輸入品R046 スケルトン・デモニクス
再びドアを開くと、そこは物語の舞台になりそうな深い森だった。
異常な成長速度を見せるドライアドにより、それなりに広いホールの半分が枝と根っこに覆われてしまっている。
「何てこと。用事が済んだら全部焼き払ってやる。来たまえ、こっちだ」
「森妖精のお前が言うのか……」
緊急事態により、一時的にペット妖精の幽閉を停止した。異世界アドバイザーとしてドライアドの弱点を教えてもらいたい。
「ドライアドは火属性に弱いわ!」
「植物だからそうだろうな。ここは屋内で火は使えないけど」
役に立つかは微妙な所であるが、出身地が同じなら話し合いが通じる可能性がある。
「森林同盟のドライアドか……」
それにもしかすると、ペット妖精がどこからやってきたのか分かるかもしれない。
暢気に食事してネットサーフィンして鳥かごに住んでいるが、これは妖精の本来の生き方ではない。妖精には妖精にとって最も自然な生き方があるはずだ。手がかりがないから仕方なく管理局で預かり続けているが、森林同盟出身のドライアドが状況を打開してくれる可能性がある。
「ん、私の綺麗な顔見ちゃって、何よ?」
「いや、少しな」
馬鹿なペット妖精が馬鹿言っていられるようにしてやる。異世界人の俺にできる唯一の世話なのだろうと思っていた。
「愚かなる新世界人がァッ、あのお方をどこにやった!!」
……緑の髪の毛を三百六十度、全方向へ逆立てた女が森の中央で叫んでいる。一切の友好性を感じさせないヤマンバみたいな顔付きだ。
「うわ、怖い女」
「駄目だな、こりゃ」
ドライアドはエルフに負けない綺麗な女性だけの種族と聞いていたのだが、どうやら異世界人と俺の感性はかなり異なるらしい。
蔦が急速に伸びてきたので体を反らす。と、胴体を直撃するはずだった蔦が壁に衝突してそのまま貫通してしまった。
「物騒なドライアドだ! 管理局の一部を占拠して何をしたいのだか」
「新世界人ッ。あのお方を返せッ!!」
これだけ物理的脅威のある異世界人ならホールに留まらず、実力で管理局を突破する事も可能なはずだ。そもそも誰にも察知されずに入れたのなら、ホールで発芽せず外へ出られたはずである。
となれば、このドライアド。日本に不法入国するのが目的ではないのか。
妙に俺を敵視している様子であるが、ドライアドに恨まれる理由がさっぱりだ。Lゲートのいくつかの国の人間を門前払いした事はあったものの、森林同盟については覚えがない。
「どうせアンタがいつものように不正発見して逮捕しちゃったんでしょ」
「森林同盟については接点すらないに等しいのに、逮捕も何もない」
「グアアぁ、私を無視するな! そこの野良妖精は何だッ!!」
鞭のように撓った蔦が、俺ではなくペット妖精へと襲い掛かる。
「おっと危ない」
「ぎゃああぁ、私の家がァ」
盾になりそうなものとして、足元に置いておいた鳥かごを活用する。大きく振り被って遠心力を付けて蔦を下から迎撃する。
ペット妖精は無事に守られて、役目を果たした鳥かごの金網が凹んだ。
「ちょっとッ、人の家潰さないでよ!?」
「助けてやったのに何が不満だ?」
「アンタは住んでいる家を振り回されて凹んでも、文句言わない訳ッ」
「だからッ、無視をするなァァ!!」
今度は蔦が二つ襲い掛かってきたのでペット妖精を抱え込む。
一本が頬を掠めていき、鮮血が舞う。
「あの方だッ、あの方を返せッ! そうすれば苦痛を少なくして始末してやる」
「痛てて……。あの方、あの方って誰の事だっ。問題起した異世界人ならだいたい強制送還しているぞ」
「あの方が新世界へと旅立って一月。一切吉報が入ってこないのは、お前達が卑怯な手段であの方を陥れたからに違いないッ」
「固有名詞を言ってくれないか!」
興奮したドライアドはこちらの話を聞こうとせず蔦を振るだけだ。これ程に凶暴な異世界人はかつてな……くもないか。メドゥーサとかアジ・ダハーカとか、精神的にはベルゼブブとか。Lゲートとしては珍しいが。
「あれは駄目ね、私達を敵としてしか見ていない。さっさと追い出すに限る」
「俺も同意見で異存はない。が、あんな凶暴な奴と正面からぶつかりたくないぞ」
植物系の相手だと警備部を総動員しても対応は困難だ。建物ごと破壊するのであれば別であるが、ドライアドは異世界ゲートのあるホールに居座っている。万が一にもゲートを破壊してはならないため重火器は使用できない。
お隣の騎士団オーケアノスに救援を頼もうにもドライアドの正面を通る必要がある。
怒り心頭の癖に、ドライアドの奴は厄介な場所を選んで居座ってくれた。
暴れる鞭により、ホールとホールに併設させる審査ブースの物が破壊されていく。椅子が飛び、パソコンディスプレイがショートする。ひのきの棒が飛び、天井の監視カメラが脱落する。
そして、ブルーシートに包まれたトロッコが滑って転倒。白い骨が周囲に散らばった。
「お前ッ、食材を粗末にしたな!!」
「酷い! それでも妖精なのッ、許せないわ!!」
「……お前達、どうしてそんな骨に一番怒っているんだ」
俺達の激怒により、ドライアドの怒りが相対的に弱まる。
その精神的な合間を縫うようにして、横倒しになったトロッコの中から楕円形に近い骨、頭蓋骨が転がって俺の足元までやってきた。
「近くでみるとかなり河馬似の骨だ」
「こんなに怖い顔付きの生物が新世界にいたなんてっ」
「いや、肉がついていると愛らしいんだ。ライオンよりも凶暴らしいが」
「怖いッ」
伽藍な頭蓋骨が俺に対して何かを訴えている。そんな気がする。
頭蓋骨と一緒に転がってきた首の骨があったので、手に取って頭蓋骨へとはめ込んだ。瞬間、開けっ放しになっていった口が少し閉まる。
「どうするつもりよ」
「こいつは新鮮なスケルトン・デモニクスだ。パーツをはめ込めば動き出す!」
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▼輸入品ナンバーR046、スケルトン・デモニクス
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“凶暴な顔付きをした動物型のスケルトンであるが、魔界でなくても大人しい動物。
魔界の大地に生える僅かな草を食べて生活しているが、時々大発生する魔草を一晩で平らげる大食漢でもある。なお、胃がないので肉は食べない。
魔界では古くから畜産動物として親しまれている。
肉はないが、肉がないからこそすべての栄養素が凝縮された骨のエキスは濃厚で美味”
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近くにあった首の骨をすべて繋げた。プラモのように完璧にはめ込まなくても近付けると磁力に引かれるみたいに連結されていく。
そのたびに頭蓋骨が動く。顎をしっかりと開いて、強く噛み締める。
「何をしているッ!!」
ドライアドの蔦が再び襲い掛かってきた。
俺の胴体が打たれてしまうコースだ。次のパーツを探していた俺は下を向いていたため避けられる姿勢ではない。
「――デモ」
けれども、蔦の鞭は届かない。
頭蓋骨だけで動くスケルトン・デモニクスに捕食されてしまったからである。ムシャムシャ食べているだけなのに麺を啜るがごとく蔓が喉奥へと飲み込まれていく。何故か、食べたものは出てこない。
「スケルトンが、ドライアドを喰っている!」
「頭と首だけでこれなら、いける。ペット妖精、骨を集めるぞ」
魔界の草食動物と聞いていたが、植物なドライアドの天敵になりえそうである。
「気色悪いスケルトンが、私を食べるなッ!」
「――デモ?」
高速で繰り出される蔦を、床板を貫いて奇襲してくる根っこを、スケルトン・デモニクスは器用に食した。犬がおやつを空中キャッチしているような感じなのかもしれない。少なくともスケルトン・デモニクスはそう思って喜んでいる。
「右腕が完成したわ」
「こっちは左腕だ。これで行動範囲が広がる」
「や、やめろッ。その変なスケルトンを自由にさせるな!」
「デモ!」
上半身が揃った段階でスケルトン・デモニクスをドライアドへと向けて解き放つ。巨大な顎が床を舐めると、床が一切傷付いていないのに根っこだけが消えていった。食べ残しはない。
「肋骨は難しい。先に足を仕上げるか」
「これって尻尾かしら? それとも足の指?」
「このような化物を飼っていたのか。おのれッ、新世界人めがァ。訓練を受けたドライアドの戦士がこんな奴にィィっ」
「デモデモ」
ドライアドは自身を増殖させて必死に抵抗したものの、スケルトン・デモニクスの食事スピードの方が勝っている。勝負は既に決した。
「おーい、全部食べるんじゃないぞ。本体だけは残しておけ」
「デモ」
「アンタ、この一瞬で魔物を手なずけたわね」
「やめろ、やめてーーっ!」
人間部分を残してほぼ完食されたドライアド――若干余分に食べられたため、髪がショートヘアになっている――が泣き顔のままLゲートへと去っていく。迷惑行為を働いたので彼女はブラックリスト登録された。日本への入国は今後許されない。
「ひっくっ。お、お前達が悪いのに。うぅ、お前達があの方を返してくれないから、うっず」
「だから、あの方って誰なんだ」
Lゲートへの道を歩き去るドライアドは、最後の最後まで意味不明な言葉を言い残す。
「あの方と言えば私達妖精の主。妖精界を継承された神格ゲルセミ様以外にありえない!」
どうして、異世界の神格が日本にいると勘違いして襲撃してきたのだろうか。さっぱり分からない。




