魔王城R037 魔界観光ツアー 四日目 ~ 最終日 逃走
真犯人たるペット妖精を暴き出した。これで事件は終わり……という訳にはいかないのが本事件の辛いところだ。
曲りなりにもペット妖精は異世界入国審査局の審査官なのである。同じ職場の仲間を犯人として名指しするのは酷く心が痛む。
「アンタ、私を犯人にしてみなさい。審査局がヘボだったから魔界に不法入国できたって言いふらすわよ」
「この腐れ妖精め。滅びるなら一人で滅びろ」
「嫌よ! こうなれば死なばもろとも、審査局が私を密航させたと言ってやるわ。さあ、眷族らしく私と共に死になさい。それが嫌ならどうにか不起訴にもちこんで!」
いやまあ、ペット妖精の性格を知っているのなら、自爆戦術を仕掛けてくると予想できていた。この三日間、異常な事件が起きているというのに解決する気分になれなかった最大の理由でもある。
真犯人がペット妖精だと、味噌マダムの審査をしていた後輩の立場が悪くなる懸念がある。ひいては審査局の体制が疑われてしまう。味噌は持ち出しOKと告げてしまった俺は一番危うい。
「審査官。その妖精をどうする。こちらで引き取ろうか?」
「ゼルファ。この妖精が悪いのは確かで落とし前は必ずつけさせるが、妖精が事件を起こしてくれたお陰でテロ事件を回避できたと言えないだろうか」
よって本事件は、妖精を真犯人として突き出して一件落着となってはならない。
「そ、そうだろうか?」
「妖精はお祭りや事件を直感的に察知し、もっと面白くしようとして介入する習性がある。今回、ツアーが無事とは言わずともギリギリ進行していたのは妖精のお陰でもあるんだ」
「そんな習性初めて聞いたぞ?」
「テロリストが自由に動いてた方が被害は大きかったはず。きっと、大きかった。真犯人が基本行き当たりばったりな妖精でなければ事件立証も困難だったでしょう」
「う、うーむ? そうかもしれん……のか??」
勝ち目がないのであれば、目指すべきはステイルメイト。ペット妖精の罪と釣り合う別の誰かの罪を強調して、相対的にペット妖精への罰則を軽くするしかない。
「そうです。我々が最も注意するべきは妖精ではなくテロリスト。よって、そこのカメラマンを取り押さえてください! そいつは凶悪な攘夷テロリストです!」
「で、出鱈目を言うなッ。そこの妖精も、お前も、適当な事を言いやがって」
憐れなスケープゴート役を押し付けられては堪らないと、カメラマンは俺達を指差しながら大声で否定してくる。
「ついでに、そこのイケメンも妙な行動していたので事情聴取を!」
「こっちにも飛び火した!?」
イケメンも何だかんだと怪しいので一緒に捕縛しておくと更に安心だ。
カメラマンは証拠がない、証拠を出せ、と騒いでいる。ありがとう。その言葉は妖精に対して振りでしかありません。
妖精が木箱に戻って、ごそごそと中を漁ってSDカードを取り上げる。
「残念ながら証拠はないけど、旅の思い出の高画質な動画はばっちり撮ってあるわ。前半部分に無関係な人間族のテロリスト告白が映っているから、帰ったら編集しないと」
「それは俺のカメラのッ?! 異世界の害虫がァッ、おのれぇええッ!!」
カメラマンは食堂の外へと走り出す。釣られてイケメンも走り出す。一体、誰がここまで追い込んでしまったのか。
「逃げても無駄ですよ!」
「逃げた奴が真犯人よ! 皆、追いかけて!」
「異世界もッ、異世界に組する馬鹿共もッ! 地球には不要なのだ。外来種は必ず駆逐される!!」
安全のために各所が閉鎖された魔王城に逃げ場はないというのに、無駄な逃走だ。所詮は一時しのぎでしかない。
「イケメンはともかく、カメラマンの足が速い」
「ふっ、問題ないわね。こっちには魔王軍幹部がいるのよ。優秀な私達を敵にしてしまった不幸を呪うと良いわ」
「その通りではあるが、妖精と同じ陣営扱いされるのは不本意だ……」
逃走者二人が逃げていく先には両開きの大扉が見えるだけで、他に逃げ込める場所はなかった。大扉は閉鎖中のため袋の鼠となる。
鉄製の扉を必死に叩いたところで、手が痛くなるだけ。魔界観光ツアーを潰そうとした凶悪犯達は扉に背中を張り付ける。
後はゼルファが二人を捕えるだけだった。
「――クス。面白いわ、助けてあげましょう」
突然、大扉が開かれた。気圧に差でもあったのか、扉に密着していた二人が木の葉のように浮かび上がって吸い込まれていく。
扉の向こう側は、真っ暗で何も見えない。
ゼルファが従業員ゴブリンと顔を見合わせているが、扉が開いた理由は分からない。
「どういう事だっ?! この扉の向こう側は新規オープンが迫ったダンジョンのはずだ。どうして扉が開く!」
逃走した二人が廊下へと戻ってくる事はなく、闇の向こう側に消えてしまった事実のみが残された。
四日目は過ぎていき、時計の針は零時を過ぎた。
ツアー最終日たる五日目の開始である。
「ゴブ《ダンジョン内部に突入したゴブリン歩兵連隊の定期報告が途切れました》」
「特務魔法大隊から部隊を編成し救助に向かわせろ。二次遭難を避けるため、各部隊はダンジョン内部に入らず、各地の出入り口の封鎖に専念せよ」
逃走者が大扉の向こう側に広がるダンジョンに逃げ込んでから、ゼルファは部隊を使って捜索を行っている。が、あまりうまくいっていない。
「どうですか?」
「どうにか一階層目の探索をし終えたが、残念ながら二人を発見できていない。流石は最新式のダンジョンと言ったところだろう」
オークの深い面構えが、疲労で更に深まっている。難航しているらしい。
ゼルファの裁量で動員可能な兵士には限りがあるのだ。地下に広がっているダンジョンの中から二人を発見するには人員がまったく足りていない。
「こちらの世界の人間が迷惑をかけて、申し訳ありません」
「……いや、あの大扉も魔法生物であったのだ。扉があのタイミングで開いたとなれば、あの方が関わっている可能性が高い」
「ちなみに援軍は頼めないのでしょうか?」
「魔王様にお伺いを立てたが、魔王様は玉座の上で沈黙を保たれた。恐らく、この事態を独力で解決してみせろという無言の命令なのだろう。幹部となった俺に対する試練なのかもしれん」
(お伺いも何も、我はここにいるからな)
魔王が援軍を許可しないとなれば、ゼルファに頑張ってもらうしかない。
ちなみに俺は魔界土産をしっかり買い込んで帰り支度を整えている。もう深夜なので、これからじっくりベッドで眠って明日、日本へ帰ります。
事件の詳細を知っている人間が日本に戻って報告する必要があるのだ。別に迷宮探索などという難儀をボイコットしたい訳ではない。
「完全に任せる事になりそうです」
「任せておけ。審査官殿にはその妖精を連れ帰る使命がある。その方がありがたい」
散々事件を起こしたペット妖精を国外退去させる事が重要視されていなくもないが。
逃走者二人がダンジョンに消えて十二時間強。彼等は水や食料を携帯していなかったので、明日中には発見しないと命にかかわる。事はそれなりに切迫していた。
「事件よ。事件が起きたのよ!」
マダムな声が廊下から響き、近付いてくる。
事件なら既に起きている最中だというのに、ナイトキャップを完備した寝間着姿の味噌マダムがコマンドポストとなっている食堂へと駆け込んできた。
「ペット妖精、また味噌を盗んだのか?」
「何か起きるたび妖精の所為だなんて思考停止。短絡的で失礼しちゃうわ」
前科しかないペット妖精は今も木箱に入って浮かんでいる。魔界にいる間は亀や蝸牛のごとく木箱に籠るつもりというのが本人の談。
どうせ味噌絡みだろうと予想しながら、味噌マダムが駆け込んできた理由を訊ねる。
「私見ちゃった。ツアー客の一人が扉の向こうに入って行っちゃったわ!」




