密輸品L049 ツチノコ
Lゲートは地球の科学技術を欲して表裏様々な方面よりアプローチを開始している。光の信徒が主導となっているため、その動きは組織的だ。
審査官の働きで情報はほとんど流出していないが、政治家の中にはLゲートと懇意になった者がいる。Lゲートとの国交樹立交渉が加速している裏側には、賄賂を受け取った者達が少なからず潜んでいた。
「異世界流行のチケットってのは、宝くじに等しい価値があるんだぜ。それを、ただ旅行しましたで終わらせている奴は馬鹿丸出しだ」
Lゲートに科学技術は狙われているが、異世界と地球の関係はそれほど一方的なものではない。
地球もLゲートにしかない未知なる技術、未知なる生態系を強く欲している。理由は単純、希少性は金になるからだ。地球にはなく異世界にしかない稀少物をたった一つでも持ち帰る事ができたなら、以降の人生を遊んで暮せる可能性さえあるだろう。
もちろん歴とした犯罪なので政府は加担していない。よって地球で暗躍する者達は組織ではなく、個人が主流となっていた。
「妖精を密輸できれば億の値で買う奴も現れるだろうが、そこまでの高望みはしちゃいねぇ。小市民の俺が狙うのは五千万程度の小物だ。バックに隠せるサイズの生物なら何だって売れる」
抽選チケットを手にする幸運を得た旅行者の男が、異世界ゲートを潜り抜けながらほくそ笑む。
彼は異世界を黄金郷としか考えていないのだ。
「はい、次の方。こちらにど――」
「うふふ。ツアー以来かしら」
「――どうして、味噌マダムがまた管理局に??」
見知った顔のおば様がキャスター付きの旅行カバンを押して現れる。パープルに髪が染まっていたり、つばの広過ぎる帽子を被っていたりと更に属性強化されているが、顔の輪郭までは変わっていない。
「また異世界旅行のチケットが当たったのよ」
「どういう確率引き当てているのですか。というか、毎回一人で旅行して、旦那さんは?」
「それがウチの人、異世界が怖い、モンスターに食べられるって言って毎回付いてこないのよ。あんなに楽しい世界はないのにねぇ。怖がりで駄目な人ねぇ」
Lゲート――通称、光の扉――の抽選枠は一ヶ月前と変わっていない。段階的に広げていくという噂は聞いているがまだ未実施だ。
だというのに、どうしてこの味噌マダムは二、三週間に一度の頻度で異世界入国管理局へと現れるのだろうか。真面目に応募総数一千万のチケットに当選していると考える方が不気味である。
「そういえば、あの妖精さんはどうしたのかしら?」
「反省文の未提出が三週間目に突入しています。鳥かご生活が続行可能か医務室で診断中です」
ペット妖精がいらない根性を見せて鳥かごの中でストライキを続けている。狭いかごの中で運動不足になっていないか体重測定を受けているのだ。
手乗りサイズの体に溜められるストレスは多くないというのに、我慢比べで負けそうなのは俺や局長の方になっていた。一ヶ月を過ぎても反省文を書かなければ、時効により鳥かごから釈放するしかなくなってしまう。
見知った味噌マダムの前だからか、思わず溜息をもらしてしまうが荷物の審査はきっちり行う。……うん、味噌はない。
「ねえ、異世界で味噌を作るのは駄目なの?」
「味噌マダム。手鏡に向かって宣誓した事は必ず守ってくださいよ。味噌も地球の知識です」
「あの宣誓、毎回やらされるわよね。日本から知識を流出させるのが駄目なら、異世界から物を盗んで持ち込む事も宣誓に付け加えたらどうなの」
「それがですね。以前に生物の不正持ち込みを禁止するようにと付け加えた審査官がいたのですが、彼が審査した旅行者全員、帰国直後に呪いが発動してしまって。どうやら、旅行者が食べた食事も判定対象となっていたらしく、胃の中で消化されていなかった物を次々とリバースして――」
「呪い?」
「ごほんっ。いえ、ノロウィルスだったみたいですよ」
清ました顔を作って味噌マダムへと魔王の手の手鏡を向ける。
「貴方は意識的にであれ無意識的にであれ、異世界に地球の知識を伝える事はできません。特定勢力に対して有利となる情報を伝えるのを禁じます。よろしいですね?」
「もう、仕方ないわね」
「――この契約は闇の王の手により絶対である。はい、審査完了です。Lゲートへとどうぞ。よい旅を!」
土地にも左右されるが、地球の旅行者が観光する範囲の異世界には大きな危険はない。
モンスターが平然と跋扈する異世界であっても、縄張りさえ乱さなければほとんどの場合安全だ。逆に言えば地球であっても猛獣の住む森へと足を踏み入れれば命がない。見知らぬ国の路地裏へと向かえば危ないのは当然である。
旅行者はガイドから離れず、異世界の歩き方の本に書かれたままに観光するのが最良なのである。
「はっ。お利口にガイドの尻に付いて回るかよ。金になりそうな小動物を探すのに忙しいんだ」
機会を窺っていた旅行者が一人、団体ツアーの列から外れて街から離れていく。
街の境界を示す柵を乗り越え、小川を飛び、人の縄張りを出てフィールドへと進出した。
「城塞都市にもなっていない街の近くに危険があるはずがねぇ。どいつもこいつも大げさに言いやがって。密猟対策のつもりかよ」
旅行者は小動物が潜んでいそうな穴へと靴先を突っ込む。
中から赤毛で白目の兎が顔を出して、直に穴の奥へと逃げ戻っていった。最近、両親か兄弟を人間族に狩られたトラウマがあるのだろう。
「兎が金になるか、次!」
旅行者は朽ちた木の中を覗き込む。
黒の胴体に紫の斑点を有するYっぽい昆虫が飛翔し、顔の傍を通り過ぎていく。
「うわっ。虫か、気色悪い。次!」
旅行者は小動物が隠れていそうな藪を乱暴に揺らす。
すると中から……寸胴な体付きの小動物が現れる。足や手はなく全身は鱗。蛇の特徴そのままであるが、メタボな体の所為で蛇と錯覚するのも難しい。
「蛇にしては太い……はっ、こいつはまさか、ツチノコか!?」
日本では幻の生物として時々捜索されるツチノコ。大物を仕留めた蛇の見間違えではないかと言われながらも、幻の生物を熟知している専門家に否定されるツチノコ。そのツチノコが旅行者の目の前にいる。
ツチノコが異世界の生物だったとすれば、なかなか発見できない理由は納得できる。
「ツチノコを発見したとすれば懸賞金が手に入る。メディアからも取材料をふんだくれるぞ。良し、こいつを持ち帰ってやるっ!」
旅行者はツチノコを捕まえるべく手を伸ばした。
「この引き篭もりめ。まだ書かないのか!」
「もう一ヶ月前の事よっ、今更何を書けっていうの! 人間族の図体と私の小さくまとまった体を比較してみなさい。同じデータ量の記憶でも保管しておける領域に大きな差があるじゃない。私の一ヶ月前は人間族の一年以上前になるわ!」
「だったらお前の背中にUSBメモリー接続してドライブを追加してやる。この、鳥かごから出て来い!」
「きゃああ、不明なドライブよぉっ」
ペット妖精の引き篭もりは審査官の仕事をズル休みするための口実だと気付いた四週間目。
鳥かごから出るように真摯な態度でペット妖精に接してみたのだが、どうにも聞き入れてもらえず鳥かごの中から出ようとしない。
「もう怒った。今晩からお前の夕飯はアワやヒエだ、健康食だぞ」
「ペットフードの事じゃない!?」
「鳥かごから出てこない奴にはお似合いだ。泣いて謝るまで朝には納豆を付けてやる!」
「そんな酷い。私を健康にして何が目的なのっ?!」
ペット妖精との交渉は平行線を続ける。
際限なく無駄な説得が続くかと思われたが、Lゲートに来客の兆しが見えたので一時中断する。客の審査が終わってから再開しよう。
異世界の審査を通り抜けて、残る関門は日本側の管理局の審査のみ。それを越えれば無事、ツチノコの密輸成功だ。
日本の審査官は鳥かごを職場に持参して語り掛けているぐらいに精神的に病んでいた。こんな奴の審査に引っ掛かる俺ではない。
「……カイオン騎士、ユーコ準騎士。その人は一体?」
審査官の男が怪訝な顔付きをする。どうしてか分からないが、俺の左右に並んで歩く異世界の騎士の所為だろう。俺はまったく怪しくない。
「通せ、俺をさっさと通せ!」
「のっぺらぼうみたいな人ですが、Lゲートにそんな種族いましたっけ?」
「こいつは林の中で保護された。運悪く、まだ冬眠していなかった野槌に捕食されてしまったらしくてな」
「通せッ。通せ!」
「運が良かったですね、この人。野槌が冬眠する直前の捕食では、対象を丸呑みしてゆっくりと溶かしながら食べるから。きっとまだ肌がドロドロなぐらいですよ」
「俺は怪しくない! 俺はただの旅行者だ!」
騎士と話し込んで審査官が俺を通そうとしない。怠慢甚だしい。
「俺を早く通せって言っているんだッ」
オーケアノスの馴染みの騎士二人が連れてきた顔がない人間は、異世界人ではなく旅行中にモンスターに襲われた観光客との事であった。
よく観察すれば、頭頂部辺りに口が見える。伸縮性の高いゴムのような蛇に、つま先から丸呑みにされたなら目前の被害者みたいな状態になるのだろう。
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▼危険生物ナンバーL049、野槌
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“Lゲートではポピュラーな危険生物。
口と長い胴体を持つ、蛇に似た生物。空腹で萎んでいる姿はツチノコに似ていなくもない。
物陰に潜んで近づいて来た小動物を丸呑みにする。時には人間サイズの動物も捕食する。
寒くなると冬眠するので安心であるが、冬眠する直前は捕食対象を食べた状態で生かして長期保存し、長く味を楽しむ悪質な生態があるので注意。
丸呑み中の体を操作して、より安心して冬眠できる場所へと移動するケースも確認されている”
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