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訪問者L014 従軍司祭

 創造神をたてまつる異世界の最大宗教。彼等は自分達を光の信徒と呼ぶ。様々な国で信仰が推奨されており、国教として採用している国も数多い。

 光の信徒に生活面での強い教義的な制約はないが、だからといってゆるい訳ではない。

 創造神の創った世界の秩序を乱す闇の勢力を敵と認定し、絶滅戦争に積極的なのだ。光の勢力の最大勢力として戦力を輩出する。そうでなければ絶え間なく戦い続けられるはずがない。

 そして多数派である光の信徒は、少数派を見下す傾向にある。


「生物として曖昧な妖精は、中途半端であり下等なのです。それを鳥かごで飼い慣らすなど教義に反する。汚らわしい!」


 光の信徒ではない新世界の人間、つまり俺を軽んじていたのは確かだ。

 だが、ペット妖精を目撃してからはあざけった表情を隠さなくなった。光の信徒の五人全員が俺を鼻で笑い、生ゴミを見るかのごとくペット妖精から視線を外す。洗面台でシャワーさせているので汚くはないというのに酷い反応だ。


「こいつは迷子になっているだけでして」

「妖精は魔族ではありませんが、人と生活できるようなものではないのですよ!」


 ペット妖精の出身地の調査がまったく進まない理由が、光の信徒の教義だ。人間優位の考え方が広まった異世界において妖精は見下されている。調査を依頼したところで誰もまともに対応しようとしてくれない。

 己の種族を上と見なす行為は異世界固有のものではないので、異世界のあり方を悪く言おうとは思わない。

 だが、異世界人たにんが内のペット妖精に対して、少し言い過ぎではなかろうか。


「新世界人は無知蒙昧むちもうまいだ。人間族と違って妖精は原始的で命の概念が薄い。付き合うべき相手ではないのです」

「いやまあ、そうかもしれませんが」

「自分勝手で我侭わがまま。他人を尊重する概念さえない」

「かなり共感できますが、それとこれとは」

「追い出すのですっ! 妖精の受難を避けるために、人の領域からこやつ等を追い出すのです! さあッ、あなたの手で!」


 勝手にやって来て、勝手な事を言う光の信徒は迷惑だ。

 けれども良く考えれば、ペット妖精も勝手にやって来て勝手している。光の信徒とペット妖精にそこまでの違いはない。両者どちらに対しても肩入れしてやる必要は俺には本来ないのだ。

 異世界の迷惑が管理局から出て行ってくれるのであれば本望。こう本気で思ってしまう。


「はぁ……。まあ、こんなものよね。そこそこ今まで楽しかったわ」


 そして、それを目聡めざとく察したのが、ペット妖精。

 鳥かごの中で格子こうし越しに俺達を見ていたペット妖精は、小さな体で小さな溜息を付く。普段の陽気な顔を捨て去って、酷く冷めた顔付きとなった。


「所詮は人間族と妖精。相容れる事のない隣人。仮初かりそめの共同生活は終わりよ……」


 そして、鳥かごの出入り口を内側から持ち上げて、賢い小鳥が脱走するかのごとく鳥かごから外へと身を出して――。




「――と雰囲気作りながら日本に密入国しようとするな、ペット妖精」

「ぐふぇー、新世界が待っているのにっ。もう、乙女の羽をつままないで! もげる、もげるーっ」

「そんなトンボ並のお前が日本に行っても蜘蛛の巣に突っ込んで捕食されるか、カラスに突かれて無残な死に方するのがオチだから。お前はここにいろ」


 脱走時間コンマ五秒でペット妖精を捕縛した。

 出てきたばかりの鳥かごの中へと幽閉し直すが、鍵はかけていない。下手なハムスターよりもかごの中が好きな妖精なので必要ない。

「トンボの強さ知らないでしょ。蜂に空中戦で勝つのよ!」

「お前はトンボじゃないだろうに」

 仕事中だというのにカウンターへと背を向けて、暢気のんきにペット妖精といがみ合う。

 審査官としては問題だろうが、カウンターの向こう側にいる相手はどうやら入国資格を持っていなさそうなので客ではない。まともに話を聞いてやる義理は飼い始めて二週間弱のペット妖精ほどにはないのだ。

 それに、ペットを飼ったなら最後まで世話をするのが飼い主の義務である。他人にとやかく言われたくはなかった。


「やはり、新世界は妖精にたぶらかされてしまっているようですね」


 五人の異世界人は相互に顔を向け合う。目付きを鋭くして、戦闘のために隊形を組むかのごとく間隔を開いた。


「であれば……、我等の手ではらうのみ! そこの妖精よ! 人界よりとく去れッ」


 首からぶら下げていた虫眼鏡のような物をかかげる者。

 両手を合わせて輪を作り印を組む者。

 分かり易く物騒にメイスを取り出す者までいる。

 今日も警備隊のお世話になるのか、と諦観しながら非常スイッチのボタンを押そうとして……ふと、指の動きを止める。


 Lゲート――通称、光の扉――の奥がまたたいたのだ。


 異世界への道は通行する人数、通行物の大きさによって道幅が広がる便利で不思議な道である。波が押し寄せるように白い道が広がっていく。馬車一台が現れる時よりも反応が大きく感じられた。


「――騎兵隊? あれは、異世界側の管理局の騎士団か」


 鎧を装着した馬――馬と言っても異世界産の馬なので、地球産と異なり頬の辺りにつのを有する――が二列になって光の道を駆け抜けてくる。遠かった姿があっと言う間に近付いた。

 ほとんど交流のない相手であるが、先頭の騎兵がなびかせている旗には見覚えがある。

 Lゲートの出口を守護する専門の騎士団オーケアノスの紋章が描かれている。


「おお、光の信徒はやはり正しかった! 新世界をちゅうするために騎士団が救援に駆け付けて来たのです!」

「あのグニャグニャ変形する道ってパドックと繋がっていたの? あっ、競馬会場って所でしょ。ちょっと賭けてくる!」

「ペット妖精。今は真面目な時間みたいだから黙ろうな」


 近くになればなるほど大きく、普通自動車よりも縦幅のある動物がせまる光景はカウンター越しでも怖いものがある。光の信徒達は、心強い援軍の到着に歓喜していたが。

 先頭を走っていた二騎がついに到着し、光の信徒の左右を挟み込んで馬を停止させる。

 そして、騎乗したまま槍の鋭利な穂先を……光の信徒へと向ける。


「我々は騎士団オーケアノスだっ! 許可証なく出国したお前達を捕縛する。素直に従え!」

「なッ! 何を考えているのですかッ、光の信徒の伝え手たる私達に、無礼なッ!」


 大声を張り上げた騎士は、全身鎧でも隠せていない屈強な肉体を有していた。唯一防具のない頭部には、古傷を有する歴戦の兵士の顔がある。

 宣言通り、後続の騎兵も光の信徒を囲い込む。どうやら異世界からの武力侵攻が始まった訳ではないらしい。

 パトカーに包囲された犯人の心情か。囲まれた側である光の信徒はすくみ上がってしまっている。唯一声を上げられるのは代表の男のみ。


「私達を一度でも通行させた騎士団が、今更何を! 光の信徒の布教を邪魔するか!」


 どのような取引で出国できたのかは知らないが、確かに、一度出した許可を後から取り消しに現れた騎士団の行動は統一感がなくグダグダだ。通告なく武装した騎兵で乗り付けてきた様子からも、酷く慌てていたのは間違いない。


「――申し訳ないが、私は布教活動の許可を出した覚えがないのですよ」


 最後尾から近付く馬に乗っていた男が、光の信徒達にそう言い放つ。


「私の留守中に困った人達ですね」

「従軍司祭キケロっ、お前は今日ここにいないはず!?」


 従軍司祭キケロと呼ばれた男だけは鎧を装着していない。光の信徒達と類似の儀礼服を着こなしている。

「私のスケジュールをどのように知り得たかには興味がありますが、今は関係ありませんね。実際に私はここにいるのです」

「くそぉぉっ! 戦場の成り上がりめ!」

 状況がいまいち掴めないが、キケロが五人組の光の信徒よりも地位が高そうなのは想像できた。俺達の局長と似たポジションにいる人物なのかもしれない。

 そして、代表の男がキケロに対して嫉妬心を抱いているのも何となく想像できる。

 ……状況が切迫しているのは分かるのだけど、異世界人同士の抗争なら異世界でやってくれないかな。


「本性を現しましたか」

「闇の軍勢と戦った自分が一番優れているなどと思い上がりおってッ!!」

「そんな事を言った覚えはないのですがね」

「このおおッ!」


 キケロを出し抜こうとしたはずなのに、逆に追い詰められてしまったからだろう。奇声を上げた後、代表の男が従軍司祭キケロへと首のアクセサリーを向けた。小さくて速い呪文を唱え始める。

「キサマッ、法具をキケロ司祭に向けるなど血迷ったか!」

「創造神の威光を広める我等を、そのように見下しおってぇッ!」

「キケロ様! 危ないッ」

 虫眼鏡みたいなアクセサリーは法具と呼ばれた。異世界の神職が使用する一種の武器であり、拳銃と同じく人に向けるような物ではないらしい。異世界人達は殺気立つ。

 代表の男の法具が光り輝く。

 キケロの細い目が更に細くなっていく。

 騎士が持つ槍に力が入る。


「おっと、手をすべらせたっ!」


 ただ、誰よりも早く動けたのは俺だった。

 代表の男はカウンターに張り付いていた。つまり俺の真正面にいたのである。キケロへと振り向いていたため、突っ込めと言わんばかりな後頭部が見えていたのだ。

 だったら、こつん、と一発ひのきの棒で叩いてしまおうかと……おっと、俺は手を滑らせただけだった。


「ふーん、レベル0でも守備力低い司祭職なら倒せるものねー。あ、経験値入った?」

「ペット妖精、人聞きの悪い事を言うな。お土産品が手からすっぽ抜けて、不運な異世界人の後頭部を直撃しただけの事故だ」


 本来の使用用途を初めて果たしたひのきの棒により、代表の男は崩れ落ちていく。馬から下りてきた騎士二人が直ぐに上から押さえ込んだので無力化完了だ。

 危機が去り、キケロは馬から下りる。


「ふふ、新世界の方。危ないところを助けていただきありがとうございます」


 そのまま微笑を浮かべながらブースへと近付く。拘束された代表には目を一切向けず、俺に挨拶してきた。


「また、今回はこちらの不手際でお騒がせして申し訳ありません。この者達は私と同じ光の信徒ですが、布教の功績をあせりこのような狼藉に出たのです」

「武装した騎士団でやってくるなら、事前に通告が欲しかったですね」

「いらぬ誤解を与えかねない危険行動でした。正式な謝罪は後日にでも。……それにしても、新世界の方はあまり戦い慣れていないと聞きおよんでいましたが、なかなか見事なお手並みでした」

「自分は手を滑らせただけです」

「ふふ、ではそういう事にしておきましょう」


 キケロは細い目というのが一番印象に残るが、表情はきびしくなくむしろ柔和だ。人は良さそうである。

 年齢は高く見積もっても二十代後半か。優男と言って差し支えない。騎士ではなく司祭なので当然であるが、だからといって弱々しさは皆無である。

「厚かましい願いですが、この者達はこちらで引き取らせていただけないでしょうか? 罪を犯したとはいえ同じ光の信徒。裁かれるなら我々の世界で、という私の同情心でしかないのですが」

 己を攻撃しようとした者に対しても同情する心を持っている。なかなかの人格者ではないだろうか。

 正直に言うと管理局に異世界人を捕縛する権限はない。騒動発生時の防衛については禁止されていないものの、逮捕権を有してはいない。逮捕しても警察が異世界人のあつかいに困るだけとも言える。

 キケロに願われるまでもなく、拘束された光の信徒はLゲート側に強制送還される。連れて行ってくれるのなら手間がなくてありがたいぐらいだ。

 素直に願いを聞き入れても良かったが……ペット妖精を一瞥いちべつし、一考。

 即席ながらも、光の信徒のキケロに交渉を試みてみる。


「このホールは日本の領土ではありません。よって、日本の法律は適用されません」

「では、この者達は私共が引き取らせて――」

「同様に異世界の土地でもありません。よって、異世界の法律、習慣、宗教も適用されない。キケロ司祭は、この考え方に同意していただけると思ってよろしいでしょうか?」


 キケロは細い目で俺の視線を追い、鳥かごの中にいるペット妖精を目撃する。

 ほんの少し目が見開かれて、案外冷たい色の瞳がチラりとうかがえた。


「――なるほど、森の方々も面白い事を考える」


 何かつぶやいたかと思うと、キケロは首にかけていた法具をカウンターに乗せてくる。代表の男が所持していた法具よりも精巧であり、素材も銀が用いられているためかキラキラ光っている。


「この空間は我々の世界でも新世界でもありません。ですので、か弱い妖精が住み着くには最も適した場所と言えるでしょう」

「同意していただけて幸いです。ちなみに、この法具は?」

「私も常に異世界の扉を守護している訳ではありませんので。今回のような事件がまた起きた時には、この法具を光の信徒にお見せください」

「いやあの、そういうのは! あ、ちょっと、キケロ司祭っ!」


 ふふ、と最後に笑いかけてからキケロは去っていく。

 五人の光の信徒も騎士が護送していった。朦朧もうろうとする代表の男は、一番背丈のある歴戦顔の騎士と、黒髪の若い女騎士が左右の腕をかかえて運んでいく。


「迷惑かけたな、新世界人!」

「……さようなら」


 誰も彼も意味ありげな集団ばかりだったが、全員が静かに引き上げていく。

 残ったのはキケロが残したきらびやかな法具のみである。


「良かったじゃない。プレゼント貰えて」

「男からアクセサリー貰ってもなぁ……」





 ――光と闇の最前線、某所


 光の勢力に属する騎士団が酸化しきった闇の大地を駆け抜けていく。騎士団を迎え撃つはずの闇の軍勢は既に蹴散らされて敗走してしまっている。四散したオーク歩兵は各個撃破されていった。


「よし、敵本隊を突破した! このまま侵攻せよッ、深く侵攻し続けろ! 我等の勝利は目前だぞ!」


 騎士団の一翼では、指揮官らしき金髪の女騎士がロングソードで攻め込む先を示している。

 もはや、闇の勢力に騎士団を止めるだけの戦力は残されていな――、


「――そこまでだ。ここを死守させてもらうか」


 騎士団の騎兵が駆け上がっていた黒い丘が爆発する。被害は甚大で、爆発に巻き込まれた馬だったり人だったりが吹き飛ばされて、うめき声を上げていた。

 爆発が過ぎ去り、残された煙の向こう側にシルエットが浮かび上がる。

 二本の足で立っているが人間族ではない。


「何者だ!」


 後方で指揮していたゆえ、無事だった女騎士が誰何すいかする。

 良いタイミングで煙が晴れて、爆発を引き起こした者共の獣染みた相貌そうぼうが明らかになる。

 分厚い皮膚に引き締まっているとは言えない体。しかし、暴力的な筋力を有するそれの種族は……オーク。


「馬鹿め。オーク風情が今更増援で現れたところで――」

「我々をただのオークとあなどるか。それも良いだろう。敵の油断は望ましい」

「――何!?」


 そのオーク共の姿は共通していた。

 全員が灰色のローブを身に付けて、同色の三角帽子を被っている。

 太い手には背丈と同じぐらいの杖を装備している。

 流暢りゅうちょうな言葉使いもそうであるが、ボロ布のごとき腰布と棍棒のみを相棒とするこれまでのオークとはかけ離れてしまっている。


「我が種族はこれまで生来の力のみに頼ってきたが、我々は違う」

「ど、どういう意味だ!?」

「生来の力を封じ、二十年の長きに渡って研鑽けんさんを積んだ結果、ついに真理へといたったのだ」

「オークごときが何に至ったと!」


 つばの広い帽子でも隠せないオークの凶暴な顔が、不敵に笑った。


「我等は強き意思により二十年間、童貞を守り続けた。種族的な特徴を破棄した。正気を疑う制約を自身に課した結果、我等はオーク・マジシャンへとクラスチェンジする事に成功したのだ」

「ば、馬鹿なっ。野蛮なオークが童貞だと!? ありえぬッ!」

「かくゆう俺も童貞でね。オーク・マジシャンが更に十年童貞を貫き、二度目のクラスチェンジを果たしたオーク・ワイズマンだ」

「二十年と更に十年で……ッ。さ、三十年ッ!!」


 オーク・マジシャン達は呪文詠唱に入った。身に付けたローブが強く波打つ程に魔力が収束されていく。

 騎士団は騎兵の速度で接近し詠唱を阻止しなければならないというのに、オークのクラスチェンジ体の登場に動揺し足をにぶらせてしまっている。


「この強き意思を突破できるというのならば、さあ、試してみるが良い!」


 既に、騎士団に勝機はない。

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