お正月X101 審査は続くよ、どこまでも
あけましておめでとうございます。
本作の最終話の開始です。では、はじまり、はじまり
魔界の入国管理局(来春営業開始予定)をひた走るプロレスラーのごとき影は、魔王軍幹部ゼルファである。
「ベルゼブブ様が侵攻したとなれば、新世界が酷い事に。急ぎお止めしなければ!」
「――そう慌てるものではない。我を落としては大事だぞ」
「も、申し訳ございません。魔王様」
ゼルファが急ぎながらも慎重に両手で持ち運んでいる物は、三段重ねの重箱である。ダンジョンに置いてありそうな宝箱ではない。
「ベルゼブブとリリスが何かを企んでいるのは知っておったわ。まぁ、部下達の自主性は尊重したかったのでな。魔界の力を見せ付けるという行為そのものは悪くない。新世界の心証悪化はあるだろうが、光の勢力の牽制にも繋がる」
「しかし、魔王様。新世界が滅びては、元も子もありません!」
「だから、こうして我が直々に動い……運ばれているのだ。魔王が動けば各勢力に大きな影響を及ぼすが、好都合にも新世界にはお正月なる行事がある。我が子、アジーにお年玉を下賜するという大義があれば、誰にも文句は言われまい。そのためにも、現地時間で零時を過ぎるのを待っていたのだ。慎重に、重箱なる箱にも偽装しているところが完璧だ」
「流石は魔王様! すべては魔王様の手の上にあると」
「ふふ、事実をそう褒めるものではない」
魔王は段重ねの隙間を開きながら喋っている。時々、落下しかけているのをゼルファが蓋を押さえて防いでいる。
二人が会話している内に、異世界ゲートが見えてきた。魔界の異世界ゲートは質素なもので、空間の裂け目っぽいところを通り抜けるだけだった。
異世界ゲートを抜け、ゼルファと重箱の魔王が地球へと現れる。
「我が愛しき娘よ! メリー・お正月! お年玉だ――」
魔王が初めて目撃した地球の光景はバラエティーに富んでいた。異世界人だから地球が珍しい、というのはもちろん要因として大きいが、それだけではない。
地対空攻撃で穴が開いた天井。刀や爪で傷付いた床。石化した壁に、壁を破って何者かが吹き飛ばされた跡。
床で咲き乱れるドライアド達の泡拭き失神姿。酸欠で意識を失ったエルフも一名追加。
宝石の山の中にはベルゼブブの物と思しきローブの端。その宝石の山を必死に発掘しているメドゥーサと、後方でお茶を飲みながら指示を飛ばしているアジー。
大鍋で味噌スープを調理し、炊き出しを行っているのは紫色のマダム――どこから紛れ込んだのか、スケルトン・デモニクスが鍋で入浴している。味噌スープをもらうため、一列に並ぶ警備部と攘夷テロリストと自衛隊と某国特殊部隊員。
大使館から譲り受けたブルーシートの上に商品を並べて営業を再開している、コンビニ店長とアルバイト。
面倒だからと、酒に睡眠薬を混ぜて眠らされた森妖精多数。
冒涜的な何かを食する姉妹と、その料理を親善のために食べてしまったカイオン騎士と大貴族カスティアのうつ伏せ姿。
マグロっぽい何かを包んだ大きな袋を担架に乗せて運ぶ女審査官。
色々カオスな状況から目を離して損傷激しい天井の隙間を見たならば、山奥に相応しい綺麗な星空が覗える。
「な、なっ、なんじゃこりゃーーっ!?」
魔王の率直な感想を聞き付けたのは、比較的無事だった事務室から机と椅子を運び出して、異世界ゲートへと続く稜線の手前へと並べて即席の審査ブースを設置した審査官達。
人間族の男の審査官と、妖精の審査官のペアが、異世界から現れる観光客の審査を開始する。
「はい、次の方。こちらにどうぞ!」
「こっちよ。こっちに来なさい!」
新年初めての観光客を、二人の審査官は大きな声で出迎えた。
――大晦日の崩壊劇より三か月が経過した。
『――日本で行われた異世界の光の勢力、闇の勢力の停戦交渉一日目は無事に終了しました。負傷者は出ておりません。安心です』
休憩室でスマフォから流れるニュースを眺めながら、ペネトリットと一緒にコンビニで買ったカレーライスを食べている。
「こっちには管理局を襲撃してきた騎士団がいたけどな」
「そうよ、いい迷惑だわ!」
休憩室のドアの向こう側では、全身鎧の集団が縄で拘束されている。
兜を取って一人ずつ丁寧に猿轡を付けてやったというのに、うーうー唸って若干うるさい。ペンチを装備した森妖精が飛行しているだけで、危険生物はどこにもいないのに、何を恐れているのか。
「妖精を恐れる必要なんてないだろうに。妖精は基本的に馬鹿だぞ」
「誰が馬鹿だって?」
食事に集中したいのでドアを閉めておく。
『――停戦条約が無事に締結された場合、いよいよ、異世界と地球の間で本格的な交流が開始されます。抽選となっていた異世界旅行が、近い将来には誰でも自由に行えるようになるのです』
同じ皿のカレーをペネトリットと分け合いながら眺める中継映像には、Rゲート――通称、闇の扉――の大使アジーとLゲート――通称、光の扉――の大貴族カスティア、森林同盟代表のエルフが握手を交わしていた。
『――我が神ぃ、どうしてこんな事に。我が神ぃ』
『――帝国では内乱の兆候が。公然と外部兵力に頼ると後々問題となるので、助力は必要ありません。それはそうと、魔界から旅行者を募集しているのですが?』
『――あー、はいはい。適当に武闘派を向かわせるから。何か起きたら自衛で済ませなさいな』
高感度マイクが雑音を捉えた気もするが、気にしない。俺達がいるのは世界の狭間たる異世界入国管理局。世界情勢など知った事ではない。そうでなくても、俺達、管理局のメンバーは忙しく仕事を続けている。
大晦日の崩壊は、歴代の崩壊史上最も大きな被害となった。
出入国ホールやコンビニ、その他施設の全般的な修復に三か月。異世界の力も借りながら順次機能を回復させて、先週ようやく完全復旧を果たしている。
局員達は全員無事。メンバーの入れ替えも退職も発生していない。
大晦日に大量の捕虜……もとい、協力者を得た事で、局長が各方面に脅して……もとい、説得して回ったのである。政府は管理局を愚連隊か何かと勘違いしてビビりまくり、米軍は追加の空母を太平洋に派遣する事を決定していた。
「……それで、ペネトリット。お前は妖精なのか、それとも神様なのか?」
「私は私よ。前にも言った通り、良い女は過去を語らないわ」
「そういうのいいから。俺にとってお前はどう転んでもただの妖精でしかない」
俺がそう言い放った次の瞬間だった。妖精の姿が突然消えてしまう。
どこに飛んでいったのかと室内を見回していると……背後から誰かに両目を押さえられてしまった。
妖精の手ではない。女性の細い手だ。
「私が本気だせば、サイズの問題は軽くクリアできるのよ? いつまで余裕ぶっていられるものか見物だわ」
「なるほど。女神が俺の背後に立っているなら、ぜひ食事に誘いたいところだ。……ちなみに、その姿に戻るための条件は?」
「宝石一つで一時間」
「高いわッ」
俺が振り返った時、そこにいたのは女神ではなくただのペネトリットだった。大晦日で暴れた女神なんていなかった。いいね。
「本国からエルフを四十八人ぐらい召集してアイドルグループとして働かせれば、宝石なんていくらでも。ぐふぇふぇ」
「地球に憧れているならともかく、強制は駄目だからな」
カレーを食べ終わり、昼休憩が終わる。午後の審査を開始しよう。
「さあ、審査を開始するぞ」
「私達の審査はこれからよ!」
「いや、その通りなんだが、釈然としない台詞だ」
ペネトリットを指定席の肩に乗せて、俺は職場に向かう。
異世界と隣り合い、交流する時代を象徴する仕事、異世界入国審査官。
それが、俺とペネトリットの仕事だ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
無事、本作も完結いたしました。これもすべて読者あってのことです。
また、何かの作品でお会いできる日まで~




