交流会L018 アー・ユー・フロム?
「ユーコ準騎士が行方不明の日本人なら今すぐにでも保護可能ですが?」
「話がややこしい事に、本人にその自覚がない」
「……どういう事です??」
後頭部を大きな手で乱暴にかいて溜息を付くカイオン騎士。なぜ彼が遠回しに審査官へと助力を求めてきたのか。その事情が明らかになる。
「自分をグラザベール人だと信じ切っている。孤児出身で、自分を育ててくれたのは光の信徒の教会だとな」
「本人がそう言っているのに、カイオン騎士が否定する理由が分かりません。嘘を付く理由はない気はします」
「普通はそうだな。が、実は闇の勢力と戦っている最中に、俺は一度だけユーコ準騎士と出会っている。あの頃は俺もそこいらの一兵卒だった」
日本なる聞いた事のない国に帰りたいと言っていた少女が、次に会った時には全然違う事を喋っていた。人違いを疑ったが、少女の方もかつてカイオン騎士と会った事があるというのだから同一人物で間違いない。
これは、少女に虚言癖があると考えるしかないだろうが、カイオン騎士はそう思わないようだ。
「ストレス下にある戦場での話題作り、創作だった可能性は?」
「そう言われると言い返せないんだが。当時はまだ新世界は知れ渡っていない。だから、どうにも引っかかっている」
レスラーみたいな見た目の癖に細かな性格をしているようだ。肯定的に言うと、多少でも縁のある相手の面倒を見てしまう人なのだろう。
「カイオン騎士はつまり、審査官の自分にユーコ準騎士が嘘をついている、あるいは、嘘を言わされている理由をそれとなく調べて欲しいと」
「そこまでは言わん。ただ、ユーコ準騎士が本物の新世界人なのかを判別してもらいたい。こればかりは新世界人にしか頼めないし、分からないからな」
ユーコ準騎士が日本人と確定できなければ何も進められない。
新世界人の知り合いがいないカイオン騎士が頼れる相手は、こうして顔を見合わせている俺ぐらいなものだったのだろう。
異世界人の頼みを毎回聞いていたら業務が進まない。断っても問題にはならない話だ。
……とはいえ、オーケアノスの騎士と縁を結べるのであれば悪くない。ユーコ準騎士が本当に日本人だとすれば審査官としても見過ごせない。
ただし、嘘発見器やDNA鑑定といった専門的な手法を用いる段階ではないだろう。まずは簡易な方法で確認してみようではないか。
「分かりました。少しの時間で良いのでユーコ準騎士と話せますか?」
「ああ、よろしく頼む」
ユーコ準騎士が異世界人か日本人か審査する。相手が正直者なのか嘘つきなのか分からない状態で細かく質問しても意味がない。
そこで、日本人ならば必ずリアクションを取る状況を作り出して、ユーコ準騎士の反応から出身を確定する手法を採用した。
多少の準備を経て、応接間に三つ編み髪のユーコ準騎士が到着する。
「新世界人と食事を? 任務を達成したのであれば早々に戻るべきではないでしょうか、カイオン騎士」
「そう固い事を言うな。今後は新世界人と密なる連携をするべく、現場レベルでの交流が必要となってくる。こうキケロ司祭が言っていたではないか」
「キケロ司祭が……分かりました。ご相伴にあがりましょう」
カイオン騎士がうまくユーコ準騎士を誘導して席に着かせた。客たる二人は上座であるが、無用心なものである。応接間の奥側では簡単に逃げられないぞ。
「本日は世界間交流に相応しい料理を用意しました。食を通じて、お互いを深く知る事ができれば幸いです」
対して下座にはいつもの審査官メンバー。俺、ペット妖精、後輩。
ホテルのルームサービスよろしくキャスター付きの台座で運び入れた食事。管理局内のコンビニで用意したものなので高級品ではない。
「前菜、海藻サラダです」
「うむ。新世界人は海藻を食べるのだな」
「そのようです」
食べられる物ではないと思っていた物を食べるというカルチャーショックは表情に出易い。
海藻は日本人とっては親しみある食材であるが、世界的には珍しい分類に入る。それは異世界でも同様。ゆえに味わった瞬間の表情に注目する。
「しょっぱくはないが妙な食感だ。ユーコ準騎士はどう思う?」
「別世界の珍しい食事だと思います」
ユーコ準騎士の表情は落ち着いていた。
使い捨てのプラスチックフォークですくい上げ、海藻サラダをゆっくりと噛み締めているカイオン騎士ぐらいに分かり易い反応を見せるでもなく、割り箸を使って一定間隔で食べ続けている。好んでいるようにも嫌がっているようにも見えない。
「……流石に分かりませんね、先輩」
「ああ。生の海藻を消化できるのは日本人だけって学説があるからと言って、食べられない訳ではないからな」
「アンタ達って海藻まで食べるの? そんなに貧しいのなら、お金貸すけど……」
ユーコ準騎士は感情を表に出さないタイプのようで、読み取るのに苦労しそうだ。ケチ臭く一円玉を差し出そうとするペット妖精の心も意味不明でまったく読み取れない。
海藻サラダは軽いジャブなので、拘らず二品目を投入する。
「シラスのおにぎりです。具は梅とワサビとなっております」
二品目は、少し手を加えたおにぎりだ。シラスを混ぜ込んだ事により食べ応えが増しており、栄養価も高まっている。味が単調にならないように梅とワサビのペーストを中心に握り込んだ。
「先輩は料理もできる人だったんですね。美味しそう」
後輩の反応は上々である。お昼時という事もあって、掴み取った一つをあっと言う間に食べ終えた。満足気な顔をしているので味も及第点以上の出来だったのだろう。
だが、同じ席に付く一番大きい男と一番小さい女の動きが鈍い。
「……小さな無数の目が見えているが、食べ物であっているのか?」
「この黒いの何? ……え、海苔? 海藻好きねぇ」
カイオン騎士は図体大きい癖にシラスの目に怯えた表情を見せて、なかなか手を伸ばそうとしない。
ペット妖精も食べるのを躊躇っていた。小言を言って、ようやくパクりと食べたかと思うと、全身を微振動させて仰向けに倒れ込んでいく。
「酸っぱァ?! 辛ァっ!?」
梅の酸味に襲われている最中だというのに、鼻の奥を直撃するワサビ特有の可燃性清涼感にも襲われる。その結果、ペット妖精は白目となり気絶してしまった。意識がなくなっても上下に動く羽はこの場から逃げたいという本能を表しているのか。
「さあ、この通り、気絶する程に美味なので」
「とてもそうは見えないが、う、うむぅ……」
ペット妖精に続いておにぎりを口に入れたカイオン騎士。渋面を作るだけで味についての感想はなかった。なかなか口の中の物を飲み込めていないので仕方がない。
日本人と異世界人で反応がかけ離れてしまった二品目。この料理ならばユーコ準騎士の出身を推し量れるだろう。
気絶したペット妖精以外が見守る中、ユーコ準騎士はおにぎりを一口食べる。
……続けて二口。三口。食べるのが続く。
「特に不味い訳ではありませんね。私には味が薄い」
食べ終わってからの感想通り、ユーコ準騎士に目立った反応はなかった。
日本に来た外国旅行者が苦慮する具材をミックスして挑んだとはいえ、人が食べる域に収まった料理なので我慢できたのかもしれない。審査失敗だ。
「どうしましょう、先輩?」
「少し大人しくし過ぎたか。こうなったら三品目はドラスティックにやるしかない。あの能面を苦痛と悲劇で歪ませてやる」
「――精霊活動低下。偽装人格の反応途絶により、緊急リブートを実施し――」
「ぶつぶつ言っていないで起きろ、ペット妖精。お前のリアクションが良い食材を厳選しなければ勝機はない。起きろ!」
「――はっ! 黒い海に飲み込まれていく悪夢を見たわ?!」
覚醒したペット妖精を連れて応接間を出て行く。休憩室まで戻って、簡易キッチンで三品目の調理を開始した。
「お待たせしました、三品目です。卵かけご飯に納豆、チーズ、めかぶ、オクラ、とろろをトッピングしています。その上から小倉餡、ホイップクリーム、餅、たこ焼き、明石焼きに盛り付けました。お好みでハバネロソースをかけて召し上がってください」
発酵臭と甘味がご飯に温められた蒸気に乗り室内に広がっていき、脳の食事中枢を強襲する。
時間がかかった分の埋め合わせに大きめの皿で料理を運び入れた。腹を空かせているだろうから、ぜひたくさん食べて欲しい。
「新世界人は禁忌だわ。食事を無駄にしちゃ駄目ってゴブリンでも知っているのに……」
「先輩、流石にこれは……」
調理を手伝ったペット妖精はぐったりしていた。異様な臭いを発する名称定義不可の料理を前にして、後輩も動きを止めている。
戦争帰りのカイオン騎士さえ顔を青く染めている。
ふと、カイオン騎士に指で誘われ、応接間の隅へと向かう。
「趣旨を間違えていないだろうか?! 魔族の腸ぶちまけたみたいな料理でユーコ準騎士が日本人だと分かるのか??」
「ユーコ準騎士が本当に異世界人なら、あの劇物を日本料理と勘違いし失礼にならないように食べるはずです。食べるのを途中で止めた場合、彼女は日本人です」
「そ、そうなのだろうか。いや、新世界の流儀というのならば、しかし……」
後でスタッフ――きっとペット妖精――が美味しくいただくなどと言った抜け道を廃止した闇の料理だ。日本人向けとか外国人非推奨とか、そういった括りを別次元に追いやった冒涜的な味となっている。
だからこそ、一品目、二品目共に表情を変えずに食事を続けたユーコ準騎士であっても、感情や出身を偽って食べる事は不可能である。
クリームの隙間から垣間見る納豆を目撃して、ユーコ準騎士は目を見開く。
「これは美味しそうです。素晴らしいっ!」
その顔は喜色に砕ける。箸を構える仕草が軽やかだ。
皿ごと手元に引き寄せて独占して食事を開始したが、もちろん誰も文句は言わない。
――異世界入国管理局、局長デスク
「あ、あの局長。それはお弁当……?」
「私が自炊してはならんのか?」
珍しく昼食時間通りに食事を開始した宝月滝子は、部下の目線からお弁当箱を隠す。美味しい自信作を盗られてしまわないかと勘繰ったらしい。
そのお弁当は? と質問したかったはずなのにうまく台詞を発音できなかった部下は一歩後ずさりする。
「チョコレートコーティングされた魚の頭が天を見上げている納豆チャーハンに似た三角コーナーが??」
「我が家に代々伝わる家庭料理だ。なかなか母の味には追いつかん。妹ならもっとうまく作ったのだろうが」
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▼病気ナンバーL018、味覚障害
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“通常の味を美味しいと感じられなくなる病気。
塩辛さや甘みを好むようになる傾向があり、結果、生活習慣病や高血圧、糖尿病を発症するリスクが高まる。
味覚野の異常とされるが、原因は栄養不足やストレスと様々。遺伝もありえる”
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行方不明となった妹を思い出した宝月の昼食は、ちょっぴりしんみりしたものとなる。
二人の騎士との交流会は無事終わった。ユーコ準騎士が全部食べてくれたので食材が無駄にならずに済む。
「多彩な味が調和した美味しい食事でした。新世界の審査官殿」
「え、ええ。楽しんでもらえたのなら幸いです」
「キケロ司祭も新世界との連携に積極的です。今後の入国管理ではより連携したいものです」
審査結果、ユーコ準騎士は清楚な見た目からは判断できない極度の馬鹿舌であると判明する。本当に三品目が気に入ったらしく、出会ったばかりの頃と比べて親しみある笑顔を向けるようになってくれている。
「カイオン騎士。一度、彼女を精密検査した方が良いですよ」
「異常な味覚はやはり、何かの病か呪いが原因か?」
カイオン騎士の部下に対する不安も、食事の前後で大きく変化してしまっている。当初の目的を忘れ去るぐらいにユーコ準騎士の味覚に不安を覚えてしまっていた。
「……違います。ユーコ準騎士はおそらく日本人です。彼女は箸を使って食事をしていました」
そんなカイオン騎士に、俺は審査結果を伝える。




