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魔王城R032 魔界観光ツアー 三日目 ~ 四日目


「Rゲートの料理の粗雑さにはもはや我慢ならんっ。こ、こんな世界にいられるか。私は帰らせてもらう!」


 料理人が次の登場シーンで死亡していそうな台詞を口走り、席を勢い良く立ち上がる。

 初日から料理に対して不満を述べていた料理人の我慢が限界を迎えたのだ。異世界ならではの新食材、新料理に心引かれてコネでツアーに参加したような我侭わがままな人物なので、我侭言えば帰れると思っているに違いない。

 Rゲートの国家事業でまねかれた俺達である。

 特に理由がなく日本に帰ってしまうと、それだけでRゲートの顔に泥を塗った事になってしまう。今後の交流に大きな影響が出るのは間違いない。


「いいや、帰るぞ。我が家に帰る!」


 外務省職員が二人がかりでなだめているが、料理人の決意は固い。六十代の癖に強引に制止を振りほどき、食堂の外へと向かっている。

 まさかこのまま徒歩で帰るつもりだろうか、と俺は心配顔で夕食を続けつつ――事件が立て続けに発生して食事抜きが多く、腹が減っている――眺めていると……ドアの前にプロレスラーのごとき大男、ゼルファが立ちふさがった。


「客人よ。待たれよ」

「待たん。どけ!」


 料理人とゼルファでは体格が違い過ぎる。何せ片方はオークだ。力の勝負になれば料理人の敗北は必至。だが、料理人はまったく動じずゼルファを見上げている。


「ツアーの主催として、未熟な料理を出した事をおびする。だが、魔界の料理を否定されるのは我慢ならん。ツアー料理が未熟なのは、慣れぬ新世界の料理を真似て作ったからである」

「それは自分の国の料理に自信がないという事ではないのか!」

「すべては新世界をもてなそうとしたがためだった。それが浅はかだった事を認めよう。……恥をしのんでお頼み申す。もう一品だけ、一品だけ食してはもらえないか。魔界の食事を一品、それで納得できねば、もう引き止めない」


 頭を下げるゼルファと、彼を無言で見上げる料理人の図。

 そんなに長く続いた訳ではなかったと思うが、食堂の人間全員が静止する中、俺がナイフとフォークを動かす音のみが響く時間が続いた。

 鼻息荒くも料理人は席に戻っていく。ゼルファの説得を受け入れてくれたのだ。

 ただし、ゼルファの説得通りなら次の一品で料理人を納得させられなければ料理人は帰国してしまう。同時に、ツアーは失敗だ。

 食べかけの具材をすべて食してから、ゼルファへと話しかける。


「勝算はあるのですか?」

「魔王城のシェフは優秀だ。俺は次の一品に幹部としての進退をかける」


 部下を信じるのは良い事だが、どこまでも事が大きくなっていく。せっかく幹部へと昇格したというのに頑固親父の我侭で職を失うかもしれないとは、ゼルファはそれで良いのか。

 ゼルファは料理人の対面席へと座り込む。腕を組み、不動の構えだ。

 代わりではないが、俺が食堂を出て厨房の様子を見に行く。

 廊下の突き当たりにある両開き扉の先が、妙にさわがしい。


「ゴブ《シェフが倒れた!》」

「ゴブ《担架たんか! 担架!》」

「ゴブ《頭に木箱をぶつけてシェフが気絶した! 料理はどうする!?》」

「ゴブ《今、そのフライング・ミミックに責任持って作らせているぞ!》」


 ……ああ、ゼルファ。短い付き合いになってしまったが左遷先でも達者に。



 運命の一品が運ばれてくるまで三十分少々時間はかかっただろうか。

 大衆料理屋であれば長過ぎる待ち時間である。高級レストランであればどうなのか行った事がないので分からない。頑固料理人を納得させるために新しくRゲートらしい料理を作っていたのであれば妥当だとうな時間なのだろう。

 台車に乗せられたトレーとドームカバー。

 紳士ゴブリンの繊細な手捌てさばきで料理人の前に運ばれた料理は、スープである。カバーを外されて湯気が立っているが、特に臭いはない。スープの色はシジミ汁のごとく若干白くにごっているがほぼ無色。具は一切入っていない。


「ゴブ《シェフが気絶したので気まぐれシェフによる魔界骨スープです》」

「ふん。これだけ待たせて出てきたのがスープか。ありきたりな」


 特に臭いのしないスープを嗅いだ料理人は文句をれながらもスプーンを握る。

 油の浮いていない何かのスープをすくい、まずは少量口に含む。

 ……即座にスプーンの残りをすべて飲み込んだ。カっ、と料理人の両目が開かれて、スプーンが皿の上へと置かれていく。

 不味かったのか美味かったのか、微妙な反応だ。

 ツアー客全員が顔を見合わせてどっちなのだろうと相談し合っていると――、


「――未熟なスープだ。技術はないに等しい――」


 ――料理人が天井を仰ぎ見て、涙を流す。


「――しかし、料理人の強い意思が感じられる素晴らしいスープではないか。これほど旨味に富んだ出汁なのだから他の不純物は不要。そういった強い意思が感じられる。とても純粋な料理人だ。そして、昆布でも魚でも貝でも肉でもキノコですらない。完全に未知のこの出汁スープは、地球の料理界を震撼させるだけの力強さがある」


 料理界の重鎮が涙を流したスープ。

 ちょっと味わってみたくなってしまう。が、クソ。味噌マダムと女性レポーターの二人の動きが速過ぎて出遅れた。





 ――淫魔街、兵士詰め所


「お、お世話になりました」

「ゴブ《おう。もう悪さするんじゃないぞ。そこのおっかさんのためにも真面目に生きろ》

「……リリスは母じゃないのだけど」

「突然、意味もわからず保護者として呼び出された私に何か一言ありますか。アジー様」

「……この事はお父様に言わないで」


 違法営業未遂犯として逮捕されたアジーが一日お世話になった兵士詰め所から出所した。

 逮捕時に暴れたものの未成年者――魔界の成人年齢は種族により様々――であり、未遂だったという事も加味されて厳重注意で釈放されたのである。リリスが保護者としてやってきた事も釈放理由の一つだ。

 アジーは昨夜の出来事を一切反省していなかったものの、淫魔として逮捕されたはずかしめに精神ダメージを負ったらしく随分と大人しい。父親の部下を頼ってしまった恥もかなりのダメージとなっている。


「……あの新世界人の顔は絶対に忘れない。この屈辱は必ず晴らしてやる」


 だからこそ、アジーの中では、昨夜の人間族に対する怒りがうごめいている。

 魔王の娘によるリベンジはすみやかに行われる事だろう。





 料理人いちゃもん騒動も無事終えた。結局、スープは飲めなかったため味については分からない。飲めなかった人間としては本当に無意味な事件だったなという感想しかない。……うらめしく感じていない訳ではないが。

 流石に今日はもう何も起こらず眠れるに違いない。

 ……そう思った瞬間に叫び声が聞こえるのだから、世界はバッドフラグに満ちている。


「きゃーー。誰か男の人連れてきてぇぇッ」


 叫び声は近くから聞こえた。部屋を出た先にある廊下からだと思われる。

 部屋から廊下へと顔を出すと、味噌マダムが部屋の入口近くで叫んでいる。

 そして、彼女の足元には何者かが倒れており、傍に凶器と思しきれた酒瓶が落ちていた。




 四日目の朝を迎えた。

 これまで様々な事件が起きていながらギリギリ回避できていたものの、三日目夜の酒瓶暴行事件は言い逃れできないレッドカード。被害者の傷は軽いが、襲われた事実は軽視できない。

 ツアーは中断されて、今日の午前中には日本に引き返す予定である。

 ……ちなみに、犯人の正体は未だに分かっていない。


「被害者は通称、酔っ払いさん。部屋に入ろうとしたところを不意討ちされて脳震盪を起す。凶器は酒瓶。酔っ払いさんの持参物ではない」


 どうして酔っ払いが襲われたのかは不明だ。襲い易かった人物が偶然選ばれただけなのかもしれない。

 容疑者は残りのツアー客六人。

 ただし、スープに感動して放心し続けていた料理人はゼルファが見守り続けていた。一日目でぎっくり腰となったカメラマンは医務室で治療を受けていた。二日目で無断外泊したイケメンは自室で謹慎中だった。この三名はアリバイにより犯人から除外される。

 犯行が可能だったのは第一発見者たる味噌マダム。魔王城を一人で取材していた女性レポーター。それと……それと……思い出した、影の薄い一般人となるだろう。

 基本的に事件は第一発見者がまず疑われるが、味噌マダムが襲ったという証拠は一切ない。


「不思議なのは、酔っ払いさんが襲われた部屋の主は料理人だった事か」


 三日目夜も酒を飲んでいた酔っ払い。彼の証言がどこまで当てになるかは分からないが、部屋を間違え、自分の部屋ではなく料理人の部屋に入ろうとしたらしい。

 ここで奇妙なのは、酔っ払いが襲われた時、室内から出てきた犯人に襲われた事だ。


「部屋のドアは魔法生物を使った認証方式が採用されている。よって、料理人以外のツアー客が料理人の部屋に入る事はできないはず」


 料理人しか入れない部屋から犯人が出てきたのであれば、犯人は料理人となる。が、犯行時刻の料理人にはアリバイがあるのが悩ましい。

 現状で考えられるのは二つ。酔っ払いが嘘を付いているか、魔法生物たるドアを魔法で開閉可能なRゲートの住民による犯行であるかである。

 どちらの可能性を考慮したとしても、犯人を特定するのは難しい。連続した事件との関連性も不明確だ。局長から注意するように言われていた攘夷ゼノフォビアテロリストの犯行かすら分からない。

 完成前のパズルのピースを見ているようで、全体像がはっきりしない。断片的には色々見えているというのに繋がりがはっきりしていないため何も分からない。

 ……いや、全体像が見えてしまうと見えてはならない者が見えそうで嫌というか――。

「まあ、いいか。俺は審査官であって警察じゃないから」

 基本的に他人事という所為で、いまいち思考力が振りしぼれていないのが一番の原因かもしれなかった。

 帰国のために荷造りしながら、局長との食事デート残念だなと無念をつぶやく。


「――すいません。ちょっと時間、よろしいでしょうか?」


 外からノックされたので無警戒にドアを開く。謎の犯人が俺を襲いに現れたかもという警戒はしていなかった。

 廊下に立っていたのは初対面の男だ。

 ……訂正。ツアー客唯一の一般人だったかな。一般人っぽい顔だから正しいと思われる。


「――自分は警察、攘夷ゼノフォビア対策班の捜査官です。ツアー参加者の中にテロリストが潜入しているというタレコミを調査するため、ツアー客として潜入調査していました」


 まさかの新事実。一般人は潜入捜査官だった。特徴のない顔を活かせる天職に付けて良かったね。


「あ、それはご丁寧に。……どうして今更、そんな話を告白するのでして?」

「異世界入国管理局の審査官。貴方をツアー客襲撃の容疑で逮捕します。状況証拠から言って、貴方が犯人である可能性が高いのです」


 警察バッチを見せられても新旧様々あるし、そもそも本物の見分けが付かなくて意味がない。


「……は、ぃ?」


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― 新着の感想 ―
[一言] きゅぴーん! この捜査官が怪しい! 国外で、日本国司法権が及ばないのに、逮捕だなんて。 (鶏はこの先の内容を忘れているので、オチが楽しみ)
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