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管理局X011 管理局人質事件1


「どうなっている?」


 異世界入国管理局の局長、宝月ほうげつ滝子は突然の呼び出しであったにもかかわらず直ぐに警備室を訪れた。


「はっ。出国審査側ホールで出国希望者の男が突然、刃物を持ち出しました。審査官一人が人質に捕られています」

「どっちが?」

「人質になっているのは浦島直美審査官です」

「ちぃ。卑劣な、期待の新人の方に手を出したのか。当然か」


 警備室ではホールの様子が大画面で映し出されている。映像の中では、宝月の部下が狂気染みた目の男にナイフを突き付けられて人質となっていた。

 許せない蛮行に、宝月が自覚なく舌打ちしてしまうのは仕方がない。同じ部下なら、管理局で半年間も勤務を続ける妙に生存能力の高い野郎の方がまだマシだったと本心で思ってしまうのも仕方がない。

「アイツならきっと生き残るだろうから警備部隊突入させたというのに。ちなみにアイツは?」

「男の説得を試みているようです」

「今はアイツに孤軍奮闘させるしかないのか……」

 人質がいる以上、安易にホールへ援軍を送る事は叶わない。

 とはいえ、手をこまねいているだけではいられない。宝月は職員達に命じて、凶行におよんだ男の素性を調べさせた。異世界への出国希望者なら年齢、経歴、本籍、貯金額、好きな食べ物にいたるまで、ありとあらゆる個人情報が審査資料として集められているのだ。

「局長。該当者の資料です」

「よし、まわせ」

 検索結果が宝月のタブレットへと転送された。

 犯人の男の氏名は山田太郎。九歳。女性。好物はアタリメと5/9チップス。


「ちょっと待てッ。絶対に偽造されているだろ、これ」


 局長という肩書きに偽りない能力で、宝月は男の個人情報が偽造されていると看破する。プロが見逃さない経歴情報に怪しい点はどこにもなかったが、何も見付からない真っ白な経歴だからこそキナ臭さを嗅ぎ取ったのだろう。

 急性の偏頭痛に宝月は苦しみながらも事件解決を諦めない。より苦しんでいる部下を助けるためだ。


「こんな経歴で管理局の門を潜り抜けてきただと。たるんでいたにしてもなさけなさ過ぎ……いや、何者かによる手引きか」


 刃物で脅して審査官を人質に捕る。犯行そのものは唐突感が酷く、実際、犯人は人質を捕っただけでまだ声明も要求も出してきていない。目的がいまいち分からない。

 しかし、本来は建物内に持ち込めない刃物を手にしている。管理局の内部に詳しい人物であっても困難な事である。個人で実現できるとは思えず、管理局に悪意を持った組織の関与が疑われた。最悪の場合は工作員が管理局内部に紛れ込んでいるかもしれない。

 職場環境をおびやかす謎の敵に宝月は渋面を作るが、今はリアルタイムで犯行が行われるホールに注目した。

 男は女性審査官の背後に立って、彼女の首筋に刃を突きつけた体勢を維持している。左手はコートのポケットに入れたままだ。


「警備隊突入できません。天井のテイザータレットを起動し、無力化をこころみます」

「待て。あいつの左手の部分を拡大できるか?」


 監視カメラの画像がズームされていく。暗いポケットの中身を映し出そうとして明度が調整されて、少しだけ中身がうかがえた。


「――スイッチ。まさか爆弾か!?」





 突如、豹変した出国希望者の男は、担当審査官であった後輩にナイフを突き付ける。

 後輩はホールから見えない足元にある非常ボタンを押してホールとブースを仕切るシャッターを展開しようとしたが、首元へ近付いてくるナイフにおびえて体を硬直させてしまった。


「動くなって言っているだろ。さもないと、この女を刺し殺すッ!」


 俺が気付いた時には、もう男はカウンターをよじ登ってブース内へと侵入していた。

 後輩は男に脅されるままにブースからホール中央へと連れ出されていく。

「大事な後輩を人質にしてどうするつもりだ!?」

「お前はそこから出てくるなッ。こいつの首を血の噴水にしたいか!」

「失敗しちゃいましたーっ。先輩ーっ」

 後輩を人質に捕られてしまい、俺はブースから出て行く事を禁じられる。

 犯人の男は続けて、ホールに数人残る一般人を外に追い出すように怒気の混じった声で命じてきた。相当に興奮している。従わなければ後輩の身が危ない。

 職員以外に被害を出したくないという思惑とも一致するため、俺はブースを出――、

「だからお前はそこを出るな!」

 ――られないので声だけで人々をホールから退避させていくしかない。俺以外の職員が主導となってくれたのでそう時間はかからず一般人全員がいなくなる。


「職員は一緒に外に出ろ! そこのお前だけは残って、中から扉を施錠するんだ。早くしろ!」

「え、ブースから出てしまって良いんですか?」

「早くしろって言っているだろ!!」


 俺が残されていた理由は一番ヒョロヒョロした体形だったからに違いない。ホール内に残しておいても脅威にはならないと考えたのか。ふ、その通りだ。後輩にも体力で劣る俺は管理局最弱で間違いない。

 日本へと通じる扉に内側から鍵をかける。

「鍵だけで安心できるか! 物を置いてバリケードを作れよ」

 そう言われてもホールにある物品の多くはボルトで固定されている。悪意ある誰かにソファー等を動かされてホールを占拠されないための処置であるのだが、今がまさにその状態か。

 両開きの扉なので棒があればノブに通してかんぬきにできるのだが。

「……あれで良いか」

 そういえば、とつぶやいてからブースに戻る。前に支給された割に全然役立っていないひのきの棒があったのだ。丁度良い長さなので上手く嵌まってくれるだろう。




「局長! メインゲート封鎖されました。警備隊の突入に支障が!」

「あの馬鹿……」




「さあ、要求通り扉を閉めた。そろそろ人質を解放してくれ」

「駄目だ。俺の目的はこれからだ!」

「一体何が目的でこんな事を仕出かした?」

 扉を封鎖した事でようやく安心できたのか、犯人は犯行目的を語り始める。


「異世界入国管理局! 人間を襲う化物だらけの異世界の扉を今すぐ爆破しろ!!」


 犯行目的を告げる男の左右には、空間容量を無視して遠くに続く二つの道のりが存在した。

「爆破だと!?」

「そうだ! あんな迷惑な扉は破壊するんだ!」

 突如繋がった異世界をただただ迷惑な隣人と定めて、交流を拒否する。そういった思想が広がっているのは事実である。実際、我々は異世界と繋がりを持たなくても平凡でありきたりであるが、安全な生活を過ごせていた。異世界など必要なかったのである。

 異世界不要論に賛同する人間は潜在的に多い。下手をすると主流派と言って良いのかもしれない。とはいえ、物言わぬ多数派でしかないため危険性はないに等しい。

 だが、一部の極端な思想の持ち主達、異世界排斥をかかげる攘夷ゼノフォビア共は例外だ。

 彼等は異世界を積極的に排除しようとして社会の裏で暗躍している。日本に来た異世界人を襲撃する事件を起し、異世界入国管理局に危険物を送りつけてきた事もある歴としたテロリスト集団なのである。


「まさか攘夷ゼノフォビアの構成員!?」

「違う! 異世界の脅威にさらされた被害者の代表だ!」


 男は否定したが行動そのものは攘夷ゼノフォビアでしかない。

 確かに、異世界は危険な側面もある。ぶっちゃけて言うと閉鎖してしまった方が安全なのかもしれない。

 けれども、世界の大きさが解明されてしまって、地球の裏側とも電話できてしまう開拓時代の後に誕生した俺達にとっては、異世界というフロンティアは希望の大地なのだ。

 太陽系の端まで行っても会話可能な異星人など存在しない。そう分かってしまった孤独な俺達にとっては、異世界人というDNAで作られているかも怪しい異種族は貴重な友人候補なのである。

 未来を感じさせる異世界の扉を閉ざすのは、実にしい。


「異世界の化物に未来を奪われた俺には、異世界を閉じる権利があるんだ。さっさと爆破するんだ!」

「ちょっと、待ってください。爆破と言われても秘密結社の基地じゃあるまいし、自爆装置なんてありませんよ」

「嘘を言うなッ。政府の奴等が入国管理局を建てた際に、密かに爆発物を持ち込んだと報道されていたんだぞ!」

「テレビやネットの見過ぎだ……」


 異世界に危険がないとは決して言わない。

 だからこそ、俺達、異世界入国審査官が働いているのである。危険物が入り込まないように世界の最前線で戦っている。

 そうだ。

 異世界との繋がりを様々な意味で守る俺達こそが、異世界入国審査官だ。


「黙れ。お前達が爆破しないのなら、この女ごと俺が自爆して破壊してやっても良いんだぞ!」


 犯人の男はコートのボタンを外して、腹巻のように己の体に巻きつけている何か見せてきた。

 コートの下にはコードやチューブやペットボトル。明らかにお手製で出来が良いとは言い難い。

 コードはポケットの内側を貫通して、男の左手に握られるスイッチと繋がっている構造だ。


「えーと、それは何です?」

「爆破するって言っているんだから、爆弾に決まっているだろうがッ」


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