第六話 あの世のネット社会
呼吸を整え、力を右手に集中させる。
「行けそうですか?」ぴゅう太が不安げな言葉をあげた。
ここで「行けそうな気がする〜」とか言った方が良かったのかもしれないけど、却下。
手のひらにソフトボールだいの大きさの霊力が形成された。
「よし」準備は万端。後はちょび髭の隙が出来るのを待つばかり。
長い腕を無茶苦茶に振り回すちょび髭。電柱のコンクリートが剥がれ、中の鉄筋がむき出しになっていた。
「ねぇぴゅう太」
「はい?」
「損害って自腹?」
「えっと、一応保険には入ってますが……下手打つと何割かは負担になるかも」
「なんですって!」
何て事なの、ここで停電なんて事になったら洒落になんないわ。私は暴れるちょび髭に向かって叫ぶ。
「ちょっと五郎! それ以上壊さないでよ!」
「あのう、志保さん?」
「何よぴゅう太」
「誰ですか? 五郎って」
「奴に決まってるでしょ。小毛里五郎」
「またそんな危ない名前を勝手に付けて……怒られますよ」
「兎に角、危機感出てきたわ」
「それは、何より」
五郎の両腕がしなり空を切る。道路標識が真ん中からぐにゃりと折れた。
「ああ!」と叫びつつも、五郎の隙を私は逃さなかった。「今だ」霊気はそのままに私は飛び込んだ。五郎の左腕が私に向かって振り下ろされる。
「遅いっ!」私は左に避け、更に深く懐へ。
「必殺っ、エクストレイ〜ルっ!」右手の霊力の玉を、五郎のみぞおちへ叩き込んだ。
五郎はくの字に身体を折ったかと思うと、バネが伸びたかの如く後ろへ仰け反りこれ以上にない位の咆吼を上げた。
「やったか」私は三歩下がり五郎を見た。青白い光が五郎を包み、無数の蛍が飛び交っているのではないかと思わせる位の光が夜空へ上がってゆく。
「やりましたね、志保さん」
ぴゅう太が私の後ろで言った。こいつ、いつの間に……。
「はぁ、めちゃ疲れたぁ」
私はベッドの上に身体を投げ出した。
「お疲れ様です。志保さん」
「なっ」眼前に美少年の顔がぁ。私は慌てて身体を起こした。その動きに合わせてぴゅう太も動く。
「次もお願いしますね」美少年が微笑む。かぁいいねぇ……って触れないのはネックだわ。
「で、今日ので何ポイント位なの?」
「下位ですからねぇ。さほど多くはないかと思いますよ。知りたいですか?」
「そりゃ、まぁ……でも」
「えっと……」ぴゅう太が手帳を取り出しページをめくった。
「あ、やっぱいい。今日はもう寝るわ」
「え?」
知りたかったけど、疲れと眠気が限界。それに明日知ってもポイントが増えてる訳じゃないし。私、学生だしね。
「じゃ、おやすみ」
「はい?」
呆気に取られたぴゅう太の顔がぼんやりと見えたが、私は深い海へ沈むような感覚で眠りに落ちていった。
目覚ましの電子音が頭上で鳴り響いていた。目蓋がおもたひ……てか、身体全部が重たい。ベルの音を止める気力も湧いてこなかった。だが、容赦なく電子音は鳴り続けた。しかも段階を追うごとにその音量を上げてゆく。迷惑な話だ。
「ん〜んっ!」私は暫く聞き続けたが、最大音量の一歩手前で耳の限界点に到達。仰向けになったまま、目覚まし時計を右手で叩いた。
「痛っ」手の甲がスイッチに当たった。そりゃそうだ、体勢は背泳ぎだったんだから。目覚ましも相まって、その刺激で更に目が覚めた。
「おはようございます。志保さん」
「おはよう」と、反射的に答えてしまったが……ちょっと待て。
私は身体を起こし、声の主を捜した。
「あ〜!」そこに居たのはぴゅう太だった。「あんた何故ここに?」その問いに彼はにこやかに微笑むと言った。
「まだ終わってませんから」
いや私が聞きたかったのはそうじゃなくて。
「何で朝なのに居る訳?」
「はい?」
「だって、そうじゃない。幽霊と言えば夜。これは定説よね?」
「はぁ」
「なのに、何故にあんたはそこに居る!」
「禁則事項です」
「それに……どうして私の机にあんたの私物がっ」
私はベッドから出るなり机を指差し言った。そりゃごくたまぁにしか勉強しないとは言え、そこは私の机。その机上に見たことの無い機械が置かれてたら誰だって怒る。
だが、ぴゅう太は再び微笑み。
「あ、これですか? これはMZ80B」そう悪びれる事無く答えた。
「そうじゃなくて」ったく調子狂うわ。
「ああ……これは、パーソナルコンピューターといって」
「え?」
「キーボード、モニターが一体とっなった画期的なマシンです。しかもデータ保存用にカセットテープが内蔵されているという優れもの」
自慢げに説明する彼。軽い頭痛がしてきたわ。天然?
「それくらい私にだって分かるわよ」
「志保さん、このマシンをご存じで? 流石ですね」
「そうじゃなくて、私が言いたいのは」
「ん〜何が問題なのでしょう?」
「はぁ、まぁいいわ」
「変な志保さん」
ったく。あんたが美少年じゃなかったら、真っ先に成仏させてやるのに。
「で、その変なパソコン。何に使うわけ?」
「これですか? これはあの世との通信に使うんですよ」
「通信?」
「ええ、この世の言うとこのインターネットでしょうか」
「はい?」クラッと来たわ。あの世のネット社会って一体。
「これでよし」
ぴゅう太は、準備の出来たパソコンの電源を入れた。微かなノイズと共にモニターが反応する。
――グリーンモニターですかっ!
つづく