密輸品L024 密書
頭が割れる、というか全身粉々になったような最悪な気分で目を覚ます。
「む。起きたか。まったく、お前は勤務時間外であっても事件に巻き込まれるな。労災はおりんぞ」
何故か俺好みな年上の美人……ではなく、職場の上司たる局長がベッド脇で俺を見下ろしていた。俺はいつの間に局長と同衾してしまったのか。
まあ、部屋の様子からここが病院であるとすぐに気付く。ベッドの上を見上げるとナースコールのコードが壁に繋がっていた。
部屋は個室でベッドは一つだけ。俺以外に患者はいないというのに、傍から誰かの寝息を聞こえてくる。
「クピー、クピー」
「そこの妖精、少し前まで起きてお前の頬を叩いて、瞼を持ち上げたりしていたのだがな」
「見ていないで止めてくださいよ」
首を横に向けるとペット妖精が枕の上で眠っている。涎を垂らしての爆睡だ。
「それは私の眷族ぅー。生殺与奪は私のものぉー。クピー」
「懐かれたものだな。まったく」
「……そういえば、メドゥーサに襲われて石になっていたはずですが。局長、あれから何日経ったのですか?」
「石か。お前は生身で発見されたぞ。発見されてから六時間も経過していない」
山中で発生した光の柱。
テロ発生で周囲を巡回していたパトカーが急行したところ、瓦礫と化したログハウスと所々で気絶している人間を発見した。同時に発見された違法な銃器により、気絶した者達が手配中のテロリストと断定されてからが大騒ぎ。更に蔦に巻かれたメドゥーサが見付かってからが急展開だったらしいが、気絶していた俺の知った事ではない。
「テロリスト一味と疑われたお前の身柄は、そこの妖精が喧しく弁護していたんだ。日頃の行いは別にして、今回は感謝するのだな」
「なるほど。局長がいる理由が分かりました」
「うへへ、私が本気だしたらこんなもんよねぇ。クピー」
ペット妖精も寝言だけで威張っている間は可愛いものである。
メドゥーサに襲われながらも一緒にどうにか生き延びたか。どうして石化が解除されてしまっているのかという疑問は残るが、悪い結果になっていないのであればそこまで気にならない。
このままもう少し安心して眠っていよう。
「――さて、起きたのであれば訊きたいのだが、そこの妖精はどうして管理局の外にいるのだ?」
……あれれ、おかしいなぁ。局長の目が南極の万年氷みたいに冷たく俺を睨んでいて、メドゥーサの目よりずっと怖い。
「はい、次の方。こちらにどうぞ!」
テロ事件は一日足らずで全員逮捕というスピード逮捕で終わり、管理局は三日と閉鎖される事なく営業を続けていた。
Rゲート――通称、闇の扉――の大魔族、マルデッテ・メドゥーサ(二一八歳)に襲われた俺も外傷がなく即日退院していた。よって、こうしてせっせと出勤して業務をこなしている。
ちなみに、意図的にではなかったにしろ、ペット妖精が脱走したのを見過ごそうとした罰で今月は減給一割だ。管理局外に知られたのが不味く、むしろ局長はうまく収拾してくれた。
「薄給でも働くなんて憐れな眷族ね。ププっ」
今月給料十割カットの馬鹿な妖精が何か言っている。
給料が減ってもやる事は変わらない。いつも通り、俺は審査を開始する。
都心にあるホテルの一室で、何者かが暗躍している。
「今回のテロ事件を鑑みるまでもない。魔族が群れるRゲートとの国交樹立など容認できん」
誰が借りても不審に思われず、また、いつ借りるかも分からない部屋であるため盗聴の恐れも少ないホテルでは時々怪しい会談が行われるものである。
本日の会談の議題は昨今話題の異世界について。
「その点、地球人と身なりの変わらぬLゲートの人々とは正しく意思疎通が行えている」
「我々も同じ認識です。新世界の人々と我々は手を取り合えると考えております」
会談であるため、室内には複数の人物が集まっている。
一人は五十代から六十代の渋い顔付きの日本人。スーツ姿でネクタイにシワ一つない。顔を見れば、国会の中継映像に時々映りこんでいる議員と気付く国民は多いはずである。
もう一方は日本人らしくない骨格の男性だ。年齢は三十代後半と比較的若いが、着ている服は貴族的で議員よりもよほど偉く見える。光の信徒の一員なのか、小さいが首には法具がぶら下がていた。
「科学技術の流出を防ぐためとはいえ、このように理解ある人物を日本に滞在させ続けるなど。非礼をお詫びしたい」
「いえ、私は新世界の知識を知り過ぎましたので当然の処置です。元々、国交樹立が成されるまで帰国するつもりはありませんでした。……新世界の異世界入国管理局は実に優秀で、これまで一度も情報を流出させておらず、本国の者達はさぞ感服しているでしょう」
「まったく、邪魔な奴等です。情報流出をいつまでも封じ込めていられるはずもないというのに無駄な努力ばかりして」
貴族の男は特に怒りの感情を見せておらず、優雅な仕草で紅茶を味わっている。
ただし内心では、管理局の存在を忌々しく思っているに違いない。闇の勢力へ科学技術の流出を防ぎ続けている手腕は見事であるが、どうして光の勢力に対しても馬鹿正直に職務を真っ当し続けているのか分からない。最近も、彼が本国から呼び込もうとした者達が捕らえられてしまい、計画が停滞し続けてしまっている。
それでも涼しい顔付きを絶やさない貴族の男は、新世界で外交官を任されるだけあって感情制御に優れているようだ。交渉相手である議員などは感情が顔に出易く、眉間にシワが寄っているというのに。
感情的な相手との交渉は貴族の男にとって望ましいものではないが、この議員は決して愚かではない。攘夷テロリストのように見境なく異世界を敵視していないし、Rゲートの魔族に人権があるとほざいてもいない。
「情報を未来永劫封じる事など不可能だ。だからこそ、いつ、誰に開示するかが重要なのだ」
「私と私の本国を日本のパートナーに相応しいと判断していただけたのは嬉しい限りです」
「貴方達には異世界をまとめるだけの力があると見ました」
議員と貴族の男の利害は一致していた。
異世界との国交樹立を目指し、現在の限定的な交流を廃止する。世界間での協力を国家政策として促進していく。それにより、蒸気機関が生み出された近代革命を超える成長を文明にもたらす。
日本は今後数十年、地球での先進国としての地位を維持し、他国を牽引するため。魔法という新技術を独占してマジック・ドリームを実現する。
Lゲートは革新的な技術を用い、邪悪な魔族を掃討するため。魔族が占有していた土地にある豊富な資源をすべて奪い取り、文明を更に発展させていく。
現実的なだけのツマらない国策を議論しているだけでは得られない、歴史の大きなターニングポイントに立っているという破格の実感。出身世界の異なる者同士でありながら二人の心は同じ夢に酔いしれていた。気分は竜馬か西郷か。
「そのためにも、今回こそは有益な情報を通過させてみせましょう」
「どのような策かお聞かせ願えますか?」
「Lゲートへと出国する日本人の審査は厳重で隙がない。比較的、審査が甘いのは異世界への帰国者となる」
「ですが、通常の日本観光で得られる情報は限られますよ」
「その首の物。異世界から訪れる人間の多くが携帯しており、持ち運んでいても不自然ではない。金属製の物が多く金属探知機で検知されるのが当然となっている。そこで、このような物を用意した」
議員が秘書に持ち運ばせていたケースを机の上に置く。
中にあったのは、光の信徒ならば必ず所持している虫眼鏡に似た法具である。一見して怪しい点はどこにもないが、異世界産ではなく日本で作られた偽造品。棒の部分が空洞となっており、内部に小さな紙を丸めて隠せる構造だ。
光の信徒たる貴族の男としては、法具の中に密書を運ぶなどバチ当たりな気がしてしまう。が、新世界人が行う分には笑って見過ごせる。
「観光中の異世界人が持つ物とこれを秘密裏に入れ替える。本人は何も知らないまま帰国してもらう」
「そして、帰国後は私の国の者が回収するという訳ですか」
運び屋となる人物はただの観光客であり、運び屋としての自覚がない。そのため、審査官が質疑で探り当てるのは不可能だろう。
「日本での段取りは我々がすべて。手紙の内容についてはお任せします」
「それはありがたい。この場で書きましょう」
貴族の男はその場で密書を書き始めた。パルプ紙のような小さな紙へと、一切手を止めずに細かく文字を連ねていく。あらかじめ本国に伝えたい科学技術を暗記していなければ不可能だ。
内容はすべて異世界文字であるため、日本人では解読できそうにない。ダイナマイトの製法が詳細に記述されていても日本の審査官にバレる心配はない。
更に貴族の男は一計を案じて、異世界の中でも古い時代の言語を用いる。古代の言語ならば、異世界人であっても読める者は限られた。万が一、法具の中を検められても、ありがたい経典の一節と見過ごしてもらえる可能性は高かった。
協力関係にある二人は地球式に握手で密会を締め括る。
「では、これをお願いします」
「両国の繁栄のため、無事にお届けしましょう」
このようにして、密輸品が今日も管理局へと運ばれるのだった。
Lゲートの異世界人達の出国審査。それが本日一番の仕事となる。
世界間交流の一環で、限定的に開催された日本観光ツアーに参加した異世界人達、その第一号。日本から異世界への観光と異なり、一般市民は参加していない。懐に余裕があり、コネのある上流階層の人間のみが日本を知る事ができる。
現在審査中のくるくるロール髪にドレスの女性などは、想像し易い貴族だった。
「おほほ。新世界観光は物珍しくて楽しかったですわ」
「許可されない荷物を持ち運んでいないかチェックします。まずは金属探知機なので、こちらをお通りください」
「まあ、ここを通るだけで良いのかしら」
“――ぴんぽーん”
「あ、法具が反応しましたね。こちらのトレーに乗せてください」
貴族だと貴金属を身に付けている事が多く、金属探知機を通すだけでも時間がかかる。高貴な身分の方はボディチェックを嫌う人が多いため、探知されるたびに通行を繰り返すしかない。
法具以外にも、指輪やイヤリングがトレーの上に並べられていく。すべて高級品だ。
ペット妖精が興味津々にトレーを覗き込んでいたが、接客中のため気にしていられない。
「金属ばっかり身に付けちゃって。なるほど、修行のための重りね!」
ペネトリットはトレーに並んだ物品を審査官のように眺めているが、本当はただの暇潰しだった。仕事が割り当てられていないので自発的に面白い何かを探そうとしている。
ふと、イタズラの気配を嗅ぎ取ったのか、羽で飛んで法具へと近寄る。なんとなく棒の底の小さな穴を突いてみると、底が勝手に開いた。
口うるさい眷族の男は……仕事中でペネトリットの行動に気付いていない。
ニヤりと密かに笑ったペネトリット。法具に隠されていた小さな紙を取り出して、背中で隠しながらカウンターの裏側へと運び込む。
「何かしら何かしら。きっと気持ち悪いラブレターか何かよ!」
秘密の手紙など、妖精たるペネトリットの大好物だ。時々、こういった手紙が見付かるから審査官という仕事はなかなか侮れない面白さがある。
「生意気にも古代語だわ。えーと……グリセリンを精製? 硫酸と硝酸の混合物と反応? 個性的なラブレターね。狭心症の治療薬でも作りたかったの?」
まあ、手紙の多くは妖精的に赤点ばかりなのだが。
だからこそ、ペネトリットは親切心から書き直してあげている。元の手紙をシュレッダーへと没シュートし、代わりに備え付けのメモ用紙とボールペンで手紙を新規作成する。
「汚い古代語だったから、もっと綺麗にしてあげないと! 内容は……忘れちゃった。えーと、代わりに……山に生えるルルモッテの球茎を粉にして、木を焼いた灰と一緒に煮詰める。すると新世界ではコンニャクと言われる兵器が出来上がりますっと」
最近、コンニャクを喉に詰まらせて死にかけた経験があったのだろう。ペネトリットはすらすらと異世界におけるコンニャクの製法を書き綴った。
メモ用紙を丸めて、トレーまで戻る。
法具の中へと隠し直して、ミッション完了だ。一仕事終えたペネトリットは満足気に額の汗を腕で拭う。
「ふう。これで良しっ」
「何が良しだ。指輪の宝石を抜いてビー玉にしていたら怒るぞ」
「そんな事しないわよ。宝石よりも私の方が美しいじゃない!」
「ははっ」
「鼻で笑ったッ!?」
ペネトリットとその眷族はメドゥーサという大魔族との戦いを経ても、以前と変わらぬ関係を続ける。
飛んで眷属の頬を叩くペネトリットと、妖精の非力を気にせず仕事を継続する眷族は、傍から見る分には良いコンビである。




