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魔王城R042 魔界観光ツアー 最終日5

 酔っ払いが古代の裂けたカマボコ板を足元に突き刺す。すると、不可視の力が円形に広がっていき体に触れる。言い知れぬ悪寒が体を透過していく。

 地下空間だというのに大いなる存在の怒りのごとき雷鳴が聞こえて、体が酷く縮こまった。

 明らかにヤバイ気配がして、ここにいると不味いという事だけを理解する。


「ソドムの看板ですって!?」

「馬鹿げている。人間族ッ、お前は何を突き刺したのか分かっているのか!」


 異世界人達はより深く何が起きているのか理解しているようだ。

 とりあえず、酔っ払いがこれ以上何か仕出かさないようにオーク達に捕らえてもらう。突き刺さっていた板も急いで抜いた。


(既に遅い。ソドムの板が刺さった瞬間、このダンジョンのステータスはソドムとして上書きされてしまった)

「ははっ、これで異世界転生は約束された! 後は神罰の炎が落ちてくるのを待つだけだ」


 回収した板は外見通り木材でできている。これではX線に引っかからず、管理局の審査を突破してしまうのも仕方がないだろう。手荷物検査で発見できたとしても、地球の常識から言って危険物であると判断できない。

 だが、審査できなった所為でここにいる全員が恐慌状態だ。


 ペット妖精は一人で飛んで逃げようとしている。

「魔界が滅びるのは本望だけど、何で私まで巻き込まれなくちゃいけないのよッ」


 アジ・ダハーカはまだ階段に体を詰まらせたままであるが、害虫を伸ばして俺達を狙う。

「お父様だけでもお逃げくださいッ。私はここに残って『生命虐殺(三分の一)』の条件を整えます!」


 そして、邪魔だったので放り捨てていた木箱は……木箱だし特に何もない。

(このダンジョンは各施設と繋がっている。魔王城ともだ。被害範囲がそのすべてだとすれば、光の勢力との最終戦争は避けられん。力を失った我が生き残ったところで足枷あしかせとなるだけだ。ならばここで滅びて次代に希望をたくすしかない)


 一人で逃げるペット妖精の足を掴みつつ、害虫の接近を避けて、どこかにある木箱を探す。

 大変な事が起きているのは分かるが、大変な時だからこそ全員が自分勝手に動いては駄目なのだ。


「全員、落ち着いて聞いてくれっ。この危機を全員で生き残る方法を探すんだ!!」


 俺達は絶対にこの危機に対処しなければならない。

 命がかかっているのはもちろん、ツアー客が仕出かした不祥事を穏便に済ませて失点をカバーしなければならないからだ。そうでなければ、九死に一生を得て日本に戻れた場合に局長との食事がパーになってしまう。ゆゆしき事態である。


暢気のんきな事言っていないで足を離してッ。もうすぐ神罰が降ってくるから!」

「自分だけが助かれば、それで良いのか。ペット妖精?」

「そうよ! 私が生きている事が一番で他は全部知らない。私が私として実在している事自体が奇跡みたいな事だって分かるものっ。私が死んだ後の世界が存続していようといまいと、今の私にとってはどうでもいい事だわ!」


 妙という程ではないだろうが、ペット妖精が自分の命を最優先しているのは分かっていた。彼女の協力を得たいのなら、協力する以外に生き残る術がないと自覚させる必要がある。

「神罰とやらが降ってくるまでそう時間はないはずだ。ペット妖精、お前の飛行速度はなかなかだが、ダンジョンの外に出るまでスタミナは持たないだろう」

「くっ、……仕方ないわね。協力してあげるわ」

 頭の切り替えが早いのはペット妖精の数少ない美点である。

 次の協力者候補はアジ・ダハーカだ。近場で暴れられたままでは迷惑なので仲間になってもらおう。


「アジ・ダハーカ。神罰が降ってきたらお前の特異体質でも耐え切れないと思うが?」

「私が死を恐れているとでも? 見くびるなッ、人間族。この身が再び滅せられたなら、その時が闇の勢力の勝利の瞬間だ」

「ペット妖精と違ってお前は自分の命を軽視し過ぎだ。ただ、この木箱まで道連れにするのがお前の望みか?」

(娘よ)

「お父様ッ!? く、人質とは卑怯者ですっ!」


 木箱を父親と呼ぶアジ・ダハーカの複雑な家庭環境は置いておこう。今は問題解決のための協力さえ取り付けられれば良い。

 命の危機なので敵も味方も関係なく円陣となって知識を交換し合う。

 まずはペット妖精が板の正体を解説する。


「ソドムの看板は、かつてあったソドムの都市にあったとされる看板よ。元が看板だから物自体に魔的な力はないのだけれど、創造神の怒りによって滅んだ都市の位置を示すという概念が強く焼き付いてしまっている。この板を刺した土地はソドムとなってしまうのよ」

「東京の道路標識を刺したら、どこでも東京になるなんて無理やりが過ぎる」

「そういうものだから、諦めて受け入れなさい」


 続いて、アジ・ダハーカの少女っぽい部分が板を刺した際に発生する災害を解説する。


「ソドムは神罰によって焼き尽くされた退廃の地。創造神をあなどるなど魔族でも犯さぬ禁忌を、かつて光の勢力は犯した」

「ソドムは神罰に滅んだ。そして、今はここがソドムになっている。つまり?」

「もうすぐ、神罰が落ちてきて全員死ぬ。神罰の炎だから死ぬだけではなく、魂さえも滅却されてしまう。私ほどの魔族であっても二度と転生できない」


 かつてのソドムが滅びたのなら、同じようにソドムとなったダンジョンも滅びてなくなる。転生できなくなる程の炎が神罰の正体らしく、看板を刺した張本人は「聞いていないぞッ」と叫んでいるが完全に無視だ。

 状況は何となく掴めた。

 異世界のスーパーナチュラルな現象や法則は門外漢なので口出しできない。が、状況自体はそこまで複雑ではないような。

 神罰を放つ創造神が実存するのなら、その創造神に直接訴えれば良い。それだけの事ではないのだろうか。


「違う街の看板が間違いで刺さっただけなのだから、創造神も分かってくれるはずだ」

「簡単に言ってくれますわ。魔族にも創造神を信仰する闇の信徒がいるけれど、高位司祭でも直接会話できる確率は酷く低い。会話できたとしても片言程度にしかならない」

(我が全盛期だったなら、話は別であったな……)


 創造神と会話するにも特別な儀式や素質が必要なようで、俺の案はアジ・ダハーカにばっさりと切り捨てられる。


「ぷーぷぷっ。悪意の竜様の癖して『チャネリング』スキルの一つや二つ持っていないの?」

「私を笑ったそこの妖精。お前は持っていると?」

「妖精が持っている訳ないじゃないっ!」


==========

 ▼能力ナンバーL042、チャネリング

==========

“次元の違う高次な存在とコミュニケーションを取るために必須となるスキル。

 『神託』が向こう側からの一方通行なのに対して、本スキルは双方向の通話が可能となる。ただし、まともに会話できるとは言っていない。


 向こう側の意思次第なところもあるが、向こう側に近い聖域、儀式によるサポート等で通話し易くなると言われている”

==========


 アジ・ダハーカの額に血管が浮かび上がったため、ペット妖精は木箱の中に退避しながら言葉を続ける。


「あっ! 私の秘めた力ならもしかして――。ちょっと、眷族。お手」

「お前って自分の命が大事な割に、採用する作戦がガンガン行こうぜオンリーだよな」

「良いから早く手を出す! 緊急時だから出血大サービスしてあげるわ。……私の中の眠れる力よ。眷族に力を授けたまえ。略式簡易なんかてきとうに加護付与!!」

(一瞬だが、確かに神代の魔力がッ?! こやつ、ただの妖精ではないのか??)


 ペット妖精に言われるまま手を差し出すと、ペット妖精も手を出して触れてくる。

 小さくても手を繋いだと認識できた瞬間、俺の意識はジェットコースター的に加速上昇して――。




 ――ここはどこなのだろうか。

 認識を躊躇ためらわれる大いなる存在が傍にいるよう、な――ッ?!


“――0x10010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101010111111111010101010100100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101011111110101010101010010010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010101111111110101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010111111101010101010100100101010101010101010101010101010101100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010101111111110101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010111111101010101010100100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101011111111101010101010010010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101111111010101010101001001010101010101010101010101010101011001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101011111111101010101010010010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101111111010101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101010111111111010101010100100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101011111110101010101010010010101010101010101010101010101010110010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101010111111111010101010100100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101011111110101010101010010010101010101010101010101010101010100100101010101010101010101010101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010101111111110101010101001001010101010101010101010101010101010010010101010101010101010111111101010101010100100101010101010101010101010101010101――”


 膨大な情報量が直接脳内に流し込まれて俺は絶命した――――。









“――――直通回線、人間族、稀有、失敗失敗。声量、最小”


 ――魂がバラバラに弾け飛び、超魔法で復元されたような気がするが、うん、きっと気のせいだ。

 視覚も嗅覚も触覚も味覚も制限された空間内で、聴覚のみを頼りに俺はただよっている。耳元に誰かいるような、百万光年先に誰かいるような。あやふやな距離感で誰かの声を聞く。


“――何用?”


 用件をたずねられた気がするので、創造神が間違いで神罰執行しようとしていて困っている、こう訴える。


“――類似申請多数。受理不可”


 魔界にソドムがあるという通報が多数あるため、俺の訴えが正しいか間違いか判断できないと拒否された。きっとLゲートで工作活動が行われているのだろう。

 だが、そうなると俺達は死ぬしかなくなる。

 危険と隣り合わせの審査官をしているため俺は多少なりとも覚悟していた。覚悟しているのに強い無念を感じて止まない。だから、臆病なペット妖精では耐えられないだろうな。可哀想に。


“――何故、神格=愛玩動物。不敬? 信頼? 人間族不可思議”


 会話相手は俺に合わせて会話内容をかなりしぼってくれている。ありがたいが、情報量が少な過ぎて時々意味を理解できない。


“――不可思議故、生命続行希望。魔界。看板。廃棄可”


 長編大作アニメーションばりに生きろ、と言われた気がする。正確には面白いからが接頭語として付与される。


“――火口。廃棄。看板。消滅”


 生き残るための重要なヒントを教えてもらった。

 ただ、すぐに行動を開始しなければ間に合いそうにない。世界の秘密や新発見を素直に答えてくれそうな相手がいるにもかかわらず、特に未練なく、意識を強めてこの場からあるべき場所へと帰還を開始する。


“――宝石女神、守護、乙!”

「乙!」


 親切な誰かへと最後に挨拶できて、不思議空間からシャットアウト――。

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