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管理局X012 管理局人質事件2

 刃物どころか体に爆発物まで巻き付けたテロリストが異世界入国管理局へと侵入していたなど信じたくない。というか、ボディチェックや金属探知機を突破できるはずがないのだ。管理局の入口は抽出チェックではなく全員チェック。素通りできるはずがない。

 けれども、実際に見せ付けられている物を疑う訳にはいかなかった。

「クリスマスの電飾をコートの中に施すなんて、感電しちゃいますよ?」

「だから、爆弾だと言っているだろ。ふざけているのか!」

 爆発物を犯人の男は所持して、ここにいる。

 犯人は相当に興奮していた。今にも手の中にある爆発スイッチを押しかねない。こんな犯人の人質になっていては後輩の命を保障できないだろう。事件解決を目指す前に後輩の安全を確保するのが先決だった。

「先輩、逃げてください。仕事中に油断した私のミスですから……」

 興奮している犯人に対して、俺は人質交換を申し出る。


「その子は俺の大事な後輩だ。人質なら俺がなるから解放してくれ」

「先輩っ!」


 後輩の中で俺の先輩ポイントは急上昇している事だろう。普段から愛嬌あいきょうのある後輩の目から恐怖心からではない涙が流れている。

 だが、温かな職場関係を許さない攘夷ゼノフォビアテロリスト。


「駄目だ。女と男の人質交換にメリットがあるか!」


 人質にするなら体格や体力で劣る人間、一般的には女性が選ばれる。実際には格闘術を習っていた事のある後輩の方が俺よりも人質として不向きだと思うのだが、後輩の経歴を知らない犯人に言ったところで無駄である。

 男の俺では交換対象にはなりえない。

 ……だったら別を用意してやると、ブースの中にある鳥かごへと手を伸ばす。


「なら、この小さくて愛らしい妖精はどうだ。マスコット的で片手で掴めるぞ?」

「ちょっ、その愛らしい私を人質にしようとするなんて、アンタ頭どうかしているわ!?」


 新世界人同士の内輪揉めに参加するつもりはないと、これまでずっと沈黙を守っていたペット妖精であった。が、まさか後輩のために我が身を差し出すなんて、何と健気な妖精なのだろうか。

 感動した。ペット妖精に対する考え方を改めなければなるまい。

「私の中でアンタの評価はだだ下がりよッ。きゃぁぁ、私は私が一番大事なんだから、誰が人質交換におうじるものかっ。離して。私は妖精よっ、私を解放して!」

「普段プリンもらっている後輩が人質になっているんだ。妖精なら妖精らしく恩を返しても良いんじゃないのか」

「私は家主のために靴作ったり家事手伝いしたりする殊勝しゅしょうなタイプの妖精じゃないの。目指すべきは返すてもない癖にたけ々しくレンタル生活しているだけって主張するタイプの妖精よ!」

「最低の穀潰しが! 食事分は人様の役にたって来いよ」

「どう考えても過剰徴収だわッ。ぎゃあぁぁぁ!」

 鳥かごの格子を必死に掴んで外に出るのを拒否するペット妖精を、何としてでも引っ張り出す。命に差がないというのが理想であるが、後輩とペット妖精を天秤にかけた場合は後輩の方が重いのだ。体重的に。


「ちょっと、先輩。色々酷くないですか? かなり見損ないました」

「がるるる、がるる」

「さあ、そこのテロリスト。後輩とペット妖精を交換するんだ!」


 体を全部掴んでどうにか取り出したペット妖精をかかげる。指を噛まれていて痛いので早く人質交換したかった。

 だが、ここで大きな問題が発生する。


「や、やや、やややッ、やめろッ。俺にその異世界の化物を近づけるなッ!!」


 ……犯人の男が明らかに狼狽ろうばいして、顔から汗をダラダラ流し始めたのである。

 犯人以外の三人で目配せし合って、犯人の過剰反応を不思議がる。同じ職場で働いてきた者同士。これは検証が必要だろうという同意をアイコンタクトの一瞬で取り合った。

 握ったペット妖精を犯人に向けて突き出す。

「み、見せるんじゃねええッ」

 ペット妖精を戻して空いている方の手で隠す。

「く、脅かしやがって。早く異世界の扉を爆破――」

 ペット妖精を再び前に出す。

「――う、うわっ、やめろッ、やめてくれ」

 犯人が酷くおびえて、ペット妖精から目をらす。


「ねぇねぇ、何、あの面白い人間族?」

「……ちょっとタイム。後輩もこっちに来てくれ」

「わっかりましたーっ!」


 自動で動くフィギュア人形と大差ないペット妖精を異様に恐怖する犯人。

 両手でTの字を作る。事件解決の糸口を掴んだ気がしたので、すきを見て三人で向き合って相談を開始する。

「悪巧み? ねえ、悪巧み?」

「ペット妖精、あいつに何かしたのか?」

「あんな面白い人間族と出会っていたら、記憶喪失で全部忘れていても覚えているわよ」

攘夷ゼノフォビアになる理由トラウマがあるんじゃないんです、先輩?」

「無管理時代に紛れ込んだ異世界人に人生壊された。それゆえ、異世界人なら妖精でも怖がっているか。ありえる話だな」

 ペット妖精そのものを恐れている訳ではなくても、地球に本来存在しないものを一まとめに恐怖し忌避する。攘夷ゼノフォビアらしい特徴である。

「ねえ、からかっちゃって良い?」

「……よし、徹底的にやるんだ! アイツの凶器を全部奪い取れ」

 相談は短時間で済ませた。時間がなかったので、各々が得意とする方法で事件解決を目指す事にする。

 歩いて犯人の傍まで戻った後輩は、ごほん、とせきをしてから犯人のナイフに脅される役に戻る。


「きゃー、助けてくださいー。先輩ーっ!」


 後輩の悲鳴を聞きつけたペット妖精は、羽を広げて笑み全開で突っ込む。じゃれ付いているようにしか思えないが、犯人は恐れおののいた。

「あっそびましょー」

「来るなッ、来ると爆発させるぞ」

 奥の手たる起爆スイッチを、犯人がポケットから完全に出して盾代わりにしてきたのならこっちのものだ。ブース内に戻っていた俺は没収品ボックスから投擲とうてきし易いものを選んで犯人に投げる。

「おっと、危ない。異世界の味噌だぞ」

「うわぁあッ。異世界怖い」

「このスイッチ大事な物なの? だったらもらっちゃお」

 投擲物に驚いた犯人がスイッチを落として、飛び込んだペット妖精がキャッチする。異世界人を恐れている犯人は取り戻したくても手の筋肉が収縮してしまい不可能だ。

 犯人に唯一残された防衛策は人質たる後輩の存在であるが……起爆スイッチの方ばかりに意識を割き過ぎていた。


「ハァッ、一本ッ!!」


 首元に向けられていたナイフ。ナイフを握る手。

 後輩はその手をホールドすると前方方向へと巻き込んでいく。格闘術は素人なので断言はしないが、相手の腕を背負って投げているので柔道の背負い投げではなかろうか。

 体を床に打ち付けた犯人は意識を半分以上失った。ナイフを落としてうめき声を上げている。

「先輩ッ、確保しました」

「流石は後輩だ。局長、モニタリングしているなら警備隊を突入させてください!」

 ブースから駆け出していた俺はナイフを蹴って遠くに飛ばす。後輩と共同で犯人の体を押さえつける。

 数秒遅れで外の扉が爆破されて警備隊が突入してきた。

 ホール後方のスタッフオンリーのドアや、アクロバットにも天井の空気ダクトを伝っていた隊員も姿を現す。


「審査官良くやった! 後は爆発物処理班の仕事だ。代われ!」

「スイッチを奪っても起爆装置は生きているぞ。液体窒素を用意しろ!」

「液体窒素って何―? この銀色の入れ物の事? ……あ、倒れちゃった」

「ターミネーター相手にしているんじゃないんだぞ。犯人の体に直接かける馬鹿がいるかッ」


 前例のない管理局内での人質事件であったが、職員同士のファインプレーにより職員側の被害はゼロで解決する。

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