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魔王城R035 魔界観光ツアー 四日目 事件解明T

 ――一日目、味噌マダム部屋


 容器のふたが内側の圧力で飛び跳ねる。

 味噌容器の内側から現れた小さな手が、べちゃり、と容器のふちを握り込んだ。


「――ふふ、甘いものね。こうも容易く魔界への侵入を許すなんて」


 体を持ち上げて容器から現れたのは、発酵臭のする妖精だ。一夜漬けには足りないものの半日間、味噌に囲まれたまま過していたので熟成が進んでいる。密航のために味噌容器を選んだのは間違いだったと大泣きした涙の痕も味噌に染まっている。

 味噌の持ち主、味噌マダムが荷解きしてから夕食に出向いて、密航妖精、ペネトリットはようやく味噌地獄から脱出できたのである。

 日本人用に作られた水を使える贅沢ぜいたくなシャワー室へと直行して、体や髪に付着した発酵食品を洗い流す。続けて、ベッド上にあるたたまれたバスタオルにダイブする。


「妖精で初めて魔王城に投入できたわ。この偉業を妖精界に宣伝するのは帰ってからにするとして……アイツはどこよ?」


 ペネトリットが魔界に密入国した理由は、いちおう、眷族の心配をしたからである。

 魔王討伐のために送り込んだ勇者パーティーが毎回帰ってこない魔界の最奥へと、観光気分で出向いた愚かな眷族を助けてやろうと一肌脱いだのだ。ついでに魔王の顔に落書きでもできれば上出来と不埒ふらちな考えも持っていたが。

 私も人間族相手に甘くなったものね、と戯言たわごとわめきながらペネトリットは室内を飛んで見回るが、眷族を発見できない。部屋が違う。

「そうだわ。このままアイツを発見しても親切心の分からないアイツに怒られるだけだし。こういう潜入ミッションなら箱に隠れて移動するのが普通よね。ダンボールはどこに?」

 異世界なのでダンボールは存在しない。味噌マダムの部屋を物色して、ペネトリットが発見できたのは小物入れ用の木箱ぐらいなものだ。

 ちなみに、木箱はただの木箱なので喋りはしない。

「あそこの暖炉から移動できそうね」

 木箱の中に入って羽を動かしたところ、特に不都合なく飛行できた。浮力で飛行している訳ではないので問題なかったのだろう。

「よし、待っていなさい。眷族! 人知れず窮地きゅうちを助けてあげて、最後に正体明かしてやって感謝感激する姿が目に浮かぶわ」





 ――審査官部屋


 魔王の忠実なる家臣たるリリスは魔王の命令に対して絶対だ。光の勢力の王族をさらってこいと命じれば単身敵陣へと忍び込み、今日の晩御飯にコロッケが欲しいと言えばイモを潰し始める。

 本日の魔王の勅命ちょくめいは、新世界からやってくるツアー客の部屋にこっそりと運んで欲しいというものだ。


「魔王様自身がわざわざ諜報活動などなされずとも」

「生の新世界人の声を聞く事のできる絶好の機会なのだぞ。これを逃す手はない」


 リリスの手で運ばれた魔王はツアー客用の個室の棚に置かれる。見た目はただの木箱であり、更に本日は宝箱サイズから諜報し易い小さめのボディに変化しているため擬態は完璧だ。誰も木箱を魔王だとは思わない。

 魔王が置かれたのはツアー客の同行者、異世界入国審査官の部屋である。このたび、新しく幹部となったゼルファが高く評価している男だ。ただの木箱を演じつつ、プライベート空間でついこぼれる本音を聞く。立派な犯罪行為で実に魔王らしい。


「では夕食前には迎えにきますので」

「それで良い。頼むぞ」


 リリスは去っていき、魔王は一人となる。

 しばらく待っているとドアが外から開かれて、審査官が現れる――。



「――服を着替えたらすぐに出て行ってしまった。新世界人はせわしないものだ」

 魔王の諜報活動はてが外れる。審査官は特別な事を一切しないまま部屋から出て行ってしまった。

 まあ、魔王のちょっとした思い付きでしかなかったので、失敗したとしても損失はない。直接、新世界の人間族を目撃できただけでも良しとする魔王だった。

 リリスが迎えにくるまでもうしばらく、暇を持て余しておこうと考える魔王。


「――こちらフェアリー。大佐、侵入したわ」


 ふと、隣に現れる謎の飛行木箱(UFO)


「あの野暮ったい青シャツは眷族の服で間違いない。でも、せっかく来てあげたのに不在なんてなってないわね」


 木箱の箱がぱかりと開き、中から手乗りフェアリーが登場する。光の勢力の種族であり、森に住むタイプの妖精だと思われるが、妙な発酵臭がする。亜種なのだろうか。

 妖精は自分勝手な事を言いつつ審査官のカバンを勝手にあさる。ただ、実用品ばかりで面白い物がなかったため直に飽きる。と、妖精が腰を付いたのは自分がかぶっていた箱ではなく、何故か魔王の方だ。


「あー、退屈。魔王城って言ってもこの程度ね。私が攻略するにはレベルが低過ぎる」

(この妖精!? どこから現れた。ええい、腰を置くな!)


 魔王のひそかな抗議に気付くはずもなく、妖精は木箱の上に座って両脚をぶらぶらさせている。

「そうだっ。違う部屋に遊びに行きましょう! そっちなら、おちょくれる人間族がいるかもしれないわ」

 突拍子もなく現れた妖精は、やはり突拍子もなく部屋から去っていく。

 ……座っていた魔王の中に入り込んで飛行を開始したのはご愛敬だ。


(体内に入ってきた。気色悪っ!)

「んー? 悪神レベルの邪悪な気配がどこからかただようわね。まあ、魔王城だし」

(喋りかけるのは……駄目だ。本来の力を取り戻すまでまだ千年以上かかる。今の我では妖精一匹に討伐されかねない。このまま木箱を演じ続けるしかない!)


 手も足もない魔王は妖精に輸送されるがままとなる。





 ――数分後


 魔法生物であるドアを魔法で強引に従わせてリリスが入室してくる。

「あっ、いたいた。魔王様」

 魔王を迎えにきたリリスは棚の上にある木箱を発見する。

「……どうされました、黙り込んでしまって?」

 リリスは違和感に気付く。木箱が一切喋らないのである。本当にただの木箱なのだから当たり前であるが、リリスは疑問に思う。


「もうっ、こんな場所で眠っていたら風邪引きますよ。さあ、玉座に戻りましょう」


 しかし、リリスは疑問に思うだけで深くは考えなかった。ただの木箱を連れて魔王城の上層階へと帰っていく。





 ――カメラマン部屋


 カメラマンは明日の撮影の準備をしている最中なのだろう。本日の撮れ高と思しきメモリカードと、ハンディカメラを丸テーブルの上に広げている。ついでにハンディな銃や計画書のような書類も置いてあるが、テレビ局の仕事の一部にしては物騒だ。


「ツアー中、異世界人の仕業に見せかけて事件を起こせか。簡単に言ってくれる」


 カメラマンの裏の顔は、攘夷ゼノフォビアの工作員として観光ツアーに派遣されたエージェントである。テレビ局の取材を希望していた魔界に潜入するのに彼の立場は最適とされた。

 魔界ツアーを潰す事がカメラマンのミッションだ。それも、魔族が起こす事件によってでなければならない。異世界が危険なものであると民衆に広く知らしめる事こそが最大の目的だ。

 しかし、見知らぬ土地で工作活動を成功させるなど容易ではない。魔族を思い通りに操って事件を起こさせるなど不可能である。

 であれば、カメラマンが魔族として事件を起こすしかない。

 魔族が用いる武器。たとえばオークの三叉槍さんさそうやゴブリンのこん棒といったイメージし易い凶器を入手して、同じツアー客を襲うのだ。


「そのためには、まずは武器を用意しなければな」

「オッケー。分かったわ! ルームサービスで頼んでみる」

「――ああ、頼むぞ……って、誰だ!?」


 愚かな民衆に魔界の危険性を知らしめる。この目的に同調した妖精がカメラマンのかわりに凶器の調達に動いた。小さく能天気な妖精とはいえ、光の勢力に属する生き物だ。魔界と新世界が繋がりを深くするなど到底許せない。

 妖精は内線代わりのガーゴイルに話しかけてルームサービスを注文する。

「あ、ピッチフォークを一本お願いします」

「妖精!? どうして部屋の中にっ。まさか計画を聞かれた?」

「ふっ。全部聞かせてもらったわ。魔界の危険を知らしめるなんて素晴らしい行為、ぜひ協力させてもらうわ」

「こ、このっ」

 攘夷ゼノフォビアテロリストであるカメラマンの計画は始動前に、第三者へとばれてしまう。

 カメラマンが気付かぬ内に暖炉を通じて侵入してきた妖精にばっちり計画を聞かれていた。聞かれただけではなく、お節介にも手伝われてしまっている。

 いい迷惑でしかない。攘夷ゼノフォビアテロリストにとっては魔族も妖精も等しく排斥はいせきするべき外来種でしかないのだ。

 ふと、ドアがノックされた。妖精の頼んだルームサービスが到着したのだろう。

「ゴブ」

「ほら、届いたわよ」

「どうしてこんな事に……」

 カメラマンは何故か運ばれてきたケーキとフォークを笑顔で受け取りつつも、脳内では秘密を知られた妖精の口をどのように封じるか思案している。体が小さい分、死体を隠すのはそう難しくはないだろうと結論を下すまで時間はかからない。

 ケーキを棚に置き、カメラマンがドアを閉める。

 密室を作り上げて逃げ場をなくせば……妖精狩りの開始だ。


「――はーい。これからこの人間族と一緒に工作作業しまーす。ねえ、撮影した画像ってどうやってネットにアップロードできるの?」


 丸テーブルの上に置いてあったカメラを稼働させた妖精は、カメラマンの全身を撮影しながら自らもピースしながらレンズに入り込んでいる。


「このッ、羽の生えた害虫がァ!」

「ぎゃァ、何でよ!? 一緒に魔界に立ち向かう仲間でしょう?」

「誰が仲間かッ!」


 憎らしい異世界生物に仕事道具をつつかれてカメラマンは切れた。逆鱗をむしり取られた怒気を込めた投球フォームにて、ケーキ皿を投げ付ける。

 妖精は華麗かれいに避けるが、続けて椅子が飛んできたためあわてて急上昇して回避する。カバンが天井にぶつかって中身が散乱。妖精を掴みかかった手が天蓋の布をビリビリ破る。

「殿中だわ。殿中だわ!」

「死ねぇ。外来種!」

「きゃあァああ、助けてッ。更年期の怒り狂った人間族に殺されちゃう!」

 逃げ回る妖精はついに壁際に追い詰められてしまった。

 オーガの形相のカメラマンが息荒くせまる。小さな命が握り潰される直前だ。


「いなくなれェェ――ぐフぇ??」


 しかし……どこからか飛来した木箱が腰に直撃した瞬間、急激に血の気を失い倒れ込んでいく。

 カメラマンが倒れた傍をサイコロのごとく転がる木箱。


「箱が勝手に動いた? まさか、私を助けたの」

(くっ。新世界人のテロリストを野放しにできなかったとはいえ、妖精を助ける事になろうとは)


 苦渋の決断を下して妖精を助ける破目はめになってしまった魔王の心をどう感じ取るものか。

「……生きた剣や鎧が魔界にはあるって言うけど、木箱が生きているなんてね」

(いや、魔王なのだが)

「ふっ。私の美貌びぼうに魅了されてしまったのね。良いわ、今日から舎弟よ!!」

 妖精は魔王の気落ちを一切感じ取れなかったらしい。


「さあ、連れて行ってあげるわ。行くわよ!」

(我は一言も同意してはいないぞ!?)


 転がる木箱(魔王)を被り直した妖精は、暖炉を通じて事件現場から離れていく。

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