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郵便物R016 魔王の手紙

 ――半年前、魔王城


 闇の勢力の最奥。血とさびと毒と暗黒が支配する領域に築かれた呪われし城。魔王城。

 その闇の中の闇、奥の更なる奥に存在するという魔王の玉座。

 光の勢力が畏怖いふするそんな場所にて、声が木霊する。


「新世界の人間族。やばくね?」


 伽藍堂がらんどうな空間のため、素朴な感想が嫌に響く。


「はぁ……。魔王様、まさか人間族の言葉を信じたのですか」


 あるじを尊敬しつつも馬鹿にした女性の声が後に続いた。

 

「リリスは信じなかったのか? 異世界の扉が繋がっているニホンなる国で人口一億だぞ。闇の勢力の総力を結集しても数で負けるってどれだけ繁栄しちゃっているの」

「ですが、全員がレベル0の雑魚ばかり。戦えば圧倒できます」

「そのレベル0が装備整えただけでトロルを圧倒する。開戦してみろ、歴戦の魔族が消耗品みたいに消えていく。ただでさえ人材育てるのが大変な魔界にとって致命傷となるだろう」

「ゴブリンやオークの生命さえ気遣きづかうとは、まったく。今代の魔王様はお優しい限りです」


 電灯も蝋燭ろうそくもない大空間の中央にあるのは、石の玉座のみだった。光を反射しない黒一色と、血のように赤い布。簡素な造形と言うべきか、洗練されているというべきかは難しいところである。

 その黒い玉座に座する事が可能な人物はただ一人、魔界の王たる魔王である。

 ……そのはずなのだが、玉座の上にあるのは木製の質素な箱のみだ。

 箱のふたが時々、パタパタ開いて言葉を発している。

 玉座の傍に控える、傍仕えらしきコウモリ羽付きの女魔人と会話しているのは間違いない。


「……魔王様ノ悩み。不肖ふしょう、このベルゼブブが呪殺シテみセマショウ」


 ふと、玉座の斜め前方に突如、細かな気配が生じる。無数のはえの羽ばたき音が生じた後、ボロ布のごとき黒いローブを着た異形が床の上で平伏していた。

 魔王の忠実なる配下、ベルゼブブで間違いない。

 光の勢力と国境を接し、大戦争が勃発する以前から生きているという生き字引である。実際、その腕は老人のように細く枯れている。筋力パラメーターが極度に低下している事は間違いない。

「呪術を知ラヌ新世界人を呪イ殺ス。容易イ事デス」

「なるほど。新世界の奴等は魔術的な素養が皆無ゆえ、ベルゼブブであれば確実に圧倒できよう」

 ただし、長命によって蓄積された呪術の数々はどす黒さを増し続けている。


「デハ、ご命令ヲ――」

「そして……我等に恐怖した新世界は、呪術に対抗するために光の勢力との距離を急速に縮める。我は、新世界と光の勢力が同盟するのを一番恐れているのだぞ」


 玉座の箱がパカパカ蓋を開閉して、ベルゼブブの好戦的な提案から引き起こされる未来を語る。

 闇の勢力の状況は切実だ。これまで光の勢力との戦いのみに集中する事でどうにか維持できていた前線が、新世界という第三勢力の登場により危ういものとなっている。木箱に腕があったら、蓋を押さえてうな垂れていた事だろう。


「我が魔王軍幹部たるメドゥーサを捕らえた事から言って、呪いや魔法にうとくとも新世界は決してあなどれない。一方の光の勢力共は、我等と拮抗できるだけの魔術を行使できるが、我等の物量を突破する戦力がない。……それゆえ、奴等が互いの不足を補おうとするのは必定だ」


 敵を過大評価する魔王の言い草が弱音のように感じられたのか、女魔人が苦言をていする。


「失礼ながら、魔王様。人間族が束になったところで我等魔王軍は決して負けません。このリリスやベルゼブブが排除してみせましょう」

「魔族は長命でありながら戦を短期的にしか見ていない。結果、百年に一度でも光の勢力に英雄が誕生するだけで、百年に一人の大魔族が滅ぼされていった。この玉座を見よ。かつては幹部であふれていた大空間が寂しいものだ」


 長い戦いによって光の勢力は多大な被害を受けている。ただし、闇の勢力も同等以上の被害をこうむっている。新世界という新しい勢力を敵にして耐えられるだけの余力は、魔界に残っていなかった。

 暗い空間に暗い空気がよどむのは仕方がない事であるが、闇の勢力の上層部は暗い。


「新世界と光の勢力の結託だけは、必ず阻止する」

「魔王様。人間族同士が手を結ぶのは時間の問題です」

「……いや、新世界の奴等の反応を見る限り、そうとも限らない」


 しかし、魔王は王と名乗れる程に聡明だ。

 新世界の登場を悪い方向のみにとらえず、むしろ、終わらない絶滅戦争を変える切っ掛け《きっかけ》にできるかもしれない。いや、しなければならない。こう木箱の中で思い描いている。


「最初に迷い込んだとされるゴブリン共。殺されるどころか労働を斡旋あっせんし、対価を払ったというではないか。自分達だけが創造神の子と言い張る光の信徒であれば、決してそのような事はせぬ」

「……新世界の人間族共はブラック企業や不法労働等を言っておりましたが?」

「メドゥーサの奴も捕らえただけで殺してはおらぬという。返還交渉にも応じると言っていた。新世界、なかなかに話の通じそうな相手ではないか」


 木箱の中の魔王。

 いや、正確に言えば木箱そのものが魔王。

 先代の魔王が光の勢力の鉄砲玉ゆうしゃに殺害されて代替わりし、今代として選出されたミミック族出身の偉大なる魔王は思考を巡らせる。宝箱の中の金貨を数える事や相手をだます事に長けたミミックだけに、彼は知的なのだ。


「そして、光の勢力にとっても新世界の奴等は想定外の第三勢力となっている、こう想像できるぞ。うまく立ち回り、光の勢力よりも先に新世界と友好関係を築く。味方とできなくとも、敵にしなくて済む可能性が高い」

「そのような事、ありえるのでしょうか……??」

「光の勢力共にとって、魔族を敵と見なさない勢力の登場は想定外でしかない。今頃は疑心に満ち、どのように接するべきか我等以上に苦心している事だろう。……これは、いけるぞっ」


 光の勢力は複数国家に分かれているため意思の統一が困難だ。新世界に対するアプローチも集約されるはずがない。今後も様々な勢力が自分勝手に行動すると考えられる。

 しかし、魔王という象徴に率いられる闇の勢力は違う。魔王の意思によって外交方針を定める事ができるのだ。

 新世界を敵にしないため、新世界と友好条約を結ぶ。闇の勢力の当面の目標が定まった。


「方針は決まったが、外交官が足りぬのが痛いところだ」

「私であれば出向けます」

「リリスがいなくなったら、誰が我が体を玉座から運ぶ。他の者に任せて、一度倉庫に運ばれて我が寂しい思いをしたのを忘れたか?」


 問題は、魔界に交渉に適した人物がいない事にあったが。

 闇の勢力は万年人材不足。知略に富んだ者だけではなく、力こそ交渉力という脳筋さえも不足しているため新世界に向かわせる外交官がいない。知能の高い魔族を人工的に作り出す研究は行われているが、成果に結び付くかは未だ疑問視されている。


「魔王様。このベルゼブブにお任セ――」

「いや、ベルゼブブが魔界より離れては前線が持たぬ。お前は光の勢力の侵攻に対処するんだ」

「……御意」


 明らかに人間族を敵視しているベルゼブブなどは以ての外。

 それでも新世界との繋がりは確立しなければならない。

「外交官はとりあえず保留にするしかないが、指をくわえてはいられない。……リリス、友好の証となれば高価な品を送るのが鉄則だな?」

「新世界に何をお送りになるのですか?」

 更に、新世界と光の勢力が深く繋がらないように、邪魔するための外交戦術も同時に開始する必要があるだろう。

「手始めに、新世界に魔王の手の手鏡を届けてみるのが良いだろう。新世界の奴等は、異世界管理局なる関所を立てると言っていた。そこで存分に役立てて、新世界の技術が光の勢力に漏洩しないようにはげんでもらおうではないか」

「先代が崩御されたばかりなので、二枚は用意できると思います」


 現魔王は力を発揮できない分、知によって闇の勢力を率いている。新世界に魔界をあなどらせないための手段を次々と実行に移していく。


「良し。送り届けるまでに新世界の風習や文字を徹底的に調査する。魔界の諜報能力の高さを見せ付けて、新世界人を驚かせる。小さな事であるが、これも外交戦術というものだ」

「なるほど。流石は魔王様です。さっそく調べさせましょう」





 ――現在、異世界入国管理局


「ゴブ」

「お手紙ですか。お疲れ様です」


 Rゲート――通称、闇の扉――からゴブリンさんが手紙を届けにやってきた。昨日もゼルファなるオークがやってきていたが、今日も定期便以外の異世界人が現れた。Lゲート側との戦争はやはり落ち着いたのだろう。交流が再開される日は近いと見える。

「ゴブ」

「はい。確かに受け取りました。サインはここですか?」

「ゴブ」

 カウンター越しに手渡された手紙。

 何かの生物の皮膚っぽい台紙に、血を垂らしたかのごとき赤い文字が書かれている。Rゲートらしい手紙であるが、文字はなんと日本語だ。


「先輩。Rゲート側に知人でもいるんです?」

「不幸の手紙だわ。てか、魔界からなんて、ガチものの不幸の手紙でしょ」

「違う違う。お世話になっているが俺個人の知り合いではない。いつも使っている手鏡があるだろ。あれ貸してくれた魔王さんが時々送ってくるんだ」


 Rゲートの王様からの手紙となれば、審査官という仕事でもしていなければ庶民が読む機会は訪れない。

 良い体験となるだろうと、差出人が魔王と聞いて驚いている二人に現物を見せてやる。


拝啓はいけい


 末枯野美しき晩秋の候、皆様におかれましては、ますますご健勝にお過ごしのことと存じます。

 このたびは、当方幹部の件でご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。当人も反省――略――両世界の発展のため、何かございましたらいつでもご連絡くださいませ。どうか今後とも変わらぬ ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。

 略儀ではございますが、取り急ぎ書面にておび申し上げます。


 敬具』


 一度読んで理解に苦しんだ後輩が、二度目は声を出しながら読んだので、ペット妖精も魔王の手紙に何が書かれていたのか把握する。


「魔王をかたったイタズラメールにしては出来が酷いわね。私だったらもう少しコミカルにひねるわ」

「先輩ーっ? これ、本当に魔王の手紙なんですか。取引先とかからの誤送では??」

「信じられないかもしれないが。あの人、いっつもこんな手紙送ってくるんだよ」


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