魔王城R034 魔界観光ツアー 四日目 事件解明E
二日目の夜から三日目の朝にかけて起きた、イケメンが淫魔街のゴミ捨て場に頭から突っ込んでいた事件。イケメン本人は他者による暴行を否定したものの、状況的に何者かに危害を加えられたのは確定だ。
「真犯人がテロリストであるのなら、二日目の犯行動機もRゲートとの友好を阻止するためだったと推理可能です」
ツアー客が襲われて一番ダメージを負うのはRゲートである。観光事業は失敗に終わり、日本人の心象は悪くなり、異世界間の国交樹立は不成立に終わる。
テロリストらしい実に汚らしい手口である。俺は真犯人を絶対に許さない。
「ですが、この真犯人はターゲットを間違えるぐらいに杜撰です」
「ではっ、自分が後ろから襲われたのも間違――」
「やはり襲われたのですね?」
「――ッ、い、いいえ!」
あの日、淫魔街に出かけた人物が真犯人のターゲットだった。けれどもそれはイケメンではない。
「あの夜、路地裏に消えていくツアー客を目撃して後を追いました。イケメンさん、貴方だったのですね。人目を避けて何かしようとしたのですか?」
「確かに自分はイケメンですが、別に何かをしようとしていた訳では!」
「この際、イケメンさんの不審点は置いておきましょう。あの時、自分はイケメンさんを追いかけましたが、更に真犯人が自分を追いかけていたのです」
真犯人が追跡していたのはイケメンではなく、俺だ。俺を襲おうとして、同じ場所にいたイケメンを間違って襲ってしまった。
警察(一般人)が俺の近くで事件が起きていると疑っていたが、実のところ、完全に的外れな推理ではなかったのである。真犯人のターゲットは俺だったのだから、俺の傍で事件が起きるのは仕方がない。
「被害妄想が強い発言とも受け取れますが?」
レポーターにマイクを向けられる。
「最初の事件を解き明かし、真犯人の正体が分かれば納得してもらえます」
いよいよ一日目の事件の解明に移る。すべての事件の始まりにして、真犯人を特定するための最大のヒントが隠されている。
「ちょっと待って、二日目の朝に私の味噌が盗まれた事件はどうなるの?」
真相を解き明かしている最中だというのに、盗難事件の被害者たる味噌マダムが声を上げる。味噌がどこにいったのか気になって仕方がないといった様子だ。
テロ事件と盗難に繋がりがあるはずがないから黙っていてください、というのが常識的な考え方だろう……が、実はかなり重要な指摘だったりする。次週予告があるとすれば味噌がヒントとして登場するぐらいに大事だ。
ただし、味噌マダムは一つ勘違いをしている。
「味噌盗難事件は二日目の朝に起きた事件ではありません。最初に起きたのが味噌盗難事件であり、その次にカメラマンが襲われた。これが正しい時系列です」
味噌マダムは朝のトーストに味噌を付ける習慣がある。以前、審査した際に申告していたので覚えている。実際、味噌マダムが味噌盗難を騒いだのは二日目の朝だ。
ただし、味噌が盗まれたのはもっと前なのだ。事件発覚と事件発生は同一順番ではない。
「襲われてはいないッ。あれはただのぎっくり腰だ!!」
突然、カメラマンが大声上げながら立ち上がる。ぎっくり腰は無事完治したらしい。
「いいえ。カメラマンさん、貴方は真犯人と争っている最中にぎっくり腰になったのです」
「ち、違うっ!」
「カメラマンさんは真犯人と争ったから部屋が荒れていたんです」
「真犯人など見ていないし、争ってもいない!」
カメラマンは真犯人と争った事を隠さなければならない事情がある。それが、事件を複雑化させた原因でもある。
「いいえ、貴方は真犯人を見ている。ですがそれを隠す必要があった。何故なら貴方が攘夷テロリストだったからです!」
カメラマンは乾いた唇を動かすが反論を発音できなかった。そこまで俺に推理されていると考えていなかったため、言葉が出なかったに違いない。
ただ、言葉を出せないのはカメラマンだけではない。食堂のほとんどの人物が「何言っているの、この審査官?」という顔付きだ。
数秒の沈黙の後、ようやく訊ねてくれたのはゼルファである。伊達に魔王軍幹部をしていない。
「審査官殿の話では、真犯人がテロリストではなかったのか。どうしてカメラマンがテロリストになる?」
そもそもの話となるが、ツアー客にテロリストが紛れ込んでいるという発想自体が困難である。あらかじめ局長からテロリストの存在を聞かされていなければ、俺も思い付かなかったに違いない。
けれども、テロリストの存在を知っているからこそ真犯人の存在に気付くのに三日かかってしまった。
まさか攘夷テロリスト以外のテロリストがツアーに参加していると誰が思いつけるだろうか。
「テロリストは二人いたからですよ」
「七人のツアー客の中に二人もテロリストがいたというのか!」
「少し違います。八人のツアー客の中に二人テロリストがいたのです」
知性を必要とする魔法に長けたゼルファですら把握するのが困難な一連の事件。推理するのも馬鹿らしい事実しかないのだから、もう誰も俺の解説についていけていない。
真実が優しくないというのはこういう意味も含むようだ。
「最初の事件、味噌盗難事件。真犯人は味噌を盗む必要がありました。味噌を盗まなければRゲートに侵入できなかったからです」
俺も言葉だけで説明できるとは思っていない。よって、席を離れて壁際へと移動する。
「言い換えれば、Rゲートに不法入国するために味噌を容器から抜き取って、その中に潜んだのです」
壁際の棚の上には小さな木箱が置いてある。手で持ち運べるお菓子箱程度の大きさしかないため人間が体を隠すのは不可能。が、味噌容器に潜めるサイズの真犯人ならば容易に身を隠せる。
「味噌容器の中に入ったまま部屋に運び込まれた真犯人は、その小さな体を活かして暖炉の穴を通じて各部屋へと移動できたのです。三日目の料理人の部屋に真犯人が入室できた理由も同じです」
俺は木箱を持ち上げて、上下逆転させてから思いっきり振る。
「――ふぎゃッ!?」
……すると、木箱の中から落ちてきて棚に額をぶつけて面白い声を上げる小動物。
「ちょっと! 痛いじゃないっ、痛いじゃない!」
「やはり近くに隠れていたな、このテロリストめ」
「私がテロリスト?! ふざけないでっ。愛らしい顔付きにチャーミングな羽を持つ妖精のどこに危険思想を感じるっていうの!」
「真犯人め、大人しく逮捕されるんだな」
見た目は森に住むとされる純妖精。
緑なワンピースに透明な羽を背中から生やした手の平サイズの少女。
しかし、その頭の中は好奇心旺盛、無邪気(無自覚な邪気)で占められていて周囲に迷惑ばかり働く。
「このペネトリット様が逮捕!? 良い度胸じゃない、普段私をペット呼ばわりしているアンタも飼い主らしく一蓮托生よ! 躾されていない犬が誰かを噛んでも、それは飼い主の責任だけになるはずっ」
「ちなみにその犬は危険だから保健所送りになるぞ?」
「ぎゃああっ」
はい、このペット妖精が真犯人です。




