからかって、あわれな彼等のツマラナイ人生にちょっとした激辛スパイスを加えてやるのである。





 異世界入国管理局の設立理由は、異世界からの無節操なファンタジーの流入を防ぐためである。

 無管理時代、異世界の扉を通じて日本へとやってきた異人、異物が様々な事件を起した。

 歩行者天国石化事件。森林消滅事件。中高生集団行方不明。ゴブリン・ステイ。妖精動画大炎上。長耳ブーム到来。などなど、そういった悲劇の果てに異世界の扉は政府の管理下におかれた。そして、頭をプレスして二次元対応させたのかと言いたくなる新たな公的機関が発足されたのである。

 何が言いたいかと言うと、管理局では地球人だけではなく異世界人も審査しているのです。


「我々は神聖帝国グラザベールの大貴族カスティア様の使いだ。通すが良い!」


 二日かけて殺虫剤まみれになったホールの清掃が完了し、営業再開した異世界入国管理局。

 営業再開してさっそくLゲート――通称、光の扉――より現れた一団は、神聖帝国グラザベールの外交グループらしかった。

「先輩。アポなしですよ。アポなし。外交に来るならその辺、気をつけて欲しいですよね」

「異世界は交通や通信手段が未発達だから、予定が狂ったり、そもそも予定が届かなかったりという事は時々ある」

 生粋きっすいの異世界人が現れても、後輩は落ち着いているのでたのもしい。

 まあ、異世界人といっても、今回現れた人物達は平凡だ。目の数は二つ。鼻は一つ。観光地を歩いている半そでの西洋人と変わらない。異世界の扉を通ると言語のへだたりがなくなるので日本語を喋っている。新鮮さはあまりないのだろう。


「ではまず、通行許可書の提示をお願いします」

「我々は大貴族の使いなのだぞ。それを通さぬというのか! 新世界人!」

「いえ、規則ですので。異世界でも関所越えるなら必要になりますよね」


 威張いばった白髪男性が、嫌々そうにふところから羊皮紙を取り出して投げ渡してくる。最初から出せば良いのに。


「お借りします。しばらくお待ちください」

「ああ、たっぷり調べれば良い。……たっぷりとな」


 通行許可書の中で重要な部分は、発行者と印鑑のシリアルナンバーである。三センチ四方の大きめの印の下部には番号が並んでいる。

 日本政府から異世界に送った印鑑の送り先、シリアルナンバーは名簿として残されている。許可書を発行した人物の名前が分かれば、印鑑のシリアルナンバーが分かるというシステムだ。

 通行書の偽造を行おうと思えば、まず発行者の名前とシリアルナンバーを一致させなければならない。単純であるが、単純だからこそ電子機器のない異世界でも運用できるセキュリティとなっていた。


「……ま、異世界には機械がない代わりに別の便利なものがあるから、これだけでは不正を完全に防げないのだけど」

「何をブツブツと。さっさと調べんか」


 パソコンで神聖帝国と入力して大貴族カスティアなる人物を検索する。

 検索に一件ヒットあり。カスティア・エーア・ネイアランとして登録されており、結構なお偉いさんだ。許可書にある印のシリアルナンバーも正しかった。

 目視・・では特に問題は見付からない。

 俺は日本へと通じるゲートの解錠ボタンを押そうとする――。


“――画像解析NG。通行許可書をセットし直してください”

「何者の声だっ。姿を現せ!?」

「あれ、影が入っちゃったかな」


 入国ゲートから鳴り響く合成音声。

 カメラ映りが悪かったのかな、とテーブル上で通行許可書にシワができないように両手で固定する。


“――画像解析NG。通行許可書をセットし直してください”

「姿を見せず意味の分からぬ事ばかり、無礼な!」

「読みが悪いだけかもしれないですね。スキャナーを使いましょう」


 羊皮紙の質が悪いのか、先日の殺虫剤の汚れでカメラレンズが曇っているのか。

 だが、こんな事もあろうかとブース内にはスキャナーが用意されている。通行許可書をスキャナーのふたの下にはさんで、再度チャレンジした。


“――画像解析NG。通行許可書をセットし直してください”

「通行許可書を疑うとは不届き者め! レベル0の新世界人では絶対破れない幻惑魔法がかかっているのだぞ!」


 ……白髪男性の怒鳴り声がホール内に静寂せいじゃくを呼んだ。

 だいたい把握できたかもしれないが、異世界人の入国審査では人間と機械のダブルチェックになっている。各ブースの天井には、画像解析用のカメラが備え付けられているのだ。

 異世界では科学技術が未発達であるが、だからと言ってあなどると痛い目を見る。異世界には異世界でしか発達していない魔法が存在するからだ。

 日本が科学技術の流出を防いでるように、異世界側は魔法技術の流出を防いでいる。だから魔法について俺達はほとんど何も分かっていない。

 けれども、想像は可能なのだ。本や演劇や映像の中では、様々な魔法を想像していたのだ。そういった想像の中には、人間の認識に働きかけて虚像を見せる魔法もあり、どのような対策を行うべきなのかも判然としていた。


「読み取りNGの理由は……発行者なし、印なし、シリアルナンバーなし。魔法で誤魔化しただけのただの白紙? うわ、偽物用意するならもう少しがんばったら良いのに」

「馬鹿な、何故ばれた!?」


==========

 ▼偽造品ナンバーL005、通行許可書(偽造)

==========

“幻惑魔法が編まれていたスクロール。使い切りで、魔法が発動した後なので白紙になっている”

==========


 今回は強い思い込みを植え付ける魔法を使われたらしい。白紙を許可書と思い込んでいるため、人間ではどう頑張っても看破できない恐るべき魔法だ。

 けれども、人間を誤魔化せても機械を誤魔化す事は不可能だ。心のない機械に幻惑魔法を使っても機械らしくスルーされるのみである。


「あー、もしもし警備室。今、目の前に通行許可書を偽造して入国しようとしている方々が……あ、モニタリングしている? もうすぐ……あ、出てきた」


 内線で連絡している間に、ポリカーボネート製の盾を構えた警備部隊がゲートの向こう側から現れる。

「ばれては仕方がない。者共! 押し通――」

「あー、止めておいた方が良いですよ。こういう襲撃に備えてテイザー銃装備のタレットが」

「――あばばばばばばば」

 ホールの床や天井から等間隔に現れる筒。すべて自動制御される回転式銃座である。内蔵されるテイザー銃は非殺傷兵装であるものの、電極刺されて電流を流されると大人でも気絶してしまう。


「警備隊突撃せよ! 異世界人共を拘束だ。うぉおお」

「おのれ。新世界人に後れを取るな、抜刀!」


 ブースとホールの間にシャッターが下りたため、異世界の不届き者と警備部隊の戦いは観戦できなくなった。

 異世界人は異常にタフネスだ。倍の人数でも取り押さえるのには苦労するだろうが、地の利があるので負けはしないだろう。

 今日はもう仕事にならない。両腕を上へ伸ばして肩をストレッチする。

 そういえば、乱闘が起きているのにまったく後ろが騒がしくない。人間同士が戦う様子をプロレスを観るかのごとく観戦し、指でさしながら笑う声がしないのだ。

 不思議に思って、後ろを振り向く。


「……まだ不機嫌なままなのか、お前」

「ふーんだ」


 風船破裂させたかったのではなく救命救急だったと説明したのに、ペット妖精のご機嫌はどんより曇っている。鳥かごの中で棒に腰掛けたまま、俺の顔を見ないように壁を見詰め続けている。


「……妖精の唇どころか顔全体奪っておいて、自覚がないのが許せないっ」


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― 新着の感想 ―
[一言] おもろい!。 こういうタイプのSF物が過去に有ったような?。 誰だか思い出せないが、割とこういう話は好きです。
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