勾留所R019 特殊犯マルデッテ・メドゥーサ
日本人疑惑のあるユーコ準騎士について、カイオン騎士に一旦任せる事になった。本人が否定している状態で異世界入国管理局が強制保護したとしても良い結果にはならない。
何よりユーコ準騎士が騎士団に所属しているのも問題だった。異世界の騎士階級の人間を事前交渉なく身柄を拘束してしまうと、世界間問題に発展する。最悪、戦争だ。せっかくカイオン騎士という異世界側の協力者がいる状況で強攻策を採択すべきではない。
「私も現段階での強制保護は反対だ。そもそも、本当に日本人であるのか確定していないのだろう?」
「審査官として自分が審査しましたよ、局長?」
「お前のアクロバットな方法をどう上に報告しろと言うのだ……」
「上司が部下を酷評する件について」
「別に評価していないとは言っていないだろうに」
社会人のほうれん草に従い局長に報告を行ったが、やはり現段階では能動的な行動をしないとの判断であった。
「本当に日本人だったとしても居場所が判明しているのであれば急ぐ必要性はない。外交的な方法だってあるだろう。ただし、状況によっては介入する。随時報告を怠るな」
「はっ」
俺の報告を聞いた局長は忙しく席を立つ。コートとキャスター付きカバンを持っているので、いつも通り出張だろう。
「本日は都内でしたっけ?」
「懸案事項はLゲート側だけではないからな。明日まで戻らない予定だから、後は任せたぞ」
異世界入国管理局の局長は外回りで大変だ。ブースの中で黙々と審査するだけの審査官と比較すれば多忙であった。
「局長は本当に大変ですね」
「……発足から何人も再起不能者が出ている部署の人間に言われてもな」
異世界入国管理局の局長が直接足を運ぶ理由。
時には特異稀なる職場の必要性をアピールする事だったり、時には異世界との外交を進める上でのオブザーバーだったり、また、時には管理局内でのテロ事件の証人尋問だったり、日によってまちまちだ。
今回、局長の宝月滝子が出張した先はある勾留所である。都内某所に急造された特殊犯専用の建物であり、一般には公表されていない。
「マルデッテ・メドゥーサの護送を、この時期に?」
「この大事な時期だからこそだ。歩行者天国石化事件の容疑者、マルデッテ・メドゥーサの身柄返還はRゲート側との外交における重要なカードとなる。ゆえに彼女の身柄は安全でなければならない。が」
「我が管理局でのテロ事件を受けて再調査した結果、この場所が外部に漏れている可能性が出たと?」
「そういう事だ。公安からも攘夷が武器を入手していると警告を受けている。テロリストの襲撃目標になりえる異世界の重罪人を移動させるに足る理由だろう」
宝月は特殊留置所の責任者らしき男と共に窓のない廊下を進んだ。
コンクリート剥き出しの暗く冷たい一本道が続く。かと思えば、フロアごとにセキュリティチェックポイントが設けられており、ノブのない鉄扉や鉄格子が行く手を遮る。カードや生体照合を行わなければ次に進めない。
階段を下ったので、目的地は地下にあるのだろう。
重犯罪者を拘束する最奥の留置所。そこに隣接する部屋に宝月は案内される。
「移動に関してのリスクは?」
「ここと同様の施設は既に用意してある。専用の護送車両はダミーも含めて三台手配した。まったく、こいつは金のかかる女だよ」
冷蔵庫のように肌寒く冷やされた牢獄。変温動物に類似した特徴を持つ獄中者の肉体を鈍らせるための機能だろうが、牢獄最大の特徴ではない。
天井も床も、当然壁さえもすべて鏡張りされた万華鏡のごとき部屋の中に、全長八メートルの女がとぐろを巻いて眠っている。
下半身は大蛇、上半身は綺麗な長髪の女。いわゆる蛇体が現実のものとして存在する。
そう認識した宝月がぎょっと身を竦ませると、マジックミラー越しだというのに獄中の女が片目の瞼を開いて一瞥してくる。感情のない爬虫類の瞳孔に背筋を凍らせた。
「室内温度を四度に保っている限り暴れる心配はない。石化能力は健在だが、鏡の中にいる状態であれば自滅する。それが分かっているからマルデッテ・メドゥーサは大人しくしているのだ」
異世界と常に接する異世界入国管理局。その長として宝月は魔族の扱いについてアドバイスを求められたが特に言う事はなかった。異世界の魔族などという特殊犯に対し、警察の対応は実に現実的だ。マルデッテ・メドゥーサの勾留は完璧と言えるだろう。
これならRゲート側との外交交渉が終わるまで、自力での脱出は不可能である。
「護送は本日十八時より開始する予定だ。徹夜作業となって申し訳ないが管理局には立会い願いたい」
「承知した」
長い夜になると確信し、もう一度だけ護送対象の魔族を睨んだ宝月は地上へと戻っていく。
“――速報です。
先程、都内某所で警察車両を狙ったテロ事件が発生しました。爆発音や炎が上がったという情報があります。近隣住民は決して近付かないでください。攘夷がネット上で犯行声明文を発表しており、警察は主要施設への通行を全面封鎖し――”
異世界入国管理局に勤める上で一番の不便は日々の買物だ――局長などは業務そのものが異端だというだろうが、職員達にとっては慣れた日常なので大した事はない。
異世界ゲートは動かせるものではないので仕方がないが、辺鄙な山奥にあるため周囲に何もない。日用品を買うだけでも車で片道二時間かかってしまう。管理局内のコンビニは品揃え豊富であるものの、すべてを賄っている訳ではない。
それゆえ、管理局に併設される職員寮に住んでいる者が平日に買物するためには、終業直後に出発するしかない。それでも職員寮に戻れるのは夜の十時頃になってしまうのだが。
「まさか洗濯洗剤がなくなっていたなんて。お陰で随分と時間がかかってしまったな」
カーブ続きの山道を走りながら愚痴る。時刻は既に夜十一時近い。
買物に出かけると伝えると同僚のみならず他の部署からも次々と買出しを頼まれてしまい、随分と時間がかかってしまった。人里外れた管理局では持ちつ持たれつの精神が大事である。大量の頼み事をこなした結果、後部座席には大きめの買物袋が四つも鎮座してしまっている。
「後輩はオーロラドレッシング。警備部からは酒とタバコ」
帰り道なので買い忘れがあっても遅いが、いちおう、買った物と頼まれた物を頭の中で比較していく。
「ペット妖精からは……この空き缶を外に捨ててくださいだったか。ふむ」
助手席にあるのはお菓子が入っていた空き缶である。特に変哲はないものの、蓋の部分に小さな空気穴が数個開いている。手作り感が強い。
「ははは、ペット妖精には忘れていたと後で伝えよう」
大事な預かり物なのでしっかりと蓋が開かないようにテープで固定し、シートベルトで助手席に座らせている。出発当初、中から「ねえ、ついた?」「まだなの?」「というか気持ち悪くなっていたのだけど」「おえぇ、出して出して」と声が聞こえた気がするが、管理局外に妖精が出るのは違法であり禁止されている。まさか、中にペット妖精がいるはずがないので、気のせいで間違いない。
管理局までもう少しといったところで、ふと、道路が急に明るくなる。
複数の警察車両が道を塞いでおり、銃こそ持っていないが防弾ジャケットやジュラルミン製盾を構えた多数の警察官が検問していた。
「何かありましたか?」
「テロ事件が発生したため、異世界入国管理局への通行は全面禁止されている」
「管理局の職員でも駄目ですか?」
「前回管理局はテロの標的になっている。職員であっても例外はない」
傍迷惑なテロの所為で職員寮に帰れなくなってしまった。
今日の夜は長くなりそうだ。




