謎石像R021 女性の正体
石像だらけのログハウスの謎。さすがに風呂に入っている状況ではないので服を着る。
「……不気味だぞ、この家」
家族に彫刻家がいたとしても異様に数が多い。そして、数が多くても脱衣所の収納にしまっておくというのは違和感が強過ぎる。
ではどういった理由があれば大量の石像で溢れるというのか。
まさか、人が石となって放置されているなどという甚だしい妄想が答えであるはずがない。
「人が石になる? 非現実的だな。そうは思わないか、ペット妖精」
「まったくよ。生物を石にするような呪い、そんじょそこらの魔族では不可能よ。どうしてもって言うのなら魔王の幹部級でも持ってきなさいっての」
「あはは、魔王の幹部ベルゼブブか」
「そうそう。あの化物じじいと同列の魔族が新世界にいる訳ないじゃない」
非常識はやめてくれとペット妖精と笑い合う。
……あれ、目の前で十センチあるかないかの非常識がホバリングしていないだろうか。ハチドリと同じような飛び方している癖にカロリー不足で衰弱死しない謎の生き物。非常識だ。
少しだけ科学全盛期の地球の常識に疑いを持ってしまったが、現時点で日本に高位の魔族は入国していない。人を石にできる化物は存在しないのだ。
「まぁ、例外としてメドゥーサがいるが」
「……はぁ!? あの蛇女が新世界にいるのっ!」
「いるにはいるが、一年以上も公表されていない施設に収監されている。厳重な管理下にいるから脱走は不可能だ。脱走できたとしてもこんな山奥にいるはずがない」
「まだ発見できないのか!?」
「どっちですか!」
「テロリストとメドゥーサ両方に決まっているだろッ」
「事件現場からの逃走ルートを洗い出していますが、未だに発見できていません!」
深夜だというのに霞ヶ関はてんやわんやと騒がしかった。
テロ事件発生から数時間、犯人グループと目される攘夷の行方どころか、被害者たる異世界の魔族、マルデッテ・メドゥーサの行方さえ掴めていない状況では仕方がないと言える。
慌しい事この上ないが、東京全体が大混乱中なので相対的には大した事はない。テロに対する都民の不安はもちろん大きく、それ以上に、警察組織の威信をかけた警戒線により日本の首都は大渋滞を起していたからだ。物流が停滞した結果、被害金額が軽く億の位に達している。朝になれば混乱が更に広がるだろう。
「なんたる大失態だッ」
「政府は自衛隊の投入を審議し始めたようです」
「他所の手など借りん! 警察組織の尻拭いは警察組織が完遂するッ。渋滞の苦情ごときで止まれるか。非常線を関東全域に拡大するんだ! 他県からも応援を呼べ!」
ホールのごとき巨大な会議室は白熱していた。
捜査に出かける者と現地から戻ってきた者で立ち代り入れ替わる。
今、会議室へと入室してきた人物は、現地でテロと遭遇した憐れな異世界入国管理局の局長だ。
「まったく、管理局の外にいても事件に巻き込まれるか」
事件現場となった高速道路。
襲撃されたのは、マルデッテ・メドゥーサを護送するために改造されたトレーラー。トレーラーを追走する護衛車両に乗っていた宝月滝子はテロを間近で目撃した。
トレーラーの前に割り込んできた車が、問答無用でRPG‐7をぶっ放してきたのである。護送対象が入っていた荷台部分は爆発炎上。宝月も肌で炎を感じたものだ。
なお、炎上した荷台の焦げ跡からはアナコンダのごとき焼死体は発見されなかった。
現場検証が開始されてから一時間後、動画共有サービスにて柱を伝って高速道路から高架下へとスルスル下りていく謎の大蛇の動画がアップロードされてから事件は更に深刻化したのである。
「到着して早速で悪いが、異世界入国管理局の局長に訊ねたい。メドゥーサはどこに向かったと思うかね?」
「可能性の話であれば。メドゥーサはRゲート側の重要人物です。自由を得たのであれば本国へ帰還しようと異世界の扉、我が管理局を目指す可能性は高いです」
宝月は黙っていたが、Rゲートのタカ派は人間を見下す傾向がある。自分を攻撃してきたテログループを敵と認識し、逆襲するために追った可能性もあるだろうと思っていた。
メドゥーサ以外のRゲートの住民が来日している記録はない。俺も審査した記憶がない。
そもそも、ログハウスには俺を出迎えてくれた外国人の女性がいたではないか。人間を石化する化物がログハウスにいるのであれば、彼女が無事である理由がない。
「……あの女が犯人だったら別よね」
ボソっとペット妖精が嫌な事を呟く。高位の魔族なら人間族に化けるぐらい朝飯前、と余計な情報まで付与してくる。
「お前はあの女性の正体が分かるって言うのか。魔法を操る異世界生物はさすがだな」
「見くびらないで! 私はいたいけな妖精なのよ。そんなの分かる訳がないじゃない!」
まあ、人には向き不向きがあるからな。ペット妖精は人間ではないが。
「だったら、ちょっとそこの窓から外に出て二階を見てきてくれ。女性の家族が眠っているのなら、ここが石像好きの家って真実が判明する」
脱衣所の窓は狭く俺の体では外に出られない。
見てこい妖精、と活躍の機会を与えてやったというのにペット妖精は首を大きく左右に振る。
「絶対に嫌よッ。最初に真実に気付いた可憐な妖精なんて死亡フラグそのものじゃない! 下僕のアンタが行きなさいよ」
「お前に頼ろうとした俺が馬鹿だった」
ペット妖精ごときに期待するだけ無駄である。審査官たる者、自分の目と耳で物事を審査しなければならない。
情報を得るためのスマートフォンは……山奥のためか圏外だ。ほとんど同じ立地の管理局もWiFi必須なので落胆したりはしない。
となれば、目の前にある石像を調査するしかないだろう。本当に人間が石になっているのならば、何か証拠の品を所持している可能性がある。
洗面台の下の収納扉にきっちり収まっているため石像は取り出せない。そもそも、重過ぎてまったく動かせなかった。
通話できないスマートフォンでも懐中電灯の役目は果たせる。俺が洗面台に潜り込んで調べるしかない。
「ねー、分かった?」
「スマフォすら持ってくれない癖に急かすなって。……お、この石像の足元に何か落ちてい――」
足の影に隠れていて分かり辛い所に持ち運びに便利そうな形状をした物体が落ちている。拾ってみると手に馴染む。
それも当たり前。この物品、名前に手が付いているのだ。
「――ハンドガンだぞ、これ。まさか本物って事は……重ッ」
見た目よりも重量がある。ガチャガチャ動かしているとグリップの下がスライドして、マガジンらしきものが見えた。当然のごとく、中にBB弾は詰まっていない。
「本物だぞこれ。警備部が持っているのと同じだ!」
「新世界の武器よねこれ。……あれ、何か私の中の使命が構造解析しろと叫んでいるような……うん、気のせい!」
ゾンビゲームでもあるまいに、どうして銃が洗面台の下に落ちていたというのか。人間石化疑惑とは別の謎が浮上してしまった。
「真実は見えないが、ここが一般人の別荘ではないのは確かだ。早々に立ち去ろう」
危険な別荘の風呂に入っていられない。本当に善意ある人だったのかもしれないが異様な不安が付き纏うので退散しよう。
脱衣所の鍵を開けて廊下に出る。
「――あ、丁度あがられたのですね。湯加減は良かったかしら?」
廊下に出た途端だ。女性の声に背後から呼び止められてしまう。
「ふふっ。塩は備蓄がなかったので諦めましたわ」
ズルズル。
ズルズル。ズルズル。
ズルズル。ズルズル。ズルズル。何か長い胴体が這い寄ってくる異音が聞こえてくる。
体は……まだ石になっていないが、緊張で体がうまく動かせない。だったらこのまま振り向かずに全力で廊下を走り、外へ逃げるべきなのだろう。
けれども、人の興味というものは尽きないものらしい。きっと掃除機を引きずっているだけというツマラナイ真実が待っているだけだというのに、病的な興味が止まない。
だから、ズルズルと近付く女性の正体を知りたくて。
つい、錆び付いたぎこちない動きで背後へと振り向いてしまう。
「私はお腹が空いているので、赤い血が滴る素材そのものの味でも満足できるでしょうから!」
そこにいたのは、蛇。
巨大なる、蛇。
人間と同等の胴体を有する大蛇だ。上半身こそ女性の形を保っているが、腰の部分から下が一本の長い異形へと変わり果てていた。
鱗がLED照明で照り付く。
尾は長く、廊下を抜けてリビングまで続く。
何も身に付けていない上半身は変温生物の特性によってか異常に白い。そしてその胸は、妖艶な程に豊満。
「……ち、痴女よ!? 裸の痴女がエンカウントしてきたわッ」
「ひぃ、蛇の姿をした人が俺を襲おうとしているぞ!? 裸で!」
「裸、裸言うなッ!!」
 




