表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/112

管理局X027 不穏な出国

 異世界観光の権利は高倍率の抽選を勝ち抜かなければ得られない貴重なものである。異世界側の受け入れ態勢の関係上、需要に対して供給がまったく追いついていない。皆が求めるプラチナチケットと化している。

 そんな情勢下で、Rゲート――通称、闇の扉――観光ツアーの開催通知が世間に広まれば、アクセスは集中し、公式サイトのサーバーダウンの一度や二度は発生する。Lゲート――通称、光の扉――とはまったく異なる文明、カレー味の甘口と辛口ぐらいに個人ごとの評価が分かれる世界なのだが、異世界ならLR関係なしに行ってみたいという要望が多いのだろう。


「パスポートを首からぶら下げる入れ物。もしもの時のための薬。えーと、他に買い忘れは――」

「魔界に行くなんて命をドブに捨てるようなものよ! アンタなんて簡単に死んじゃうって分からない?」

「――仕事だから仕方ないだろ?」

「ワーカーホリックが死因って馬鹿みたい! この私が善意で忠告してあげているのに、荷造りめなさいよ」

「忠告はありがたく受けるが、他の観光客の安全を守るために俺が行くしかない」


 今回の観光ツアーは第一段という事もあり、参加者は十名程度と少人数だ。

 異世界入国管理局の職員たる俺、他省庁からの参加者二人を除けば、実質七人のみとなる。なお、当然ながらツアーメンバーに妖精は含まれていない。ペット妖精は管理局の押収品であって俺の所有物ではない。セットで考えられるのは心外である。

 ペット妖精は先程から俺の肩に足をついてRゲートの悪口――魔王城から生きて戻った者はいない、魔界で死んだ者は魂を縛られて永遠に重労働させられる、など――を言っている。魔族に対して悪意はあるものの、俺の身を案じる善意の気持ちがあるようだ。


「これだけ私が説得してあげているのにッ、もう。馬鹿眷族!」


 どれだけ心配されたとしても明日の出発を今更延期にできる訳はなく、俺はペット妖精の言葉を左耳から右耳へと聞き流し続けていた。

 怒ったペット妖精はどこかへと飛んでいき、姿をくらませる。

 その日は、夜になっても姿を見せなかった。


「……あいつの心配も分かるが、これも異世界交流のためだ」


 大戦争を繰り広げるLゲートとRゲート。その両方と地続きとなってしまった日本の公務員としては、どちらかに肩入れし過ぎたり贔屓ひいきし過ぎたりしないように配慮し続けなければならない。そうでなければ、日本はどちらかの陣営を敵を回してしまう。

 Lゲートばかりと交流が続く現状は望ましいものではない。Rゲートとも俺達は上手に付き合う必要がある。

 理想としてはすべての勢力がお手々繋いで仲良しに、である。が、そんな空想はどの世界にも存在しない。

 ならば次点の理想、どの勢力も等間隔に存在する世界を俺達は目指すしかないのだ。




 キャスター付きのキャリーバックを引きながら、異世界入国管理局へと向かう。

 いつものスタッフオンリーの裏口からではなく、正面入口を目指した。毎日通っている職場であるが客として足を向けるのは初めてなので新鮮味がある。

 管理局の駐車場に車両が多いのも、いつもと違う雰囲気を演出している。Rゲートへの初観光というニュースに引き寄せられた報道関係者が集まっているらしい。管理局の設立当初と同等の規模の取材だ。


「はいっ。私は今、異世界入国管理局にやってきています! この山奥に突如現れた建物の中に異世界へのゲートがあるのですね。まったくそんな感じはしませんけど!」


 生中継をしているのか、レポーターらしき女性が正面入口の真正面に立ってカメラに向かって管理局を紹介している。どこの局に所属しているのか分からないが、時々見る顔である。うん、カメラを見切ってしまうから管理局に入れないぞ。


「楽しみですね。私もこれから異世界にて直接取材をしてきます。異世界の真実を赤裸々にしちゃいますので、五日後を楽しみにしてください!」


 ……そういえば、女性レポーターは俺と同じようにキャリーバックを引いている。可愛らしいピンク色で、レポーターの手に引かれて管理局へと入場していった。


「はい、オッケー」


 撮影が終わった途端、女性レポーターは直に外へと戻ってきたのだが。

 笑顔だったレポーターの顔が、別人みたいに無表情だ。

「……本当に私とカメラマンの二人だけで取材に行かないと駄目なの?」

「今更言っても仕方ないって。人数制限をクリアしないと独占取材の許可が下りなかったのだから」

「……はぁ」

「まあまあ、異世界のゲートは一流レポーターへの登竜門。やる気が出るってものだ。しかも、カメラマン歴四十年のゲンさんと一緒だぞ」

「来年定年のゲンさんに荷物持たせられないって言っているの!」

 プロデューサー巻きしたセーターを着た人物と女性レポーターが言い合っていた。何やらめている様子だ。

 というか、女性レポーターもRゲートへの出国者なのだろうか。異世界行きは抽選によるものではなかったのか。

 事情を知っているとすれば管理局のトップ。丁度、報道陣と警備部隊の間に局長を発見し、声をかける。


「局長。テレビ局が異世界に行くって聞いていないですよ」

「私も聞かされていなかった。宣伝を望んだRゲート側の要望を叶えた結果と聞かされているが、真実は分からない。今回の観光にはいくつかの勢力の思惑がからんでいる可能性がある」

「観光地が危険なだけの、ただの観光のはずですよね?」

「いや、出国者もどんな人物がまぎれ込んでいるか分からんぞ。……ちょっと耳を貸せ」


 警備部隊の車両の後ろへと誘導されて、局長は小声で話しかけてきた。


「独自ルートからの情報だが、観光客の中に攘夷ゼノフォビアが紛れ込んでいる可能性がある」


 ……どうしてこんな大事な話を旅立ちの日に打ち明けてくるのか。


「どうにか対処してくれ」

「どうしろと!?」

「大きな声を出すなっ。さわぎにしたくはない」


 局長が情報を得たのも今朝らしい。

 以前に攘夷ゼノフォビアテロリストに潜入されてから、局長は出向元の人脈を通じて情報を収集し、管理局を守ろうと尽力していたようだ。


「分かっているのならテロリストを出国させないでくださいよ」

「確証はないのだ。日本から出る時には武器のたぐいを持ち出せないよう、いつも以上に審査をきびしく行う。それしかできない」

「ただでさえ行き先は魔界だというのに、加えてテロリストなんて」

「問題を起させるな。テロリストが異世界人を傷付けてみろ。最悪、世界間戦争に発展する」


 無茶苦茶な注文だった。ただの審査官でしかない俺には不可能だ。労働争議ものである。


「……何事もなく帰ってきたら、食事一回、付き合ってやる」


 日本人の代表として異世界を訪れるのである。同郷の者が問題行動を起さないように全力をくすのは当たり前。局長に言われるまでもないが、信頼されて仕事をたくされるのは悪くない心地良さがある。


「任せてください。管理局のエースとして職務を果たします」

「はぁ……。お前みたいに分かり易い人間ばかりなら苦労はしないというのにな」


 局長は疲れた溜息を吐いていた。




 管理局に入ると、正面入口のホールで金属探知機による検査を受ける。

 続けて、個室へ移動し、同性局員によるボディチェック。そうした一次チェックと平行して、X線検査機での手荷物検査を受ける。これ等の検査はすべて管理局へ入場するためのものであり、出国検査は別に行われる。

 更に、本日は管理局内で部屋を移動するたびに探知機を通過させられている。同じ検査であっても精度の高い機材を使っている。局長の言う通り検査はかなり厳しい。以前のようにテロリストが武器を持ち込むのは不可能だろう。

 そして管理局最奥では、最終関門たる審査官が待っている。


「はい、次の方。こちらにどうぞ!」


 後輩を含む複数の審査官が出国者一人一人を入念に審査していた。審査される側の立場で彼女達を見ていると、専門知識を持ったプロフェッショナル集団みたいで恰好良く見えてくる。

 俺は後輩がいるブースを選んで並ぶ。後輩の審査を更に審査するためだ。今日で問題がないようなら免許皆伝を与えても良い時期だろう。

 俺の前には先客、恰幅かっぷくの良いマダムが並んでいる。手荷物は体と同じ大きさのキャリーバックと腕で抱えたハンドバックの二つ。

「X線検査用のベルトコンベアに荷物をせてください。本日は手荷物を全チェックするので、バックの鍵は開けておいてください」

「あら、やっぱり今日は審査が入念なのね」

 いつもであればX線検査で怪しい影を発見しない限り、バックの中身を開く事はない。だが、今日は手荷物を全チェックしているようだ。

 マダムのキャリーバックがコンベアで運ばれて、ブース内の後輩へと届けられる。

 ……後輩の表情が曇った。


「申し訳ありません。味噌を異世界に持ち出すのは法律で禁止されています」


 後輩はマダムの荷物の中から黄土色の物体を取り出して、指摘する。


「あら、また駄目なの。前回もそう言って私の味噌を取り上げちゃったじゃない」

「……前回ですか?」

「そうよ。前はLゲートの方だったけど。あの時も味噌は駄目って」


 背中しか見えないため俺には分からないが、出国履歴を検索した後輩はマダムの正体に気付く。


「没収品L007? あっ、味噌おばさん!?」

「うふふ。私って運が良いのね。二回も異世界旅行の抽選に当たったのよ」


 全体的にパープルなマダムが自慢げに語っている。味噌の没収は多いが、このマダムが一番熱心に味噌を持ち込もうとしたので俺もマダムの正体に気付く。

 マダムは前にも管理局から異世界へと観光している。

「二回も抽選するってすごい確率ですよ。おめでとうございます」

「前の旅行は地球にないものを体験できて、刺激的で楽しかったわ。今度の行き先はどうかしら」

 二度の異世界旅行など、確率的にありえるのだろうか。宝くじの一等に連続当選するようなものだ。このマダムが政治家の妻で、政府とのコネで枠を確保したという方が現実的である。

「サラリーマンの夫の年収で海外は難しいでしょう? でも、異世界は金銭的には家計に優しいのよ」

「普通は海外よりも異世界の方が行き難い場所だと思いますよ」

 あるいは、非合法組織によるバックアップによるものか。

 まさかこの味噌マダム、攘夷ゼノフォビアと繋がっているというのか。


「前は駄目だったから、今度こそ味噌の素晴らしさを異世界に伝えないと」

「い、いえ! ですから。味噌を異世界に持ち出すのは駄目でして」


 味噌マダムに対して後輩は前例を振りかざして味噌を没収しようとしている。以前と同じなのだから、後輩の行動はまったく問題がない……ように思われる。


「――あー、後輩。それはLゲートの話だ。Rゲートへの味噌持ち出しについて、法律的な拘束はない」


 人を傷付ける危険物や、異世界にはない科学技術の持ち出しはLゲート、Rゲートにかかわらず法律で禁止されている。

 だが、味噌が制限されているのはLゲートのみだ。Lゲート側には輸出できる可能性があるから禁止されているが、Rゲートにそういった事情は存在しない。Rゲート側も特に禁止にしていないだろう。

 将来的にはLゲートと同じように禁止されるかもしれないが、現時点では合法。一般人が味噌をRゲートに運び出すという想定がされていなかった。


「うふふ。今回は味噌を持っていっても良いのね」

「ゲートごとに違うなんて。先輩―っ。私を置いて異世界に行かないでくださいよ」


 今後はRゲートの往来も増える。それぞれのゲートにはそれぞれの条約や制約があって分かり辛いが、まどわされずに審査するのが審査官なのである。

 後輩の免許皆伝はまだ遠い。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ