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魔王城R036 魔界観光ツアー 四日目 が犯人です

 通気口の中に潜み、一夜を明かしたペネトリットおよび木箱(魔王)は、二日目の日中を妖精の気まぐれに従い奔放ほんぽうに過ごす。

「腹が減ったわね。魔界に妖精の口に合うものがあるとは思えないけれど」

(我は一体いつまで付き合えば良いのだ……)

 通気口にただよってくる臭いを頼りに厨房を探し出し、シェフ達の目を盗みつつ、ついでに朝食を盗む。

 食堂の棚の上に堂々と居座って、事件だ事件だとさわぐツアー客や審査官を観賞してクスクス笑う。

 ある種、ツアー客以上に魔界を楽しんでいるペネトリットの一日はあっという間に過ぎていく。もう夕食――もちろん、ちょろまかした――を終えて寝る場所を探す時間だ。


「い、淫魔街……ごくり」


 しかし、審査官が唾を飲む光景を目撃した途端に妖精の眠気は吹っ飛んだ。打算ありきで眷族にした人間族のオスとはいえ、己の力を授けた存在が肉欲にけがれた淫魔に欲情してしまっている。

 ペネトリット本人の自覚はないとはいえ、彼女の封印前を考えれば前代未聞だろう。スパイが敵国に寝返るようなものだ。光の加護を受けし者が魔族と行為におよぶ。決して許されない事態に、妖精は木箱を被ったまま出撃する。

 だらしない顔で淫魔街へと出向く審査官を追跡した。


「あの馬鹿! 私に恥をかかすつもり!?」

(いや、淫魔街は我の政策で魔界の中でもかなり落ち着いた街になっているのだぞ。治安も良いし、税収もなかなかだ)

「見失った! どこに行ったの」


 人でにぎわう淫魔街を箱に入ったまま追跡するのは難しく、ペネトリットは一度、審査官の姿を見失う。

 あせるペネトリットが審査官の後ろ姿を発見したのは数十分後。いかにも怪しい路地裏へと消えていく。もちろん、後を追って路地裏に入っていく。


「新世界でモテる可能性が皆無で、一生女を知らずに生きるのがつらいからって! お手軽に淫魔で済ませる? 金で捨ててもむなしいだけってあおって泣かせて、男に生まれてきた事を後悔させてから始末しないと!」

(生命は次世代を残すためだけに生きるだけではない。様々な生き方が許されるのが現世だというのに……。まったく、我にはこの妖精が利己的で邪悪に感じるのだが気のせいか?)


 裸同然の姿をした淫魔と、淫魔に話かけて交渉中の後ろ姿。

「魔族の実存を立証する証拠を本国に持って帰りたい。髪でも血でもサンプルが欲しい。協力を願えるだろうか?」

「えー、お兄さん。ちょっとその性癖は淫魔でもついていけない」

 ペネトリットの羽が光りかがやき速度が増す。脳天をロックオンすると一切ブレーキをかけずに突撃だ。


(ちょっ、この速度は危険だ!)

「眷属でありながら、この恥知らずがぁッ」

「はっ? ぐふぉォっ?!」


 ペネトリットが隙だらけの男性の後ろ姿を強襲する。

 最初に後頭部を木箱のかどで強打して、すぐに正面へと回り込むとあごを下からカチ上げる。

 ゴミ捨て場へと頭から突っ込んで気絶した男を見てペネトリットはガッツポーズだ。


「思い知ったかっ!」

(このような妖精と関わったために不運な……)


 仕留しとめたばかりの男の息があるか否かを確認するため、ペネトリットが木箱から顔を出す。

「力には義務が生じるものよ。私の加護を受けたのなら魔族を敵としないと。何の罪もない人々を襲う非道な魔族と戦う運命からは逃れられないわ」

(何を言うか。光の勢力も本質は似たようなものではないか!)

 ペネトリットが気絶した男のほほを足で踏む。

「魔族は意味もなく襲ってくるの。知性がないからよ! 動物と同じ。いいえ、動物以下。悪意があるから魔族は邪悪で始末にえない!」

(可哀想に。一体どのような悪縁があれば妖精に命を狙われた?)

 ペネトリットの語る魔族の顔は、きっと今の彼女のような顔をしている。そんな悪魔的な妖精に踏まれ続ける男は、意識なく苦しむだけである。


「これが私の天罰よ! 愛想がきたわ。これでアンタの加護も解消す――ん、んんー?」


 苦しむ男の顔を見て、ペネトリットは大きく首をひねる。強い違和感を覚えたのだ。

 ペネトリットは審査官の顔を思い浮かべながら、足蹴にしている男の顔と比較する。

「……はて、ゴミまみれになっているのに、いつもよりもイケメン? もっとツマらない顔していなかったっけ、アンタ?」

 骨格からして男が別人なのは間違いない。ペネトリットがその事実を認めるまでしばらく時間がかかり、その間も軽いとはいえ足を乗せられた男は苦しみ続ける。


「…………もしかして、別人?」

(ただの勘違いで人を襲ったぞ、こいつ。魔族は何の罪もない人を襲い、知性がないか。その定義で言うと、この妖精こそが魔族かも知れん)


 ひたいから冷や汗を流すペネトリットは錯乱さくらんしていた。妖精そのものが理性のない錯乱した生物かもしれないが、ともかく錯乱していた。気絶した男を介抱かいほうせずに放置して、少しでも暴行事件発覚を遅らせるために近場のゴミ袋で被害者の顔を埋める。

「これで良し!」

(保身を優先するとは、こやつ、やはり悪魔か)

 犯行現場にとどまり続けると犯人と疑われてしまうので、ペネトリットは淫魔街から飛び去っていく。




 勘違い系暴行妖精(ヒロイン)という一昔前の芸風はペネトリットの望んだものではない。どうにか残っていた良心が痛んだようで、三日目はイタズラを自重じちょうする。



「Rゲートの料理の粗雑さにはもはや我慢ならんっ。こ、こんな世界にいられるか。私は帰らせてもらう!」



 妖精の小さな脳の更に小さな理性で一日も自重できたのだから上出来だ。待てをしつけられた猫が十分間、待てを維持できれば賢いともてはやされるように、妖精は賞賛されるべきである。妖精界記録と言って良い。


(食堂の方から怒鳴り声が?)

「トラブルの臭いがするわ! 乱闘騒ぎになるならベンチから出撃しないとっ」


 三日目の食堂では料理人がRゲートの料理にケチを付けていたが、実に妖精好みの出来事である。

 新世界の人間族がツアーを取り止めて帰国する。魔界を嫌うペネトリットにとっては朗報でしかない。

(うぉーい!? ゼルファ、どうなっている!)

「チャンスよ。このまま放置していてもツアーは失敗。魔界の観光事業は頓挫とんざし、私の眷族も暴行事件が発生するような危険な魔界から即時帰国させられるし、一石二鳥だわ。でも……干渉しないなんて妖精的にナンセンス!」

 悪知恵だけは働くペネトリットは即座に飛ぶ。

 ツアー失敗を決定的なものとするため、厨房へと飛び込んで調理中の料理を台無しにするつもりだ。


(させるかッ。観光事業には魔界の未来がかかっているのだぞ!)

「ちょっ、木箱が突然重くなって!?」


 妖精入りの木箱は空中でコントロールを失う。

 隠密行動にてきした通気口を経由していたのがわざわいしてしまい、ダクトの曲がった壁を二、三度ぶつかって転がり始める。安全な出口ではなく、クルクル羽が回っている換気扇に飛び込んでいく。

(削れる。箱が削れる!?)

「うぇぇ、酔ったぁ」

 衝突音がして、換気扇が厨房を舞う。

 遅れて落下してきた木箱が、大鍋に向かっていたコック帽のゴブリンの顔面にぶつかった。


「ゴブ《シェフが倒れた!》」

「ゴブ《担架たんか! 担架!》」


 ゴブリンが緩衝材となったお陰で木箱は無事だ。

 ただし、ゴブリンの方は意識を失った。職人の意地でお玉を握り締めていたが、大鍋の中には水しか入っておらずスープは未完成である。

「いたた……あれ、シェフを撃破って目標達成?」

(あわわわ。とんでもない事を仕出かしてしまったっ。部下の天下り先を考えなければ……)

「ふははっ、やったわ! これで魔界は終わりよ。悪は滅びた!」

 箱入り妖精は逃走をくわだてるが、そうは問屋がおろさない。厨房にいるゴブリン全員が倒れたシェフと木箱を囲んでいる。


「ゴブ《逃げられると思っているのか、この箱野郎!》」

「ゴブ《シェフはこの料理に失敗したら腹を斬ると言っていたんだ!》」

「し、知らないわよ。そんな他人事!」

「ゴブ《短期間で受け入れ態勢整えるために、俺達は職業を専門化させるしかなかった。くやしいが、俺達では満足のいく料理を作れない》」


 料理人職のシェフゴブリン以外は、配膳職ゴブリン、パン職人職ゴブリン、皿洗い職ゴブリン、調理器具洗い職ゴブリンと直接調理を行わないゴブリンしか残っていない。彼等では新世界人を満足させられる料理を作れないと、くやし涙を流している。

 飛んで逃げようとする木箱に清潔な布ナプキンが巻かれる。大鍋の前から逃さないようにゴブリン達は円陣を組み上げる。


「ゴブ《シェフの代りにお前が作れ! フライング・ミミック》」

「私が? 冗談っ!」

「ゴブ《逃げようとすればお前にミンチを詰めてボイルしてやるぞ》」

「ゴブ《その後はオーブンで百八十度だ。魔王様だったとしても逃がしはしないからな》」

(我は正真正銘、魔王なのだが)


 調理器具で脅されたペネトリットは渋々と鍋の前で浮かぶ。

 隣のテーブルにはシェフが使う予定だったと思われる魔界産の新鮮な食材――新鮮過ぎてまだグネグネと動いている――が存在する。新世界人は魔界らしい料理を望んでいるため用意したのだろう。

 ただ、代理シェフとなったペネトリットは魔族ではないため、どの食材も馴染なじみはない。


「仕方ないわね。森で一番の料理上手と言われた私に任せなさい!」


 それでも、人から頼られる優越感が好物の妖精は引き受けてしまうのだが。

 なお、ペネトリットの思惑としては、不味い料理を自ら作り上げて魔界に引導を渡すつもりだ。美味な料理を作るつもりは一切ない。

 魔界にとっては不運な事に、異世界入国管理局の職場でペネトリットは新世界人の好みを知っていた。

 ペネトリットいわく……新世界人は馬鹿舌。

 贅沢ぜいたくかもしれないが馬鹿みたいに食材を盛り付けて、味の調和を完全犯罪で始末する味音痴共である。不肖ふしょうの眷族も、そんな料理でLゲートの騎士をもてなしていたのでペネトリットは覚えている。


「新世界人はシンプルな味を好むわ! 触手生物のくどい出汁だしは不要よ!」


 ペネトリットは厨房全体を見渡して、最も味が薄くて済みそうな食材を探し出す。

 厨房のすみにある白い枝のような物を取ってくるようにゴブリンに指示する。


「それは?」

「ゴブ《これは俺達のまかないだぞ。スケルトン・デモニクスっていう名前の草食性の大人しいスケルトンの背骨と肋骨だ》」

「十分よ。それを取ってきなさい」


 骨を大鍋に放り込み、火にかける。その内、ぐつぐつと沸騰し始めた。

 十分に煮えた後、ゴブリン達に腕がつりそうになる形で塩を振るように指示して特性スープは完成だ。

「完成よ! さあ、冷めない内に早く持っていって!」

 質素なスープ一つ完成させただけで厨房を掌握したペネトリット。自信しかない彼女の声にゴブリン達は素直に従う。

 スープ一つで魔界は孤立する。妖精の行動は、勇者が魔王を倒す以上の戦果をたたき出――。



「――完全に未知のこの出汁スープは、地球の料理界を震撼させるだけの力強さがある」



「何でよッ!?」




 ペネトリットの姑息こそくな工作は裏目に出た。彼女のスープは絶賛されてしまい、魔界と新世界はむしろ距離を縮める可能性が高くなってしまう。

 こうなれば直接手段に出るしかない。

 ペネトリットは得意の通気口経由での不法侵入で料理人の部屋に入り込む。


「こ、こうなったら料理人の頭叩いて記憶を消すしかないわ」

(止めるべきかもしれないが、この妖精の悪意がどこまで育つか悪を象徴する魔王的に見てみたくもあるような)


 ペネトリットは木箱から出てドアの前で浮遊し、花瓶を構えた。

 そして、外からドアが叩かれると同時に、中から勢い良くドアを開き――。





 ツアー一日目から三日目にかけて発生した事件をすべて語り終える。

「これが事件のすべてとなります。真犯人は、この妖精です」

「皆! こんな審査官にだまされないで! 私は無実よ!」

 ペット妖精は可愛らしいマスコットみたいな顔で無実をうったえている。が、お前、そもそもRゲートにいる事自体がアウトだからな。

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