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謎組織X048 神の爪先

 謎の三角形からの警告の甲斐かいなく特に問題のない日々が続く。


「警備部のロッカーで盗難だと? まさかっ、ロケットランチャーが盗まれたのか!」

「三時のおやつで食べるはずだったチップスが盗まれたらしいですよ、先輩」


 多数の省庁からの出向組で構成される異世界入国管理局はエリート集団である――そのエリートが半年間の実務で激減し、官民問わず各所より集められた人身御供の集団でもある。実戦を耐え抜く猛者ばかりなので、多少の警告や少々の事件で怖気付く事はない。


「夜勤していた職員が、浮遊する火の玉を見た?」

「異世界と通じている管理局だから幽霊ぐらい大した事ありませんね、先輩」

「異世界ゲートを囲っている最終防壁はチタンとお札と清めの塩の層があるハイブリッド装甲のはず。審査を素通りしたスピリットがいるとは思えないが」


 ちなみに俺は大学卒業後、一般公募枠で直接管理局へと就職している。学生の頃に仕事は大変と常々聞かされていたが、管理局で働いていると深く共感できる。

 局長は警視庁出身のエリートだ。ただし、俺よりも後に管理局へやってきた後発組。

 後輩はどこかの市役所に就職したのに、応援で管理局へと派遣されて事務職となり、不足していた審査官へと異動してきた遍歴の持ち主。

 警備部は多くが防衛省からの出向組……の半数が後方送りとなり、今は「エルフが君との出逢いを求めている」というポスターで釣られた者達が多数派。

 事務や経理は外務省が中心。現場と比較して危険が少ないので定期的な入れ替わりでどうにか。

 管理局内のコンビニの店主は地元民。最終防壁を突破してきた不届きな異世界人が商品を万引きしようとした際には、これを単独撃破した実績がある。管理局の真の最終防壁と密かに称えられているおじさん。


「事務机の下から三十センチぐらいの大きな百足むかでが現れたらしいですよ、先輩」

「山奥にある建物だから仕方がない」

「その大きな百足を局長が手掴みで山に捨てていました」

「山奥にある建物だから仕方がな……あれ?」


 多少の奇妙な事件など管理局では日常茶飯事なのである。

「局長が発酵的な刺激臭のする自作のお弁当を――」

「あーあー、聞こえないー」

 魔法のある異世界から不思議な風が流れ込んでいる管理局だ。非常識を真面目に対処していると精神がもたないのである。


「出せぇー。出してぇぇ」


 鳥かご生活を続けているペット妖精こそが、不可思議を真面目に考えるのが馬鹿らしいという証明だ。

「いい加減反省文を書いてくれないか、ペット妖精」

「過去をかえりみないのが良い女の条件なのよ」

 三歩前の事を忘れるにわとりの類縁なのかな、このペット妖精。

「アンタ達がを上げるまで引き篭もってやるわ」

「そう言って二週間か。その根性だけは認めよう」

 一文字も反省文を書かないペット妖精は、今日も鳥かごの中だった。





「――報復が必要だ」


 明り取りをすべて封じた建物の中で、仮面の者達が告げる。


「ソドムの看板を用いた作戦が失敗したのは新世界の妨害によるもの。魔族に肩入れするなど異端もはなはだしい。審問を省略し、即刻抹殺するべし」

「その通りだ。異端の集合体は異世界入国管理局。異端の尖兵はその審査官」

「しかし、相手は新世界だ。身柄を確保するのも容易ではない。新世界の支部を動かすか?」

「いや。異端は我々の手で排除する」


 室内は暗いが、数人が同時に座れる長い椅子が並んでいる事が分かる。それだけの大空間である事が分かる。縦に長い建物である事が分かる。建物の中央に通路がある事が分かる。通路の行き着く先に教壇がある事が分かる。

 そして、教壇の更に奥には世界を作ったとされる尊き存在を模した石像がある事が分かる。

 実に模範的な、光の信徒の教会構造だ。


「では手段は?」

「罠を仕掛けた手紙を書いて送る。異端を滅する炎にて審査官を浄化しよう」

「その手段は既に封じられている。奴等はキカイなる傀儡くぐつを使うぞ」

「審査官は手紙を検閲すると、必ずその手紙に押印を行う。手紙には透明な文字にて異端を問う審問文を書き込んでおくのだ。押印した者は異端として自らを告白した事となり、肉の内側から焼け落ちるだろう」

「手紙の効力は押印するまで発揮されない。オーケアノスの審査を突破するのは容易たやすい」


 異世界ゲートに近い地方街にある教会。そこを貸し切った仮面の集団は誰にも知られない密会にて、新世界の審査官の暗殺計画を立ち上げていた。

 彼等は新世界に対する諜報活動を主に行う教会派の暗部組織、その実行部隊と言ったところだろう。

 ただ、彼等は失敗続きだ。

 旅行者をよそおって新世界へと潜入しようとして失敗。

 欲に駆られた新世界人の亡命者を手引きしようとして失敗。

 失敗原因が新世界の異世界入国管理局なる検閲機関となれば、審査官の暗殺計画に熱が入るのは当然と言えた。


「……キケロは見逃すと思うか?」

「分からぬ。分からぬから、奴の不在を狙う。現枢機卿の失脚により、次の枢機卿の選出が近く開始する。選出期間中、キケロはグラザベール本国へと戻る。計画の実行はその時だ」

「手抜かりは許さん。必ず暗殺を成功させよ」

「我等が創造神の御心のままに!」


 仮面の者達は裏口や正面口から去っていく。外に出た際にはもう仮面を脱いでいるので一般市民と見分けが付かない。

 一部は教会にとどまって平然と司祭としてニコやかな顔付きを見せているが、暗部組織の者と告発されたとしても誰も信じはしないし、直に告発者が消えてしまう。

 世界をへだてた先にいる新世界が審査官の暗殺計画に気付く余地はない。それだけ異世界とは遠い場所にある。

 光の勢力の者達であっても察知は不可能と言って良い。そもそも、審査官を助ける理由がない。





 今週、俺の担当はLゲート。後輩はRゲート。

 可愛い後輩とはいえ、いつも隣同士のブースに並んでいる訳ではない。俺と後輩以外にも審査官はいるのでローテーションが重ならない週だってあるものだ。


「今日の帰国予定は午後のみ。午前中の内に手紙を審査しておくべきか」


 週が変わっても反省文の提出をしぶるペット妖精は、ついに局長が連れて行った。たっぷりしぼられている最中のため、今日は定位置であるブース後方の棚にいない。

 つまり、ブースの中には俺一人しかいない。

「監視カメラで警備部に見守られているから、孤立している訳じゃない。今更不安になってもな」

 朝一番の便で届けられた手紙へと向かって、さみしい訳でもないのに独り言をつぶやいてしまう。理由はさっぱりであるが、風邪以外の悪寒を感じるからだろうか。

 出勤してしまったからには仕事をこなすしかない。決まった手順で封筒を開いて、中身をあらためていく。

 検閲が終わった手紙のすみには、審査した事の証明として捺印なついんだ。情報社会であろうと印鑑というものはなかなかすたれない。公的機関ならば尚更だ。

 これと言って難しい審査はないため、次々と手紙に印鑑を押していった。


「――なッ」


 だが、そんな俺の手が不意に止まる。


“――ノーノル国からの手紙について注意。法具を身に付け、私は異端ではありませんと言いながら押印せよ。△より”

「……何だ、ただの三角形か。驚かせてくれるな」


 読み上げソフトが三角形と発音した手紙の本文へと目を向ける。以前送られて来た手紙の文字とかなり似ている。

 前の手紙と今の手紙のスキャンデータを透過加工して重ね合わせた。手書きの文字の特徴は一致しているように思われる。本文以上に似ているのは“△より”の部分だろう。ここだけ別の誰かの筆跡で、実に達筆だ。

「ええっと、ノーノルからの手紙は……良かった。まだ手を付けていない」

 さて、ここで問題となるのは△なる人物を信じるか否かだ。


「カイオン騎士からの警告もあったからな、さて、どうしよう」


 宣言しながら判子を押せという指示は実に魔法的なトラップのように感じられて、怪しさ満点だ。強制的に俺を契約させようとしているのかもしれない。罠にしては回りくどいが、呪術とは得てしてそういうものだ。

 では、指示に従わないかというと、それでは業務が進まない。

 俺は机の棚をあさり始める。


「キケロ司祭から借りた法具は……あった。味噌の風味がするなぁ」


 慎重さも審査官には大事であるが、未知に対するチャレンジ精神も大事である。見知らぬ相手の助言を信じるだけの適当さ……もとい度量がなければ異世界と寄り添えない。


「ええっと、俺は異端ではありませんよーっと。これで良いのか?」


 そして審査官たる者、最終的には自らを実験台として審査へと望まなければならないのだ。地雷原、知らず進めば、怖くない。


「…………何も起きないな。セーフか」


 ノーノル国から届けられた手紙に押印しても体に不調はない。△の警告が正しかったのかは定かではないが、少なくとも罠ではなかったのだろう。

「俺は異端ではありません。俺は異端ではありません」

 不安が解消されたので、以降はさくさくと押印していく。





 小気味良いノック音が響き、初老の男性が入室すると共に報告する。


「――カスティア様。教会派の暗殺計画は失敗しました。新世界に被害はありません」

「ほう、それは意外だ。私の警告が素直に受け入れられたのだろうか?」

「異世界には科学がございます。これまでの実績を考えるのに、自力で対処したのかもしれません」

「計り知れぬな、異世界入国管理局。それでこそ、であるが」


 就寝前のラフな恰好かっこうで――ラフであるが、上質なきぬを着て――書物を読みふけっていた男が、本から目を離さず初老の男性へと退室を命じた。

 初老の男性は静かに退室して、室内は静けさを取り戻す。本のページをめくる音が時々聞こえるだけだ。


「光の勢力、闇の勢力。そして新しく登場した新世界。三勢力となった今こそ恒久戦争を終わらせる好機だ。私達、神の爪先派こと△《トライゴン》は魔族との和平、共生を望む」


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 ▼組織ナンバーX048、神の爪先派、△《トライゴン》

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“創造神を信仰する派閥の一つ。歴史は古いが、異端とされたため世の中から抹消されたはず……であったが。

 △印は爪先を模したもの。異世界の創世神話に由来する”

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 本を読み終えた男は、ふと、秘めた決意を語る。

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