魔王城R041 魔界観光ツアー 最終日4
「さあ、創造神に祝福を、祈りを!」
酔っ払いが虫眼鏡似の銀細工を握り締めている。
異世界を作ったとされる創造神を崇める宗教、光の信徒。異世界固有の宗教なので信者は異世界人のみのはずである。
けれども、酔っ払いの顔は明らかに日本人だ。どうして光の信徒を名乗っているのか分からない。
……ふと、背後を振り返って、逃亡者二人の顔を見る。
「な、何だ?」
「どうして突然、自分達の顔を?」
「いえ、別に深い意味はないですよ」
まあ、観光ツアーにテロリストが潜んでいたのだから、日本人の光の信徒ぐらいで今更驚いても仕方がない気がする。
「どうして、貴方が光の信徒を名乗っているのですか! ただのお酒好きなツアー客ではなかったのですかっ」
「いるかどうかも分からない地球の神を信じるのではなく、神秘が息づく異世界の神を信じる。そこのどこが可笑しいでしょうか。光の信徒の教えに私は共感したのです!」
いつの間にか異世界の宗教が日本に伝来して、知らないところで広がっていたらしい。
ありえない話ではないのだろう。Lゲートからは少なくない数の貴族が往来している。日本に滞在し続けて国交樹立交渉を続けている者もいる。そして、彼等の多くが光の信徒だ。誰かが密かに日本で布教していたとしても、既に入国済みの人物を止める権利を審査官は有していない。
「教えに従い、魔界観光ツアーを失敗させるつもりだったのですが。要らぬ横槍が入ったため苦労しました」
攘夷にしろアジ・ダハーカにしろ光の信徒にしろ、どうして皆して観光ツアーを妨害しようと陰謀を働かせるのか。すべての勢力が連携する事なく自分勝手に活動しているため一切成功してなかったのが不幸中の幸いだ。
「妙な事件ばかり起きてしまい魔界の警戒が高まってしまい焦りました。特に、あの料理人が余計な事を言い出した時には実力行使をするべく部屋を訪れましたが――」
「なんて男なの!? レベル0の料理人の命を狙うのは卑怯者のやる事よ!」
はて、ペット妖精の矮小な脳みそに、酔っ払いを非難できるだけの良識が残っていたっけ?
「――ええ、そこの妖精に邪魔されました」
俺の推理は対妖精を想定したものであったが、隠れ光の信徒であった酔っ払いに対しても当てはまるものであったらしい。
酔っ払いは間違いで料理人の部屋を訪れて、ペット妖精に襲撃されたと考えられていた。が、本当のところは酔っ払いもペット妖精と同じく、料理人を襲うために部屋に訪れたのだ。
Lゲートの利益を優先する者同士が足を引っ張っていたのだから、完全に同情の余地がない。
「わざわざ縁のない異世界の神を信仰して犯罪に手を染めなくても……」
「実存する創造神を信仰すれば、精神的にではなく物理的なご利益があるものです。どうですか、貴方も信仰してみてはいかがでしょう。効率を求めた現代社会は個人に冷たいものですが、異世界には違う世界の人間を受け入れる度量がある」
「ちなみに、物理的なご利益とは?」
「それは……なんと、異世界転生です!」
……一気に話がキナ臭くなる。転生しなくても既に異世界に辿り着いているというのに、この酔っ払いは何を言っているのだろう。
「ただの転生ではありませんよ。十代後半の最も体力的にも精神的にも充実していた頃の体に若返れるのです。更に、今なら入信特典期間中でレアスキル三つと経験値一〇〇〇が貰えます。新規転生者応援ボーナスを加えると更にお徳!」
「そんな回りくどい真似しなくても。トラックに轢かれそうな人の身代わりになれば良いのでは?」
「そんなのトラックの運転手に悪いではないですか! 助けた人にもトラウマを植え付けてしまいます」
この常識知らずが、という目線を向けられてしまう。まさか、俺が世間知らずなのだろうか。
いや、常識も状況も分かっていないのは酔っ払いの方で間違いない。異世界で光の信徒が幅を利かせているのは確かであるが、それはLゲートでの話だ。ここ、Rゲートでは話が違うどころか自殺行為でしかない。
俺をしつこく狙っていたアジ・ダハーカが酔っ払いへと顔を向けて、目は笑っていないのに鼻で笑う。
「何かしら、自殺志願者?」
この場で一番危険なのはアジ・ダハーカであるのは間違いない。最近、光の信徒になったばかりの日本人に魔族と戦える力が備わるはずがないので、酔っ払いの行動は腹を空かした蛇の前に現れた鼠そのものだ。
二時間ドラマが開始して一時間四十分後の犯人みたいに現れた酔っ払いは、一体何がしたいのかさっぱり分からない。
「私を殺すと、悪意の竜よ。良いでしょう、それで私は転生を果たせる」
「望み通り殺してあげる。この世の地獄をたっぷりと味わってもらってからだけど」
「それは無理というものだ、化物。私の挺身には先約があるっ!」
そう言いながら酔っ払いは板状のものを振り上げる。
掠れた文字が書かれているようだが、俺には読めない文字のため解読できない。
“――ここはソドム”
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▼看板ナンバーL041、ソドムの看板
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“光の勢力の一つ、都市ソドムの玄関口に刺さっていた看板。
退廃的な暮らしを送っていたフザけた都市だったため、創造神の怒りを買い焼却されて地図から消えた……が、奇跡的に爆風で吹き飛んだ看板の一部が残っていた。
創造神の怒りは今も続いていると言われているため、看板を地面に突き刺すと大変危険です”
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――光の勢力、暫定防衛ライン
光の勢力は複数国家、複数勢力の集合体で構成される。彼等自身は一丸となって闇の勢力と戦っているというが、一枚岩とは言い難い。
人が集まれば派閥が生まれて、身内同士だからこそ権力や地位を競うようになる。
実際の敵である闇の勢力に連敗している今だからこそ、成果を上げた際の功績は大きい。
魔界観光ツアーの開催を察知した光の勢力の教会派は、新世界で獲得した信徒を魔界へと潜り込ませる作戦を立案し、実行に移した。
魔界の最重要拠点、魔王城は強力な呪術と結界に守られているため遠距離攻撃は不可能と言われている。そのため、ツアー客にソドムの看板を持たせて地面に刺させた後、光の信徒の高位司祭が創造神に対して一斉に祈り、神の怒りを発動させる作戦が考案されたのである。
一度行われた創造神による破壊を再び起す。多少の無理を通すため各地より司祭が集められている。
「キケロ司祭まで参加されていたのですか」
「ええ。これ程の作戦です。魔界に直接打撃を加えるとはなかなかに大胆です。成功すればかつてない戦果となるでしょう」
Lゲートの異世界入国管理局たる騎士団オーケアノスの従軍司祭キケロも招集されている。勇者パーティーと魔界に突入した経験のある彼は、良くも悪くも光の信徒の中でも目立つ存在だ。
「しかし、ソドムの看板ですか。闇の勢力打倒のためとはいえ、創造神の怒りに焼かれる覚悟を新世界人が持つとは。魂まで焼かれて無に帰すため、これまで誰も実行しようとしなかったはずでは?」
キケロ司祭の疑問は当然のものであるが、答えを想像できた上での質問に意味はあまりない。
「新世界の信徒は後発です。きっと誰よりも成果に執着しているのですよ」
「なるほど。では、新世界人の覚悟を称えて、必ず作戦を成功させましょう」




