魔王城R030 魔界観光ツアー 二日目
「病名は……魔女の一撃。良い塗り薬があるゆえ、全治二日から三日というところじゃ」
室内に倒れていたカメラマンの体を触診し、マンドラゴラな魔族がそう告げた。
「魔女の一撃とはどのような病気でしょうか?」
「無理な体勢で重い物を持ち上げようとした際に発生する急性の腰痛だ。年寄りのオーガが時々発症しておる」
「あー、ぎっくり腰」
「他は特に異常はない。まあ、安静にしておく事じゃな」
カメラマンが部屋から出られなかった理由はぎっくり腰だった。絨毯に顔をくっ付けた体勢で倒れていた所為で、返事もままらなかったらしい。
本人いわく、昨晩荷物を整理していると急に腰が痛くなり、痛みに耐え切れずそのまま失神。今日の朝に目覚めたものの体を動かせず困っていたそうだ。
診断結果があるので証言に間違いはないと思われるが、一つ疑問は残る。
どうして部屋が荒れていたのか。ぎっくり腰だけでは説明できていない。
「いや、業界人はどうしても部屋の片付けが苦手で……申し訳ない」
「片付けが下手なだけで、人が争ったような跡が? 業界の常識なら、そうですね。レポーターさんの部屋を見せてもらって比較しましょう」
「止めてぇッ」
女性レポーターの部屋も汚部屋と化してしまっているようだ。宿泊して二十四時間も経過していないというのに、どうして綺麗に使えないのか。
治療を受けているカメラマンの目を直視すると、数秒もかからず、左右に黒目が微動した。
「な、何か?」
「…………いえ、別に」
審査官としての職務で培われた経験が、カメラマン男性が嘘を吐いている、と断定する。
もっと問い詰めれば真実が見えるかもしれない。が、ツアー継続のためには、男性はぎっくり腰で倒れただけという事実の方が都合が良い。仮に男性が誰かと争って負傷したとなれば、ツアーは即時終了となってしまうだろう。
俺は今回のツアーを穏便に成功させる事を第一目標にしている。
カメラマンの事はひとまず医務室に預けて、本日のツアーに集中する。
朝からの事件で、今日はまだ朝食を摂れていない。
腹を満たすために食堂へと戻ってきたのだが、入室した途端、待ち構えていた味噌マダムに詰め寄られてしまう。
「事件よ。事件が起きたのよ!」
「あー、あれはただのぎっくり腰だったようです」
「ぎっくり腰? そんなどうでもいい話じゃないのっ、私の部屋で盗難事件が起きたの!」
ツアーがようやく二日目に突入したばかりだというのに、味噌マダムは新しい事件を告げてくる。
「私の味噌が誰かに食べられちゃっていたの。今日の朝、パンに塗ろうと思っていたのに!」
ツアー二日目は魔界の珍しい地形巡りが組まれており、午前中は縁切り火口――かつて魔王の指輪を不法投棄したという逸話から、縁を切りたい人から貰った品をマグマへ投げ捨てると無事疎遠になると言われている――と呼ばれる場所に向かうはずであった。
だが、味噌マダムの部屋で起きた事件を調査するため、俺は魔王城に居残りだ。
俺だけ単独行動を取る訳にもいかないので、Rゲートの責任者たるゼルファも残っている。
ツアー客に対して起きてしまった盗難事件をゼルファは重く受け止めているのだろう。味噌を摘み食いされただけなのに。
真剣な面持ちのゼルファと共に、味噌マダムの部屋の前に立つ。
「個室の扉は魔法生物だ。部屋の主以外に対しては鍵を開けないように躾けてある。第三者が痕跡を残さず、外から扉を開いて中へ侵入するのは不可能に近い」
ただのドアだと思っていたのに、まさか生物だったのか。
ホテルの部屋ならオートロックが当然だと思っていたが、ここが異世界というのを忘れていた。ドア自体が目視で顔認証して鍵を開け閉めする。そんなアナログな方法を採用していたようだ。
「あれ、ゼルファも鍵を開けていたようですが?」
「管理上どうしてもな」
マスターキーのない扉はない。別にゼルファが味噌を盗んだと疑いたいのではなく、部屋の扉を開けられたのは味噌マダム本人とゼルファのみである、という前提条件を確認したかったのである。
「……いや、正確に言えば魔法生物ゆえ、俺程度に魔法を扱える者なら開閉できるのだ」
「つまり、ゼルファ以外にも扉を開けた人物がいると?」
「ただ、該当する人物は魔王城と言えどそう多くいない。現在、城内にいる方で可能なのは魔王様……は手がないから不可能として、リリス様と、アジー様か」
「リリスとアジー。ちなみに、その二人は盗みを働くような人達でして?」
「リリス様は魔王様の法を遵守される。よほどの事がなければ盗みを行う事はない。……味噌があの聖水の材料と知られていなければ、であるが」
リリスという人物は魔王の側近を勤められるぐらいに優秀で、魔王に忠誠を誓っている。魔王が定めた法を自ら犯す人物ではないらしい。
ただし魔王のためになると考えれば、罰則を恐れず事を成してしまう可能性はあるようだ。
「アジー様は……ありえないだろう。あの方のイタズラにしては小規模過ぎる」
アジーという人物は魔王の娘で、ゼルファが言葉を濁すぐらいに奔放な性格をしている。
疑わしさはあるものの、ツアー客そのものではなく、ツアー客の持ち物の中から味噌だけを盗み食いするのは不自然らしい。
容疑者はゼルファ、リリス、アジーの三人となったが、三人とも犯人の可能性は少ない。
だが、三人の中のいずれかでなければ、外から開けられない扉の中で起きた犯行、つまり密室盗難事件は発生しない。
「室内を調べてみましょう」
扉を開いて、味噌マダムの個室へと入室する。
壁を触って硬さを確かめ、天井を見上げて穴が開いていないのを目視した。
俺の部屋とまったく同じ構造だ。唯一の相違は棚の上に木箱が置かれていない事ぐらいであるが、今回は無視して良いだろう。
……そういえば、今朝は木箱がなくなっていたような。いつの間になくなったのだろう。
「ここの部屋にも暖炉がある。使う程に部屋は冷えなかったのですが?」
「魔法で保護された魔王城の内側ゆえ、百年に一度のブリザードが吹き荒れなければ使われる事はない。ようするに飾りだ」
少しだけ気になったのは、部屋の奥にあるブラックサンタクロースが下りてきそうな暖炉である。
薪はあっても火を点けた様子がない。暖炉の穴を通っても煤だらけにならずに移動できる可能性がある。
「ここの煙突を通って各部屋を移動する事は?」
「穴のサイズが小さ過ぎる。上の方はゴブリンでも苦労する横幅ゆえ、人間族では詰まって動けなくなる」
別のツアー客が暖炉を通じて外に出て、別の部屋へと移動した。そんな馬鹿げた犯行が不可能であると分かって安心する。
各部屋の暖炉の先は、最終的に魔王城全体の通気口と繋がっているらしい。
魔王城の外を経由して通気口から入ってくる手段も、網や魔法的な障壁により防がれている。第三者が外から侵入してきたというイレギュラーも除外して良さそうだった。
暖炉以外の穴は見当たらない。
密室盗難事件の犯人がどこから現れたのか。探偵ではなく審査官の俺では分かりそうもなかった。
「そもそも、どうして味噌が狙われたのかが分からないですね」
「あの聖水の材料なのだ。狙われる程の重要物ではないのか?」
「いえ、あれはたぶん法具を煮たのが良かったのかと」
被害を受けた味噌は丸机の上に置かれていた。
一キログラム入りの透明なプラスチック容器。本来であれば蓋付近まで味噌が入っているはずが、中央部分がすっぽり取り除かれてしまっている。人間の拳ぐらいの量になるか。容器と密着している部分の味噌は無事なので、蓋を開けて初めて盗まれていると分かったのだろう。
少量であれば味噌マダムが寝ている間に食べてしまったと考える事もできたはずであるが、一度に食するには量が多過ぎる。塩分過剰摂取になってしまう。
「謎な事件ですね」
「このような事件、魔界でも起きるものではない。魔法を使わずどうやって盗んだのか。審査官殿でも分からないとなると、迅速な解決は難しい」
異世界にしかない魔法を使った犯行であればゼルファが気付く。が、オークの首は左右に振られるだけだった。
微妙な盗難事件の癖に謎が深い。
結局、犯人の手がかりさえ掴めず部屋を後にするしかなかった。
昨日と同じような夕食――料理人が文句を言いながら少量しか食事しなかったり、レポーターの食レポのため、カメラマンの代わりを外務省の人やゴブリンさんが努めたり、とあったが特別な事のない――が終わり、夜の自由時間が到来する。
夕食後は昨日と同じく外務省職員と打ち合わせを行う予定……だったのだが。料理人の男性が日本に帰ると言い出し、それを宥めるのに外務省職員は忙しく、打ち合わせはキャンセルされた。
結果、今日の俺はフリーである。
せっかく時間が空いたのである。日中観光できなかったため、せめて夜ぐらいはRゲート固有の文化を楽しみたい。
「そういう事であれば、良いところがある」
ゼルファに相談したところ、魔王城の城下街を勧められる。
夜遅くまで営業している店が多く、なかなかに賑わっているらしい。朝早く夜も早いというのが異世界のイメージだったが、夜行性の種族も数多くいる魔界では違うようだ。
「ちなみに、どういった街なんです?」
「旧市街を整備し、魔王様の肝煎りで建てられた新しい街だ。俗に、淫魔街と呼ばれている」
……なるほど。これは視察が必要そうだ。今後もRゲートと交流が続くのであれば、淫魔街なる場所が健全か否かを自らを代償にして確かめる必要がある。審査官とは過酷な仕事で、嫌になるな。
ふと、ガタッ、と近場で音がした。
周囲を見渡してみたものの、特に目ぼしい物は何もない。強いて言えば棚の上にある木箱であるが、独りでに動くような物ではなさそうだ。
同じような木箱を部屋でも見かけたが、Rゲートの風習なのだろうか。
デュラハン定期便に乗ってやってきた淫魔街。
名前のイメージ通り、ピンクや紫の配色が艶かしい。巨大なアーチを潜り抜けた先、馬車が往来可能な大通りの左右に、点滅する看板を備えた怪しい店が軒を連ねている。
店の入口や二階のベランダにいるのは、太股まで見える服の機能を成していない服を着た艶やか美女達。背後から蝙蝠みたいな翼が生えてしまっているが、気にしなければ目に映らない。もっと豊満なものを見るので忙しい。
「うふふ。いらっしゃいな」
「こっちよぉ」
美女達は全員、淫魔族らしかった。声を聞くだけでも体が火照ってしまいそうだ。
「ウチは夜八時から朝六時まで営業しているとっても健全なお店だから、安心して寄ってイって」
どうして深夜営業が健全なのかは分からない。
俺が入店を躊躇している間に、後から現れた狼男とコボルトとティンダロスの猟犬らしき三人組が同時に頷き、先に入店してしまった。同じ店に入る気になれなくて、しぶしぶと歩き始める。
とはいえ、足が妙に重い。いや、心臓の鼓動が百メートル走の後みたいに激しい。
街に入ってたった三十メートル歩いただけだというのに、足を動かせなくなってしまう。
淫魔族の誘いを忍耐力だけで耐え切るのは不可能だ。アイドル、女優、歌手、どれでも即戦力の強力新人になれる美女達が指や尻尾で俺を誘惑してくれている。日本ではありえない異常事態。たとえ、これが金銭を対価に得られるモテ期だとしても、抗うのは困難である。
「いや、俺はベルゼブブのプレッシャーにも発狂しなかった男だ。この程度、耐え切ってみせるぞ!」
俺は精神力を振り絞り歩き出した。淫魔の誘惑に打ち勝ったのだ。
逃げ込むように向かった先には、比較的大人しい作りのバーっぽいお店。もちろんここにも看板娘の淫魔が立っているが、網タイツのお陰で肌の露出はかなり少ない。
看板娘が黒髪で、何となく局長に似ていなくもないが、きっと気のせいである。
「一人でも大丈夫です?」
「色々コースを整えているから心配ないわ。さあ、どうぞ」
局長似の淫魔に手を引かれて入店する。
どんな魔境が俺を待っているのか審査してみせよう――。
「――まだスクワット五百回目だ。ちんたらしていないで続けろ、残り五百回!」
「――魔王城十周が終わったようだな。よし、ご褒美だ。更に十周追加、走ってこい!」
「――ゴーレム上げ一トン程度でへばってどうする! 上げろ、上げないと潰されて死ぬぞ!」
――入店して嫌でも目に付く、肉体改造に励む男性魔族達。
激しい筋トレをコーチしているのは、ジャージっぽい姿の女性淫魔達。
普通のバーみたいな前方部分と、ジムみたいな後方部分がくっ付いた独特の店内は激しい熱気に包まれている。バーとジムの融合なんて異世界だな、ここ。
「お客様が半殺しメニューを選んだのだ。途中キャンセルはできない。続けろ!」
「絶命寸前メニューを耐え抜いたのは幹部昇格を果たしたゼルファ様のみだ。それでも挑むとは、ふっ、見直したぞ!」
「お客様は二回目の来店だから、V字腹筋二百回が丁度良い。よし、やるぞ!」
淫魔トレーナーの適切な指導の下、男性魔族が汗を流している。魔族にとっても過酷な筋トレが多く、実際、半数以上が倒れ込み、叱咤されながらどうにか続行している。
「人間族のお客様は、この店に来たのは初めてね。であれば、お勧めメニューは腹筋、腕立て、スクワット百回三種盛りね。ええ、もちろん店名物の半殺しメニューや絶命寸前メニューに挑戦しても止めはしないわ。……普通にお酒も用意できるけど?」
「お酒で!」
筋トレしたくて入店した訳ではない。
カウンターに入って酒を用意しだした局長似淫魔に、どうしてこんな惨い事になっているのか訊ねる。
「淫魔族は他種族の精力を糧にしているのだけど、過去にやり過ぎちゃった時代があったのよ」
淫魔が他種族の精力を吸い過ぎた事により、Rゲートの出生率が著しく低下した時代があった。こう局長似淫魔は語る。
淫魔族は多数派となり魔界全土に広がったものの、数十年後にLゲート側との戦いに必要な兵力が不足して栄光の時代は終了してしまう。その後の時代では、反動で淫魔は迫害、冷遇。かなり数を減らしてしまったらしい。
「ここは淫魔街という名の淫魔保護区なのよ。まあ、淫魔を一箇所に集めて監視する意味合いもあるのでしょうけど」
「歴史は分かりましたが、どうして筋トレが店のメニューに?」
「今代の魔王様はね。淫魔の地位向上のためには、健全な精力取得が必須と考えた訳」
精力を対価にサービスを提供する店の営業は許可されたが、直接的な摂取は魔界の法律で禁止された。そのため、淫魔族は精力を摂取するために新しい方法を開発している。
過酷な状況に追い込まれると生存本能が刺激されて精力が増す。この定説に従い、店では筋トレで客を極限状態に追い込んでいる。増えた分の精力のみを摂取している、と局長似淫魔は教えてくれた。
石のコップに注がれた酒をちょびちょび飲む。冷たくはないが、味は悪くない。
来店する前に期待していたものとは大きく異なった。ただし、こういった場所で酒を飲むのも一興だ。下着みたいな格好をした局長似の美人さんと一対一で語り、異文化を知れる。うむ、悪くない。
「健全過ぎてツマラナイ店でしょう?」
「繁盛していて良いお店じゃないですか」
「そう言ってくれて嬉しいわ。ここ、私の店なのよ」
淫魔の美人さん、局長ではなく店長だったのか。
「三軒隣にストリップ劇場があるからお勧めするわ、お触りNGだけど。想像通りのサービスのあるお店も五軒隣にあるけれど、法律の穴を突いて男娘しかいないから、そっちの趣味がなければお勧めしないわ」
五軒隣……あの三体の魔族が入店した店か。危なかった。
「とっても参考になります」
「夜行性の淫魔に合わせて、店の営業時間は夜八時から朝六時まで。低年齢の子供は接客禁止。厳しいところもあるけれど、昔と違って魔族同士で殺し合う事のない安全な時代になったものだわ。私は今の魔王様に感謝している」
うっとりしながら店長淫魔は色々教えてくれたので、彼女にお酒を注文して俺がコップに注ぐ。日本でこういった店に行く趣味も余裕もないから、タイミングが遅かったかもしれない。
「でも中には、昔みたいな自由な暮らしが良かったっていう子もいるみたい」
「もしかして、違法営業している店が??」
「気をつけてね。行為しちゃうと炭鉱送りよ。行為前なら軽い処罰で済むから、お客さんがそういった子を見つけたら巡回している兵士に通報してあげて」
「わ、分かりました」
素直に返事をした俺を見て、店長淫魔は楽しそうに笑った。
結論、俺に淫魔街は攻略難度が高過ぎる。
元々、こういった一夜の恋愛に興味はない。恋愛するなら長く平凡に、けれども楽しくいたいと望む。まあ、人里離れた異世界入国管理局に就職してしまった以上、出逢いはないものと諦めているが。
名残惜しくも淫魔街に背を向ける。
「……あれ、あそこにいるのは人間?」
路地裏へと入っていく人物の後ろ姿を目撃した。フードで顔を隠していたので誰かは分からないが、角や羽がなかったので人間、ツアー客かもしれない。
夜の自由時間は始まったばかりで、ツアー客が淫魔街にいて悪い訳ではない。俺だって人の事は言えない。
けれども、表通りを外れて裏通りに入っていったのはやや気になる。
店長淫魔の話では、違法な淫魔がいるのは裏通りとの事。旅行で浮かれた人間は犯罪に巻き込まれ易い。お節介かもしれないが注意しておくべきだろう。
絶対に見失ってはならない。
絶対に見失ってはならない。
アレは私の獲物である。せっかく見つけた獲物を、絶対に逃しはしない。
そして後ろ姿に追い付いたなら、後頭部を、一撃で――。
路地裏に入ったものの、ツアー客の姿を完全に見失ってしまった。
かれこれ三十分以上探しているが発見できない。そろそろ諦めて帰ろうかと考えていると……何故だろう。背後から声をかけられてしまう。
「ふふ、みーつけたっ!」
ドライアイスを背筋に密着させられた。そんな冷たさを通り越して痛みさえ感じる寒気に顔を歪めてしまう。
聞いた事のない女の声だった。
決して振り返って顔を確認するべきではない存在の声にも聞こえた。
「一日目はお父様が張り付いていたから自重していたけれど、やっと、隙が生まれた。さあ、私と一緒に遊びましょう?」
けれども、顔を見せずに背中を見せ続ける方が命にかかわる。そう直感する。
俺は唾を飲み込んでから、ゆっくりと声の方へと振り返る。
「お、お前は!」
「ふふ、ふふふふっ」
……漆黒のドレスを着た、女がいた。
キザギザと尖った。そのように表現したくなる髪を束ねた女が立っている。カールさせたもみあげも、円形ではなく四角い。
Rゲートの住民と一目で分かる特殊な器官はなかったものの、そんな身体的な特徴など関係ない。
狂気に満ちた細く赤い爬虫類の瞳孔は、絶対に人間のものではない。
「怖いでしょう、私? 恐ろしいでしょう、私? 良いわ、私を傷付けて。傷付けた分以上のお礼はしちゃうけれど、全部自業自得だから仕方ないわ」
淫魔街の路地裏で、人間ではない女に声をかけられた。
無防備を装い、両腕を広げて近付いてくる女に対して、俺は――。




