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密輸品L002 薬草


「はい、次の方。こちらにどうぞ!」


 日本の主要玄関口たる羽田や成田と比べると、異世界入国管理局の利用者数は極端に少ない。異世界への訪問は日本と異世界側両方の同意があって初めて実現するため、審査がかなりきびしいのである。

 異世界への扉は贅沢ぜいたくにも二つあるので、審査が甘い方を選べば良いのではないかという意見もある。が、Lゲート側――通称、光の扉――は相手側が、Rゲート側――通称、闇の扉――は日本側の審査が厳しいので一長一短だ。異世界旅行は楽ではない。下手をすると命にかかわるのは、まあ、地球も同じなので自己責任である。

 そういう訳で、我々、管理局の仕事の忙しさは異世界情勢にかなり影響される。最近はLゲート側の大攻勢期間中なのか、防衛に忙しいRゲート側からの通行が途絶えている。

 そのため、今日も入国審査はLゲートの帰国者ばかりだ。


「ノーノルからのお帰りでしたか。手荷物はこちらのカバンだけですか?」

「ええ、私物は。そっちのケースは研究用に採取した薬草だから、慎重にお願いするわ」


 今日の午前最後の入国者は三十代女性。Lゲートから程近い長閑のどかな農業国、ノーノルを五日巡ってから日本に戻って来た人物である。異世界行動はツアーが基本なので、女性の前にも同じツアー参加者を審査していた。

 女性の異世界旅行目的は、異世界にしかない貴重な薬草のサンプル回収である。

 研究活動であっても日本への異物持ち込みは制約が多いが、全面禁止されている訳ではない。少しずつ世界間で協力が始まっている。


「ちょっとっ! 慎重にって言ったでしょう!」


 やや神経質なところが研究者っぽい。

 怒られながら、重要物が入っていますよ感しかないジュラルミン製のケースを開いて、中身の審査を開始する。公的な研究活動のため、今回持ち込み可能な薬草の種類、グラムは厳格に決まっていた。

 ちなみに、ケースの中は案外スカスカだ。袋詰めされたほうれん草108円みたいなのが三袋あるだけである。


「こっちがアケロケロ草、HP2《ざっくり傷》ならすっきり治ります? こっちはアケロロケ草、異常状態火傷(小)《小さな火傷》ならすぅーっと治ります?」


 これが、公的な研究活動か。

 書類にはフレーバーなテキストが添付されているだけで、薬草の見分け方についてまったく記述が存在しない。テキストも妙な異世界用語が多くて日本語訳がうまくできていなかった。

 異世界入国審査のプロ――勤務歴半年――としては恥ずかしいが、気候、生態系、文化が余さず異なる異物すべてを審査するのは酷く困難だ。審査するための前提知識が完全に不足してしまっている。

 ほうれん草のパッケージを手に取って、首をひねる。

「アロケケロ草? いや、ケアロケロ草??」

 いちおう、異世界側にも管理局は存在する。

 向こうの審査を受けて入ってきた薬草なので、日本側が素通りさせても世界間問題に発展はしないだろう。……いやいや、仕事なので適当な事は許されない。

 あー、ほうれん草のおひたし食べたい。


「はっ! そんな初歩的な薬草知識もなくて、入国審査官がつとまるなんて!」


 審査に手間取っていたからだろう。帰国者の女性が俺の精神力をためしてくる台詞せりふきやがった。

 相手は異世界帰りの女だ。長旅で疲れているのは間違いないので、失礼な言動ぐらいスルーする。


「時間の無駄よ。入国審査官ごときが見たって分かるものじゃないわ。その薬草はね、地球の常識を塗り替える偉大な発見に繋がる鍵なのよ。医療分野が確実に百年は進歩する。お分かり? 早く通しなさい」


 固い床を靴底でコツコツ叩き、女は俺を威嚇いかくしてくる。

 どうして、この女は異世界で行方不明になってくれなかったのだろうか、ゴブリンさん。きっと魔族だってこんな女とはかかわりたくなかったに違いない。

 ただ、何となく違和感を覚える。

 かされているのは俺の方なのだが、あせっているのは女の方のような。何故だろう。


「もう、早くしてよっ!」


 理不尽な物言いをされるのは慣れている。それが異世界入国審査官の仕事というものだ。命の危険のない人物なら楽なものである。前局長、治療が進んでいると良いのだけど。

 俺は女に構わず、冷静に薬草とにらめっこを続けた。

 仕事中の俺を動じさせるのは何人たりとも不可能だ。


「プーッ、クスクス! 草を見ながら怒られて、草生える! その程度の薬草の見分けも付かないなんて入国審査官の名折れね。頭を柱にぶつけて、たんこぶ治った方がアケロケロ草だからためしてみたら??」


 だが、仕事外からの嘲笑ちょうしょうについては我慢ならない。


「そこのクソ妖精がッ! 入国審査官にめてかかると、針でいつけて標本にするぞッ! コラァ!」


 ビク、と肩をすくませる帰国女性に「失礼」と一言だけ残して、俺は後ろへと振り向く。

 背後には鳥かごが置いてある。鳥かごの中には、水平棒に腰かけ腹をかかえて笑うクソ妖精。

 つい、仕事を馬鹿にされて怒りが沸点を超えてしまったが、相手は所詮、目算十センチ前後の小動物。モルモットサイズの脳しか持たないあわれな存在だ。

 一気にまくし立てたい気持ちを深呼吸で押さえ込み、冷静に協力を願い出る。


「ごほん、ペット妖精」

「私の名前はペネトリット様よ。いい加減覚えて!」

「どこが故郷なのか思い出せず、未だに鳥かごがお住いの妖精さん。俺は仕事中なので黙っていてくれませんか?」

「いやよ。私が暇なの!」


 以前、押収した密輸品たるこの妖精は、どこから密輸されたのか分かっておらず異世界に返品できていない。

 仕方なく休憩室のすみに置いて飼っているのだが、誰もいない部屋にずっと放置していると泣きわめいてうるさいのだ。うるさいだけならまだしも、逃げ出そうとして鳥かごを無理やりひっくり返し、飲み水をひっくり返してずぶれとなり、更に大泣きするのだ。

 見かねた後輩に「先輩、余りにもアレなので、アレどうにかしてください」と言われて、しぶしぶ仕事場に連れてきている。

 人が近くにいると落ち着くようなのだが、今度は近くの人をおちょくってくるので精神がきたえられる。

我侭わがまま言うとトイレの砂を交換してやらないぞ?」

「馬鹿言わないで。妖精はトイレしないわ!」

 妖精の生態は未だに分かっていない。今のところはミネラルウォーターだけで元気一杯にさわいでいる。


「ぷぷぷーっ。アケロケロ草とアケロロケ草の見分けも付かなくて怒られて滑稽こっけいだわー! 人間族の子供でも分かるのにー、クスクス!」


 自分でひっくり返した水にかるような馬鹿な妖精に馬鹿にされてしまった。一斗缶で脳天を殴られたかのごとく項垂うなだれた。少々以上に審査官としてのプライドが傷付く。

 だが、よく考えてみよう。

 異世界生物たるペット妖精が、異世界の薬草にくわしくても特に不思議ではない。むしろ当たり前の事ではなかろうか。


「それにっ。明らかに違う、高効能のリーリエ草が一つ混じっていて分からないなんて、ぷぷ! 節穴ふしあなにも限度があるわ! 笑い死にさせないでよ」


 妖精は様々な種類があり、種類によって生息域は大きく異なるが……ペット妖精は森の奥に住むタイプの純妖精の可能性が高い。だから異世界の植物については、異世界の実存を知ったばかりの日本人以上の知識があって当然だ。

 異世界入国管理局は設立されて日が浅い。マニュアルは薄く、職員の経験は不足がち。

 おつむの足りないペット妖精でも、利用できるのなら利用するしかないのが実情だった。


「リーリエ草? このほうれん草の事か??」

「ほうれん草なんて知らないけど、リーリエ草はそれ。そう、それ。HP100回復だから弱い人間族には勿体もったい無い効能よ!」


==========

 ▼密輸品ナンバーL002、リーリエ草

==========

“人の手が入らない森の奥深くにしか生えない薬草。

 そのまませんじて傷にすり込むだけでも、HP100分の回復が見込める。中級ポーションに加工すれば効能が高まる。


 ほうれん草に似ていなくもない。


 手に入りにくい薬草の中では比較的入手が容易いが、群生地は森林同盟が管理しているため政治的に入手が難しい”

==========


 提出された書類にはリーリエ草などっていない。そもそも世界間条約では、異世界から日本に持ち込み可能な薬草には制約がもうけられている。高効能の薬草の持ち込みが許されるだろうか。

 鳥かごから目線を外す。

 百八十度回転して、女性研究者の顔を見た。彼女のひたいには汗が浮かんでいる。


「さて、詳細をきましょうか?」


 俺は笑顔で審査を続行する。

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