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新幹部R026 オーク・ワイズマン

 闇の王が住まう城。

 魔界を睥睨へいげいする巨大な城。

 暗雲でよどみ雷鳴がとどろく魔王城に、よわい三十の若輩魔族が召喚されていた。

 異例である。年齢もそうだが、オークなどという低級魔族が魔王城へと召喚される。かつてない話であるが、禁忌を犯すからこその魔王なのだろう。魔王が黒と言えば白鳥とて黒くなり、来いと命じられればオークとてさんじなければならない。


「オーク・ワイズマン。ゼルファよ、前へ」

「はっ!」


 魔王城の最上階、魔王の玉座から深く威厳ある声が響いた。

 名前を呼ばれたゼルファの両肩にかかる重圧が確実に強くなる。闇の勢力をべる王に声をかけられたのだから戦場にいる時以上の心理的なプレッシャーを感じるのは当然である。魔王の言霊による効果だったとしても決しておかしくはない。

 ゼルファはこうべを下げたまま一歩前に出る。

 魔族としては若い彼が目線を上げるのは不可能だった。左右に連なる古参魔族の視線が集中しているだけでも皮膚から汗が吹き出しているというのに、玉座をまともに見る事などできるはずがない。

 もっとも、ゼルファが玉座を見たとしても魔王の姿は視認できなかったが。


「ゼルファ、お前の活躍は報告を受けている。わずか五百の大隊で光の勢力共を蹂躙じゅうりんしているとは大したものだ」


 玉座の周囲のみ意図的に照明が落とされている。現状、魔王の姿は闇の中だ。腕一本、指一本見えない。

 今代の魔王は謎が多い。あえて隠されているようで、出身種族さえ分かっていないのだから徹底されている。

 ただし、確実に判明している事がある。

 今代の魔王の力は強大だ。歴代の魔王と比較したとしても間違いなく最強クラス。幹部としてあのベルゼブブやあのリリスを仕えさせているのが何よりの証拠である。

 濃密な魔力が玉座で吹き荒れている。不定形な魔力が邪悪な形に広がっていく。無数の牙や羽、角や爪がうごめく光景が幻視された。

「痛快である」

「自分達はそのように調整され生み出されたオークであります。結果がともなったのであれば、幸いです」

 ゼルファは魔王の不敬を買わないように、ただただ敬意を持って接し続ける。


「ふ、改良されたとはいえ元はオーク。逆に言えば改良された程度のオークでしかないが、そのお前が最前線で活躍する一方、他の並み居る凶悪な魔族が戦果を上げられないのは酷くなさけない。我が耳には、お前がそう言いたげに聞こえるぞ?」


 けれども、ただ萎縮しているだけではなかった。


「魔王様にそう聞こえたのであれば、そうなのでしょう」


 全権統治者の御前での謙遜は下策でしかない。

 魔王の意地の悪い言葉をあえて否定しなかった事で、ゼルファは他の魔族から非難や殺気混じりの目線を向けられてしまう。が、魔王に顔を覚えてもらえる価値にはあらがえない。

「悪くない威勢だ。虚勢ではなかろうな?」

 異世界は戦乱ど真ん中。力を有する者など珍しくもない。

 努力していれば結果を正しく評価してもらえるなどといった甘ったるさは魔界に存在しない。

 ゼルファがより高い地位を望むのであれば、実力と、その実力によって得られた結果を存分に誇示しなければならないのだ。

 しばらくの間、黙ってゼルファを吟味ぎんみしていた魔王が、一つの決定を下す。


「……よかろう。ゼルファ、お前を我が幹部に任命する。その力を我のために使え」

「はい、魔王様。喜んで拝命します」


==========

 ▼幹部ナンバーR026、オーク・ワイズマン

==========

“魔術的な感性に優れていながら、オーク本来のタフネスさも兼ね備える最新鋭の魔王幹部。


 凶暴かつ低知能のオークから生まれるはずのない賢者職ワイズマンであるが、オークを品種改良し、特殊な育成方法を採用した事によって誕生した。育成には三十年ほどかかるが、魔族の長寿命から考えれば促成栽培と言える。

 通常の賢者職と比較して遜色そんしょくないとされる。一般的な人間族が戦うべき相手ではない。


 魔王軍の幹部としての実力は下の上となってしまうが、部隊を率いて戦うのであれば話はまったく異なる”

==========





「いやー、優秀な新人が育っていて。うん、魔王軍は安泰あんたいだ」


 新幹部の任命式を終え、人口密度の減った玉座で慎重にふたを開閉させる必要のなくなったからだろう。

 玉座の上で、木箱のふたがパカパカ開閉している。


「はぁ……本当によろしかったのですか。あのような信じがたい理論で偶然魔力を獲得したオークごときを幹部にし上げて」

「実力は十分に示しているだろ。リリスはちょっと心配性だぞ」


 魔王の忠実なる幹部にして傍仕え、グラマーな体付きの女性幹部リリスが溜息を付いてしまっている。魔王をうやまっているが、魔王の行動すべてに感銘を受けている訳ではない。

 リリスは自身が常識人である事を確かめるため、同僚幹部たるベルゼブブへ意見を求める。


「ベルゼブブ様はどう思われます?」

「真理ニ対する圧倒的ナ理解不足。未熟デつたなイ術を威力デおぎなッテいる。総じて未熟」

「でしょう。そうでしょう」

「ガ、劣等なる光ノ勢力共相手デあれバ十分通じる」


 魔王軍随一の術者たるベルゼブブの複眼は、客観的にゼルファの能力を評価していた。

 ベルゼブブと比較して格段におとるが、そもそもベルゼブブにまさる者などほぼいない。研究者としては不出来でも、兵隊としてならそれなりに使えるというのが老魔族の考えだ。

 生き字引から賛同を得られなかったリリスは再び溜息だ。魔王軍の人材不足の深刻化はより一層深まっているのか。早く同性の同僚たるマルデッテが帰って来て欲しいと強く願う。


「戦力としても役立っているが、あの知能の高さと度胸は別の方面でも役立てる。棚上げになっていた新世界との外交。それを成せる人材がようやく現れてくれたぞ」


 魔王がゼルファの採用を急いだ理由は、Lゲート側におくれを取っていた新世界との交流計画を始動させるためである。

 Rゲート側はこれまでも異世界の扉をオープンにしていたが、日本からは責任者をまず決めてからでないと話にならない、とそでにされ続けた。親善活動が一切進んでいなかった。外務大臣不在で外交など正気ではないので、当然と言えば当然である。

 絶対に失敗できない事業であるが、これまで魔界に任せられる人材がいなかった。

 知性的で、攻撃的でもない魔族、ゼルファの登場によりようやく事業を再開できる。


「遅れを一気に取り戻す。我々も入国管理局を作り、新世界人を我が領土にまねき入れるぞ」





「――という訳で、俺は幹部ならびに魔王立の異世界入国管理局の局長に就任した。こちらが引越しの挨拶の品だ。新世界にはそういう風習があると聞いてな」

「これはご丁寧に……ええっと、手打ち蕎麦そばですね」

「再現できていれば良いが」


 日本の風習に対する理解度はLゲートよりもRゲートの方が高い。日本で労働していたゴブリン達経由で色々伝わっていると推測される。

 ついにRゲート側にも入国管理局が発足するようだ。多少なりとも人柄を知っているゼルファが局長になってくれるのは頼み事をし易くて、ありがたい。これでベルゼブブ被害は食い止められる。


「更に、これを日本の上層部へ。魔界は新世界人向けの観光事業に力を入れている。ぜひ、多くの新世界人に訪れて欲しい」


 ゼルファが渡してきたのはどの動物の皮が原材料になっているか分からない黒い羊皮紙である。血文字のような赤い字の筆跡、達筆な文字の並び。魔王直々の手紙だと察せられるが、ろうで封じられていないので内容が丸見えだ。

 チラシのように不特定多数向けの宣伝を狙っているようなので、きっとワザとなのだろう。



“――魔界観光情報 vol.1


 世界を越えた先で、人界では味わえないスリリングがアナタを待っています。長らく人間族に公開されていなかった魔界のすべて、初公開!


 ●魔王城

 何と言っても魔界最大の地上建築。人間族の勇者であってもなかなか辿たどり着けない貴重な建物です。築五千年以上の呪詛ゆいしょある魔界最大の建物は、現在進行形で増改築が続けられています。


 営業時間:10時~17時 ※11時と15時に最上階から魔王が手を振ってくれます。

 注意事項:見学コースは1Fまでとなります。2Fからは命の保証ができません。



 ●リアル脱出ゲーム(ダンジョン)

 光の勢力を足止めするために新造されたダンジョンへアーリーアクセス。最新式の迷宮がアナタを待ち構えています。


 料金:大人1200G 子供600G

 注意事項:ダンジョン内にトイレなし。また、年内無休ですが一週間の行方不明で死亡扱いとさせてください。保険適用外ですが、悪魔契約でアナタの魂を魔物化して再生できます。早期せいぜん契約で上級スケルトンとなれる特典付き。



 ●地獄温泉

 疲れた体をリフレッシュ。歴代魔王が愛したとされるバフ付き温泉地です。人生に疲れた体が魂もろともとろけていきます。


 注意事項:異種混浴となります。



 ●本格的ゴーストハウス

 スピリットやゾンビが様々な趣向で貴方達を迎えてくれます。魔界ならではの昼夜を問わないエンカウントにかつてない興奮と驚きを感じてしまうはず。


 注意事項:実際の住居のため、夕方以降はお静かにお願いします”



「……正気ですか?」

「魔王城周辺の瘴気しょうきは穴をふさいでいるので心配ない」

 貴重な観光ルートばかりで興味はくものの、貴重な己の命を簡単に失ってしまいそうで怖い。

 心配ないとゼルファは言っているが、Rゲートの住民基準での安全確保をどこまで信用して良いものだろうか。


「この観光事業は新世界との友好の第一歩となる。俺の幹部初仕事でもあるから張り切らせてもらっている」


 ゼルファは分厚い胸板を叩いて自信満々に言っているが、本当に大丈夫なのだろうか。




「大丈夫な訳がない。とはいえ、魔王直々の誘致を断る事もできんと上は考えている。……局長命令だ。観光客と共にRゲートを潜れ。観光客を無事な姿で帰国させる出張ミッションだ」

「審査官っぽくない仕事内容ですが?」

「審査官としてつちかった異世界知識でこの難局を乗り切るのだ。私にはお前以上の適任者が思いつかん」

 数日後、局長からRゲートへの出張命令を受けた。

 多くの異世界人と接した仕事ぶりとメドゥーサに襲われながら生き延びた実績が評価されてしまったらしい。

 酷い買いかぶりだった。俺は人生で一度も異世界に行った経験がないのである。


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