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魔王城R040 魔界観光ツアー 最終日3


「ここで会ったが百年目! ダンジョン内では助けを呼べない。以前の屈辱、ここで晴らしましょう!」


 特大の節足動物と爬虫類が詰まっている階段下からまた声が聞こえる。グロテスクな光景に似合うヒステリックな口調だ。

 怒り暴れる害虫から後ろ歩きに距離を取っていると、妖精が肩に止まった――依然として箱に入ったままなので木箱が止まったというのが正解。


「ちょっと、アンタ。アレに粉をかけていたなんて正気を疑うわ」

(む、それは父親として聞き捨てならんな)

「いや、階段に腹がつっかえるような知り合いはいないぞ」

「キサマッ! 聞こえているぞ」


 最下層に現れる異形の怪物。

 営業開始前のダンジョンだと聞いていたのに、既にボスが出勤していたらしい。俺達はただのツアー客であると言い聞かせたいが、怒り狂った相手が聞いてくれるだろうか。

 そもそも、相手はとぐろを巻いた害虫の複合物。直視するだけでも勇気がいる体のどこに知性をつかさどる器官があるのか、さっぱり分からない。

 ……そう思っていると、巨体の束がタコの足のごとくウネウネ動いて中央にわずかな隙間を作る。

 そこから現れたのは七割ぐらい原型を留めた少女の姿だ。四肢と背中は害虫と同化してしまっているが、何となく見覚えがある。


「あーっ、淫魔街で不法営業しようとした不良娘! 警察に捕まったはずなのにもう釈放されたのか?」

「絶対に許さんッ!!」


 俺は少女の未来を思って警察に補導してもらったというのに、それをうらむなど逆恨みもはなはだしい。


「淫魔街で会ったって、あれ淫魔なの?? どう見てもバイオハザードで誕生した第五形態じゃない」

「異世界の生態系については、俺よりもペット妖精の方が詳しいはずだろ。少なくとも俺が前に遭遇した時にはあんなグロいフルアーマーを装備していなかった」

「淫魔がアンタに復讐するためにオールド・ワンと契約したのかしら?」

「この姿を目撃しても、まだ淫魔、淫魔と言うかッ!」


 他意なく「え、淫魔じゃないの?」とたずねてしまうと害虫が暴れまくって階段や床に亀裂が走った。そろそろ本格的に逃げないと不味そうだ。


「私は最強の魔王の娘にして、悪意を象徴するドラゴン! アジ・ダハーカなれば、人間族ごときが生きて帰れると思うな!」


 アジ・ダハーカを名乗る少女の体が、一度、害虫の中に沈み込む。と、次の瞬間にははじける勢いで抜け出した。

 背中の開いた黒いドレスには淫魔的な異性を誘惑する理由しかな――「淫魔違うッ」――いと思われたが、背中から害虫を生やしても服が破れなくて済むという利点があったようだ。背中の肩甲骨から生える大蛇の胴体、その反動により少女の体はダンジョンの中を飛ぶ。

 あっと言う間に、俺達の目前だ。最前列にいた俺が狙われている。

 指を揃えて、長く伸びた爪が突き出された。顔面を狙っているのは間違いない。

 顔に穴が開くと不味いので盾が欲しい。そう思っていると、丁度、肩の辺りに木箱が浮かんでいたので顔の前に差し出す。


「アンタの行動はお見通しよ。とうっ、脱出!」


 箱の妖精となっていたペット妖精がベイルアウトしたので、一切のうれいなく木箱を盾にできる。

 残った心配事は、木箱で魔族の爪を防げるか否かだろう。


「そんな薄汚れた木箱で私の攻撃が防げるは――」

(や、やあ。我が娘よ……)

「――は、ハァアぁぁあぁ!?」


 凶悪な爪が木箱の傍一センチをフルスイングで空振り。

 蛇に押される少女の体が全力で俺の横を素通りして、そのまま勢いを失わず奥の壁へと衝突した。顔面から石レンガにぶつかったため、鼻血でドレスが台無しだ。

「勝手にスカったぞ」

「まったく、ノーコンにも程があるわね。悪意の化物アジ・ダハーカって中二病で名乗る前に、リトルリーグからやり直したらどうなの」

「な、な、なァッ!? 何で、そこにお父様が?!」

(どうしてだろうな。お父さんにも分からない)

 アジ・ダハーカの目線の先には木箱がある。何となく気になって左にスライドさせると、少女の目も左に移動する。右にスライドさせると右に移動する。


「おい、ペット妖精。この木箱はどこで手に入れた?」

「部屋にあった、私の命を救ってくれた恩人よ」

「……俺が最終的に責められるから、恩人を見捨てて脱出した事については言及しまい。部屋に置いてある普通の木箱をあの少女が注視する理由は?」

「アジ・ダハーカにそんな逸話いつわないはずだけど」


「お父様、どうしてその人間族と。しかも妖精のオマケ入りで??」

(偶然に偶然が重なったとはいえ、どうしてここにいるのか分からない。……が、それ以上に分からない事がある。我が娘よ、我は新世界の者に手を出すなと言ったはずだが?)

「それは、魔界の存続を一番に考えて!」

(浅はかめッ!!)

「お父様こそっ、分かっておりませんわ。魔界は孤高を貫くべきなのです! 人間族など信じられませんから!!」


 鼻血を垂れ流しつつもアジ・ダハーカは背中の害虫を波打たせて再度突撃してくる。

 木箱を迂回うかいして俺の頭を潰そうと考えたのか、天井スレスレに浮き上がって攻撃をしかけてくる。まあ、こっちには飛行可能なペット妖精がいるので対処は容易い。


「そこだ。いけっ、ペット妖精!」

「ご配達でーす」


「く、このっ?!」

(この者達と行動して再認識できた。新世界は決してあなどれん。対応力に関しては脅威さえ感じる。事実、お前は手玉に取られている。たった一度の接触で我を攻撃できないと悟られているではないか)

「盾にされながら説教するの、止めてもらえないでしょうかッ」


 何故かは分からないが木箱に向かって独り言を喚いているアジ・ダハーカ。魔界には木箱恐怖症でもあるのだろう。

 木箱を攻撃できないのであれば、皆が最も安全な隊列は全員が一直線に並ぶものとなる。

 よって、木箱を持った俺を先頭にしてオークも逃亡者も仲良く一列だ。


(これはっ、いにしえから伝わりし勇者パーティーフォーメーション!?)

「絶対に違いますから、お父様!」


「よーし、このままゆっくり後退。射程外に出たら一気に後退するぞ!」

「いち、に、いち、に! そこ、足を止めない」


 アジ・ダハーカのほとんどは下階層にはまったままだ。逃走を考えれば、設計図を有する俺達の方が優位に立てる。

 状況は異なるが、メドゥーサ程に苦労しなくて済む相手だ。こう考えていると――、



「まさか、悪意の悪竜アジ・ダハーカが復活していたとは。何という僥倖ぎょうこうなのだ。これこそ、創造神のおぼしではないか」



 ――俺達が後退している通路とは別の通路から、男の感嘆が響いて思考を邪魔されてしまう。

 どこの誰だろうと目線だけで顔を確認する。


「お前はっ、酔っ払いさん!?」

「そうだ。私は酔っている。神が実在する異世界の神秘に触れられただけではなく、神の敵の復活を察知できたのだ。光の信徒として、これ以上の名誉はない!」


 自ら姿を消していた酔っ払いを発見できたのは良いニュースなのだろう。

 ただし、酔っ払いの雰囲気はかなり異なっている。外見的な分かり易さで言うと、彼の手にはLゲートの最大宗教、光の信徒が所持する法具があった。

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