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魔王城R029 魔界観光ツアー 一日目 ~ 二日目

 髑髏どくろテイストな調度品はともかく、魔王城に割り当てられた宿泊部屋は日本の高級ホテルにおとらぬ快適な住居空間となっていた。

 ベッドは天蓋付きで、暖炉も備わっている。

 黒い壁に刺繍の細かい赤い絨毯。

 城の中なので窓はないが、天井が高いため圧迫感はない。

 冷蔵庫のような電化製品はないもののまったく不便はない。欲しい物があれば壁に埋まっているガーゴイルに話しかける事により、すぐにルームサービスがやってくる。

 逆に言うと、異世界的な物品はガーゴイルぐらいだ。用途の分からない物は、棚の上に置いてある木箱ぐらいである。


「十八時からツアー客全員で夕食。その後は明日以降の打ち合わせを外務省の人とする予定か」


 牢屋のような部屋にでも宿泊するのでは、こう恐れていたので部屋の豪華さに安心する。

 ただし、正直一人で寝泊りするには広過ぎて落ち着かない。荷物をほどくとやる事がなくなってしまう。仕方なく、夕食のために服を着替え始める。

 ドレスコードは指定されていないものの、日本代表として魔界に招待されている。着慣れないタキシードでも着るのが礼儀だ。

 蝶ネクタイに違和感を覚えながら夕食会場へと向かう。



 夕食は長い机に全員座って、一品一品運ばれてくる料理を食べるスタイルだ。

 落ち着いた雰囲気の中、ツアー客全員の顔を眺める事ができる絶好の機会でもある。

 局長いわく、攘夷ゼノフォビアテロリストがツアー客にまぎれ込んでいるらしい。怪しい雰囲気の人間がいないか、一人一人顔を確かめていく。




「ふん、異世界といってもやはりこの程度の味付けか。Lゲートやらといい、ここといい、訪れた意味がない」


 出された料理にケチを付けている白髪の男性。外見年齢は六十歳ぐらいか。

 日本人でも問題なく食せる安全な夕飯だというのに、何故か不満顔だ。鶏肉に似た何かのソテーの端を一口食べただけだというのに、ナイフとフォークを皿に置いてしまう。


「肉の焼き加減が最悪だ。素材を完全に殺している」

「……誰です、あの偉そうな人? 料理にされているのだから死んでいるのは当然では」


 外務省職員が血相を変えながら小声で教えてくれた。

 和服の男性はその筋で有名な料理人で、日本の上流階層に数多くのファンがいる。彼が営む料亭にやってくる政治家と太いコネクションを築いている。

 齢六十にして料理への熱は未だ失っておらず、常に新しい食材を探し求めているようだ。今回の異世界ツアーへの参加理由も、異世界にしかない独特の味を探すためらしい。

 ……完全に抽選を無視したツアー参加者である。政治家とのコネで参加しているのが丸分かり。そこまでして参加した癖に魔界料理をほとんど食べていない。

「雑な料理だ。世界が知れる」

 抽選ではなく自分の意思でツアーに参加したとなると、もしかして、この料理人が攘夷ゼノフォビアテロリストなのかもしれない。料理を酷評している事からも、異世界に良い印象を抱いている人間ではないのは確かだ。

 まあ、味にうるさいぐらいでテロリスト認定されたくはないだろうが。

 とりあえず、男の顔を記憶しておこう。



「――はい、とっても美味しい料理ばかりで、人間でも安心して食べられます。…………ゲンさん、撮れました?」

「ああ、ばっちり撮れたが、案外普通だ。普通過ぎる」

「目玉の浮かんだスープが出てこないか冷や冷やしていたけど、どうにか放送できそうね」


 やや離れた席にいるのは女性レポーターとカメラマンの二人組だ。

 レフ板持ったスタッフのいない本当に二人だけのテレビ撮影。ハンディというには口径の大きなカメラ――Rゲートに持ち込めた数少ない電気機器の一つ――を使って、女性レポーターの夕食の様子を撮っている。

 撮れ高の多いRゲートにテレビ局は満足している……というのは間違いだ。防衛のため一部の建物は撮影が許可されなかったり、あまりに魔界っぽいスプラッタは放送できなかったりと苦労している。

 レポーターとカメラマンの二人も通常の抽選で選ばれた人物ではない。注意はしておくべきだろう。



「ゴブリンちゃーん、お酒追加で!」


 七人もいるのだから、酒に酔っ払い、純粋に異世界旅行を楽しんでいる者もいる。

 対面席にいる三十代の男性が醤油みたいな色をした酒を追加注文していた。顔が赤く、笑顔だ。

「ゴブ」

「もうちょっと、表面張力を活かして」

「ゴブ?」

「もうちょっと、もう一滴」

 ゴブリンにお酌されている様子はただの酔っ払い。異世界全般を忌避している攘夷ゼノフォビアが異世界人にそそがれた酒を飲むとは思えないので、テロリストの可能性は薄いだろう。

 酔っ払いさんは純粋に酔っ払いとして注意するにとどめる。



「美味しい食事ですけど何か足りないわ。そうよ、味噌がないのね」


 ドレス姿の豊満な女性、味噌マダム。

 顔と趣向は既に知っているので、視線を素通りさせていく。



「城で宿泊できるってだけでも貴重かな」


 ツアー客の中というくくりを除外してもかなりのイケメンがツアーに参加している。

 日本人離れした鼻の高さとはっきりとした目。茶髪も純粋に似合っている。男としてはうらやましいと感じなくもない。

 ファイルを取り出し、こっそり彼のプロフィールを拝見してみたが不審な点はない。

 ちなみに苗字は渡辺、名前は田中だった。世の中には苗字みたいな名前の人もいるのだな。



 色々と特徴のあるツアー客が多い。

 原則として抽選で選ばれたツアー客なのだから、一般人が少ない状況こそが異常なのである。が、世界とはすべて自分を中心とした相対的なもので構成される。マイノリティこそが異端なのだ。


「……えーと、僕の顔に何か?」


 長机の端っこで黙々と食事している一般人さんこそがテロリストの刺客なのかもしれない。こう凝視していると、一般人さんは何が気になるのか挙動不審となって食事を止めてしまう。怪しい。




 七人のツアー客全員の顔を覚えた。

 味にうるさい有名料理人、レポーターとカメラマン、ただの酔っ払い、味噌マダム、イケメン、怪しい一般人。全員が怪しいと言えば怪しいが、怪しくないと思えば怪しくない。

 そもそも、テロリストがツアー客にいるというのも今朝聞いたばかりの不確かな情報である。無闇に人を疑っても仕方がないのか。

 それに、異世界でテロを起すという事自体の難度が高い。

 協力者のいない魔界では武器を現地調達するのさえままならず、武器を持ったところで地球人がゴブリンやオークに勝てるものではない。しかも、宿泊先はラストダンジョンたる魔王城。屈強な魔族しかいない。

 それでも、何かを仕出かすとすれば夜になるだろうか。

 日中はツアー客全員での行動が義務であるため、不審な行動を取り辛い。

 一方、夜は特に制限がない。許可なく魔王城の一階から移動できないものの、個室を施錠されている訳ではないので自由に行動できる。

 ……つまり何かあるとすれば、夕食後だ。





 ええ、昨晩は爆睡しました。

 人類がほぼ未踏の土地での観光に疲れていたのか、テロリストに対処しなければならないという重責に疲れていたのか、天蓋付きベッドで気持ち良く眠れました。

「あー、布団が心地良い。自宅よりも眠り易かった」

 身支度を整えて、朝食のために部屋を出る。

 朝食は昨日夕食を食べた場所と同じなので、道を間違える事なく一直線に辿たどり着く。

 数人のツアー客が席についており、その中の更に半数は既に食事を終えていた。料理人とカメラマン、酔っ払いさんの姿だけが見えない。


「朝食を撮影するはずだったのに、もう、ゲンさん何しているのよ」


 朝から完璧なメイクだと思っていたが、女性レポーターは朝一から撮影するつもりらしい。ただ、相方のカメラマンがなかなか現れず、皿の上の料理はすっかり冷めてしまっている。

「すいません。ツアーガイドの外務省の人ですよね」

「正確には違いますが、どうしました?」

 女性レポーターと視線が合ってしまい、話しかけられてしまう。朝食前だというのに仕事か。


「カメラマンのゲンさんが寝坊してしまっているみたいで。誰に言えば部屋の鍵を開けてもらえますか?」

「Rゲートの責任者はゼルファなので、彼に頼めば開けてもらえるはずです。ただ、その前に外から呼びかけてみましょう」


 現れないカメラマンにしびれを切らせた女性レポーターと共に、カメラマンの部屋へと向かう。

 カメラマンの部屋は俺の部屋の隣だった。

「ゲンさん! 起きてください」

「テレビ業界の人でも寝坊はするんですね」

「ゲンさんも年だから、腰も悪くしちゃってカメラが重いっていつもいつも」

 女性がドアをノックしても反応がなく、俺も外から呼んでみたが返事はなかった。寝坊であれば笑い話で済むものの、突発的な病気で返事ができない状態なのかもしれない。

 廊下を走って給仕のゴブリンを探し、ゼルファへと取り次いでもらう。

「審査官殿、問題か?」

「ツアー客の一人が部屋から出て来ない。声をかけても反応がない」

 すぐに現れたゼルファが個室のドアノブへと手をかざす。その手にマスターキーは握られていなかったが、低音域で何かを早口で発音すると、カチリと解錠音が廊下に響く。

 やっぱりここ異世界だ、と素朴な感想も早々に個室へと入り込む。


 ……一瞬、息を飲み込んだ。


 布団からこぼれた黒い羽毛が、開かれたドアによって生じた風に乗って部屋へと広がる。

 俺の部屋と同じ構造、同じ家具が置かれた部屋だというのに、酷く荒れ果てていた。割れた皿や天蓋の一部だった布切れが散乱してしまっている。まるで、誰かと争った形跡みたいに。


「げ、ゲンさん……ッ?! きゃ、きゃああああッ」


 そして、宿泊客たるカメラマンの六十代男性は、赤い絨毯の上でうつ伏されており、一切の反応がない。

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