第五話 あの技を叩き込め!
兎に角、暴れまくるちょび髭を何とかしなきゃ。
私はグローブを左手で整えた。
「よしっ」短く気合を入れ、ダッシュした。
ちょび髭との距離が一気に縮まる。
奴の腕が届かない所で、私は体勢を低くし懐に潜り込んだ。彼の右腕が頭上に降りかかる。私は同じ右手で受け流し、左でボディに拳を叩き込んだ。
「グホッ」短く唸る。
効いたか?
が、しかし。彼はくるりと身体を回すと、受け流した右手でバックブローを仕掛けてきた。
腕が鞭のようにしなり、私目掛けて飛んできた。
「ひっ!!」
私はかがんでそれを交わす。
ったく、危ないじゃないのよ。
にしても、顔に似合わず素早いわね。長引かせるのは危険だわ。
私は一旦後ろに跳ねると、右拳に力を溜めた。
「?」
あれ? 力が入らない。
まさか……とは思うけど。
「志保さんっ! 危ない!」ぴゅう太の声が響いた。
「え?」
気付いた時には遅かった。ちょび髭のパンチが左胸をヒットした。
「くっ」息が一瞬詰まる。
数メートル飛ばされ、私は尻餅をついた。
「胸が小さくなったらどうすんのよっ!」
悪態を吐きながら胸を押さえる。
おかしいなぁ、絶対に届かない距離なのに。だが、その疑問はすぐに解ける。
ちょび髭の腕がダランと地面に伸びていたのだ。
ちょっとぉ、それって反則じゃない? 腕が伸びるなんて、怪しげな坊主か能力者くらいしか知らないわよ私。
と、考えてる間に、今度は左足が伸びてきた。
「ひっ」
何なのよあれぇ。地面を転がって逃れたが、ここは車道よ、轢かれたら洒落になんないわ!
「ったくもう。何でもアリなわけ?」
立ち上がり再び右手に集中したが、やはり力が戻っていない。正確には霊力だが。
「ぴゅう太!」私は叫んだ。
「何でしょう」冷静な声が背後から聞こえた。
「素早いわね」
「僕も幽霊ですから」
「まぁいいわ。ちょっと頼まれてくれる?」
「何でしょう」
「ぽてちを買ってきて」
「はい?」
「だから、ぽてちよ」
「言ってる意味が分かりませんが」
ったく、顔は良いのににぶちんねぇ。
私は振り返り、ぴゅう太に向き直った。敵に背を向ける危険性もあったが、今はこっちの方が重要だったからだ。
「ポテチよ。ジャガイモのお菓子」
「ええ、それは分かります。でも、何故今なのでしょう?」
「力が出ないのよ」
「はい?」又も怪訝そうな顔のぴゅう太。
「だから、ぽてちが無いと霊力が出ないのっ」
言って、少しの間。
――そして。
「ええぇぇぇっ!!」反応遅っ。
「兎に角頼んだわよ。ハイこれ財布」
私はポケットの中の財布を彼に渡した。小銭入れで小さい黒いやつだ。
「買うと言っても、ここには店なんてありませんよ」
「ちょっと戻ればコンビニくらいあるでしょ」
「で、でも……」
「ずべこべ言わずさっさと行く」
「は、はい」
ぴゅう太はフワリと浮くと、元来た道を戻って行った。
「ふっ」私はまた短く息を吐いた。
さぁて、ぴゅう太が戻ってくる間、何とかしないとね。
向き直りちょび髭の姿を捉える。相変わらず暴れまくっていた。道路の片側は道路工事の如く掘られ、無惨に地面を晒していた。
私もドジを踏んだものだ。まさかここで力が出ないなんて。こんな事なら一袋全部食べとくんだったわ。
「ぐおぉぉぉぉっ!」
ちょび髭がまた雄叫びを上げた。地鳴りのような低く耳障りな声。
「ったくもう」
私は奴に向かってダッシュする。霊力が出ないだけで、リアルパワーはまだあったしね。少しでも被害を食い止めなきゃ。
何故って? 被害が大きいと大減点なんだって。ただでさえ順位の低い幽霊なのに、ここに来て減点は更なる苦労を重ねなきゃならないわ。
そんなの、ごめんって感じだもの。
今度は正面からではなく、後方からの攻撃に切り替えた。
まずは、正攻法の様に見せかけ正面から突っ込み、直前で左側へステップ。バスケやサッカーで言うフェイント? みたいなもんね。
横をかすめると同時に、彼の後ろ首元へ手刀をお見舞いする。
首から上が前方へと出され、彼は苦悶の表情を浮かべた。
やりぃ、手応えアリって感じ!
続けて振り返りざまに、彼の右足目掛け蹴りを食らわす。丁度膝裏の辺りだ。
ちょび髭は体勢を崩し、地面にひざまづいた。
「よしっ」
私はすぐさま正面に回り二メートル程距離を取って、一気に加速。
相手の片膝に飛び乗り、こめかみ付近へ膝蹴りを叩き込んだ。
ちょび髭は地面に倒れた。
「ふっ、シャイニングウィザード。久々に決まったわ」
私は足元の彼に視線を落とした。流石にすぐには立ち上げっては来ないだろう。だって渾身の一撃だったもの。
と、思ったのも束の間。
ギロリと彼の瞳が私の方へ向けられた。
ぞぞぞっ〜っ。背筋に悪寒が走る。
ま、まじですか? 普通ならあれでスリーカウントなのよ。
危険を感じ、その場から離れようとした瞬間。左足首を掴まれた。
しまったぁ!
奴は痛い位に掴むと、事もあろうに私を放り投げようとする。
ちょ、ちょっとタンマ! 倒れたまんな私を投げる気?
グイッと引き寄せられたかと思うと、ムチ打ちになるんじゃないかって程の力で逆方向へ。
ああ、今私は鳥になったわ……。
「きゃぁぁぁぁっ!!」などと乙女チックな悲鳴をあげてみた。
空が上、地面が下、そしてそれが逆になる。私ってば回ってる?
と、背中に強い衝撃が走った。
気が遠くなる程の衝撃だ。受身失敗の背負い投げみたいな? 兎に角苦しい。
あのちょび髭強すぎよ。星が綺麗だわ。
と感じてる目前に、ぴゅう太の顔が登場!
あまりに近くだから、思わず首に手を回してキスを……なんて。
「大丈夫ですか?」
「え? あ、あんまり」
「買ってきましたよ」
「おっ」私は上半身を起こした。
「ハイ、これでいいですか?」
ぴゅう太が手渡したのは、うす塩味だった。しまったぁ、味指定すんの忘れたぁ。しかもビッグだしぃ。
「どうしたんですか?」
「な、何でもないわ。ありがと」
「いえ、お役に立てて何よりです」
言って私はポテチを受け取り、封を切った。食欲をそそる芋と油のコラボ。
ん〜いい感じ。
私はポテチを口に放り込み、無心で食べた。
霊力が漲ってくる。
「よぉし、いいわ。これよこれ! いい感じ」
「やれそうですか?」
「ええ、次で決めるわ」
「頑張ってください」
「でも、次でダメなら。私降りるから」
「えぇぇぇぇっ!」
つづく