別荘地R020 注文のないログハウス
テロ事件の発生により帰宅路が警察に封鎖されてしまった。帰るに帰れない状況であるが、検問近くに残っているのも微妙な選択である。
助手席にあるお菓子の空き缶へと目線を移す。これは……駄目な奴だ。警察に検められると面倒な事になるので道を引き返すしかない。
お仕事頑張ってください、と深夜も働く警察の方々に別れを告げて検問を離れた。
「とはいえ、これから街まで戻っても宿泊できるか不安だな」
また街まで二時間かけて移動すると深夜一時を越えてしまう。ホテルであっても営業時間外だ。チェックインできたとしても、出勤時間に戻ってくるつもりなら睡眠時間は微々たるものとなってしまうだろう。
だからといって道の途中で車中泊というのも避けたい。真冬にはまだ早いが深夜は十分に寒くなっている。毛布の用意がない状況で一夜を過すと死にはしなくても風邪をひく。固い座席では腰も痛めそうだ。
街までの道中で宿泊できる場所があれば好都合なのだが、そんな場所に心当たりはなかった。
「山小屋でもあれば……んっ、あんな場所に光が?」
微かにであるが山中に光が見えた。その場所へと通じていそうな細い脇道も発見する。草木が道に張り出しているので、こういう時でもなければ気にせず素通りしていた。
テレビで紹介されるような人里外れた場所の一軒屋だろうか。
赤の他人に泊まらせてくれと頼むのは難しい。が、せめて毛布一枚貸してもらえないか交渉してみる。駄目元だ。
ウィンカーを出して、脇道へと向けてハンドルを切る。
光に近付くと、なかなか立派なログハウスが建っていた。光ってはいないが同様の建物が点在している。どうやらここは別荘地のようである。
点灯しっぱなしの門灯に導かれてログハウスへと近付き、道端に車を止める。
ログハウスの駐車場にはワゴン車が二台止まっていた。人がいるのは間違いなさそうだ。
車を出て階段付きの玄関を目指す。人が訪ねるには不適切な時間帯であるが、無礼を承知でチャイムを鳴らすしかない。
「うおっ!? ……驚いた。石像か」
階段の左右に気配があって思わず足を急制動させる。
そこにあったのは、精巧な作りの石像だ。
ライオンや狛犬が階段の左右に並んでいるのではない。人間の石像がある。それも、ログハウスに背を向けて倒れていく瞬間、それを切り取ったかのごときポーズをしている。
顔の形、口の開き具合まで細かく作られており金はかかっていそうだが、悪趣味な印象を受けてしまう。
気にはなるが、恐怖に引きつって硬直した石像から目を離す。そのまま階段を上がった。
一呼吸置いてからチャイムを鳴らす。
「夜分すいません。少しお時間よろしいでしょうか」
部屋の明かりは点いていたが遅い時間だ。眠っていたり寝巻きに着替えていたりで時間がかかるのは仕方がない。
居留守されたのだろうなと諦めるぐらいに時間が過ぎた頃、少しだけ玄関の扉が開かれる。隙間から、女性の声で訊ねられる。
「……どちら様ですか?」
「私は山向こうの異世界入国管理局に勤めている者です。誠に申し訳ないのですが、事情によって管理局に戻れなくなってしまいまして。車内で一夜を過すにも用意がなく。厚かましい願いですが、毛布をお借りできないでしょうか?」
見ず知らずの旅人を温かく迎え入れていた時代は疾うの昔に過ぎ去った。
昨今は余所者の多くが悪意ある人物であると疑い、避けるのが王道とされている。自己責任という言葉に彩られた社会の常識に染まると、他人に優しくする前に自分を守る最善策しか採択できなくなってしまい物寂しいものである。
ほぼ間違いなく断られるだろうと予感していたのだが……ドアが大きく開かれて中の女性が顔を見せてくれた。
「まあ、それはいけません。寒い中を外で過すのは辛いでしょう」
床についてしまいそうなぐらいに長い髪を持つ女性が、にっこりと笑って俺を招いてくれる。
アッシュブロンドの髪に外国人的な造形の顔立ち。確実に日本人ではない。どことは言わないが豊満で、しかし腰は括れている。実に魅力的な成人女性だ。
サイズのやや合っていないセーターとズボンとラフな格好。眠る前のプライベートな時間を楽しんでいたのだろう。
「さあ、お入りくださいな」
けれども、女性は他人の俺を受け入れてくれる。日本語は随分と堪能そうだ。
ログハウスへと心温かく招待されたが、その前に忘れ物を取りに車に戻る。
「親切な人が泊めてくれそうだが、さて、ペット妖精。脱走の反省は十分済んだか?」
「うええぇ、気持ち悪いぃ」
「初めてのドライブだというのに、密閉空間にいたから車酔いしたか。それで、もう二度と脱走しないよな?」
「Nuts!」
「威勢の良い答えだ。……十一月の車内で凍え死ね」
「反省したっ! たった今、反省したわ。お願い、連れて行ってぇぇ」
空き缶の中から管理局から脱走を図った愚かな妖精を発掘する。何度も言い聞かせていたというのに日本へ向かおうとする妖精など凍死させてしまっても良心は痛まない。
とはいえ、俺の車内で死なれると事後処理が色々面倒だ。
しぶしぶと首根っこを摘んで持ち上げる。肩かけカバンの中で大人しくしているように言って放り込んだ。
ログハウスに入るとニコやかな外国人の女性が俺を迎え入れてくれた。
それは嬉しかったのだが……仁王像のごとく、何故か女性の左右に立っているリアルな表情の石像。
「ノルウェーにいる父の作品なのですよ。良い表情でしょう」
「えっ。ええ……、まるで本物みたいです」
題名は「外に逃げたい」だろうか。石像を何体も飾っているなんて随分とお金持ちなのですね、と世間話を挟みつつリビングへと移動する。
「外に車が複数止まっていましたが、ご家族と泊まられているのですか?」
「はい。家族は二階で眠ってしまっているのでお静かにお願いします」
「家族団欒の旅行中だったのでは悪いですね。やはり、毛布だけお貸しいただければ」
「そんなっ、遠慮はいりませんわ。まあ、夕食を食べていない? それはいけません! 血の巡りが悪くなってしまいます。確か夕食の残りがあったはず」
女性にぐいぐい案内されたリビングは明るく温かい。心が落ち着く。キッチンと対面式のよくある間取りであるが、天井が吹き抜けでかなり広く感じる。
部屋に相応しく、壁掛けテレビも大画面だ。
“――テロ事件について続報です。
犯行グループは現在も見付かっておらず、警察による捜索が続いています。なお、犯行グループのターゲットとなった警察の護送車にいたのは、歩行者天国石化事件で裁判中の容疑者、マルデッ――”
「ごめんなさい。食事中はテレビを消す習慣なのよ」
「スープですか。ありがとうございます」
まだテロ事件は解決していないようだ。やはり今夜の帰宅は難しい。
出されたスープをありがたくいただく。うん、絶対に言語化しないが粉末スープだな、これ。
「まあ、こんな時間まで食べずにいたなんて。随分とお忙しい仕事なのですね」
「私用で街まで下りていたので。ここからだと遠いですから」
「そうそう、ここは山奥ですものね。周りに人が誰も住んでいないから、きっと、何が起きても助けは呼べませんもの――」
対面席に座った女性から強く視線を感じるため、なかなかスープを飲み干せない。
ちらりと目を向けると女性は微笑んでいるのだが、目を離した途端に妙なプレッシャーを感じ取ってしまう。どうしてか分からないが、自分が蛙に変化してしまった気分に陥ってしまう。
まったく意味が分からない。
「……うーん、何か不気味な気配が」
ふと、カバンの中からペット妖精が顔を出してきた。
目前には女性がいる。妖精を管理局外に出したと疑われてしまうではないか。
素早くスマートフォンを取り出し、着信があったと誤魔化す。そのままテーブルの影へと屈み、ペット妖精の無用心を諌めた。
「おい、一般人が目の前にいるんだぞ」
「まだ酔っていて、いまいち分からないけど、この家から妙な気配がするのよね」
「はっきりしないな。ともかく、今は黙っていてくれ」
突然の電話で失礼しましたと女性に謝罪する。北欧系らしき女性は作った笑顔を絶やしていなかった。
世間話の合間にスープを飲み干すと、次に入浴を勧められる。
「そうだわ。お風呂はいかがです? 体を綺麗にしていないと」
流石に他人の家で風呂まで借りるのは抵抗があったので辞退したかったのだが、女性は強引だ。背中を強い力で押されて、流されるがままに脱衣所まで案内されてしまう。
「いえ、そこまでお世話になるのはっ」
「まぁまぁ。遠慮しないで」
風呂場の途中、廊下の奥にもちらりと石像が見えた。
誰もが背を向けて、この家から必死に逃げようとしている途中のポーズで固まっている。
「やっぱり魔性の気配がするのよね。新世界にも魔族がいるの?」
「日本の場合は魔族ではなく妖怪だな」
「――ってッ、私の前で服脱ぐんじゃないわよっ。きゃあ! 私が可愛いのが罪なのね!?」
馬鹿な妖精は風呂に服を着たまま入るというのか。脱衣所は服を脱ぐための部屋だというのに、そんな事さえ理解できないらしい。
お前も服を脱げ、とペット妖精の服を引っ張っていると何故か抵抗される。残像しか見えないぐらい必死に半透明な羽根を羽ばたかせて、俺から逃げようとした。
「他人の家の風呂に服着たまま入るなんて許さないぞ」
「常識語るならもっと最初に考えるべきものがあるでしょ!? 男女で一緒に風呂入るつもり!」
「男は俺だな。……女は、はて??」
「こ、こいつッ。私を動物のメスとしてしか認識していないわ?! この、失礼極まりない新世界人がッ。私の服を離して! うぎゃああァッ!!」
限界まで伸ばされたペット妖精のワンピース。千切れしまうと縫うのが手間なので指を離すと、スリングショットよろしくペット妖精は直線的に飛んでいく。
「あうッ?!」
飛んでいった先は洗面台の下の余剰スペース。洗剤やバスタオルをしまっておく場所だと思うのだが、ペット妖精の頭突きで扉をオープンさせてしまった。
中から雪崩のように物が落ちてくる程の一撃だ。粗相が家主にばれてしまわないかと顔を青ざめる俺であったが……その心配はなくなる。
収納扉の向こう側には……恐怖に顔を歪ませた人間しか入っていなかったからである。
人が洗面台の下に隠れていた。
違う。
ゾッと背筋が凍る程に精巧な石像が、泣き腫らした顔をしながら隠れていただけだ。まるで隠れていた所を、凶悪な存在に発見されてしまった瞬間の静止画。恐るべき相手から逃れられなかった被害者の末路である。
「……分かったぞ。家の中に石像が多過ぎて、ここに片付けたんだな!」
「このぴったりフィットで外に出せない石像が?」
その女性は笑顔だった。笑顔になるしかなかった。
うっかり全員を石化させてしまい生の食料がなくなってしまったと残念がっていたところに、なんと憐れな食材がやってきたのである。どうして喜ばずにいられるだろうか。肉の固い成人男性なのは残念であるが、そこまでの贅沢は言っていられない。
現在は調理前の洗浄を、食材自らの手で行ってもらっている最中だ。
洗浄が終われば、いよいよ調理開始となる。
今度は間違って石化させないように、十分に注意しなければならない。
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▼魔眼ナンバーR020、石化の魔眼
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“魔眼の代表格にして至高の一品。
恐怖に怯えて固まった獲物の様子を拡大解釈し、目視した対象を石にする呪いにまで発展した。
魔眼所持者と目を合わせた者を恐怖により石化させるパッシブ発動と、魔眼で視認したすべてを石化させるアクティブ発動の二種類がある。
本スキル所持者は弱体化しているため、パッシブ発動しかできない状態”
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「……そうだった。どうやって自分で塩を体に揉み込んでもらおうかしら?」
長い髪が不自然に広がっている。まるでキングコブラのフードだ。
女性は酷く長い舌を伸ばす。
爬虫類そのものの、縦長の瞳孔からは感情を読み取り難いはずなのに、今は喜んでいると悟れる。




