第二話 子猫と握り拳!
愛想笑いを浮かべてはみたが、一人と一匹はくすりとも笑わない。
そりゃそうか……なんて思ってみても後の祭り、いやぁその視線が痛いわ。お願いだからそんな目で私を見ないでよぉ。
ああ、そんなに見詰められると……見詰められると、胸がキュンキュンしちゃう。え?
「か、可愛いわねぇ、この子」
私はぴゅう太の膝で身体を丸める子猫を抱き上げようと、手を伸ばした。
そもそも、触れるかどうかなんてその場では分からなかったけど、自分の気持ちを悟られない事が目的。
「あ、志保さん。お止めになった方がいいかと……」
ぴゅう太が言うのも聞かず、子猫を抱き上げた私。
「にゃぁ」ひと鳴きして、私に飴玉の様な瞳を向ける。きゃぁ、可愛い過ぎるぅ。
前足の脇を両手で包むように、優しく掴み。目前まで持ち上げる。当然、後ろ足はダランと下に伸びるわけ。そう、お腹は無防備って感じ?
そんでもって、必然的に視線は上から下にいく……「ひっ!!」
言葉が出ないというのは、こう言う事なのねぇと身をもって学んだ瞬間だった。
「だから言ったのに……」ぴゅう太は、私から視線を外し下を向いた。
私はと言えば、まだ硬直状態が続いていた。出来る事なら、抱き上げる前に再起動出来たらどんなに良い事だろう。そう、思わずにはいられない。
で、何が見えたですって? いいのかぁ、これってホラーじゃないよね? 取り敢えず、掻い摘んで話すわ。
ぴゅう太は、この子猫は事故で死んだと言っていた。上っ面が大丈夫って事は? もう分かったよね? 子猫の腹部が……。
私は一つ深呼吸をすると。まぶたをゆっくり閉じた。そして……。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
これでもかって位の悲鳴が出た。そして、抱いていた子猫を中空に投げ、立ち上がった。可愛いのにって? そんな事言える人は、現場を知らないからよ。
そして、右手に力を込めて、子猫をパンチ! 正確にはまだやってないから、パンチ体勢と言うべきね。動物虐待? はいはい、これが生きてたのならね。第一死んでるんだもの、大丈夫でしょ?
ほんの数秒、その場がスローモーションの様に時が流れた。ミルクの王冠とか見たことあるけど、あれって不思議な感じがするのよねぇ。
でもって、私の腕を離れた子猫は、天井スレスレからゆっくりと降下を始めていた。
私は少し身体を低くし、右拳に力を込めた。
「いっ……やあぁぁぁぁっ!! 嫌過ぎるぅぅ!!」
叫びながら、握った拳を斜め上四十五度方向に向け放った。
「にゃぁ?」
子猫が嬉しそうに笑った。いえ、そう感じたの……笑ったって。
右手が子猫の身体を捉えた。特に感触は無かった。重いとか、痛いとか、そんな風な感じは全然無かった。ただ、その子に触れた瞬間、光が出た。青白いというか……そんな感じの光が出たの。
そして、子猫は消えた。そう、何事もなかったかのように……跡形も無く。
暫し呆然として、私は立ち尽くした。右手も何か力が入らない。痺れてるって感覚が襲っていた。
「ね、出来るって言ったでしょ?」
ぴゅう太が静かな声で言った。正座は崩さず、微笑みながら。首と視線を彼に向け、私はその場にへたり込んでしまった。
――これって。
テーブルを挟んで、私とぴゅう太は向かい合わせに座っていた。
「理解して頂けましたか?」
「えっと……これは夢よね」
「まだ、そんな事を……」
だってさぁ、幽霊退治なんてさぁ。昔の映画じゃあるまいし、掃除機とかでパパァーッって訳にはいかないんでしょ? 呪われたらどうする訳? それこそミイラ取りが何とやらじゃないのさ。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
「何でしょう」
「その、幽霊退治は……その、あなたも一緒にやるのよね?」
「ん〜時と場合によるでしょうか」
「はい?」
何よれ! それじゃ下手したら私一人でやんなきゃならない事もあるって事? ん〜。
「やっぱ無理」
私は開けたばかりの薄塩ポテチを摘むと、お茶を手にした。やっぱ茶請けにはポテチよねぇ。はぁ、和むわぁ。
「えっと、寛がないで頂けますか?」
「いいじゃない、私の部屋なんだから」
「いいですか志保さん」
「な、何よ」
急にぴゅう太が私の目前に迫ってきた。綺麗な顔が数センチの所にある。キス出来ちゃうくらいに……。
「志保さんは出来るんです。僕はあなたの助けが必要なんですよ」
「そうは言っても……やっぱり怖いものは怖いよ」
「僕が守ります」
「え?」
真剣な眼差しで私を見つめる彼。マジで? 私を守ってくれるの? ああ、年下とは言えこの力強い瞳。やっぱ生きてた時に逢いたかったわ。
「だから、お願いします」
「まぁ、そこまで言われちゃ……私も無下には出来ないけど」
やばっ、下心みえみえ? ううん、そんな事ないわ。これは人助けよ、人助け。私はそう自分に言い聞かせた。でも、顔は赤くなってるんだろうなぁ。
「本当ですか?」
「取り敢えず、話は聞いてあげるって事よ」
「え?」
「だってさ、ドラゴン退治とかやらされたら困るでしょ?」
「それは……無いと思いますよ」
「そうなの?」
「ええ……」
その後、ぴゅう太から衝撃的な内容を聞かされる事になるのだ。
つづく