「家を守るための、初めての“戦い”」
その夜。
いつもどおり夕飯を食べ、
いつもどおり風呂を済ませ、
いつもどおり全員でテレビを見ていた。
だけど、
全員の胸の中にあった感覚は同じだった。
「来る」。
訓練を積んだことで、
危険の気配に敏感になっていた。
影クオリアも、
テーブルの前で揺れながら
何度も外を見ているように影の向きを変える。
その直後――
家の窓ガラスが、
音もなく“黒く塗りつぶされた”。
アリアが反射的に立ち上がる。
「……今の、兄者じゃないのじゃ」
セレナの胸に、一気に冷気が刺さる。
「感情の温度が全くない……これ、“敵”」
リオナは息を呑み、クッションを投げ捨てて前へ出る。
「来た……!」
窓の影がねっとりと揺れ、
水のように床へ流れ出してきた。
人型でも獣型でもない。
黒い塊が、意思を持って蠢く。
しかし、三人は逃げなかった。
訓練の成果が体の奥に息づいている。
影クオリアがホワイトボードに叫ぶように書く。
《逃げろ》
だが――三人は動かなかった。
アリアが答える。
「逃げるのは“守る場所”を失った時だけじゃ」
セレナも続ける。
「ここが兄さんの帰る家。
絶対に荒らさせない」
リオナは拳を握りしめて叫ぶ。
「先輩の世界を守るのは私たち!!」
影クオリアは揺れる。
怒り、恐怖、焦り、そして――誇り。
だが攻撃できない。
触れない世界では、戦いようがない。
だから、
三人を信じるしかなかった。
◆ 開戦
黒い影の塊が、
床を滑るように一気に距離を詰めてきた。
速度は異常。
普通の人間なら反応すらできない。
だが――
アリアの体は、
既に動いていた。
「右斜め下、なのじゃ!!」
空気の圧、床の振動、影の“伸びる角度”。
訓練で覚えた“兄者ではない気配”。
アリアは半歩踏み込み、影の軌道を読み切って避けた。
そのまま敵の中心へ体当たり――ではなく、
“崩す角度”を狙って肩をぶつけた。
影の塊がわずかに揺らぐ。
セレナがすぐ叫ぶ。
「今の影の“痛み”は怒りじゃない!
混乱! アリアが“正しい場所”を突いた!」
敵の感情の動きを読む――
セレナの役目。
その声に、リオナが応える。
「動きが乱れた瞬間がチャンス!!」
床に落ちていたフローリングワイパーを拾って
槍のように突き刺す。
本来なら意味がない。
ゲームの敵に現実世界の武器は通用しない。
でも、影への“耐性”があるリオナは違った。
ブレずに踏み込めて、
“反動”を恐れず攻撃できる。
「触れられないなんて……関係ない!!」
影の塊が爆ぜるように揺れた。
三人の動きはバラバラじゃない。
訓練の連携がそのまま戦いに生きている。
アリアが敵の動きを先読みし、
セレナがその反応を言葉にし、
リオナが“弱った瞬間”だけを狙う。
影クオリアはただ、
その戦いを震えながら見ていた。
手を伸ばしたい。
介入したい。
三人を守りたい。
でも触れられない。
戦えない。
《頼む 俺より生きろ》
叫びたい感情が、
ホワイトボードを震わせた。
しかし、戦っている三人は――
まったく怯んでいなかった。
「兄者が俺たちの家に戻ってきてくれる世界を守るのじゃ!」
「ここは兄さんの居場所……誰にも踏み荒らさせない!」
「先輩は私たちの世界の一員! 奪わせない!!」
影の魔物が再び襲いかかる。
だが三人の足は止まらない。
訓練で作った“反応と連携”は、初戦闘でも崩れなかった。
アリアの声が飛ぶ。
「次は左から来るのじゃ!」
セレナが繋ぐ。
「焦りの感情! 攻撃が雑になってる!」
リオナが走る。
「ならもう終わりです!!」
渾身の一撃――
それはただの打撃ではなく、
“影を断つ意志”を乗せた一撃。
黒い塊は、
ばらばらの黒い霧となって散った。
そして――静寂。
心臓の音だけが響く。
アリアは肩で息をしながら笑った。
「勝ったのじゃ……!」
セレナは涙を浮かべガクッと座り込む。
「怖かったのに……負けなかった……!」
リオナは涙と笑顔を同時にこぼした。
「先輩の家、守れた……!!」
影クオリアは――
近づきすぎてしまいそうなほど三人のそばに寄り添った。
ホワイトボードが震える。
《ありがとう》
《守ってくれて ありがとう》
その一行があまりにも胸を締め付ける。
アリアは涙をこらえられず言った。
「兄者が守ってくれた場所を……
今度は妾たちが守り返すだけなのじゃ」
セレナは微笑みながら涙をこぼす。
「兄さんは一人じゃない」
リオナは震える声で叫んだ。
「ずっと味方です!!
影界でも ゲームでも 現実でも!!」
影クオリアは、言葉にできないほど強く揺れた。
右手が――
一瞬だけ、アリアの肩に触れそうなほど近づいた。
だが、触れない。
まだ触れてはならない距離。
手は胸の前に戻り、
ホワイトボードに短く残した。
《生きてくれてよかった》
その夜三人は並んで眠り、
影クオリアはそのすぐそばで揺れていた。
触れられなくても、
誰より近くにいる。
それが、
“初めての戦い”を超えた四人の答えだった。




