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魔王城R028 魔界観光ツアー 一日目

 味噌マダムが無事審査を終えたので、次は俺の番である。


「私が先輩を審査するのは、可笑しな気分しかしませんね」

「俺もそうだが、まあ、そう言わずに」


 二泊三日用のカバンにまとめた荷物をコンベアへとすべらせる。

 ツアーは五日の予定であるので荷造りは苦労したものの、いつ緊急帰国という事態になっても良いように荷物は少なくしておいた。

「先輩なら直接密輸をくわだてなくても、立場を悪用すれば不正し放題ですよ」

「俺を信用してくれるのはありがたいが、密輸は本人の意思とは関係なく起きる事もある」

「うっかりミスや法律を知らなかった場合です?」

「もう一つ。本人の意図しない荷物が紛れ込んでいる場合だ」

 異世界入国管理局での話ではなく空港での話であるが、渡航者のカバンへと勝手に荷物を忍ばせて日本へ密輸する事件が起きている。運び人となった渡航者は何も知らない第三者であるため、言動に不審な点は一切見付からないという厄介やっかいな密輸方法である。


「後輩は今日、ペット妖精を目撃したか?」

「いえ、見ていないですね」


 後輩が俺の四角いカバンを開く。

 圧縮した衣類と丸めたタオルが五割。シャンプーや石鹸、髭剃り、薬といった小物で更に五割。特別なものは何一つ入っていない。……が、見慣れない小箱が一つ。

 空気穴が側面にあって、表にはベタベタとシールが張ってある。


「……天地無用に生物。なまものと読むのか、せいぶつと読むのか」

「開封厳禁ってありますね。どうします?」

「預かっておいてくれ。開封したら駄目って言うのなら、泣き声が聞こえるまで放置してらしめるように」


 昨日から姿を見せていないペット妖精は、以前にも似た手口で管理局外に出た悪事がある。

 審査官に一度見せた手口が通用するはずがない。不審な小箱を後輩に預けてから俺はRゲートへと向かった。



 Rゲートへの道を自分の足で歩く。

 職場からずっと眺めていた道であるというのに、歩いて向かうのは初めてだ。

 道を歩く人数により幅が増減するあやふやな道の踏み心地は案外普通で、まったく珍しさはない。一歩踏み出すたび、波が広がるように前方が少しだけ広がる。地球と異世界との繋がりが確かになっていく。

 道の左右は群青色の何もない不気味な空間。

 そこを酸化した黒い道と定期便トロッコ用の線路が続く。道の先からは不気味な雰囲気しかただよってこない。

 はたして、Rゲートで俺達ツアー客を待ち受けているものは何なのだろうか――。




「ようこそ、新世界の観光客の方々! えある魔界観光第一号たる皆様! このたびの来訪を歓迎しよう!」


 ――金属同士を叩き付けるかん高い音と、獣の咆哮バスが響いた。Rゲートを通過した浮遊感に気を取られている最中だったので、恐ろしく心臓に悪い。

 俺はいつの間にか、巨大な支柱に支えられる大空間の中央に立っていた。

 俺達を出迎えてくれたのはオークのゼルファである。彼はRゲートの異世界入国管理局の局長に就任したので不思議ではない。

 ただ……左右に立ち並ぶ軍団は想定外。


 最前列のゴブリン達は盾を棍棒で叩いて音を鳴らしている。

 その後方では杖を高く構えたローブ姿のオーク達が低く響く声でハモっている。

 更に奥では、乱暴に大剣同士をぶつけてリズムをきざむ凶暴な顔付きの巨人達。


 魔界突入と共に再生されそうなBGMを生演奏で聞かされているのである。Rゲートなりのマーチングバンドと気付くにはなかなか想像力を必要とする光景だった。スポーン直後を集中攻撃されようとしていると考える方がまだ単純である。

 多少なりともRゲートの住民を知っている俺ならばともかく、他のツアー客はすっかりおびえてしまっている。尻餅を付いてしまっている者も珍しくはない。


「まあ、すごい歓迎だわ。うふふ」

「好評なようで上々。しかし、ツアーはまだ始まったばかり。まずは皆様を魔王城までご案内しよう!」


 味噌マダムだけは普通に楽しんでいた。これが異世界渡航経験の差か。

 ゼルファに言われるまま歩き出す。送迎用と思われる豪華なトロッコが現れて、丁寧な振る舞いのゴブリンが手荷物を運び入れてくれる。

 周囲を見渡して円形と発覚したRゲートの異世界入国管理局の四方のゲートが開かれていった。

 ツアー一日目は、国賓待遇みたいな歓迎ムードで開始されたのである。




 トロッコガールらしき羊のつのを生やした女性が観光名所を説明してくれている。


“――観光客の皆様、左手側をご覧ください。あちらの巨大な橋はビッグブリッジと呼ばれ過去に――”


 更に、魔王城の途中にも多数の演出が用意されている。座っているだけでも忙しい。

 道の所々で巨大な楕円板――おそらく、巨大生物のうろこ――を打楽器にしているサイクロプスや、長く弧を描く巨大な棒――おそらく、巨大生物のあばら骨――を管楽器にしているオーガが観光ツアーを歓迎してくれていた。一般モンスターらしきスケルトンもカラコロ骨を鳴らして手を振っている。

 観客全員がモンスターの駅伝を想像すると分かり易いか。暗雲立ち込めて空黒く、マグマの熱気で焼けげた地黒い魔界のおどろおどしさを強調する百鬼夜行にしか見えないのが残念だ。


「審査官殿。特注トロッコの乗り心地は問題ないだろうか?」


 そう問いかけながらゼルファは俺の隣に座る。


「揺れ対策と熱気対策をほどこしたのだが、まだ改善の余地はありそうだな。あそこのテレビ局なる者達が青い顔をして酔っている」

「あれは十字架に繋がれた骸骨の頭が一斉に落ちたからだと思いますよ」

「三百年前にはりつけの刑となった勇者パーティーの奴等だな。まったく、刑期は百年前に過ぎたというのに、時々ああして吊るされていないと気が済まないらしい」


 魔界は植生が皆無で、建造物もまばらだ。

 だからではないが、トロッコの終着点にある馬鹿でかい城が目立ってしまっている。スカイツリーを数本束ねなければあの大きさは実現できなさそうだ。魔界の建築技術もあなどれない。


“――観光客の皆様、右手側をご覧ください。あちらに見える黒い門がかの有名な――”


「今日は魔王城を観光してから宿泊地に移動するのですか?」

「いや、魔王城が宿泊地だから今日の移動はこれだけとなる」

 まさか魔王城がホテル営業もしているとは思っていなかった。あの巨大さなら十人ぐらいの旅行者を泊める事など訳ないのだろうが、ラストダンジョンに泊まってしまって本当に良いのだろうか。

「魔王様のご厚意だ。幹部であってもなかなか得られない名誉であるが、それだけ新世界を尊重されているのだろう」

 ふと、ゼルファは俺以外のツアー客に聞こえないよう声をひそめる。


「ただ、警備上の理由もない訳ではない。魔界のすべてが新世界を歓迎している訳ではないからな」

「まさか……ベルゼブブ卿が襲撃してくるとか?」

「ベルゼブブ様は魔王様の命に忠実だ。あの方が動く事はないと断言できる、が――いや、誰であっても魔王様のお膝元で騒ぎを起すはずがない。唯一、魔王様の親類たるア――」


“――皆様、真正面にご注目ください。我等が王の城、魔王城が近付いてきました。最も高い中央の塔に魔王様はお住まいになっており、あっ、丁度、姿が現れて手をお振りに……キャー、魔王様―っ!”


 ツアー客以上の高いテンションでトロッコガールが魔王城を見上げていた。ゼルファも立ち上がりはしなかったものの、魔王城の頂点に顔を上げてしまう。

 Rゲートのきな臭い話は中断されてしまった。





「あの、魔王様……私を影武者にするのはよろしいのですが、私が手を振らねばならない意味はあるのでしょうか?」

「仕方ないだろ、我は箱だぞ。どこに振れる手がある」


 バルコニーから戻ってきた魔王の忠実なる側近、リリスは手を振るだけの仕事で疲れた表情を見せる。実際、彼女は実務全般をこなしており多忙だ。疲れていて当然である。

 特に、新世界からのツアー客を迎え入れるというかつてない事業に振り回されている昨今は、仕事量が激増している。人間族の侵入を防ぐためにあらゆる罠を設置した魔王城の一階をリフォームし、人間族が快適に過せる空間に作り直せと命じられた際には「何て事でしょう」とリリスは気絶しかけた。

 リリスの手はバルコニーで振っただけで限界に近かった。

 魔王にはそもそも手がなかった。

 ……普段は監視されて身動きが取れない者が動き出すための状況が、はからずも整ってしまう。


「――クス。楽しそうね、お父様にリリス」


 こつこつとヒールの歩行音が魔王の玉座で木霊こだまする。

 邪悪そうに口元をゆがめたハイティーンの少女が、気品ある仕草で玉座へと近付いていく。

「その声、アジーか?」

「新世界の人間族をまねかれたそうですね、お父様。どんな味がするのかしら今から楽しみで仕方ありませんわ」

「駄目だぞ、アジー。新世界の者達に手を出すな」

「分かっていますわ、お父様。ちょっとした冗談です」

 背中を大胆に露出した漆黒のドレスでありながら、両肩両手をしっかり覆ったつつましさもある。そのようなチグハグな格好の少女が冗談だったと口にしても、本気か否か判別は難しい。

 少女の両肩には、トカゲの頭のような飾りが備わっている。少女の頭と飾りの頭と合算すれば三頭三口六目となる。


「どうせ、今の私にはかつてのような力はないのですから。……ですが、相手が私を傷付けた場合はどうなるかまでは、約束できかねます」

「アジー。散々言い聞かせている通り、今の魔界に光の勢力と新世界両方を敵に回すだけの力はない。軽率な行動を起せば、たとえ娘であっても容赦できない。分かっているだろうな?」

「まあ、お父様。私をアジー、アジーなどと可愛らしい名前で呼ばないでください」


 少女はドレスのすそを手で持ち、丁寧にお辞儀してみせて父である魔王に従順であると示す。


「――アジ・ダハーカ。こう、かつてのようにお呼びくださいませ」


==========

 ▼魔族ナンバーR028、アジー

==========

“魔王の娘であると内外に知れ渡っているが、彼女は箱ではない。

 刺繍の細かい漆黒のドレスを愛用している。背中の露出は激しく、綺麗な肌は人間のようである。ただし、肩から指先にかけてはうろこのごとき細かな飾りが続き、肌は一切見えていない。

 左右の肩口にはトカゲの頭のような飾りがある。


 なお、かつての名前はアジ・ダハーカ”

==========


 けれども、アジーと呼ばれた少女の口元は酷く歪んでいる。

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