第八話 廃校へ行こう!
夜中の学校っていうのは、どうにもこんなに不気味さが倍増するんだろうか。これで月が出てなかったらパスしてしまう勢いだわ。私とぴゅう太は、三姉妹が出るという廃校に来ていた。雑草は生え放題、鉄の扉の校門は茶色に錆て、それを支える支柱は崩れ、扉としての機能を果たしてはいなかった。
「不気味よねぇ」
「そうですか? 僕はよく見かけてますよ」
幽霊に聞いた私が馬鹿だったわ。軽く頭を抱え、私は鉄の扉に手をかけた。その途端だった、僅かに軋む音がしたかと思うと大きな音と共に倒れてきた。
「きゃっ」
「大丈夫ですか?」
私はとっさに後ろへ飛んだというのに、ぴゅう太はその場を動いてもいない。しかも、にこやかに笑っていた。ったく、大事なポテチ落とすとこだったじゃない。
「良いわね幽霊は」
「はい?」
小首を傾げる彼。嫌みの分からない男だ……。
私達は門をくぐり敷地内へと入った。
校舎は三階建てで、正面に生徒用玄関があり左右対象に教室が伸びていた。玄関の上には校章があったのだろうか、その跡が見受けられたが、今はもう無い。
正面玄関から向かって左側へ、私達は歩を進めた。廃校は付きものと言うべきか、窓ガラスの殆どは割られその破片は直ぐ下に散乱していた。板で多少打ち付けてあったけど、それも意味をなしてはいないようだった。一言で言うなら、もう帰してって心境。
「今回は落ちつてますね」ぴゅう太が、周囲を見渡していた私に声をかけてきた。
「え? そうかな」
「ええ、そんな感じがしますよ」
まさか、この雰囲気にビビッてたなんて言えない。いや、いっそ言ってしまったら今回のミッション、辞退させてくれたかも。
「と、取り敢えず正面に戻りましょう……って、あんた何してんのよ!」
「はい?」
ぴゅう太は、壁の中に入れた上半身を出し、不思議そうな顔で笑った。ったくこの幽霊は……やっぱ私を家に帰して。
「じゃぁ、正面から入りましょうか」
何事も無かったかのようにさらりと言う。良い意味で緊張感が抜けるのはありがたいと思うけど、たまには私の意見も尊重してよ。
「最初に見たけど、ドア開かなかったわよ」
「大丈夫ですよ」
毎回毎回、どっからそんな自信が湧いて出る。大体、あの生徒玄関は入れないでしょ。板も打ち付けてあったし、しかも鍵が掛かってた。
「私は壁抜けなんて出来ないわよ」
「ぶち壊せばいいんですよ」
「はい?」
「だから、板もろとも壊すんです」
「誰が?」
「志保さんが」
「どうやって」
「必殺技で」
「レベル不足です」
「後ろ回し蹴りで十分ですよ」
「怪我したらどうすんのよ」
「得意でしょ?」
聞いちゃいない。そりゃ蹴り全般は得意だけどさぁ、時と場合によるわよ。
「てか、アンタ中に入ってカギ開けてきてよ。そしたら隙間から何とかして入るからさ」
「そんな事僕に……出来ますね」
「でしょ」
苦笑いしながら、ぴゅう太の身体がドアの向こう側に消えた。ったく、何でも私にやらせようとする性格を何とかしてよ。
ほんの数秒待っていると、何の前触れもなくぴゅう太の上半身がにゅっと出てきた。
「!!」
「開きましたよ」
「脅かすんじゃないわよっ」
「すいません」そのままの格好で頭を下げるぴゅう太。
「ったく」
私は打ち付けられた板の隙間を、這うようにして潜り中に入った。
生徒玄関を抜け、進入前に探索した教室側、つまり左へ折れた。
中は薄暗く冷たい空気が私にまとわりついてきた。右手に教室、左手に窓。何処にでもある学校の風景。月明かりが、板で閉ざされた窓の隙間から入って廊下を照らす。もう帰してくれなかな……私はぴゅう太をチラリと見てみたが「ん?」と言う仕草で軽く返された。
一歩歩くたびに、割れたガラスの破片が足の裏で軋む。あぁ、嫌なのよねぇこの感じ……転んだら絶対怪我しちゃうし。あと、この音も嫌い。
「取り敢えず、一年生の教室から行きましょうか」
歩いてる風のぴゅう太が言ってきた。私としては面倒なので、
「アンタ、端の教室から最後まで一気に抜けて見てきなさいよ」
「え〜っ」明らかに不満な返答をするぴゅう太。何よその反応は……一つづつなんて、見てらんないってぇの。
「それこそ、ぴゅ〜ってすり抜けて見たらいいのよ」
「途中で居たらどうするんですか!」
「誰が?」
「例の三姉妹がですよ」
「霊のね」
「ウマイッ」
「ほら、とっとと行く」
左手を払うように、私はぴゅう太に指示した。
「ちぇ」不満顔はそのままに、渋々近くの教室へとぴゅう太が身体を潜り込ませて行った。
月明かりで照らされた廊下に、私は腰を下ろした。出来れば『誰もいません』て言葉に期待したいとこだわ。ボケっと待ってるのもアレだし、ポテチでも食べよう。今日はちゃんとコンソメ味、持ってきたし。
封を開け、薄暗い中で袋を広げてみる。
「ん〜このかほり。満足満足」
手を入れ一口。
「くはぁ、やっぱポテチはこの味よねぇ」
と、私が至福の時を過ごしてほんの数分。見慣れた顔がとんでもない勢いで近づいてくる。
「出た〜っ!」
叫ぶぴゅう太。普通ならその台詞は私が言うべきだと、もう一口ポテチを食べながら思った。
「志保さん! 出ました!」
更に叫びつつその顔が近づいてくる。血相までは流石に分からないけど、蒼白って感じなんだろうなぁ。あはは……。
目の前まで来たぴゅう太に、
「で、誰が出たの?」
「えっと、誰と言うか……」
「歯切れが悪いわね。はっきり言いなさいよ」
「じゃぁ言いますけど」
「けど」
「雑魚です」
「はい?」
「あちこちから流れ着いたというか……えへへ」
「それって、三姉妹とは関係ないと?」
「まぁ、そうなります」
「そう、関係ないなら別にいいわ」
「それが、そう言う訳にもいかなくて」
「どう言う事よ」
ぴゅう太が指差した方、つまり跳んできた方を見ると。何やら怪しげなうねりと言うか、白い影が広がり始めていた。嫌な予感がするわ。
「まさかとは思うけど」
「お願いします」
ニコリと笑ってぴゅう太が言ってのけた。
冗談じゃないわよ。あんな数相手にしてたら、本命の前にバテちゃうわ。
「嫌」と、つっぱねてみたけど。
「手遅れです」と、さらり。
「ったく、ちゃんとポイントになるんでしょうね!」