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訪問者L013 光の信徒

 異世界入国管理局内で発生した人質事件は無事解決した。

 ただし、解決したからといって何もかもが終わった訳ではない。事件そのものよりも後の調査や裁判が長引く事は珍しくもない。

 特に今回の事件について言えば、管理局の最奥で起きてしまったのがいただけない。攘夷ゼノフォビア主義に染まった人物が出国希望者に紛れていた事実は深刻であり、テロリストのスパイが管理局に潜入している疑いさえある。

 今後の審査に多大なる影響があった。


「しばらくは地球人の出国を全面禁止する。テロリストを管理局内にまねき入れた馬鹿共をあぶり出すまで禁止を続けたいが、まあ、そううまくは行くまい。私の権限では一、二週間で再開する事になるだろう」

「局長、地球人以外の出国はどうなりますか?」

「異世界人の通行を許さねば条約に反する。異世界からの帰国も通行させなければ暴動になる。通常通り審査を行い、合格者は通行させて良い」


 始業前のミーティングを部下の顔を見ず、書類の束と向き合いながらぞんざいにこなす我等のうるわしき局長殿。タブレット派なキャリアウーマンであるが、システム連携されていない局外との仕事がからむと紙に頼るほかない。

 仕事が楽しいのか、美しい顔で口元を吊り上がながら笑っていた。が、あれはご機嫌が悪い時の汚い笑顔で間違いない。職場が攻撃対象となった苛立いらだちは一日で収まるものではなかったようだ。

 局長は朝からせわしなく働いているが、本日、審査官は一人欠員している。

 後輩が休んでいる。事件で人質となってしまったので、数日休んでリフレッシュするように皆で勧めたのだ。本人は大丈夫と言っていたが、本人が気付いていないだけかもしれない。無理やり休ませた。

 ちなみに、事件に巻き込まれたのは俺も同じなはずなのに、何故か俺は通常出勤を続けている。審査官は俺と後輩以外にも数人いるはずなのに、誰も俺を気遣ってくれない。


「鳥かご妖精の担当はお前と後輩の二人だけだ。二人とも休んで何かあったらどうする?」

「あれで事件解決に役立っていたので、恐れる事はないと思いますが?」

「タブレットを一つおしゃかにしてくれた前例がなければな……」


 ペット妖精の事情聴取を局長自ら行った事があるのだが、カップを倒されて愛用のタブレットをコーヒー味にされて以来、局長はペット妖精に近付いていなかった。

「とはいえ、いつまでもこのままという訳にもいかん。……私の苦手意識の話ではなく、妖精を鳥かごで飼っている暫定処置についてだ。対外的に通りが悪過ぎる。まったく、事件解決の一員だというのにペットなどと報告書に書けないぞ」

 異世界不要論や攘夷ゼノフォビアに目のかたきにされている中、更に人権団体か動物愛護団体かその両方に槍玉にげられるのは避けたかった。もう少し言い訳できる立場をペット妖精に与えたい。こう局長は考えているらしい。


「世間には、ビザも祖国もない可哀想な妖精がターミナル暮らししている。こう言っておけば大丈夫じゃないですか?」

「彼女がターミナルフェアリーならば、お前は意地悪な警備主任となるな」




 いつもよりも人通りの少ない管理局の最奥、出入国ホール。

 本日は入国担当として異世界方向を向いたブースへと入り込む。

「昨日の面白い人間族は来ないの?」

「連日テロリストに襲撃されてたまるか」

 ペット妖精の入った鳥かご持って、いつものように仕事を開始する。いつもと同じ普通の日で終わる事を期待したい。


「はい、次の方。こちらにどうぞ!」


 日本への帰国者を除けば異世界から来客は少ない。

 そもそも、法整備中で日本は未だに異世界人の受け入れを開始していない。そのため、外交以外で異世界人が管理局を訪れる事がまずない。通行許可書を発行可能な異世界の権利者達もそれが分かっているので、外交目的以外で許可書を発行する事はない。

 もちろん、ベルゼブブのような例外はあるのだが。例外は毎日訪れないから例外たりえる……はずである。


「通行許可書を提出ください」

「通行許可書? 通行許可書など必要ないのです。我々、光の信徒は大いなる創造神にすべてを許されているのですから」


 新たな例外となりそうな気配のある異世界人が目の前にいる。

 コック帽の頂点を丸めた帽子と朱色の服でおめかししている異世界人だ。異世界で流行のファッションなのだろう。彼等彼女等は五人組なのだが、全員似たよそおいである。存在そのものがコスプレみたいな異世界人がわざわざコスプレしなくても良いと思うのだが。

「なるほど。では通行許可書を」

「君、聞いていたのかね。光の勢力でも最大派閥たる光の信徒、その伝え手たる我等には全権がゆだねられているのです」

「それはすごい。あ、話を戻しまして通行許可書を見せてくださいね」

「……新世界の蛮族はこれだから」

 五人組の代表らしき先頭の男はなかなか通行許可書を提出してくれない。相手の小さなつぶやきさえ聞こえる距離にいるのだから、俺の言葉が聞こえてないはずはないはずだ。


「光の信徒は、世界を造り上げた創造の神を信仰しているのです」

「それが通行許可書を提示いただけない理由ですか?」

「まあ、聞くのです」


 聞いてくれと言われたので少し聞いてみる。


「人間族の誕生と共に信仰は始まったと聖書には書かれています。人間族国家では国教とされ、生まれると同時に皆は光の信徒となり、創造神の威光を今に伝えているのです」

「人間族を創造された創造神に感謝を!」

「我々に知恵と力を授けた創造神の慈悲深さに感謝を!」


 異世界の情報はまだまだ不足しているが、異世界にも宗教がある事ぐらいは調査済みだった。

 光の信徒と呼ばれる者達にまつられているのは異世界を創ったとされる創造神である。一神教という訳ではないようだが、その他の神も創造神が創っていたとされるので創造神一強の宗教らしい。

 それゆえ、一番偉い創造神をあがめている光の信徒は一番の多数派であり、一番力あるグループである。

 そして、一番偉ぶっていると考えても問題なさそうだ。


「これで我々の正当性が分かりましたね。では、新世界への扉を開くのです!」

「それはすごい。世界を創れる神様の信徒なら通行許可書ぐらい作れますよね。では、どうぞご提示ください」


 御託はいいから早く通行許可書を出せというのだ。

 予想ではなくほぼ確信しているが、この異世界人達は通行許可書を所持していない。そうでなければ自らが偉い立場にいると主張し続ける意味がない。

 実際、異世界側の出国時には創造神の威光で突破したのだろうが、憲法第二十条、信教の自由に守られる日本の管理局には無駄な事。逆に言えば、通行許可書があれば創造神であろうとスパゲッティなモンスターだろうと相応の対応を行うのだから、やはり異世界人達の行動は無意味である。

「光の信徒を疑うとは、新世界人ははなはだしい」

「闇に魅入られているという疑いは本物か」

「あるいは、森の蛮族と同じく妖なる類か」

「バチ当たりめ。我等を通さねば天罰が下るぞ」

 グダグダと悪態をつかれたからといって、いちいち反応してやる必要はない。審査官たる者、自己中心的なクレームを左の耳穴を通し右の耳穴から出すぐらいお安い芸当だ。


「光の信徒を無碍むげにすれば、新世界との今後の付き合いに影響が出る。それでも良いのか?」

「審査官の職務には背けません」

「……どうやら、この者は良くないモノに取り付かれているようだな」

「私の事はお構いなく。今は通行許可書があるかないかが重要です」


 光の信徒は粘り続けた。

 どんな難癖を付けられたところで、許可のない人物を絶対に通しはしないため無駄な努力だというのに十分、二十分、三十分と長くカウンターを占領し続けた。早く諦めてくれれば良いのに。


「では、お前の後ろで大口開けている妖精は何だ?」


 ふと、異世界人に指差された方向、ブースの後方へと振り向く。

 ……ペット妖精がチョコの包みを開いて、人間にとって一口サイズのチョコを一口で食べている。頬袋がない癖にうまく飲み込んだものである。


「ん、んんーッ」

「全部食べてから喋って良いぞ」

「まだ、今日は一つ目だから! 三つも食べていないからっ!」


 三つの包み紙が散乱する鳥かごの中で、ペット妖精は見当違いな事で慌てていた。


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