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魔族戦R022 裸で魔眼を持つ女

 人里離れたログハウスの女主人の正体は化物でした。

 そんな常識外れした状況が実際に発生してしまった。目の前に存在する。

 ……であれば、精神がまいってしまい、異常行動を取ってしまっても何らおかしくはない。


「どうして裸になっているんですか! はっ、まさか美人局つつもたせッ。卑劣な!」

「きっと私の可愛さに嫉妬して、多少なりとも対抗できるって自信のある体を見せ付けようとしているのね。はっ、私の美貌びぼうの前では無駄な対抗意識だわ!」

「私の体を見た最初の反応がそれかッ。そもそも、そこの妖精はどこから現れた!」


 本性を現し、蛇体となった女性は上半身裸となる異常行動を起していた。

 良い大人が良識のない。俺が心配して上着を放ってみたのだが、爪の長い手で叩き落されてしまう。


「石化の魔眼のパッシブ発動でお前を石化させないため、む無く脱いでいるだけだ!」

「石化の魔眼?」

「そうだ。私と目を合わせて恐怖したものは石となる呪いが降りかかる。……ふ、何だかんだと言いながら、人間族よ。お前は私の胸に釘付けとなり恐怖が緩和されて、石になっていないではないか」


 顔の傍に飛んできたペット妖精が白い目を向けてくる。

「人間族などに見せるには贅沢ぜいたく肢体したいだ。喰われる前にたっぷりと目に焼き付けておく事だな」

 確かに、蛇体の女の上半身はグラビアアイドルもうらや凹凸おうとつ具合だ。腰がくびれている分の肉がバストに集中しているが、下品な感じはしない。古代から伝わる女神の石像のようにとうとばれる姿だ。

「な、何て美しい」

「ふふ、そうだろう。見ておくと良い」

「で、でかい」

「ふふ、そうだろうそうだろう。……ん?」

「クソ、確かに胸から目が離せない。クソッ」

「見ろと言ったのは私だが、こうもガン見されると釈然しゃくぜんとしない」

 ペット妖精にびしばしほほを叩かれているが目線を外せない。すごい魔力だ。


あらがえない。これが魅了の呪いかっ」

「……そんな呪い、リリス様ならともかく、私は持っていないんだが」

「キーッ、大きいだけの贅肉ぜいにくよ。う、うらやんだりしないわ! 細さなら圧勝できているし!」

「……妖精ごときと張り合っているつもりはないんだが」


 ペット妖精と一緒になって頭頂部の髪が邪魔だ、羞恥心が抜け切っていないではないか、と抗議する。

 女性は胸元を腕で隠しながら身じろぎする。虫類的な細い瞳孔の目が引き気味だ。蛇の感情が目から読み取れるなんて、俺はいつの間にパーセルタングに目覚めてしまったのだろうか。

「蛇の体に石化の魔眼。お前は何者だ!」

「まだ気付かないとは。この世界でも多数の人間族を石化した私の偉大なる名前に気付かないとは」

「まさかっ?!」

 蛇が首をもたげるように、長髪を広げた女の上半身が天井近くまで上っていく。蛇の攻撃態勢だ。


「そう。私はマルデッテ・メドゥーサ。メドゥーサ族の中でも一番の戦士であり、魔王様の忠実なる幹部!」


 降りかかるがごとく、マルデッテ・メドゥーサは襲いかかってきた。

 立てられた両手の爪。そんなものでつかまれたら脱出は不可能だ。


「よし、頼んだぞ。ペット妖精!」

「へっ、私? ぎゃぁあッ」


 一瞬の判断が命取りとなる状況。

 俺は投げ易い位置にいたペット妖精を掴むと、メドゥーサの凶悪な顔面に向けて投擲する。

 山奥の注文の多そうな料理店に迷い込む出来の悪い主だろうと助ける猟犬のごとく、献身けんしん的なペット妖精がメドゥーサの顔に張り付いていて隙を作る。その間に、蛇の胴体の脇を通り抜ける。

「通り抜けたぞ!」

小癪こしゃくなッ」

「死ぬっ! 噛み付かれるッ?!」

「おい、何遊んでいるんだ。こっちに来ないと死ぬぞ」

「私の命を空き缶みたいに投げたアンタが言うなッ!」

 別に俺だけが安全な訳ではない。長い廊下を長い蛇の胴体が占有しており、逃げようとする俺を叩き付けようと荒れ狂っている。

 跳び込み前転で荒波を潜り抜ける。遅れて飛んできたペット妖精をキャッチしてリビングまで逃げ延びた。


「死ぬじゃないッ、死ぬじゃないッ!」

「協力しないと本当に死ぬからな。とりあえず玄関に行くぞ」


 室内を走り抜けていく。あせって転べばその時点でゲームオーバー。慎重になって速度を落としてもゲームオーバー。スリルしかない道行きに、心拍が痛い程に高まっていく。

 ズルズル、ズルズル、体を引きずりながら追いかけてくるメドゥーサ。足がない癖に異様に速い。ログハウスの外に出る前に追い付かれてしまうか。

 何かの手段でメドゥーサを足止めしなければ駄目だ。

 それも、普通の手段ではない。同僚であるペット妖精を投げ付けて意表を突いたのと同等の方法だ。


「命の危険を察知っ!」

「安心しろ、同じ手は二度も通じない」

「ならどうするのよ。追い付かれたら、アンタが食べられている内に逃げるから良いけど!」

「果たしてお前の飛行速度で別荘地から無事脱出できるかな」


 玄関に滑り込むと目に付いたのは二体の石像。この二人もメドゥーサに石化されてしまった可哀想な被害者なのだろう。外へと逃げ出す事叶わず、石になってしまったのだ。

 ……そんな二人なら、更なる犠牲者を出さないように身をていしても文句は言わないはずだ。石だし。


「俺は左。ペット妖精は右だ。タイミングを合わせろ」

「なるほどッ、分かったわ!」


 阿吽あうんの呼吸で二手に別れる。

 何をするのかまったく説明しなくても、俺達はバッチリとタイミングを合わせた。イタズラを生き甲斐がいにするペット妖精に対して言葉は不要である。


「外に逃げられると思ってい――なァッ?!」


 重量がピアノ以上にありそうだったが、必死に逃げようととして一本足で立っている石像ならばバランスを崩してやるのは造作もない。

 左右から倒れた石像二体。

 現れたメドゥーサの胴体へと石像が倒れ込み、押さえ付ける。あんまりなあつかいに石の顔が泣きらしていた。おのれ、許せないメドゥーサめ。


「ちょっ、同じ人間族が石になっているのに、それを使うって何っ!? 腕が折れたらどうするつもりだ!」

「お前の被害者が俺達を生かしてくれるんだ。その重さがお前の罪の重さだ! 思い知れ!」

「そうよ。名前も知らない誰かさん。アナタの名前は忘れないわ!」


 なかなかの強度で石像は破損せず、メドゥーサに対する重しとなってくれている。

 メドゥーサにとっても石像は重いようで、動けずにいる。

「さすがは私の魔眼で石化しているだけあって重い! おのれッ、待て! こんな常軌じょうきいっした手段を使って! お前等、絶対に喰ってやるぞ」

「やーい蛇女。待てと言われて待つ馬鹿はいないわ!」

「おちょくっていないで、車に早く!」

 ログハウスを脱出する俺とペット妖精。このまま無事に逃げられる。そう思っていたのだが――。




 愛車に辿たどり着いた俺は愕然がくぜんとしていた。


「あのクソ蛇女ッ! タイヤ全部潰しやがった!!」


 脱衣所にこもっている間にやられたのだろう。車高が下がっているような違和感を覚えてタイヤを確認すると、空気が抜けていた。

「凶悪犯め。修理に何万かかると思っているんだ!」

「プークスクス。私を投げるような下僕だからバチが当たって当然よね」

「逃げる手段がなくなったんだぞ。喜ぶな!」

 車という逃走手段が使えなくなってしまった。こうなると徒歩で逃げるしかないが、メドゥーサの移動速度を考えると絶望の結末しか想像できない。


「ちなみに、俺とメドゥーサが戦った場合は勝てると思うか?」

「あの蛇女。戦士と自称していただけあって、若い癖にレベルが高そうなのよね。最低でも50はあるんじゃない。まあ、瞬殺よね」

「無理なのは理解した」


 異世界の魔族と戦っても勝てるはずがない。

 携帯は相変わらず圏外のため、助けを呼ぶ事さえできない。

 ためせる手段を失って、俺達は進退しんたいきわまった。もうすぐメドゥーサが現れて俺とペット妖精は喰われてしまう。


「どうすれば生き残れる……?」


 生きたまま喰われるなど最悪の死に方に違いない。喰われて死ぬのを回避するためなら多少の不都合には目をつむるから、手段が欲しかった。


「ペット妖精。メドゥーサの石化の魔眼について教えろ」

「そのままよ。あいつの蛇目に凝視されると石になる」

「だったら、どうして俺達は石になっていない?」

「さあ。空腹で力を失っているんじゃないの? 任意で石化する力を失っている。けれども、相手を恐怖で硬直させるっていう本来の機能は失われていない」


 要約すると、メドゥーサの目を見ただけでは石にならないが、メドゥーサに恐怖しながら目を合わせると石になってしまう。

「俺達をなまで食べるための策略か。あいつが裸になっている所為で恐怖できないぞ」

「まったく。腹立たしいから恐怖を感じられないのよ」

 蛇そのもののような女だ。獰猛どうもうな性格とハンターとしての知恵を有する恐るべき魔族である。


「しかし、喰われかけている状況でも裸の所為で恐怖が薄れるって、俺も大概たいがいだな。蛇の体をした女が現れたらSAN値チェックが必須だろうに」

「まあ、私の加護で精神耐性高まっているから」

「ん、何か言ったか?」

「うふふ。何も言っていなーい」


 メドゥーサ自身も、そして石化の魔眼も恐ろしい。

 石になっても死ぬ訳ではなく、歩行者天国石化事件の被害者達は無事生還している。が、呪いが解除されるまで一年間も石になっていた者だっていたのである。眠った翌日が一年後でした、なんて現実はホラーでしかない。


「――だが、もしかすると石化こそが生存の鍵なのか?」


 思い出してみると、石像となった被害者達は手を付けられずかざられたままであった。メドゥーサに破壊されることなく放置されている。

 今もメドゥーサは石像に捕らわれていて追ってきていない。弱体化しているメドゥーサには石像を破壊するだけの力がないのか。


「石化すると喰われないし、殺されない?」


 ゲーム的に考えれば、石化した味方は戦闘不能扱いであるが、敵からのダメージはゼロとなる。

 一筋の希望が見えた気がした。本当に命が助かるかは、実践してみるまで分からない。


「……生き残るためならば敵の魔眼だろうと利用する。ペット妖精、準備を整えるぞ!」

「聞かなくても分かるわ。悪巧わるだくみね!」


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