魔王城R038 魔界観光ツアー 最終日1
深夜であったがツアー客全員を叩き起こして点呼する。
「味噌マダムに、料理人に、レポーターに、一般人……一人足りない」
部屋から消えていたのは酔っ払いだ。味噌マダムの申告通りならば、酔っ払いは自分の足でダンジョンへ潜った事になる。理由はさっぱり分からない。
「どうせ酔っ払って部屋を間違えたのよ。一度失敗した事は二度、三度と繰り返す。私も経験があるわ」
「部屋とダンジョンって、間違えられるレベルじゃないと思うが。見張りをやり過ごしたところを考えると意図的なのか」
二人遭難するのも三人遭難するのも同じという訳にはいかない。
テロリストでもないツアー客が観光中に迷子になったなら、ツアースタッフは捜索しなければなるまい。乗客を置いて逃げる搭乗員となって非難されたくないのだ。
ゼルファに迷子が一人増えた事と、捜索隊に加わりたい事を告げる。
「正直手が足りないが、捜索には危険が伴う」
「危険なモンスターが解き放たれているので?」
「いや、営業開始前だった事もありフリーランスの魔族はまだ解き放たれていない。ただ、何せこのダンジョンは最新式だ。旧来のような兵力を分散配置して侵入者に連戦を強いるものではなく、純粋に迷宮の中に侵入者を閉じ込める仕組みになっている」
「ようするに?」
「一度迷ったら出られない」
深刻な顔したオークみたいな面持ちになっているが、ゼルファは大げさに言っているだけだろう。俺はこれでも、日本の遊園地にある大迷路を子供の頃に攻略している。右手法もばっちりだ。
そもそも、迷宮を作った側である魔王軍なら図面や地図を所持しているはずである。
「……あるにはあるのだが、さっぱり読めない」
「え?」
「これが設計図らしいのだが、読めないだろう」
Rゲートの重要施設の設計図となれば機密情報となるはずであるが、ゼルファは簡単に手渡してくれる。
ブループリントではなく、考古学者が所持していそうな手帳。
びっちりと線が描かれているが……飲んだくれが目隠ししながら足で描いたようなミミズしか読み取れない。ゼルファが読めないので魔界特有の文字ではないのか。
「ダンジョンを作った建築士の人は?」
地図が読めなくても、設計図を手書きした本人を呼べばどうにかなるはずだ。戦国時代に城の抜け道を造った大工達を全員始末したみたいな話がなければであるが。
「それが、『私は好きにした。君らも好きにしろ』とメモを残して先週から有給休暇で旅行に」
誰も道が分からないのでは捜索を行えない。二重遭難の危険がある。仕方がない、俺は最善を尽くしたと日本に帰って局長に報告しなければ。
無念の帰国を決意する俺の手元へ、ふと、箱入り娘が急接近する。
「ふーん。非ユークリッド的な内部空間の構築ねぇ。呪術傾倒の魔界にしては高度な事しているじゃない」
……ペット妖精が何か喋っている。
「お前、読めるのか??」
「QRコード読むより簡単ね」
流石は妖精だ。QRコードを目視で読み取れるなんてふざけている。瞳孔から赤外線でも照射されているのか。
「む、無理はする必要はないからな」
「安心しなさい。魔界のダンジョンごときを私が恐れるはずがないから。それに低俗な人間族のものとはいえ命がかかっているなら助けてあげるのが世の理。死んで良いのは魔族だけよ!」
「それはそうだが」
「設計図通りなら迷子が最終的に辿り着く場所は最下層のようね。今から行けば朝には到着できるわ」
無理な仕事を拒否しても良心は痛まないが、がんばれば可能な仕事の場合は別だ。
妙なやる気を出したペット妖精に背中を押されてしまう。どうして嬉しくない事でばかりこいつは頑張ってしまうのだか。
ペット妖精が示す道に従ってダンジョンを降っていく。
人をおちょくり、稀に頻度高く取り返しのつかない惨事を仕出かす妖しげなる小人の誘導を信じるべきではないとゼルファは言っていたが、まあ、酷い目に遭っても致命傷を負う事はないと思うぐらいにはペット妖精を信用している。信用と言っても、動物学者が動物の習性を知っているというニュアンスでの信用だ。
指揮官たるゼルファは同行できないので、ゼルファの部下のオーク・マジシャンが十人ほど護衛として付き添ってくれていた。最悪、迷っても彼等の魔法で数日は生存可能だろう。
「さっきから同じ階段を降っているみたいだが、目の錯覚だよな?」
「二階下りてから三階上がるのが正規ルートよ」
石レンガの壁が続く長い廊下を進んでいく。まだ三十分弱しか経過していないというのに階段や十字路が複数存在して帰り道があやふやだ。ペット妖精が指差す方向を信じて進むしかない。
「次が新しい階層への分岐点ね」
手帳を眺めていたペット妖精の言葉通り、進行方向に変化が現れる。
二体のガーゴイルが腕を組んで俺達を出迎えた。
“――我等の内、片方は真実しか喋れない正直者”
“――我等の内、片方は嘘しか喋れない嘘吐き”
“さあ、左右どちらの道に進む? 一度だけ質問を許可しよう!”
こう頭を使いそうな論理問題みたいな言葉をガーゴイルは発している。
「ペット妖精。設計図ではどっちの道なんだ?」
「回答によって道の接続先が変化するみたい。正解しないとどっちを選んでも回り道に転送される仕組み」
「イベントスキップは不可か。なら、どっちのガーゴイルが正直者なんだ?」
「設計図には『続きは君の目で確かめてくれ』って書いてあるわ」
その設計図は上下巻に分かれて売られているのか。仕方がないので自分で正解を考える。
問題自体は地球でも聞いた事のあるもので、嘘吐き村と正直村という名前で親しまれている。正直者しかいない正直村と嘘吐きしかいない嘘吐き村があり、正直村を目指す旅人が二人の村人と遭遇し道を訊ねるというものである。どうして旅人は真実しか言ってくれない悪夢みたいな村を目指したのだろうか。
「正直者、嘘吐きが両方同じ答えを言うしかない質問をして正しい道を割り出すのが攻略方法だったか」
確か、正解は「お前の村に連れて行って」だ。現状に合わせるなら「正しい道の先にお前の村がある」と但し書きを付ける必要はあるが。
正直者は自分の村である正直村へ連れて行ってくれるし、嘘吐きは自分の村である嘘吐き村ではなく正直村へと連れて行ってくれる。
……そんな単純な答えで良いのだろうか。ペット妖精しか読めない文字を書くような人物が建築したダンジョンである。ネジが抜け落ちて、代わりにお花でも生けている頭部をした人物の可能性がある。
「ペット妖精。お前が二体のガーゴイルだったらという想定で答えてくれ」
質問できる回数はたったの一回。思考の似通ったペット妖精で事前テストが必要だろう。
「俺をお前の村へ連れて行って欲しい」
「石像のため動けません」(正直者な石像)
「任せて! 連れて行くわ!」(まったく動かない嘘吐きな石像)
まあ、これぐらい想定できなければ生態系から異なる異世界人と付き合っていられない。テストしておいて良かったと素直に思う。
質問内容をもう少し捻ろう。
「こちらの道が正しい道ですか、と質問したら貴方はどう答えますか?」
「どうして私がそんな事を教えないといけないのよ」(非協力的な正直者)
「え、何て言ったか聞こえたけどしらばっくれ」(え、何だってと答えようとした嘘吐き)
若干以上にイラついたのでペット妖精の額をデコピンする。
「何でよッ、アンタが言った通りにしただけじゃない!?」
「あー、すまん。鬼気迫る演技に本気だと錯覚してしまった」
相手は入試問題ではなくダンジョンのガーゴイルのため、不利となる質問に答えないと考えるべきだ。最初から探索者を正答させるつもりがない。
疑い始めると、設問自体も怪しいものだ。
「……こいつら、片方は正直者だと言っていたが、どっちも嘘吐きの可能性があるよな」
前提条件が不確かで、調べる方法すらない。
完全にお手上げ。
「嘘を調べる審査官でなければ、厳しかったかもしれない」
圧倒的に探索者側が不利な設問……となるはずだったのだろうな。前提条件だけはしっかりと固めておくべきだった。
「えー、オークの皆さーん。ハンマーをご用意くださーい」
魔力も筋肉もあるオーク・マジシャンの方々が無骨な重量武器を肩に乗せてガーゴイルに近付いていく。
無機物生物のガーゴイル二体の顔が若干以上に引いているのは気のせいだ。
“わ、我等を壊しても正しい道は答えないぞ!?”
「よーし、こっちが嘘吐きだな。こっちを破壊するか!」
“ぼ、暴力には屈しない。体を割られても答えは決して得られない!”
「魔族ながらに大した勇気だわ。でも、嘘吐きの言う事だから破壊しちゃいましょう!」
これは嘘吐き村と正直村の問題ではない。
ゲーム理論の囚人のジレンマを行っている囚人共を、いかに自白に追い込むかのゲームである。
「正直者は壊さないが、嘘吐きは破壊する。さっさと自白した方がお得だぞ?」
“こ、壊せ! 俺が嘘吐きだっ!”
“左側!? 自分を犠牲にして、お前って奴はっ”
「左側、お前は正直者だな……。よーし、右側が嘘吐きだ。壊せー」
“この外道がァッ”
(この妖精あって、この人間族ありか……)
二体用意したのが失敗だったな。自分を犠牲にできるだけの責任感があっても、他人を犠牲にできるものではない。どっちでも良いから、早く正直者が正しい道を答えて欲しいものである。
「どうしたら早く正直者が話してくれるのか」
「制限時間を設けたら? 三分以内に答えないと両方破壊するとか」
「ペット妖精もたまには良い事を言う。では、三分前……二分五十秒……」
残り二分四十秒でここは突破できそうだ。
迷いに迷い、ダンジョンの最下層まで迷い込んだ二名のツアー客。
周囲が暗い事もあるが、それ以上に彼等の表情は暗い。意味のある逃走ではないので、彼等に未来がないのは彼等自身が知っていた。
「ど、どうしてこんな事に。ただテロを起そうとしただけで」
「いや、それが原因でしょう」
彼等二人が捕まるのは時間の問題であるが、実は、それは彼等にとっての最悪ではない。
彼等の最悪とは……コツコツと床を鳴らして歩いてくる一人の少女の事を言う。
「さあ、私と一緒に遊びましょう?」
魔王の娘、アジーは無防備にも両腕を水平に伸ばして近付くが、二人の逃走者は命の危機にある。




